リアイベ クヴァール島最終決戦【銀炎】
シナリオ形態リアルタイムイベント
難易度難しい
参加費無料!
募集人数無制限
報酬50,000E
※活躍により賞を授与し
アイテム報酬あり
スケジュール
03月25日:
 第3回リプレイ公開
03月29日:
 エピローグ公開
 エピローグシナリオ公開 04月23日:
 エピローグシナリオ終了


■エピローグ

 死なない体。
 死ねない魂。
 一度死んだものに、時間の概念はない。
 時が癒す事もない。
 彼ひとりを置き去りに、流れて行く時間。
 彼に忘却はない。
 ただ、想いが募るばかり‥‥

 苦しかったのだろう。
 たった独りで、千年もの間。

 もう、眠っていい。
 誰も邪魔はしない。
 静かに、お休み‥‥

 ‥‥ギン。



「‥‥あたしは‥‥馴れ合ったりしないわ」
 クヴァール島の山岳地帯。
 そこに身を隠していたオフェリエは、遠い空を見て呟いた。
 感じる。彼があの空へ還った事を。
 自分の存在を否定するように、太陽を奪い、月を奪い‥‥戦う力を奪った、あの雲。
 彼の存在が消えた時から、それは次第に薄れはじめた。
 あの雲のない世界なら、自分も戦える。彼の役に立てる。

 けれど‥‥彼はもう、いない。
「‥‥あんなものに、頼るからよ」
 オフェリエは自分の身を包んだ淡い空色のドレスに目を落とす。
「あたしに似合うのは、青くて綺麗な空。こんな気が滅入るような、汚い空じゃないわ」
 本当は、このクヴァールの空が嫌いだった。
 暗雲が晴れても、この空に青い色は戻らない。千年にわたって溜まり続けて来た、ニンゲンに対する怒りや憎しみの気を含んだ魔力は、濃い靄となってこの島全体を覆い尽くしている。
 その靄が「クヴァールの風」となり、エレメントを刺激して「クヴァール化」させてきた。
 そして、エレメントと本質を同じくしながら、生まれ落ちた瞬間からニンゲンに対して悪意を盛った存在、モンスターもまた、この靄から生み出されたものだ。
 生み出したのは――彼。

 ――ファスターニャクリム。

 オフェリエの知ってる彼は、ふたりいた。
 優しい彼と、恐ろしい彼。
 どちらが本当の彼なのか、知らない。興味もない。
「あたしは、どっちも大好きだったわ」
 自分をこの姿にしてくれたひと。
 どうして、ヒトの姿を選んだのだろう。
 ニンゲンと戦う為なら、こんなに脆くて、ひ弱で‥‥可愛らしい姿など必要ない。
 爪や牙や、もっと大きくて力強い翼、それに、炎や雷。そんな武器を持つ体の方が良い。
「でも、あたしはこの姿が好き。だって、クリム様が可愛いって言って‥‥喜んでくれたから」
 本当はニンゲンと戦う事など、どうでもよかった。
 ただ、彼の役に立ちたかった。褒めてもらいたかった。すごいね、ありがとうと‥‥言ってほしかった。
 けれど‥‥彼はもう、いない。
 どちらの彼も、あの空に溶けてしまった。

 ――だったら‥‥あたしがここにいる意味なんて、ない。
 彼をひとりになんて、させない。
 あの年増にも、渡さない。

「‥‥今、そこに行くわ‥‥」
 オフェリエの淡い空色のドレスが、次第に色を失って行く。
 裾がふわりと広がり、フリルが羽根の様に舞う。
 やがて、その姿は輝きを帯び始め――光の中から、純白のペガサスが現れた。
 真っ白に輝く光を散らしながら、ペガサスは上空へと舞い上がる。
 あの黒い雲を抜ければ、青い空がある。
 自分に、一番似合う色。
 彼が似合うと言ってくれた色。
 オフェリエは自らの体を作り、魂を繋ぎ止める魔力を解き放った。
 白い光の軌跡を残し、天馬は駆ける。
 空へ‥‥その先の、天へ。
 彼が待つ場所へ。
 ――待っていると、信じて。


「‥‥えんにぃ?」
 先程から遠くの空を見つめたまま動かない炎烏の様子に、シープシーフが首を傾げる。
「何か、あるのですか?」
 その同じ場所にシープも目を向けるが‥‥何も見えなかった。
「いや‥‥何でもねぇよ」
 炎烏は煙管の灰を落とすと、シープの頭を撫でた。
 まだ幼い彼には、この感覚はわからないだろう。仲間が空へ還った事を告げる、この痛みでも悲しみでもない、何かが抜け落ちた様な奇妙な感覚は。
「オフェリエ、遅いのです。どこまで行っちゃったのですか‥‥」
 シープの両腕には、オフェリエに似た可愛らしい人形が抱かれていた。
 彼女に渡して欲しいと、ブリーダーの一人から預かったものだ。
「これ、もらったのです。盗んだんじゃ、ないのです」
「‥‥そうか」
 シープの悪戯好きと手癖の悪さは生まれつきだが、人間と交流を持つようになってから、それは「褒めてもらえない事」だと思うようになってきたらしい。
「僕は、褒めてもらうのが好きなのです。怒られるのは、いやなのです」
「‥‥そうか」
「いたずらより、もっと楽しいこと教えてくれるって、約束したのです」
「‥‥そうか」
 さっきから、炎烏は同じ言葉しか返さない。
 上の空、という訳ではない。ただ‥‥言葉が見付からないのだ。
 クリム、シャルローム、ラア、そしてオフェリエ。皆、あの空へ還ってしまった。シープもまた、人間と共にこの島を去ろうとしている。
「‥‥えんにぃ‥‥寂しい、ですか? それなら‥‥僕、ここに残るです」
「ばぁーか」
 炎烏はシープの頭に突き出た羊の角を掴み、ぐりぐりと動かした。
「そういういっちょまえの事は、この角を引っ込めてから言って貰おうじゃねえか、チビスケ」
「ち、ちびすけじゃないですー!」
 ぐらぐらと揺さぶられながら、シープは顔を真っ赤にして抗議している。
 ――可愛い。
 そう思ってしまうのは、父性本能というヤツだろうか。
 この顔が見られなくなるのは‥‥やはり、寂しい。だが‥‥
「お前は、人と一緒に暮らせ。なに、寂しくなったら、会いに来りゃ良い。俺は当分、ここにいるから‥‥な」
 それに、独りではない。
 相棒が、出来た。
 腰に下げた巾着の中で、もぞもぞと蠢く――それ。
「さて、こいつにメシでも貰って来てやるか」
 炎烏は、腰を下ろしていた岩から「よっこらせ」と立ち上がる。
「奴等が持ってるメシは、美味いらしいな。食い過ぎて太るんじゃねえぞ?」
 そんな声をかけながら、炎烏はブリーダー達のキャンプへ向けてゆっくりと歩いて行った。


 その、巾着の中身は――ほんの数時間前に生まれた。
 ファスターニャクリムがその存在を失い、核を失った暗雲が薄れ始めた頃。
 降り続いていた白い蛇も、やがてその数を減らし‥‥降って来たものも地上へ届く事なく、大気に溶けてしまう。
「‥‥これで、本当に‥‥終わり、か」
 炎烏は空を仰ぎ、呟いた。
「もう、泣く事ない‥‥俺達にも魂なんてモンがあるなら‥‥そいつが行く場所ってのが、あるなら‥‥」
 シャルロームは今度こそ、そこへ行くのだろう。
 まだ、あの雲の中に彼女の存在を感じる。しかし、引き戻す術は――
 その時。
 同じ様にじっと空を見上げていたフェイニーズ・ダグラスが、弾かれた様に走り出した。
「おい、ダグ!? 何処へ――!?」
 突飛な行動に出た親友を、オールヴィル・トランヴァースが慌てて追いかける。
 フェイニーズは塔に飛び込み、螺旋階段を駆け上がり‥‥屋上へ出た。
 そこから、天に向かって手を伸ばす。
「まだ、間に合う筈だ‥‥!」
 薄れゆく魔力をかき集め、握り締める。
 再び開いた手の上には、小さな‥‥白く淡い光を放つ魔力の結晶が、ころんとひとつ転がっていた。
「何だ、そりゃ‥‥?」
 黒い翼が舞い降りて、それを覗き込む。
「お前、手ぇ貸せ」
 フェイニーズが言った。
「こいつに魔力をぶつけてやるんだよ‥‥ほれ」
「‥‥あぁ?」
 話が全く見えていない炎烏には構わず、フェイニーズはその手を引っ張って自分の手に重ねる。
「熊、お前もついでだ」
「俺にはそんな魔力、ねえぞ?」
 そう言いつつ、オールヴィルも素直に手を重ねた。
 彼には、親友のやろうとしている事がわかった。あの時も、現場にいて‥‥一部始終を見ていたのだから。
 今、フェイニーズの肩にちょこんと乗っている三毛猫。この猫も、こうして生まれた。
 魔力の結晶に、強い魔力をぶつける事によって。
「――行くぞ」
 フェイニーズがありったけの魔力を注ぎ込む。炎烏も、それを真似て自らの魔力を解放した。オールヴィルもとりあえず念を込めてみる。
 眩い光が、重ねた手の中から溢れ出した。
「‥‥な‥‥何だ、こいつは‥‥!?」
 目を焼く様な光が弱まり、視力が戻って来る。その目に映ったものは‥‥
 手の上でちんまりとトグロを巻く、小さな小さな白い蛇。
「‥‥こいつ、まさか‥‥」
「ま、保証はねえがな」
 フェイニーズは片手の指先で、眠っている蛇の頭をちょんと突つく。
 肩に乗せた三毛猫さえ、あの時の暴走エレメントが元の姿に戻ったものだという確証はない。
 まして今回は、一度は空に還った魔力をかき集めたものだ。おまけに、その量も僅かなもの。
「だから、まあ‥‥気休めみたいなもん‥‥いでぇーっ!」
 目を覚ました蛇が、指に噛み付いた。
「てめ、何しやがるっ!」
 小さな蛇をぶら下げたまま、フェイニーズはぷるぷると手を振る。
「まあまあ、ダグ。そんな乱暴にしたら‥‥うぐ!」
 差し出されたオールヴィルの手にぽとりと落ちた蛇は、その指にも思いきり噛み付いた。
「どうやらこいつも、ニン‥‥いや、人間は嫌いらしいな」
 余裕の表情で手を差し伸べる炎烏。しかし‥‥
 ――かぷーーー!
「いでぇーーーっ!!」
 思いきり噛み付かれた。どうやらこの蛇、やたらと気が強いらしい。
「‥‥ったく、誰かにそっくりだな‥‥」
 じんじんと痛む指を振りながら、炎烏は苦笑いを漏らす。
 しかし、その手の上に治まった蛇は、逃げる気はない様だった。
「こいつ‥‥俺が面倒見てやっても、良いか?」
「‥‥ああ」
 フェイニーズが頷く。
「‥‥悪いな」
 それは、世話を押し付けて悪いという意味なのか、それとも‥‥今はこれが精一杯だという意味なのか。
「この雲が晴れても、世の中はそう大して変わらないんだろうな」
 薄れゆく雲を見ながら、オールヴィルが呟いた。
 この雲が晴れれば、降り続いていたブランシュも姿を消し、代わりに青い空と陽の光が戻って来る筈だ。
 アンデッド達も、それを作り出す者がいなくなれば、もう増える事はない。
 だが、モンスターも暴走エレメントも、暗雲の発生以前から存在し続けているものだ。
「‥‥まあ、奴が消えた事で‥‥多少は変化があるかもしれねぇが、な」
 炎烏が言った。
「お前らがクヴァール化って呼んでる、あれな。あの原因は、奴がこの島で溜め込んで来た‥‥憎悪だの何だの、暗くてドロドロしたモンだ」
 島の大気に溶け込んだその「気」が風に乗せられ、運ばれたものが所謂「クヴァールの風」。それに影響を受けたエレメントが心身に変調を来したものが「クヴァール化」だ。
 それら、この島が原因である暴走は、いずれ影を潜めて行くだろう。しかし‥‥
「暴走の原因は、それだけじゃねえ。‥‥そいつは、わかってんだろ?」
 手の上で白い蛇を弄びながら呟いた炎烏に、二人の人間は黙って頷く。
「それに‥‥モンスターって奴、な。あれはこの島の魔力を元に、クリムが作り出したモンだ。伝説の怪物や何やら‥‥昔、どっかでそんな知識を仕入れたんだろうな」
 魔力は、一度与えた器の形を記憶する。エレメントもモンスターも、最初の「ひな形」が作られて以降は魔力の集まる場所に自然発生するようになった。
 だから、彼等の発生は止まらない。暗い気に染められていない魔力からはエレメントが生まれ、そうでないものからはモンスターが生まれる。
 生まれてくるものをモンスター化させるもの‥‥それは、人間だ。
 だが、モンスターの発生を防ぐのもまた、人間。
「‥‥奴等が、もう二度と‥‥暗い気を溜め込まねぇで済むように‥‥頼むぜ」
 クリムのような存在は、彼ひとりでいい。
「もし、また同じ事を繰り返すなら‥‥」
「わかってる。剣を退き、話を聞いてくれた、その信頼を裏切る様な事はしない」
 オールヴィルが頷いた。
 と、その時。足に手紙を付けた一羽のスワローが肩に舞い降りる。
「‥‥お偉いさんからの、ご命令だ」
 オールヴィルは小さく溜息をつくと、それを傍らのフェイニーズに手渡した。途端、彼の眉がぴくりと動く。
「相も変わらず、下らねえ連中だな」
 びりびりと引き裂かれた紙は、僅かに吹く風に乗って雪の様に舞う――が。
「てめぇ、ゴミ散らかすんじゃねえ!」
 炎烏はその小さな欠片ひとつずつを小さな炎で捕らえ、跡形もなく燃やし尽くした。
「あ‥‥悪い。つか、見事だな‥‥」
 自分なら、大火力で纏めてドカンと燃やすところだ。
「‥‥で、えんちょー。お前はどうする?」
「ちょっと、待て。何だそれは?」
 えんちょーって、何だ。
「ん? 炎の、トリ、だろ?」
「カラスだ、阿呆!」
「似た様なモンだって」
「似てねえ!」
「‥‥嫌か?」
 漫才の果てにそう問われ、炎烏は暫し沈黙。
 えんちょー。何だそのふざけた呼び名は。まさかこいつら、今までずっとそう呼んでいたのか?
 しかし‥‥悪くはない、かもしれない。そう、カア子でさえ受け入れたのだ。構うものか。
「‥‥いいぜ」
 名前が、またひとつ増えた。
「で、どうするってのは?」
「まあ、身の振り方って奴だな。羊の小僧は俺達と一緒に来るらしいが‥‥」
「俺はここに残る」
「‥‥だろうな」
 戦いが終わっても、この島から人間が完全に消える訳ではない。調査と称して残る者も、少なからずいる。
 炎烏としても、まだ完全に人を信頼している訳ではなかった。
「ここは、まともな生き物が育たねえ、お前らにしてみりゃ魔物の巣窟みたいなモンで‥‥だから綺麗に掃除しなきゃならねえと、そう思うんだろうが、な」
 確かに、炎烏にしてもこの島の浄化は望むところだが‥‥無闇に荒らされるのは困る。
 それに、色々と考える時間が欲しい事もあった。
 エレメントのこと、モンスターのこと、暴走のこと、人間のこと‥‥クリムや仲間達のこと。
 今までの事と、これからの事。
「まあ、ケリが付いたら‥‥あちこち旅してみるのも良いかもしれねえな。これがホントの、旅ガラスって奴だ」
 だが、いずれはこの島に戻って来るだろう。
 ここに、骨を埋める為に。いや、埋める骨など残りはしないが――
「‥‥落ち着いたら‥‥またここに来ても、良いか?」
 フェイニーズの問いに、炎烏は口の端を歪めた。
「ゴミさえ散らかさなきゃ、な」
「よし、皆で一緒に酒でも飲むか!」
 オールヴィルの豪快な笑い声が、クヴァールの淀んだ大気に吸い込まれて行った。



 それから数日。
 上からの命令により引き続き島の調査に当たる人員を残し、ブリーダー達の大半は対岸の要塞へ戻っていた。
 対岸からの脅威は減ったとは言え、まだ完全になくなった訳ではない。しかし、次第に温かな日差しが戻る中、要塞を守っていたブリーダー達は戦勝気分に酔い、平和を噛み締めていた。
 クヴァールから戻った者の中には、そんな気分にはなれない者も多かったが‥‥しかしそれでも、長く続いた緊張から解放された歓びは大きい。
「おいおい、まだ俺達の仕事が完全になくなった訳じゃないんだぞ!」
 オールヴィルがハッパをかけても、何となく気分が締まらない。
「‥‥まあ、仕方がないか」
 厳しい戦いの後だ。それに‥‥久しぶりの青空。あの補佐でさえ、溜まった事後処理を放り出して、ここから近い場所にあるというクレイ・リチャードソンの墓に入り浸っていた。
 だが、ギルド長である自分まで浮かれてのんびりしている訳にはいかない。
 それに今日は‥‥あのジジイどもが来る。いざとなれば首を懸けてでも「彼」を護る覚悟は出来ていたが‥‥やはり、胃はきりきりと痛んだ。
 しかし、その「彼」は‥‥何処だろう。皆と一緒にこの要塞に渡り、今はジル・ソーヤが面倒を見ている筈なのだが。
「シープくん、どこ!?」
 ‥‥噂をすれば、ジルの声。どうやら、シープを見失ったらしい。
 見るもの聞くもの全てが珍しく、面白くて仕方がないらしい彼は、片時もじっとしていなかった。
「もう、どこ行っちゃったんだろ‥‥」
 体力自慢のジルもシープの若さには叶わないのか‥‥肩で息をしている。
 しかし、逃げる心配はしていなかった。
「約束したもん、ね」
 寧ろ心配なのは、彼自身の身の安全。上層部の連中が、彼を狙っていた。
 年寄りの目にはまだ、彼が研究材料としか映っていないらしい。
「その思い上がりが、ギンをあんな風にしたんじゃない‥‥!」
 ジルは怒っていた。怒りながら、シープを探す。
「あ、ジルねぇー!」
 ‥‥いた。
 人の気も知らないで、呑気にキャンディを舐めながら手を振っている。
「シープくん!」
 慌てて駆け寄ったジルに、シープはもう片方の手に持っていたキャンディを差し出した。
「はい、ジルねぇにもあげるのです。もらったのですよ? 盗んだんじゃ、ないのです」
「うん‥‥わかってる。ありがとね」
 ジルはシープの隣に腰を下ろし、キャンディを受け取った。
 シープの頭に生えた小さな角にも似た渦巻きのペロペロキャンディは、甘いミルクの味がした。
 それを一思いに噛み砕きたい衝動を抑えつつ、ジルは遠方の城郭を見た。
 あの一角では、今頃上層部の人達の会議が行われている筈だ。その会議で、シープの未来が決められる。
 どうか、悪い方に行きませんように‥‥
 ジルは祈る様な思いで、青い空を見上げた。

 その頃、会議室。
「‥‥今、何と言った!?」
 シワだらけの手が円卓を叩く。その手の持ち主は震える拳を持ち上げると、相も変わらず卓に足を上げ、だらしなく椅子の背にもたれかかっている男に向かって指を突き付ける。
「とうとう耳まで遠くなったか、爺さん?」
 突き付けられた方‥‥国務補佐担当大臣は、鼻をほじくりながら答えた。
「それとも、こんな簡単な話が理解出来ねえほどボケちまったか? だったら、さっさと隠居でもした方が世のため人のためだぜ?」
「き、貴様‥‥っ! 雑用大臣のくせをしよってからに! 生意気にも程があるぞ!」
 だが、当の雑用大臣は平気な顔で鼻をほじくり続ける。
「‥‥雑用ってな、そう馬鹿にしたモンでもねえんだぜ? まあ、お前らにゃ死んでもわからねえだろうが、な」
 丸めた鼻くそを老大臣に向かって弾き飛ばすと、フェイニーズは面倒臭そうに立ち上がった。
 両手をポケットに突っ込み、話し始める。
「シープシーフは、エピドシスの女神エフィオラの許に預ける。向こうも承諾済みだ。‥‥以上、説明オワリ」
 フェイニーズは大袈裟な身振りで頭を下げて見せた。
「何の説明にもなっとらん!」
 再び、拳が打ち付けられる。
「あれは、我が国のエレメント研究に革新的な進歩をもたらすかもしれぬ、貴著な研究材料じゃ! それをみすみす他国の、しかも人型エレメントふぜいに託すなど‥‥国益に反する、反逆行為じゃ!」
「もう一人の人型にしてもそうじゃ。お前達は、あれを勝手に解放したそうじゃな!? 縛り上げてでも、この要塞に連れて来いと命令したじゃろうが!?」
「‥‥なあ、ヴィル」
 老大臣のわめき声を右から左へ受け流しながら、フェイニーズはオールヴィルに声をかけた。
「こいつら、見限っても良いか?」
「安心しろ、俺はとっくに見限ってる」
「‥‥そうか」
 ニヤリ。
「‥‥じゃ、やるか」
「やろう」
 せーの。
 ――どがぁーん!
 円卓は、再び蹴り倒された。
「いい加減にしやがれ、てめぇら」
 ひっくり返った円卓に足を乗せ、フェイニーズが言った。
「奴等を実験動物としか見られねえ、てめえらみたいな連中が‥‥あのファスターニャクリムを生み出したんだ」
 こんな連中ばかりが周囲にいたら‥‥いかに温和な性格を持った者でも、人に対する不審を募らせるだろう。
 滅ぶべしと考えても無理はない。
「もう二度と、あいつと同じ思いはさせねえ‥‥!」
「クビにしたければ、勝手にするが良い。反逆者と言われようが、この首に賞金をかけられようが‥‥俺とダグは俺達のやりたい様にやる。シープにも、他の人型エレメントにも、手出しはさせない」
「大臣‥‥ね。こんなクソみてぇな肩書き、欲しくもねぇさ」
 あれば何かと便利なだけで、拘る必要もない。
 ふんと鼻を鳴らし、フェイニーズは老大臣達に背を向けた。
 それに続いて、オールヴィルも会議室を後にする。
 誰も彼等を止める事は出来なかった。あの二人が本気になれば、衛兵などでは歯が立たない事は知っていたし‥‥そして、何より。ブリーダー達の支持が彼等にある事もわかっていた。
 だからこそ、彼等よりも先に人型の身柄を確保し、手中に収めたかったのだが‥‥
「あの時も、そうじゃ‥‥」
 老大臣は苦々しく思い起こす。彼等がクヴァールに渡って行った時の事を。
 あの時も、二人は上の命令など全く無視し、勝手な行動をとった。
「‥‥もう、我慢ならん‥‥っ」
 老大臣は拳を震わせる。
 しかし、彼等を放逐した後を任せられる者は‥‥いない。
 民意を失った老大臣達に、国を動かす力はなかった。

「僕は、女神様の所へ行くのですか?」
 会議室から出て気た二人を見付け、シープがジルを引きずるように駆け寄って来る。
「ああ、エピドシスの女神様はお前達と同じ人型エレメントだ」
 その頭を撫でながら、オールヴィルが言った。
「彼女は人と暮らした経験が長いし、同じエレメントであるお前の気持ちも、よく理解してくれるだろう」
「それに、とびきりの美人だしな」
 フェイニーズが付け加える。
「美人のおねぃさんなのですか! 僕は大好きなのです!」
 シープ、さすが男の子。
「シープくん、よかったね!」
「ありがとうなのです!」
 頭を撫でたジルに、シープはとびきりの笑顔を返す。そうか、そんなに美人のおねぃさんが好きか。
「でも‥‥えぴ‥‥しす? クヴァールから、遠いのです。えんにぃに、会えなくなるのです」
「大丈夫だ、海も空も近いうちに静かになる」
 それに、いずれはサームも出来るだろうとオールヴィル。
「女神に頼んで、背中に乗せてって貰う手もあるな」
 フェイニーズがニヤリ。
「えんちょーも、美人は好きだろ」
「うん、きっと好きなのです!」
 今頃、クヴァールに盛大なクシャミが響いている事だろう。
「‥‥さーむ‥‥しゅんかんいどう、なのですよね?」
 シープが訊ねた。
 意味はよくわからないが、興味はあるらしい。
「よし‥‥じゃあ、サームで帰るか‥‥」
 エカリス。白銀の狼が焦がれた、彼の名を持つ町へ。
「くまさん、肩車なのです!」
 シープにせがまれ、オールヴィルはその体を肩に乗せる。
「よーし、このままサームくぐるぞー!」
 勢い良く走り出したその背を眺め、フェイニーズは小さく笑みを漏らした。
 まるで、親子の様だ。
 人も、エレメントも‥‥違いはない。
 全ての「いきもの」が、生まれて良かったと感じられる世界。
 それを創る為に、出来ること、やらなければならないこと。そして‥‥課題。
 まだまだ、隠居している暇はなさそうだった。


第一回目のOPはこちら!
第二回目のOPはこちら!
第三回目のOPはこちら!




■解説

 ◇基礎情報(今回の作戦について)※03月09日更新
 情報1(暗雲に覆われた世界について)
 情報2(アンデット及び新種モンスターについて)※03月10日更新
 情報3(人型モンスターについて)※03月10日更新
 情報4(腐敗の森について)
 情報5(クヴァールの塔について)

 第1回戦功ランキング
 第2回戦功ランキング
 第3回戦功ランキング

 第1回特別功績者一覧
 第2回特別功績者一覧
 第3回特別功績者一覧

 特別プレイヤー情報(スキル・魔法の省略について)


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