リアイベ クヴァール島最終決戦【銀炎】

■<上陸>
 クヴァール島――
 人型エレメントの本拠地であるその島には、凶暴なモンスターが巣食い、暗黒と恐怖が渦巻いている‥‥
 ――筈、だった。

 しかし今、上陸したブリーダー達の目の前に群れをなしているのは――

「んべぇ〜〜〜」
「めぇぇ〜〜〜」

 ふわふわ、もこもこ、白いわたぼこの大群。

「あれは‥‥」
 その余りに場違いな光景に脱力しつつ、務めて冷静にこの状況を分析しようと試みているのはヘヴィ・ヴァレン(ha0127)だ。
「羊‥‥だよな」
 そう。羊。どう見ても羊。ただの羊。それが‥‥何故こんな所に?
「おおう、羊の群れじゃの。モンスターが来る前に何とかできるといいんじゃが」
 しかし、ワン・ファルスト(ha2810)はその異様に場違いな光景にも動じない。そして、羊の大群と言えば思い出すのは‥‥去年のハロウィン。
 頭に羊の角を生やし、執事の格好をした少年の悪戯に振り回された日々が、それに関わったブリーダー達の脳裏に蘇った。
「シープ君?」
 フィン・ファルスト(ha2769)が呟く。
 そう、あのふわもこの群れの中に――
「あの中に、必ずただの羊じゃない子がいるはずです」
 シャルロット・エーギル(ha4860)が言った。その子‥‥シープシーフは、以前会った時と同じ様に羊の群れの中に紛れている筈だ。
「なるほど‥‥。で、あれは羊も襲ってくるのかシープシーフだけなのか、単なる通行制限なのか‥‥?」
 ヘヴィは頭を抱えた。三番が正解‥‥の様な気がする。「羊横断中」と書かれた旗でも持って来れば良かったか。

「とにかく、探そう!」
 ナッビ(ha4788)が空中に舞い上がり、サーチエレメントで魔力の強い羊を探そうと試みる。が‥‥
 敵も、それを黙って見ている筈がない。
 空からは腐りかけの鳥が、地上からは屍犬達が羊の間を走り抜けて来る。そして――降り続ける白い蛇。
「ナッビさん、戻って!」
 リリー・エヴァルト(ha1286)が飛び出したナッビを呼び戻す。まずはシープと彼の仲間達を分断するのが先だ。
「さあルド、仕事の時間だ!」
 アレン・エヴォルト(ha1325)は盾を構えて妹の前に立つ。羊の群れを抜けて突進して来た犬が、その盾に弾かれて転がった。そこに飛んで来たのは、双子の兄妹ヴィンデ・エヴォルト(ha1300)の矢とマルヴェ・エヴォルト(ha1301)のホーリーの魔法。
「僕も、傍にいるよ‥‥」
 ――姉様を支えたくて‥‥でも、何ができるのかわからなくて。
 それでも、ヴィンデは弓を引く。姉と、それを支える兄達の攻撃を支えるように。姉を守るように。
 ――傍にいる。家族として。弟として。その存在で、支えとなれれば‥‥
「お姉ちゃん、回復は任せて‥‥だいじょうぶ、だよっ」
 マルヴェも元気に声をかける。
 そして、もうひとり‥‥リリーの周囲を固めるのは幼馴染の東雲雷太(ha1328)だ。
「雷太、リリーを護るぞ、昔みたいにね」
 アレンに声をかけられ、雷太は黙って頷く。
 ――あいつが、リリーが泣く度に思った。強くなりたい、と。だから俺はこうして此処にいる。あいつを護る為に‥‥!
「俺が、護るから」
 ――俺が前を向いてるのは、あいつを、リリーを幸せにする為だ。
 その為ならば、例えこの腕も無くしてでも、護る。

「ボク、羊達‥‥誘導、してみる」
 キックミート(ha3157)はパートナーの力を借りて羊達の群れを先導しようと飛んで行く。
「あたしも行きます!」
 フィンが続いた。そこに、ジェファーソン・マクレイン(ha0401)が、桜井そら(ha1380)が、レイ・アウリオン(ha1879)、まひる(ha2331)、雛花(ha2819)、音影蜜葉(ha3676)、カムイ・モシリ(ha4557)、ゼノ・エリセル(ha4829)、そしてリフヴェラ・フォネス(ha4886)が――
 シープシーフとの戦いを望まない者は、こんなにも多い。
 いや、彼等の説得に回るつもりはなくても、大半の者が戦う事を望んではいなかった。
 彼に、その想いが届いてくれれば良いのだが‥‥
「援護します!」
 エルマ・リジア(ha1965)が上空から近付いて来る屍鷲をライトニングサンダーボルトで狙う。
「‥‥せめて、と思うんです。せめて少しだけでもと」
 羊達には当てないように。
 それを追って、ワンが放ったホーリーが命中する。続いてブラッド・ローディル(ha1369)のトルネード。
「やれやれ、世界を救うなんて柄じゃないんだがねぇ‥‥これも行きがかりという奴だ」
 羊達は巻き込まないようにというのもなかなか難しい注文だが、やって出来ない事はない、筈だ。
「羊は任せたぞ」
 アッシュ・クライン(ha2202)は、羊の誘導や説得に向かう者に近付こうとするものや、こちらに向かって来るもの――とにかく手当り次第、ただひたすらに敵を倒していく。
「あの人達への横槍は禁止。行くなら悪いけど、痛い目見てもらうよ?」
 邪魔はさせない。レイス(ha3434)は疾風脚を使い、羊のもこもこ壁の向こう側へ飛び込んで撹乱を狙う。自分を囮にし、敵の目を引き付け――
「ゾンビより、グールが多いのか」
 比較的保存状態の良い遺体に生え揃った牙。長く鋭い爪。それに、ゾンビよりも遥かに動きが素早い。
 レイスはそれらをトリッピングで転がし,或いはポイントアタックで関節の破壊を狙った。
 今はシープシーフへの呼び掛けに向かった者達に危害が及ばなければ、それで良い。
 その間に、キックミートは羊達のリーダー‥‥は、わからない。仕方がないので、羊全体に呼びかけてみる。
「こっち‥‥安全な場所。誰も、キミ達‥‥傷付けない、から」
「‥‥おいで。そこは危ない」
 そらも、静かに呼びかけてみた。彼等も、大切な相棒きらと同じエレメント。大事にしたい――こんな状況だからこそ。
 しかし、羊達は頑として動かない。押しても引いても、ビクともしない。
 その、もこもこの中から――小さな声が聞こえた。
「ダメなのです。動けないのです。僕はここを守るのです‥‥!」
「羊の子、やっぱりあそこに‥‥?」
 フィンが耳を澄ます。
「シープ君お願い、出てきて!」
「シープシーフ‥‥初めまして、かな」
 それっきり静かになってしまった羊の群れに、まひるが声をかけた。
「この場に留まると、大事な羊達も戦いに巻き込まれる。向こうに、行かないか?」
「大丈夫なのです! 僕の羊は強いのです!」
「うん、強いのはわか‥‥っ!?」
 ――どどどーーーっ!
 まひるに皆まで言わせず、羊達が走り出した。どう見てもただの羊だが、体当たりを喰わされ、蹄で踏み潰されると‥‥結構痛い。
「大丈夫ですか?」
 踏み潰された味方は、シェルシェリシュ(ha0180)がリカバーサークルでどんどん回復。
「あの‥‥どいてくれない、かな」
 もふ。
 辺りを一周して元の場所に戻った羊達を、ゼノがやんわり押しのける。
 もふ。もふ。
「‥‥だめ、か」

「これじゃ埒が明かないな」
 ルーディアス・ガーランド(ha2203)が小さく溜息を漏らし、肩を竦める。
 そして、意を決した様に叫んだ。
「先行して、突破口を開くぞ。怪我したくなかったら、引っ込んでいやがれ!」
 ――ささーっ!
 その声を聞いて、羊の波が引いた。
「僕の羊達に、何するですか!」
 ルーディアスは構わずにグラビティーキャノンやアイスブリザード、ウインドスラッシュにトルネード‥‥とにかく、ありったけの範囲魔法を連発。
 ただし、逃げた羊に当てるような事はしない。
 その代わりに、ミスティア・フォレスト(ha0038)とリアナ・レジーネス(ha0120)が、羊の波が引いた場所に石の壁を築き上げた。
 ミスティアは更に、石壁の前にファイヤートラップを仕掛ける。アンデッド達が羊の群れに近づかないように、そして羊達も、こちらへ戻って来ないように。
 分断、成功。
「ここからが本番、だな。今度こそ終わらせるぞ」
 アッシュは両手に小太刀を構え、敵の群れの中へ突っ込んで行った。
 事前に相棒のスワロー、ティナーディアを上空に飛ばし、敵の布陣を把握しておいたソフィリア・エクセル(ha2940)は、戦力の手薄な所を徹底的に突いて攻撃を仕掛ける。
「あなた方の好きにはさせませんわ! 希望の歌声を必ず響かせるのですわ!」
 しかし、それはこちらの台詞だと言わんばかりの猛攻が、ブリーダー達に襲いかかる。
 そう、この島では侵略者と呼ばれるのは彼等、ブリーダー達の方だった。
 だとしても――
「これが貴方がたの怒りというのであれば、私達が応えましょう」
 リアナは襲い来る敵をライトニングサンダーボルトやマグナブローで迎え撃つ。
 エルマも、もう手加減は無用とファイヤーボムをひたすら当てていった。
 だが、ソーサラー達の範囲魔法でいくら蹴散らしても、敵の数は減る気配を見せない。おまけに‥‥鬱陶しいのは次から次へと降って来る白い蛇から生まれた、ブランシュ。
 実害がないなら放っておけば良い――と、思ったが。
 経験の浅いブリーダー達の中に、被害が出始めた。恐怖に怯え身動きが取れなくなる者が、後方に設置された救護所へ運ばれていく。
「‥‥どこにいても、変わらない。やるべき事をやるだけさ」
 イーリアス・シルフィード(ha1359)は、そう言いながら動かない身体にニュートラルマジックの魔法をかける。魔法で麻痺が起きているなら、これで解除が出来る筈だった。
 しかし――何も起きない。
 ――これは、思ったより厄介な相手かもしれない。
 それを聞いて、ディアッカ・ディアボロス(ha0253)が伝令に飛ぶ。
「わかった、ありがとう」
 ルーディアスは仲間達に作戦の変更を告げた。ブランシュは、見付け次第――還す。
「バンシー気取りかよ。心中とお通夜の準備なんかさせてたまるかってンだ!」
 森里雹(ha3414)の一撃で、それはあっけなく散っていった。意外に脆い。
「これが多分最後の戦いだ。ユーリア、ボクに力を貸してくれ!」
 浅野任(ha4203)は、それがまだ空中にいるうちに対処出来ないだろうかと、降って来る白い蛇に狙いを定めた。
 ぱしゅん、と軽い音がして、白い姿が宙に散る。
「お、良いじゃん!」
 蛇達がアンデッドの群れに浸透する事を警戒していた雹は、任の背中を軽く叩いた。
「その調子で頼むぜ?」
 雹さん、これでもれっきとした女性だが――まあ、気にしない。
 一方救護班のシェルシェリシュは、その悲しげな声を聞いて何かを思いついた。
「メンタルリカバー、効くでしょうか?」
 物は試し、さっそく近寄り手をかざしてみる。ブランシュの白い身体は光に包まれ、一層白く輝く。しかし――叫び声は止まらなかった。
 悲しくて叫んでいる訳では、ないのだろうか。
「なぁ、――お前も彼の死だけは、望まないんじゃないか?」
 泣き叫ぶブランシュにそう声をかけながら、アーク・ローラン(ha0721)は弓を引く。
「‥‥羨ましいくらいに一直線だね、シャルロームも」
 それが彼女なのかどうか、彼女であった時の意識が残っているかどうか‥‥それはわからないが。

 一方では分断された羊達‥‥の中に紛れたシープシーフに対する説得が続いていた。
「あたしもう誰も傷つけたくない! 君と、君の友達とまた遊びたい! だからお願い、シープ君!」
 フィンが叫ぶ。だが、羊に紛れた少年からは何の返事もなかった。
「汝が望むは、この空と、あの禍々しき魔物の存在か‥‥」
 蜜葉が静かに語りかける。彼が仮初の友情を取り、邪道を行くのなら容赦はしない。ただ――
「真に友を思うなら成せる事がある。友に苦言を与えるも友の役目‥‥」
「‥‥な、なんですか! むずかしい言葉で僕を煙のスマキにしようったって、そうはいかないのです!」
 シープは羊の群れに埋もれ、姿を隠したまま答えた。
 煙に巻く、と言いたいらしい。
 そして、まだ人の姿にも、人の言葉や文化にも余り慣れていないシープシーフには、蜜葉の言葉遣いは少し難しすぎた様だ。何と言っても見た目の通り、外見10歳、中身も10歳。
「‥‥友達なら、いけない事はいけないと‥‥きちんと言ってあげる事も必要だと、そういう意味です。人とエレメントのあるべき姿‥‥貴方はそれを知っているのではありませんか?」
「ともだち‥‥? 僕はクリム様と、ともだちなのですか?」
「違うのですか?」
「‥‥クリム様は‥‥クリム様なのです! とってもやさしい、いいひとなのです! だから僕は、クリム様の為に働くのです! 怖いけど、頑張るのです!」
「――見付けました!」
 シャルロットが叫んだ。白いもふもふの中に、ぽつんとひとつ、黒い点。シープの頭だ。
「流石に羊のままでは喋れない様ですね‥‥」
 小さく笑みを漏らしつつ、シャルロットは手近な木の枝で密原帝(ha2398)と御影藍(ha4188)、二人の友の身体をひっ掴む。そして――彼等に託す想いと共に、羊達のド真ん中に向けてぶん投げた!
「貴方に会う、三度目の正直。これを、永遠の別れにしないで下さい‥‥!」
 見た目に反して、なかなか豪快な事をなさるお嬢さん、だ。
 投げられた二人は、もふもふのクッションに着地。大きな目を丸く見開いている少年の前に立った。
「また隠れんぼ?」
 帝は少年の腕をとり、微笑みかける。その頭上には黒い兎の耳が可愛らしく揺れていた。‥‥別に、ばにーが趣味な訳ではない。ただ、以前会った時と同じ格好なら思い出してくれないだろうかと、藍とお揃いで付けているだけだ。‥‥ほんとだよ?
「でも、戦うなら‥‥僕らも引けないよ。これは、遊びじゃない」
「遊んでなんかいないのです! これは戦いなのです。任務なのです!」
「シープ、みっけ!」
 今度はナッビが飛び込んで来た。
「かくれんぼの次は鬼ごっこ? ボクは負けないよ!」
「だから、遊びじゃないのです!」
「遊びたく、ないの?」
 ナッビが首を傾げる。
「ボクは前に一緒に遊んで、楽しかった。だから、戦いたくないよ」
 ぴたり。近寄って張り付き、自分にディフェンシヴエレメントの魔法をかけた。本体はもふもふのウール100%で、ついでに静電気も100%、サワルナキケンだが、人の姿になっていれば大丈夫。
「ボクが盾になる。誰にも攻撃させないように守るよ」
「‥‥そんなことしたって‥‥ダメなのです! ニンゲンは敵なのです!」
 シープの掌から、雷が迸る。それは目の前に立っていた帝を直撃した。しかし‥‥
「痛く、ないよ」
 帝はシープの腕を掴んだまま、にこりと笑う。
「‥‥なんで‥‥笑ってるですか。痛いですよ!」
「痛くないよ」
 にこー。帝は笑っていた。
「シープさん、あなたはどうしたいですか?」
 藍が訊ねた。本当に戦う事を望むのか、それとも‥‥
「‥‥僕は、楽しいのが良いのです。こんなの‥‥ちっとも楽しくないのです。でも‥‥」
 これは、クリムに‥‥大好きなひとに頼まれた事。
「頼まれたことは、きちんとやるのです。僕はクリム様に褒めてもらいたいのです。良い子だって、言ってほしいのです」
「だから‥‥怖くても、頑張るのですか?」
 リリーが訊ねた。
「‥‥怖くなんか、ないのです。クリム様は‥‥やさしいのです。やさしかった‥‥の、です」
 どうして、変わってしまったのだろう。
「‥‥怖くなっても、仲間ですものね。家族ですものね‥‥」
 けれど、仲間なら。家族だと思うなら――
「YESしか言えないなんて、上司と部下の関係じゃないですか」
 カムイがのほほんと、だが厳しい事を言った。
「仲間なら止める時は止めなくてはいけません。やさしいひとに、戻って欲しいのですよね?」
「‥‥止められないのです。僕の話、聞いてくれないのです‥‥」
 一頭、また一頭‥‥シープの周囲から羊の姿が消えていく。それは、シープが作り出した自身の――触れる幻だった。
「一緒に、止めに行こう」
 まひるが手を差し出す。
「戦うこと以外を望むなら、まずは私達が手を繋ごう!」
 だが、シープはその手をとる事が出来なかった。とってしまったら‥‥仲間を裏切る事になる。けれど、このまま戦いを続ける事も出来なかった。
「大丈夫、守るよ」
 レイが言った。是が非でも守り抜いてみせる。でも――何故だろう。何故、そう思うのか。
 ――従順だから?
(「‥‥違うな、この子には希望を感じたからだ。シープ君を見てると大臣が目指した事も夢ではないと思える」)
 カモフラージュの羊が消えた今、シープは丸裸も同然だった。早く、後方の安全な場所に送らなければ。
「無理してでも助けなきゃな‥‥」
 リフヴェラが決意を固める。ここで彼を失うような事になれば、全てが水の泡だ。
「さて、もう一踏ん張りじゃの」
 ワンの言葉に一同が頷く。島の奥から湧いて来る敵は、尽きる事を知らぬかの様に増え続けていた。
「‥‥シープさん。貴方の力で、貴方の仲間を眠らせる事‥‥できる?」
 あの空に還して良い命なんて、ひとつも無いから。だから、出来るだけ犠牲は減らしたい。眠らせるだけで済むなら、それが――
 だが、リリーの問いにシープは首を振った。彼にそんな能力はない。数えるための羊なら、出せるけれど。

「大丈夫‥‥。大丈夫‥‥、だから‥‥。‥‥ね?」
 ルシオン(ha3801)はメンタルリカバーポーションを飲みながら、仲間の魔力をスピリチュアルリカバーで回復させていく。前線で戦う者達は、自分で薬を飲む手間も惜しいほどにフル回転していた。
「同胞の命まで削るような真似して、何が目的なんだ‥‥?」
 ヘヴィは人の姿をしたものを相手にしながら問いかける。答えはないと、わかってはいたが。
 以前この島に来た時よりも、敵が強くなっている。ゾンビよりも、グールが、そして、もっと多くの‥‥これまでに見た事のない死者達がいた。
「魔法を使うゾンビなんて、いなかったぞ」
 それに、ウォーリアーと同様に武器やスキルを使いこなす敵も。
 おまけに彼等には通常の武器攻撃が全く効かなかった。そして更に。
「‥‥っ!」
 隣で戦っていた仲間が、いきなり斬り付けて来る。魔法タイプのアンデッドが放つ魅了の魔法にかかったのだ。
「今、行きます!」
 前線近くでニュートラルマジックをかけて回るシェルシェリシュは大忙しだ。
「侵攻と、保護。両方ってのは大仕事だね」
 だが、片方は成し遂げた。もう一押し――と、顔を上げたまひるの目の前に、ブランシュが降って来た。まひるは、何を思ったのか‥‥それを抱き締めてみる。
 冷たい肌。痩せて骨張った身体は、お世辞にも抱き心地が良いとは言えなかった。
(「シャルローム‥‥満足だったのかな」)
 ふと、思う。しかし、満足して逝ったなら‥‥何故こんな哀しげな声で泣く? この空が彼にも災いをもたらすと、そう思っているのだろうか。
「ここは通さない!」
 後方へ送られたシープを守るため、レイはその剣を振るい続ける。
「仲間を犠牲にせずに直接ぶつかってきやがれですよ」
 カムイが呟いたのは、安全な場所から様子を見ているのであろう、親玉への言葉。
 それを引きずり出すため、そして相棒エムシを守るために、のほほんと戦う。のほほんとはしているが、服が割けて普段は人に見せる事のない傷痕が曝け出されても、頑張る。
「不毛な戦いの行きつく先には何があるというのだ‥‥?」
 ジェファーソンの手には、羊を撫でた時のもふもふの感触がまだ残っていた。だが――モンスターが相手では、撫でて鎮めるという訳にもいかないだろう。
 それに、ここで倒れる訳にはいかない。自分達を黙って見送っていた、あの管理局長の顔‥‥いや、笑顔を見るまでは。
 帝と藍は、ルーディアス達ソーサラーが開けた風穴に突っ込み、蹴散らす。
「この甘さは命取り。判ってる‥‥でも。失いたく、ないんだ――‥‥」
 エレメントなら、例えモンスターと呼ばれるものでも。そらはトリッピングを多用し、転がす事で敵の戦意喪失を狙う。
 だが、この島に生息するもの達は、逃げる事をしない。それはこの暗雲が空を覆う前ですらこの島にあった、あの独特の空気のせいだろうか。
「黒い魔力の影響‥‥メンタルリカバーで消せないでしょうか」
 リュミヌ・ガランha0240)が一体のモンスターにそっと近寄り、魔法をかける。そして、ブランシュにも――
「大切な人の元に帰りませんか‥‥?」
 その想いは、伝わらないかもしれない。探しているラアの姿も見付からない。それでも。
 絶望も何もかも、否定せず受け入れ――希望を笑顔で返す。
「人は苦しめ傷つけるだけでなく、優しく包み込む事も出来ると‥‥信じてます」
 ラアにも、次は――気付いて欲しい。気付いて貰って、届けたい。いや‥‥届ける。必ず。
 だが――
「残念‥‥。心を奪われたこちらの敵は、言葉が届かない」
 ミスティアが言うように、アンデッドには何も‥‥心さえ届かない。
 いつ果てるとも知れない不毛な戦いに、ブリーダー達の疲労は溜まっていく。
 しかし彼等の耳には常に、歌が聞こえていた。
「私達が何のために戦っているか、忘れないで――」
 皆の心が闇に捕らわれないように、エレメントと手を取り合い楽しく暮らす日常を取り戻すために戦っていることを忘れないように――エミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)は歌い続ける。
 同じハーモナー同士、テフテフ(ha1290)もそれに合わせて歌い続けた。
「あたいは、出来る事をする」
 ひまわりの唄に妖精のワルツ、加護の舞に、やすらぎの唄。二人の歌声が戦場を満たす。
「悲しいものだな、この空も‥‥空気も‥‥」
 ミース・シェルウェイ(ha3021)はエミリアと行動を共にしつつ、その意図を汲んで味方の士気を鼓舞をして回る。仲間を、そして大切な存在を守るために。


「‥‥これで、最後か‥‥?」
 誰かが、振り上げた腕を下ろす。いや、重力に引かれるままに落としたと言った方が良いだろうか。
 ――終わった‥‥らしい。
 しかし、勝利の感慨は湧かない。侵略者という文字が、脳裏をよぎる。
 もっと別な形で‥‥とは、望んでも詮無い事か。回り出した車輪は、止まらない。
 イーリアスがホーリーライトで周囲を照らす。元より周囲が暗いため、今が昼なのか夜なのかわからない。
 足元には潰れた肉塊が積み重なっている。これも、きちんと埋葬しなくてはならないだろう。
 しかし、今は。
 ここに拠点を作らなければならない。そのための上陸だ。
「炎烏様‥‥」
 暗い空を見上げ、雛花(ha2819)が呟く。
 「このままでは『家族』も『同胞』も皆、居なくなってしまう」
 今は何より、それを伝えたかったのに。彼女――シャルロームに大切な人を託された、炎烏に。
 次は、会えるだろうか。話が出来るだろうか。
 ――今は嘆くよりも、許しを願うよりも、手を伸ばさなければ‥‥

「しかし、大量の羊がいると聞いて用意したんだけどね〜」
 少し沖に黒い影となって浮かぶ船に、ブラッドが視線を投げる。結局、お客様はシープシーフひとり。
 まあ、最大の目的は達成出来たのだから、良しとしようか。
「‥‥キミ達みたいな姿じゃないと、人間は認めてくれないのかな‥‥悲しいね」
 キックミートが寂しげに焚き火の炎を見つめるシープにそっと寄り添った。
 けれど、まだ。
 この子が「こちら側」へ来てくれたなら。

 希望は――まだ残されていると、信じよう。

<担当 : STANZA>



■<海上>
 クヴァール対岸要塞は静かにそこにあり、出航する艦隊をじっと見送る。
 もう何度、ここから出航しただろう。
 いつか――戦う以外の目的で、あの島へ渡れるようになるだろうか。

「――進むんだ、へぇ」
 くつくつと、しかしどこか無邪気に笑い、遥か上空から眼下の海を眺め見るオフェリエ。無邪気に見えるその笑みが、却って残酷だ。
「あの島に渡ったって、お人形みたいに転がるだけなのに。でも、ニンゲンはこのお人形みたいに可愛くないけど」
 片手に抱いた人形の髪を撫で、尚も笑い続ける。
 その視界の向こうを、舞い降りてゆくのは雪ほどに白き忘れ形見。悲しき叫声をあげて彷徨うその姿は、オフェリエにとっては滑稽でしかない。
「ちょっとばかりクリム様のお役に立ったからって、威張るんじゃないわよ」
 生きてお側にいることさえできないくせに。
 オフェリエはふん、と鼻を鳴らす。
 でも――。
 ファスターニャクリムに全てを捧げていたシャルロームのことだ。きっと満足し、そして幸せそうに散ったに違いない。
「なんだか気にいらなーい」
 ぎゅっと人形を抱き締める。
「クリム様は私のもの。クリム様のお役に一番立てるのも私。クリム様のお側にずーっといるのも、私なんだからっ」
 別に悔しくなんか、ないんだからねっ。
 純白の翼が、ばさりと揺れた。

 うねる海面と波の進路と。
 それら全てに逆らうように北へと走り抜けるのは、数知れぬ雷の槍。
 ソーサラーのライトニングサンダーボルトと狙撃手の雷撃が絡まり合って薄闇の中を抜けていく様は、ただただ、美しい光景だった。
 後続する部隊のクヴァール島への上陸を果たすために、空と海に展開して迎撃する異形のヴェールを、雷の槍が覆い隠し、破り、貫く。
 それらは南へも向けられる。隙に乗じて大陸を狙う彼の者達へと。いつ果てるともなく――続く。
 新たな矢を番え、ストラス・メイアー(ha0478)は再び異形のヴェールを見据える。
「まずは前哨戦と言ったところか‥‥」
 引き絞る弓弦、弾く音。大気を裂く雷光の矢は再び美しき尾を引いて走り抜けた。そして、ヴェールに隠れるようにして更なる上空をゆく小型翼竜を追い詰める。
「が、頑張ります‥‥」
 上空に滞空するリル・オルキヌス(ha1317)も同様にして、ホークアイで全てを見据えながら空をゆく影へと弓弦を弾く。小型のモンスターを運ぶ翼竜の先手を取ると狙い、船上への襲撃を確実に減らしていった。
「死ぬなんて許されてないけどさ‥‥死ぬ気で護るぞっ! 絶っ対ぇ通さねぇ!!」
 海上部隊の最前線で指揮を執るライディン・B・コレビア(ha0461)は、ホークアイで敵の動きを確実に読んでいく。視界の端を走る灯りは、ティセラ・ウルドブルグ(ha0601)が他の艦艇へと送るサイン。
 サインを送りながら――澱みきった空を見上げた。
「青空を取り戻しましょう」
 ライディンの背を預かるティセラは彼の指示と自身の判断に従い、信号灯で各艦の位置を知らせて連携を図る。
 他の艦艇からも同様の合図が放たれ、信号灯と共に微かに揺れる灯りはランタンのもの。
 空を覆い尽くす暗雲は、下界を鈍い色へと変える。その中で、希望のようにさえ見える――ランタンの、灯り。
 その灯りと信号灯は敵をも引きつけることになり、上陸部隊への敵の進軍をゆるりと妨げていく。
 それらの動きと、サインと、そして船乗りの針で方角を確認しながら、通山真一(ha5452)は海上部隊の先頭を駆ける艦で、敵を確実に誘導するべく舵を取る。
 時折、舵を持って行かれそうになるのは、船底に容赦なく攻撃を仕掛ける海竜達のせいだろう。
 常に迫る敵影の中に、ゆらゆらと彷徨うのは白き――ブランシュ。
 天空の暗雲から誕生したそれは、悲哀の叫びをその喉から発しながら甲板上で揺れる。
「とんでもない置き土産を残してくれたよね、あの人‥‥」
 サーシャ・クライン(ha2274)は風刃を放ちながら、暗雲と、そしてブランシュを見つめ、小さく漏らす。
 シャルローム。
 彼女とサーシャは幾度となく風をかわした。自信に満ちた表情のシャルロームがサーシャの脳裏を過ぎる。
 それを払拭するように首を振るとサーシャは詠唱を始め、空を来る翼達へと強大な風を巻き起こした。
「夜は好きだが、これでは月が見えないな」
 月夜(ha3112)は暗き空に眉を寄せる。船縁から飛び込もうとするシャークへと放った魔弾の爆炎までもが、あの暗雲に呑み込まれてしまいそうだ。
「ゲッちゃん、感傷に浸ってるのかな〜?」
 悪友のディーロ(ha2980)が軽口を叩く。
「ゲッちゃん言うな。お前はもうちょっと緊迫感を持て」
 げしっ!
 月夜は容赦なくディーロの大腿部を蹴り飛ばした。
「相変わらず沸点低いよね‥‥。‥‥それにしても、これって世界のピンチって奴? まぁ、僕らのやることに変わりはないけどね」
 大腿部を撫でながらディーロも月夜同様、空を見上げる。そして仲間の回復に従事する者達を援護するべく、闘龍と黒曜刀と舞い踊らせた。
 一頭のペガサスが滞空する。アスラ・ヴァルキリス(ha2173)のライディーンだ。その背にアスラとエヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)を乗せ、飛行する編隊のただ中を抜けていく。
「皆が島に渡って、雲を消すまで‥‥ごめんなさい、でも今は邪魔させない!」
 その小さな体にデュランダルを構え、馬上のエヴァーグリーンは編隊そのものを薙ぎ払うように戦い続ける。
「思いをぶつけた人が、全員島に行くまで頑張らないと‥‥」
 戦闘の衝撃と、敵の攻撃と。それらからエヴァーグリーンとライディーンを護るべく手綱を握るアスラ。時折船乗りの針でその方角を確認しては、眼下の艦隊と行動を共にする。
「ティーちゃん、無理しないようにっ!」
 ライディンは雷影を海面すれすれの敵へと放ちながら、背中合わせで戦闘を続けるティセラに声をかける。
「はいっ、師匠!」
 ティセラは力強く頷き、そしてウルヴァンを派手に振り回した。
 派手にファイヤーボムを駆使して暴れるロゼッタ・ロンド(ha3378)は、甲板を所狭しと駆けめぐる。
「ロゼッタ・ロンドの魔術を御覧あれ!」
 頭上すれすれを威嚇するように飛来するイーグル達に、途切れることなく炎を撫でつけるロゼッタ。
 そのとき、激しく突き上げられるような揺れが艦を襲った。波打つ海面から覗く、海竜の尾。
「おっとと、船を沈められちゃ困るわね!」
 ロゼッタは照準を海竜の尾に定め、ぬらぬらと照るざらついた皮膚へと新たな炎を放出した。
 世界を包む暗雲。垂れ込め襲い来る闇の予感。
 それによって人々は怯え、異形の者達は戦うことに喜びを見出していく。
 本能なのか、それとも。
 好戦的となったモンスターの編隊が船体を掠めれば、下から突き上げる衝撃と重なって再び大きく傾く。
「持ち堪えなければ‥‥」
 レイチェル・リーゼンシュルツ(ha3354)は艦の左右を確認する。バランスを崩し、膝をつく者。激しく体を打ち付けて喘ぐ者。彼等を護るように必死に立ち回る者。
 彼等へ空からの襲撃を仕掛ける鳥達の翼を、レイチェルの放つ矢尻が貫いていく。
「‥‥要塞に来た彼等の、目的も気になるんですが‥‥」
 呟きながら、手に持った刀身で円を描くのはレテ・メイティス(ha2236)。その動きは、翼を畳んで甲板上で暴れる巨大な竜の胴から脚部を走り抜け、そのまま滑るようにレテは一歩を踏み込んでその巨体を突く。この巨体では引っ掛けて海へ突き落とすことは難しいが、しかしその動作が竜の腹部に赤き筋を刻み込む。
「‥‥お互い、退く場所もありませんしね」
 再び呟くと、竜が甲板から退避するまで同じ攻撃を繰り返した。

 クヴァールの島影が見え始めた直後、大気を引き裂く雷鳴が鳴り響いた。
 否、雷鳴ではなくそれは――執拗に続く船底へのアタックでついにその船体を崩壊へと導かれた一隻が上げる、最後の悲鳴。
 抉られた船底から忍び込むどろりとした海水、強引にその首を押し込める海流やドルフィン達。中央から裂けるように割れゆく艦艇は、遥かなる深淵へと引きずり込まれていく。
 手を繋ぎあい引き上げ、少しでも上へ上へと――そしてマストや船縁にしがみつき、耐えるブリーダー達。ソーサラーの一部は海上を駆け、海面から時折息継ぎに顔を出す敵影にその魔力をぶつけてゆく。
 すぐ傍を航行する救護艦がその横に滑り込んだ。沈没に巻き込まれる恐れがあるが、しかし仲間を見捨てることなどできない。渦を巻く海面、その円周ギリギリのラインで船体を保ち、乗船するブリーダー達は消えゆく艦艇へとあらゆる「手」を伸ばす。
 その「手」にしがみつき、救出されていく者達。彼等に救護艦の者達は休むことなく、新たに治癒の「手」を伸ばす。
「飲み込めますか? それならこれを」
 アストレア・ユラン(ha0218)は自力で薬を飲める者にはポーションを、それすらもできないほど傷が深い者にはリカバーをかけていく。ニキ・ラージャンヌ(ha0217)も詠唱を止めることはない。
「気持ちで負けちゃ駄目なのよ」
「みんなで力をあわせて、成功させましょう」
 コチョン・キャンティ(ha0310)とレク・イテン(ha5394)は共に負傷者達を集め、二人がかりのリカバーサークルで一気に回復へと導いていく。それによって動けるようになった者は、今度は救出される側から救出する側にまわり、治療や海竜達への攻撃に専念し始める。
「よっし、頑張るよ!」
 シャルル・アンブラッセ(ha5178)は救出状況と、負傷者の数や程度を伝えるべく飛び回る。やや遅れて到達したもう一隻の救護艦にも、船縁からヴェントリラキュイで情報を送った。
 沈みゆく艦艇は、船首とマストの一部以外は全て呑み込まれ、その姿を完全に消す瞬間が近付いてくる。
「‥‥また。危険か」
 影山虚(ha4807)はホークアイで荒ぶる海面を見据え、抱えていた救護物資を降ろすとロングボウを構えた。そして放たれたそれは、船首になおもアタックを仕掛けるドルフィンの喉奥に滑り込む。そのドルフィンが仰け反ると、死角になっていた場所に未だ取り残されているブリーダーを発見した。
 ざっと救出した者達の数を数えると、あれが最後のひとりだ。救護艦は全力でそのひとりの救出に当たる。
 そして引き揚げられた者は既に意識がなく、危険な状態だ。
「怪我人はできるだけ集まり、背を晒すな!」
 カイン・カーティス(ha3536)は自身が治癒し終えた者達にそう言い残すと、最後のひとりに駆け寄る。彼は呼吸が止まりかけていた。
「どうなろうと、息をしていれば繋いでやる」
 どんっ、と胸を叩けば、夥しい量の海水を吐き出し、ひゅお、と肺全体を鳴らして呼吸が再開する。カインは引き続きリカバーをかけ続け、必死に彼の生を繋ぎ止めた。
 その瞬間、艦艇が完全にその姿を消す。尚もそこに群がる敵影は、その激しくなった沈没の渦に巻き込まれて共に沈んでゆく。
 最後のひとりの救出と、蘇生を見届けたユラヴィカ・クドゥス(ha0123)はその報せを伝えに回る。
 救護艦を混乱させるべく飛来するのはガーゴイル達。甲板上を舞い、操舵室を狙い、進められる治癒を悉く邪魔していく。
「たとえ闇の中でも希望の光は消えません‥‥」
 華鈴(ha1070)は操舵室の周囲に武人達と陣を組み、迫るガーゴイルを片っ端から叩き落としていく。
 負傷者の運搬を担うジェリー・プラウム(ha3274)も魔弾を投擲し、背負った負傷者を狙うガーゴイルを撃墜し続ける。
「ごめんなさい‥‥。でも、いつかわかり合える日が来ると信じて‥‥」
 唇を噛み、再び魔弾を生成した。
 ジノ(ha3281)は治療に専念するプリースト達にスピリチュアルリカバーを渡して魔力の援護をする。
「‥‥きっと、大丈夫だよね」
 渡しながら、呟くジノ。受け取ったカーラ・オレアリス(ha0058)は頷き、そして優しく腕に抱いた負傷者へとリカバーをかける。
「諦めずに戦い抜きましょう」
 そう言って、負傷者とジノに笑顔を見せた。
 リカバーサークルを放出し続けるアルフレッド・スパンカー(ha1996)は、周囲のプリーストやハーモナーにも声をかけていく。
「必ず乗り切れる。‥‥いつもどおりに、冷静に行こう」
 落ち着いたその声は、どこかに絶望を抱きつつあった者達に安堵を与え、新たな力となる。
「――必ず皆で生きて帰る!」
 その言葉は、常に彼が誓い続けるもの。それがプリーストとしての彼の義務であり、誓いだ。
 やがて、救出した全てのブリーダー達が確実に回復を遂げると、救護艦は改めて船首をクヴァール方面へと向ける。
 こうしている間にも絶えることなく降る白き魔力、そして空を、海を滑り来る敵襲。
 それでも、前に進むしかない。
「次世代に何を残すのか‥‥」
 アルフレッドは言葉を漏らした。

 迫る島影と共にその数を増す敵影。
 だが艦隊はその攻撃のただ中にあっても徐々にその陣形を整えていく。
 上陸部隊を護るべく。
 その壁となるべく、航行ラインを形成する。
「首尾はどうっすか!」
 ライディンがすぐ隣を駆ける艦艇へと信号灯でサインを向けた。
 それは――囮艦。
 それも、一隻や二隻どころではない。
 作戦遂行のために各所へ協力要請を出し、かき集めた艦艇達だ。
 その中には異国のものもある。囮となること――つまりは、撃沈される可能性が高いことを前提に放出してくれた異国に、ライディンは感謝の言葉を心で唱える。
 囮艦からサインが帰ってきた。
 ――準備完了、これより本隊に合流する。
 サインを合図に、囮艦に可能なまでに横付けし、渡板を無数にかけ始める艦艇達。渡板が敵に破壊されれば、新たな板をまた渡し、囮艦との道を繋ぐ。
 それを確認すると、囮艦の甲板の上のブリーダー達は詠唱を始めた。
「へっ、せいぜい派手に吹っ飛びな!」
 詠唱を終えたロガエス・エミリエト(ha2937)は、甲板を眺めて口角を上げる。
 そう――彼等は全てソーサラー。
 そして詠唱は、ファイヤートラップのものだ。
 全てのソーサラーがトラップを仕掛け終えると、操船する者達と共に囮線を捨てて隣の艦艇へと乗り移っていく。
「終わらせはしない、人の世界も、エレメントの世界も」
 船縁から身を乗り出し、乗り移ってくる者達を援護するルイス・マリスカル(ha0042)。
 腰に巻いた命綱とは既に長い付き合いのような気がする。この戦い方も体が覚えた。
 渡板を渡るソーサラー達を狙い、空からそのかぎ爪を剥き出しにするディモルフォドン。ルイスはソーサラーの腕を引き寄せて入れ替わるようにして渡板に躍り出ると、そのかぎ爪をぎりぎりまで引きつけ、受け止めた。
「‥‥絶対に、終わらせはしない‥‥っ!」
 そして爪を押し返しながら黒曜刀を薙ぐ。
「上陸部隊を通すまでは、ここから離れるわけにはいかねぇ‥‥!」
 イニアス・クリスフォード(ha0068)は、囮艦から渡って来た者達の傷をひたすら癒していく。渡る際に攻撃を受けた者、詠唱の隙をつかれた者。予想以上に負傷者は多い。だがここで手を休めるわけにはいかない。
 魔力が尽きれば薬とロブメンタルで補充し、戦い続ける者達のために詠唱を続けた。
「‥‥ん。‥‥皆で一緒なら、大丈夫」
 その背を護るようにポジションを取るのはアルビスト・ターヴィン(ha0655)。イニアスや負傷者を狙うグリフォン達を竜巻で舞い上がらせ、今なお海面すれすれの位置で戦闘を展開するルイスを援護するべく空へと雷撃を放つ。
「お疲れさん、ロガエス! さってと、アリエル、ロガエス、気をつけてけよ?」
 ロガエスを迎え入れたリーブ・ファルスト(ha2759)は、ロガエスとアリエル・フロストベルク(ha2050)に声をかける。
 彼等もまた、治療にあたる者達を護衛するべく、船上に空から落とされていくジェルやグランドスパイダ、舞い踊る翼達へとその照準を定めた。
 リーブはグランドスパイダの脚部の関節を狙い、黒曜刀を薙ぎ込んでいく。
 ロガエスはその頭上を悠然と旋回し、派手に雷と水と風と、そして氷の抱擁を展開する。時折、翼竜に狙われては、リーブの背に隠れるという行動を繰り返しながら。
 アリエルは加護の舞や、やすらぎの唄、ひまわりの唄で仲間を援護し、魔力が尽きたロガエスには回復薬を渡す。ひたすら舞い、歌いながら、船上で揺れる白き存在――ブランシュを、見つめた。
 果てることなく、悲しき音を喉から奏でるブランシュ達。
「何で‥‥あなた達は、そんなに悲しく‥‥?」
 静かに問いかけるアリエルに、しかしブランシュ達は何も答えない。
 ただただ、悲哀なる声を――奏で続けるだけだった。
 囮艦の者達が全て移動を完了すると、艦隊は囮艦から全速で遠ざかる。
 それを追いすがるべきか、不気味に佇む囮艦を狙うべきか。荒ぶる異形の群れは一瞬、その中に混乱を見せた。
 だが、その直後――。
 囮艦の一隻から、最初の火柱が上がった。
「よっしゃ!」
 ライディンが拳を握る。
 そしてまた、次の火柱が。
 炎の立ち上る様と、まるで誘うようなリズムさえ感じる爆音と、そして炎で照る赤い海面が、敵の意識を一気に引きつけた。
 先を争うように、それこそ本当に――争い、魔力に還る存在を散らしながら、海も、空も、その流線を囮艦達へと引いていく。
 その様は、まるで引き潮だ。それもひどく速度の速い――。
 艦隊を取り囲んでいた異形達の大半が、取り憑かれたかのようにそこへ向かう。
 普段なら炎を怖がるであろうそれらも、暗雲の影響で好戦的となっている今では炎の朱は甘美な蜜でしかないのだろう。
 やがて――どす黒くうねる海上に、ひどく鮮やかな朱のラインが走った。

 そして敵影が引いた隙に、上陸艦隊が進む。
 クヴァール島に、拠点を設けるべく。
「来るのかよ、ニンゲン」
 イーグルドラゴンの背の上、胡座を掻いて顔を歪めるのはラア。
 クヴァール島に上陸するブリーダー達を、蔑むようにねめつける。
「またオレの家に土足で上がり込んで来やがって」
 お邪魔します、くらい言えねぇのか。
 もっとも、そんなことを言われたら余計腹が立つのだろうが――。
「‥‥ま、いつもオレらも黙って上がり込むけどよ」
 しかしお邪魔しますと言うつもりはこれっぽっちもない。
 お互い様などと可愛らしい言葉を使うつもりもない。
「――さあ、今度はどこまで足掻くつもりだ?」
 今すぐ舞い降りて、地上を蠢く蟻のようなニンゲン達を片っ端から潰してしまいたい。
 ――しかし、まだその時ではない。
 ラアは衝動をぐっと抑えるように奥歯を鳴らす。
 せいぜい今のうちに希望を抱いて奥へ進むがいい。
「その希望を――オレが、絶望に変えてやるよ」
 ラアは笑みを浮かべ、本陣へと戻るべくイーグルドラゴンの首を撫でた。ゆるりと旋回する翼。そして海岸線に背を向けたラアは何かに誘われるように歪む天空を仰ぎ見る。
 そこからぼたぼたと降り注ぐ白き塊。それが上げる悲鳴は空にいても耳を劈く。
「‥‥うるせぇよ」
 ラアは吐き捨てるように呟いた。

「拠点ができたようですね」
 船首に立ち、ルイスが海岸線を見据える。
 まだ敵からの攻撃は続くが、拠点さえできてしまえばあとは上陸するだけだ。
 ティセラが信号灯で上陸のサインを各艦艇に送る。
「‥‥行こう、再び――あの、島へ」
 そして海上部隊の艦隊は波を掻き分け――ひどくゆっくりと、接岸した。


<担当 : 佐伯ますみ>



戻る