第4回行動結果報告書

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黙示録の戦いの勇姿を!

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<第4回開戦状況>
第4回では荒野の戦場での対決と、城砦の調査・探索の2点が重要視されています。
城砦の変化法則の予測が立ったことから、城砦奥に潜む敵の調査を行うことが可能になっています。
しかしムルキベル自身が改めて行動を開始したとの情報もあり、法則性が変えられる可能性もあります。
またゲヘナの丘の魔力が減少を開始したことはバアルにとっては見逃せないらしく、主戦場で優位を確保していることから、ゲヘナの丘への戦力追加が画策されている模様です。エキドナの目撃情報もあり、同時に襲撃される可能性も指摘されています。
荒野の主戦場では先回と同じく、バアルの魔力を止めるための行動が求められています。バアルはこれまでの戦果から多少油断しており、また軍の一部を今回ゲヘナに向かわせるため、本陣は第3回より手薄となると予測されています。
しかし圧倒的な物量差と魔力をくつがえし本陣への襲撃を成功させるには、後方戦線の防衛を考えての更なる戦力の投入か、各チームでの綿密な連携を含む何らかの策が必要となるでしょう。


第4回行動入力時戦力状況
参加人数:930人
敵陣荒野城砦合計バアル軍は荒野に布陣!
ゲヘナの丘にも進軍!

機巧の支配者 ムルキベル
イラストレーター:墨

興味深き存在だ、小さきものたちよ。
だが、それが真実に至る道か、
それともまやかしなのかは、
わからぬだろう‥‥。
白兵戦 8.2% 10.2% 7.7% 7.6% 33.8%
救護・防衛 3.6% 10% 4.7% 6.2% 24.6%
偵察 2.6% 2.7% 3.5% 3.1% 12.1%
調査(デビル) 0.2% 0.1% 0.3% 1.3% 2%
魔法戦 3.2% 4.1% 1.8% 2.2% 11.5%
祈り 0.3% 0.2% 8% 0.2% 8.8%
伝令 1.7% 1.5% 1.1% 1.7% 6.1%
調査(カオス) 0.1% 0.1% 0.1% 0.5% 0.8%
合計20.2%29.1%27.5%23.1%100%



第4回援護行動結果(4月24日〜4月28日)
参加人数:1043人

達成率行動人数総計  作戦への影響
救護110.0%  225人防衛力アップ
武具の手入れ82.9%  147人
慰労会88.4%  208人
炊き出し・物資確保85.1%  200人
陣地作成146.8%  309人防衛力大幅アップ
偵察110.9%  246人敵動向確認
調査84.3%  221人
ディーテ探索138.6%  342人探索情報連動
ゲヘナの丘援護208.5%  450人バアル軍押し返し(ゲヘナの丘攻防戦修正+20%)



<第4回戦況>
第4回は各所での連携が功を奏したのか、戦況としては冒険者有利に進んでおり、各所での策も一定以上の効果を上げました。
ゲヘナの丘では大規模な戦闘が行われましたが、攻防戦・援護活動の影響と、戦力集中によるバアル軍側の計算違いから、ゲヘナ襲撃隊を撃退することに成功しました。その後、バアル軍本軍の撤退に伴い、牽制部隊以外の援軍はゲヘナの丘から撤退しつつあります。また、祈りや儀式が順調に成功しており、ゲヘナの丘の瘴気は次第に減少している模様です。

荒野では再度、バアルの本陣への突撃作戦が行われました。
今回は各所で伝令の連絡が行き届いたこと、そしてバアル軍がゲヘナの丘に向けて多くの軍勢を割いていたことから、バアルの本陣に肉薄することに成功します。
しかし、バアルに攻撃を加えることに成功したものの、周囲の上級デビルに匹敵する護衛と、突然のバアルの展心から、敵損傷は最小限度となりました。

城砦内での探索は把握された法則性を元に進行を開始。ディーテ城砦内での行動はかなり見通しがよくなっており、一部ではムルキベルと遭遇したとの情報も入っています。
しかし、バアル軍の撤退に相前後し、ディーテ城砦は異様なほどの静まりを見せています。ムルキベルと遭遇した者たちの報告によれば、ムルキベルが何かの魔力を開放したらしいとのことであり、これまでの城砦変化とは打って変わって静かな状態が続いています。

第4回行動終了後、ディーテ城砦の奥に巨大な宮殿が見えたとの情報が入っており、おそらく地獄の奥底に立つデビル達の本城「万魔殿(パンデモニウム)」ではないかと目されています。しかしディーテの空間の広大さから、いまだ万魔殿へはたどり着いたものがいません。
また、いったん撤退したバアル軍はムルキベルの「何か」を警戒しての撤退であり、軍備を整え直し、再度の攻撃を仕掛けてくるものと予測されています。されています。

結果概略

成功結果冒険者の状況次回敵行動予想
赤の公爵 ゼパル
イラストレーター:岩澄龍彦

我らが鎧を貫けるか?
さあ、絶望するがいい。
己の無力を味わうがいい!
敵本陣  ○ バアル退却    ?
荒野  ○ 防衛成功    ?
ゲヘナの丘  ○ バアル軍退却    ?
城砦  ○ 万魔殿確認ムルキベルが
魔力発動?



■第4回報告書

●救われる命は誰が為に
 【拠点防衛隊】はゴーレムチャリオットを使用し、負傷者の搬送に勤めていた。難波 幸助(eb4565)とエリスティア・マウセン(eb9277)が代わる代わるチャリオットを運転し、救護所との往復を繰り返す。
 そのチャリオットの護衛に当たっていたのは木下茜(eb5817)やイレイズ・アーレイノース(ea5934)、レイ・マグナス(eb9571)、トレント・アースガルト(ec0568)らで、彼らの働きは負傷者の迅速な搬送を手助けしていた。
 救護所へ向かうチャリオット上でも治療は行われており、アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)、エレノア・バーレン(eb5618)、張源信(eb9276)、間宮美香(eb9572)らが負傷者の生存率を少しでも上げようと、そして救護所に詰めている者達の負担を少しでも減らそうとしていた。
 同じく負傷者の搬送に当たっていたのは【江戸雛隊】である。土方伊織(ea8108)は怪我人を背負い、ソペリエ・メハイエ(ec5570)はグリフォンを駆って上空から負傷者を探す。イクス・エレ(ec5298)は負傷者を励ましながら、命を繋ぐために走り続けた。

「大丈夫、絶対治るよ。だから頑張りな!」
 柴原歩美(eb8490)の怪我人を励ます声が強く心を掻き立てる。
「少しでも多くの人を助けないと」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)が祈りを捧げる。何度目かの祈りで、先ほど息を引き取った者が息を吹き返した。
 手分けをして看護に当たっている【TN守護隊】の面々も手馴れたもので、てきぱきと己の役割をこなしていく。
 アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)の作り出した新鮮な空気にシャーリーン・オゥコナー(eb5338)の作り出す新鮮な水。明王院月与(eb3600)の施す消毒は、澱んだ空気満ちる地獄の中でにおいて際立って清浄に見えた。
 レイムス・ドレイク(eb2277)の声に励まされた患者がどれだけいただろう。リーディア・カンツォーネ(ea1225)に怪我をしていても祈る事が、力になることが出来ると諭されて祈りを捧げる事にした者達がどれだけいただろう。
 治療だけではない。レオナルド・アランジ(eb2434)らの行った炊き出しも、朧虚焔(eb2927)や紅谷浅葱(eb3878)による武器の修繕も、全てが戦う冒険者達を支えているのだ。

 治されるのは人だけではない。【ウィル双翼騎士団】及び【☆ メイ・ゴーレム隊】のゴーレムニストと鍛冶師らは、戦場に出たゴーレム機器のメンテナンスを行っていた。国、チーム問わず行われたその行動で応急手当をされたゴーレム機器は、再び戦場へと赴く。いくつもの命を救うために。

(担当:天音)


●最前線の戦鬼
──砦前・荒野エリア最前線
 最前線。
 砦前最前列エリアでは、まもなく最終突撃命令が下されようとしている。
 大勢の冒険者による一斉攻撃。
 この作戦で、城西まで突破、そののち内部に侵入しようというのである。
 冒険者による魔法兵団、騎士団、そして支援部隊などが次々と持ち場につき、その時をじっとまっていた‥‥。
「各員突撃!! 悪魔を一匹足りとも生かして帰すな!!」
 そう叫んでいるのはローラン・グリム(ea0602)。
 この号令がきっかけて、冒険者達は一斉に進軍を開始した。

「拠点防衛隊各員に通達!! これより作戦を開始する!!」
 ルーラス・エルミナス(ea0282)が【拠点防衛隊】のメンバーに伝令を飛ばす。
 それと同時に、角チームもそれぞれ仲間に伝令を飛ばすと、各個作戦を開始した。
「これ以上悪魔のすきにはさせません!!」
 三笠明信(ea1628)が愛剣ライオンハートを振りかざし、次々と悪魔を撃破していく。
 彼の通り過ぎるあとには、悪魔の残骸だけが虚しく転がっている。
 その横では、オルステッド・ブライオン(ea2449)が砦周辺から姿を現わした悪魔達に向かって、次々と『破魔弓・デビルスレイヤー』を放つ。
 上空からやってくる悪魔や大型悪魔などを次々と射貫くと、矢がつき果てるまで援護射撃を続ける。
 やがて、オルステッドが放っているということを察知した悪魔達が、一斉にオルステッドに向かって襲いかかっていく。

──ガギィィィィン

 その悪魔達の攻撃を、イェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)とルイス・マリスカル(ea3063)の二人ががっちりとガード!!
「運が悪かったな‥‥」
 ジャッジメントソードで悪魔の攻撃を受止めると、そのまま剣を大きく降り回し、そして一気に叩きつけるようにジャッジメントソードを悪魔の頭部に向かって叩き落とすアーヴァイン。
「全くです‥‥」
 地上で襲ってくる敵はアーヴァインが、そして上空からの不意打ちにはルイスのソニックブームが炸裂している。
「これ以上、余計な手間を掛けて頂きたくはないですね‥‥」
 そう悪魔に向かって呟くと、ルイスは再日゛上空の悪魔を睨みつける!!

──ブゥゥゥゥゥン
 
 素早く振回した剣から放たれた衝撃波が、上空の悪魔の翼を切断。
 そのまま錐揉み状に落下していく悪魔をじっと睨みつけている。

──ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォツ

 更に近くでは、スニア・ロランド(ea5929)がヘビーボウを次々と発射。
 その場でどっしりと腰をすえ、放題として攻撃を続けている。
「運が悪かったわね‥‥前線を突破させる気はありませんからね‥‥」
 そう呟きつつ、スニアは次のターゲットを確認すると、素早くヘビーボウを叩き込んでいった。
「済まないが、とっとと成仏してくれよ♪〜」
 そう叫びつつ、敵悪魔のまっただなかに突入して乱戦に入っているのは田原右之助(ea6144)。
 次々と襲いかかっていく悪魔達に向かって、一歩も怯むことなく切りつづけているその姿は、正に鬼神の如くという所であろう。
「右之助っ、単独では危険だ。旅は道連れ世は情け、独りではつまらんだろうよ!! 」
 そう右之助に向かって叫んでいるのは霧島小夜(ea8703)。
 だが、そんな小夜の言葉など気にするそぶりもなく、右之助はさらに敵の懐深くまで突撃。

──キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 その頭上を、ウイングドラグーンが飛んでいく。
 そのまま最前衛のいる場所付近に着地すると、そのまま力任せに悪魔達を蹴散らしていく。
「ここから先は一歩も進ませませんっ!!」
 長槍を構えたウイングドラグーンの制御胞で、エリーシャ・メロウ(eb4333)がそう叫ぶ!!
 その言葉に引き寄せられて、悪魔達が次々とドラグーンに向かって襲いかかっていくが、所詮は烏合の衆。
 圧倒的な数でさえ、ドラグーンをその場に引き倒すことは出来ない。
 
 やがて悪魔達の数が徐々に減っていくと、冒険者たちは一斉に進軍を開始した‥‥。

(担当:久条巧)


●城砦の底に進む道
 城砦内部の救護所は、その変化の『癖』が見えてきたことで、怪我人の安全を確保することが出来るようになっていた。時に移動を強いられる慌しさはあるが、伝令や偵察の協力も得て、救護所そのものが分断される心配はなくなっている。特に【ジャパン医療局】のジーン・インパルス(ea7578)達が城砦変化の情報伝達経路を確立して後は、負傷者の移送もほぼ迷うことなく、速やかに行なわれていた。
 救護所の位置は、城砦左門に近い場所を基本として、デビルの反応から遠いところ。特に大型のものは少数の例外を除けば、力量も伴っていることが多いので、そうした気配が近付いてくれば救護所ごと撤退、移動することになる。
 移動となれば、向かってくるデビルをその間足止めするために迎え撃つ者も必要だ。『春夏秋冬/後方守護班』のアリス・メイ(ec5840)のファイヤーウォールが救護所目掛けて走りよってきたデビルの群れをしばし押し留めることに成功する。その間に迎え撃つ側は陣容を整え、魔法詠唱を行って、敵を撃つ準備は万端だ。
 救護所とはいえ、使われる魔法と技はただ治癒のためのものばかりではない。中には怪我から回復したばかりなのに、移動の慌しさに紛れてとっとと救護所を抜け出してくるような者もいた。
 ただ大半の怪我人はそうはいかず、負傷の度合いで運ばれて来てから託される先が違う。滅多にいないがかすり傷なら、毒の有無を確かめてから応急手当で城砦内にまた散っていき、本格的な治療を要するなら、怪我の程度で治癒魔法か回復薬の世話になる。
 あまりに怪我の程度がひどければ、その両方を使うことが多いが、クローニングが必要だと【世界騎士団】のシェリル・オレアリス(eb4803)などが担当だ。クローニングは使い手が限られる上に、回復薬だけではどうにもならないので、使い手達は忙しい。蘇生が出来る者となると更に貴重だが、なかなか悠長に蘇生を試みている余裕はなかった。自然とアイスコフィンで凍結したまま、城砦の外の陣まで運ばれていく事が増える。
 何度か救護所が移動して後、時間を見計らったヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)が友人達と軽食を配り歩いていた。そのまま口に入れられそうなものを見繕って、救護する側される側共に満遍なく、和やかな雰囲気で届けていく。怪我人はもとより、救護所の面々も寝食を忘れるから、気持ちがささくれないように笑顔は欠かさない。
 そうやって救護所が回っている間に、城砦内を回る人々の中に混じって移動していた備前響耶(eb3824)と『春夏秋冬/救護協力班』のセレーナ・アクア(ec5865)は、各所を巡って届いた知らせに目指す場所を皆で変えていた。
 変化を繰り返す城砦内の建物の中で、ほとんど動いていない箇所が何箇所かあるようだ。
 その一箇所を目指せば、妙に殺気だってデビルが現われるようになり、相手取って戦ったり、拘束したりしつつ、連絡があったあたりの壁をバーストで破壊する。
 と、そこにはこれまでどこにも見られなかった地下への階段が、四方を壁に囲まれた状態でひっそりと存在していた。すぐさま駆けつけたデビル達が、被害を厭わぬ攻撃で自ら破壊したものの‥‥その態度こそが、この発見が重要なものだと示しているようだった。

(担当:龍河流)


●意地と誇りの鬩ぎ合い。
 冒険者全員が我先にと行動を起こしバアル狙いに絞った作戦は、その統率のなさから失敗に終わった。
 それを見たデビルたちは勢いを増し、さらに猛攻を仕掛けてくる。敵の総大将バアルに至っては既に遊び感覚でしかない。
 しかし、人は学び成長する生き物である。当然このまま終わるわけも無い。
「うわぁぁぁっ! た、助けてくれぇぇ〜っ!!」
 冒険者たちは口々に悲痛な叫びを上げながら後退を始めた―――ように見せ、敵の動きを分散し、さらにバアルの意識を散らそうという作戦に出た。前回の反省をしっかりと踏まえ、統率の取れた動きで相手に悟られないように散り散りになっていく冒険者たち。
「‥‥逃げるのは、業腹‥‥だけど、これも作戦‥‥」
 【ベイリーフ】の藤袴 橋姫(eb0202)は逃げながらも手にした愛刀「霞刀」で距離が近くなり過ぎた敵をなぎ払うように弾き飛ばしていく。
 そんな仲間の様子を影から見守りつつ、敵の陣形やその行動理論を解析する者たちもいた。
「とりあえずは第一段階成功、というところね」
 同部隊【ベイリーフ】の仲間が奮闘する中、フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は追ってくるデビルたちの数や種別などを逐一仲間に報告していく。また【TN口伝部】の玄間 北斗(eb2905)も、同じように仲間の中継係にテレパシーを飛ばして状況を伝えていく。
 今までの行動が嘘のように次々と組み立てられていく戦略。連携の取れた陽動は敵に油断と慢心という餌を与え、気付かないうちに着実に底なし沼へと引き擦り込んでいく。
 全てはこの戦いに終止符を打つため。
 そして受けた無念を晴らすため。
 何より―――生き残るために。


 一方その頃、自陣救護班。
 前衛が最前線で囮というよりやられ役を引き受けている以上、そこで傷ついたものはほぼ容赦なく重傷となって運ばれてくる。逃亡しながら敵軍を引き付けるというのは口で言うほど生半可なものではない。一歩間違えば命と戦局を一気に転覆させかねない諸刃の剣。それ故に怪我人の状態も深刻だ。
「次! 連れてきましたよっ!」
 【ウィル双翼騎士団】のレイモンド・クーパー(eb4403)とそれに協力するレイモンド・フライト(eb4370)の駆るチャリオットが前線で傷ついた者を手遅れになる前に運び出してくる。
「聖なる母よ‥‥どうか、我らにご加護を」
「神様、おいらたちも頑張るから、力を貸して」
 胸の前で十字を切りながら、運ばれてきた怪我人にリカバーを施していく【ベイリーフ】のアイリス・リード(ec3876)とイルコフスキー・ネフコス(eb8684)。

 目まぐるしく動く戦況に柔軟に対応しつつ自陣の防御を固める。
 恐らく作戦の一番の功労者はこの自陣構築に携わったものではないだろうか、この状況を見ればそう思ってしまう。
 当然それは敵の方も同じ―――。
「早く! こちらに運んでくれ!」
 甲冑に身を包んだ男性が大声で搬送されてくる怪我人の誘導を行っている。
「ねぇ」
 怒号、轟音、悲鳴―――様々な雑音が鳴り響く中、その声は嫌にはっきりと脳裏にこびり付く様に響いてくる。
 驚いて男性が振り向くと、そこには一人の少年の姿があった。この地獄という殺風景な中に佇む青い少年の姿は、異様なほど浮いており、まるでそこだけ切り取られたような不思議な感覚に囚われる。
「な、なんだ少年! 冒険者ならあちらの怪我人の治療を―――」
 一瞬、ほんの一瞬男性が目を離した瞬間に少年の姿は視界から忽然と消えていた。唖然とする男性の視界の隅でぷらぷらと揺れるものが動く。恐る恐る目線をずらしていく男性。見えたのは自分の肩に腰掛けている先程の少年。
 重さなど感じない。物理的にありえないことではあるはずなのに、不思議と違和感を感じない。いや、既に感覚などないのかもしれない。
「おじさん‥‥娘さんの命、後一ヶ月しかないよ? こんなところにいていいの?」
 楽しそうに笑う少年は、手元に持った奇妙な本を開きながら男性の耳元でそっと囁く。
 最初のときと同じ、脳裏に直接話しかけられるような感覚。
 考えたくない、考えないように。思えば思うほどさらに深い螺旋に引きずり込まれていく。
 次第に男性の目は虚ろになり、ブツブツと独り言を呟き始める。
 既に男性は正常な判断ができる状態になかった。
「結局自分が大事。それが人間の正しい姿だよ」
 くつくつと笑いながら少年はすっと人ごみに溶け込んでいった。

(担当:鳴神焔)


●歌と踊りと祈りと
 風が血腥と死臭とを運び、息苦しさと理由も分からぬ不安を感じさせる不気味な色をした分厚い雲に覆われた地獄にあって、異様とも言うべき光景が、ゲヘナの丘で展開されていた。
「みんな元気に、なぁれ♪」
 と明るい笑顔を振りまくステラ・シンクレア(eb9928)を始めとして、どこから調達したのか地上に咲いているはずの花を口にくわえ、ライトで作った光を片手で高々と上げ、もう片方の手にはその光で星のような輝きを帯びたミスティックショールをはためかせたフィン・リル(ea9164)が踊る。
 かと思えば、しずしずとした足運びでゆったりと舞う紫堂紅々乃(ec0052)や、素晴らしい歌声で神への讃美を歌いあげるクレム・ローズ(ea3368)の姿もある。
「俺達の歌と演奏で地獄の一角に天国を作ってやりますよ」
 そう言いながら、今度は竪琴を奏で始めたクレムに、【WG鉄人兵団】の事務処理及び雑用係を引き受けた信者福袋(eb4064)は、心ここにあらずの口調で呟きを漏らした。
「いやあ、既に天国、極楽ですなぁ」
「ん?」
 謎の呟きに弦を弾く手を止めて、クレムが眉を寄せる。
「本当に、皆さんスカウトしたいぐらいですねぇ。天界でデビューしたら、きっと大アタリですよ」
 更に謎の言葉が増えた。
「一体、何の‥‥」
 尋ねながら福袋の視線を追ったクレムは絶句した。
 福袋が薄くて怪しげな札のような物の突起を押しつつ眺めていたのは、魅惑的な踊りを披露しているアリッサ・アルバリス(ec6382)らだ。
「気に入ったら拍手ちょうだいね」「そこのハンサムさん、あたしと踊らない?」
 時折飛んで来る投げキッスに、鼻の下を伸ばしている男も少なくはない。
「〜〜〜〜〜ッ!」
 本当に、これは魔の力を消し去る為の儀式なのか。悩まずにはいられないクレムの肩を、天涼春(ea0574)が優しく叩く。
「よいのです。これは犠牲になった魂を慰め、彼らが見失ってしまった光の道を、再び指し示す為のもの。そう、この演奏会自体が哀れな魂への聖なる光」
 ぽおと涼春の手に浮かび上がった光球が、薄暗い地獄の中に優しい光を放つ。呪われた死人は近寄る事も出来ない光も、解き放たれた魂には道標だ。
「生命への感謝や愛情が、正の波動を引き起こすであろう。それもまた御仏のお導き‥‥」
 先端にじゃらじゃらとした鉄の輪のついた棒で地面を軽く叩くと、涼春は丸い玉を連ねた輪を手に低い声で何やら唱え始めた。
「‥‥はっ!?」
 思わず引き込まれてしまっていた。
 クレムと福袋は顔を見合わせ、示し合わせたように頭を振った。
「あ、危うく引き込まれる所だった」
「ええ、煩悩が昇華してしまう所でした。危ない危ない」
 片隅ではそんな遣り取りもあったが、ゲヘナでの魂鎮めの儀式は滞りなく行われた。
 おかしな事と言えば、モレクが行った儀式の炎を弱める為にと、地上各地から運び込まれている聖別された品々の輸送に対する妨害が極端なまでに減ったことだろうか。護衛の任務についた【白騎士団】が首を傾げる程に、襲撃の回数が減ったのだ。
「奇妙な‥‥。ですが、デビルの妨害がないのは好都合です。今のうちに出来るだけ多くの品を丘まで運びましょう。ニコル様にお願いして、各地の聖職者の方々に「祈紐」への協力を呼びかけて頂いておりますし、この機にゲヘナの魔の力を削いでしまいましょう!」
 決意に満ちたフローラ・タナー(ea1060)の言葉に、仲間達も大きく頷く。
「モレクさんの年季の入ってる儀式だから、私達が集まって歌って踊って祈ったぐらいじゃ完全に消してしまう事は難しいのでしょうけれど‥‥。でも、少しずつでも祈りを集めて、魂を光のある世界へと導いていければいいと思うのよね」
 呟きながら、ゼノヴィア・オレアリス(eb4800)は祈紐を炎の中に投じた。たとえ地獄の業火に焼き尽くされても、そこに込められた想いは汚泥のように積もりに積もった恨みや怨念の上に、確かに降り注がれていつの日か全ての魂を解き放ってくれる事を信じて。

(担当:桜紫苑)


●知識の宝庫で投げられた謎
 儀式の場たるゲヘナの丘には遠いが、ディーテ城砦の中で、その祈りの時間に合わせて室川雅水(eb3690)の竜笛と勇貴美弥(eb4841)の読経が重なる。その効果がいかほどのものかを知る術はないが、冒険者達が互いの無事や生贄にされた魂の昇天、成仏を祈った結んだ祈りの紐と同様に、皆の力になっていることだろう。
 かたや城砦の内部では、その内部の動きを分析したり、デビルやカオスの魔物の動きを調査している人々もいた。偵察の実地調査と違い、こちらは集まった情報を選り分けたりすることが多い。中にはローシュ・フラーム(ea3446)のように、自らの知識で城砦の変化を読み解こうとする者も少なくない。幾ら特異な能力だとしても、動かしやすい場所や動かせぬ設備などがあるかも知れない。
 今のところ、城砦の変化は多くの場合東から始まり、南、西、北へと円を描くように移っていくことが判明している。あまりに広大な地域が動くので、中心点が見極めにくいがイルダーナフ・ビューコック(ea3579)はディテクトアンデッドで一際大きな反応がある場所を探していた。『少年探検団』の神名田少太郎(ec4717)もデビル同士の命令伝達経路を求めて、時折遭遇する敵の動きを観察する。
 そんな中、城砦内に点在する様々な資料の保管庫を探していたローガン・カーティス(eb3087)と【TN口伝部】のエミリア・メルサール(ec0193)は、目的通りに書簡や書物が乱雑に積み上げられた建物を新たに見付け出していた。他に目的を同じくする者も加わって、少しでも安全なところで分析を試みるべく運び出そうとしたところ。
「他者の物を無断で持ち出すことを、盗むと言う。それこそ十戒にて禁じられた罪ではないか?」
 黒い馬、青黒い人ではないものの仮面を付けたモノが、建物を睥睨する位置にいつの間にか佇んでいた。いや、内部にいる者でも探知魔法を巡らせていれば気付いたし、同様の方法や視認により気付いた人々が次々と姿を見せることから、突如この場に現われたわけではないのは分かる。
 これまでに目撃したことがある者が混じっていれば、それがキマリスと呼ばれるデビルだと気付いたろう。
 資料を抱えた人々の前に、ブリード・クロス(eb7358)や弟のクリス(eb7341)などが立ち塞がる。キマリスは武器に手を掛けてもいないが、仕掛けてくるとなれば一瞬だろう。
 【翠志】の勇貴閲次(eb3592)や仲間達が別方向から駆けつけ、キマリスを包囲できるかと思った途端に、周囲の建物が動き出す。キマリスの表情は仮面で見えないが、訝しげにやや後方を振り返ったことからして、変化の内容を完全に把握しているわけではないのだろう。
 冒険者達も二手に分断されそうになり、室川風太(eb3283)がせり出してきた壁をディストロイで破壊した。そうして、キマリスに問う。
「何故、デビルは神に反逆した?」
 返答は、予想以上に早かった。
「理想郷を作るのに、貴様ら人は至らなさ過ぎたからだ」
 どういう意味だと問い直す時間はなかった。
「まて、カオスの力に取り憑かれて堕天したのがデビルじゃないのかっ!」
 布津香哉(eb8378)の問い掛けは、キマリスの耳に入ったのかどうか。互いの間を分断すべく動く壁を数人掛かりで破壊した時には、もうその姿は遠くの角を曲がるところ。激しく変化し始めた城砦内で、一度姿を見失った敵を見出すのは至難の業だ。
 あまりに簡単に差し出された返答は、その意味を掴むのに悩むものだったが‥‥これまでになく大量に見つけ出された資料の中に、答えは隠されているのかもしれなかった。

(担当:龍河流)


●蠢動
「道は私たちが作ります!」
  春夏秋冬/魔法調査班のキャロル・フェリアス(ec5841)、サラ・シルキィ(ec4856)が詠唱するサンレーザー、ローリンググラビティが下級デビルの群れに命中する。
 ディーテ砦内部。先の戦いでは思いも寄らぬ妨害が入ったが、その間にも冒険者たちの探索は着実に進められていた。そして今、多くの者たちを城塞の奥へと送るために戦う者たちがいる。
「本当に討つべき敵と出会うまでは力を温存して下さい!」
 フォルテ・ミルキィ(ea8933)ら春夏秋冬/魔法調査班の奮迅努力の甲斐もあり、冒険者たちは涌くように現れるデビルの妨害を極力廃したまま進んでいく。奥へ、奥へと。
「真実は、諦めないやつの所にあるものだろう? 竜の姓は諦めない事を信条にしている」 マナウス・ドラッケン(ea0021)を筆頭とする VizurrOsciのメンバーが城塞の内部を駆け抜けていく。
 予測が外れて崩れるように天井が降ってくる事もある。だが。
「堅いもの? アイスコフィンに決まっているじゃない!」
 エレアノール・プランタジネット(ea2361)が高速詠唱で氷の棺を作る。ひとつ、ふたつ、と瞬時に作ることで天井の落下を辛うじて防いだ。
「急いで! いつまで保つか私にも判らないんだから!」
 次に変わるのは東、そして南。頭の中でディーテ砦を俯瞰で見る。閉ざされる道、開く道を考えれば無限にしか思えなかった分岐も幾つかまでに絞ることが可能になった。深淵の闇が広がるディーテ砦ではあったが、冒険者の数と意志がそれを圧倒する。
 サルタース・エニグマ(eb4873)がアースダイブを詠唱する。大地を自由に泳ぐ力を付与された仲間達が地下通路の探索のために沈んでいく。地獄にはびこる瘴気は地中で更に深まる気配を見せ、土もまるで血糊を含んだようにべったりとしている。
「妨げている以上、方向は合っている筈だ!」
 【祈紐】を身に付けたサスケ・ヒノモリ(eb8646)や、シシリー・カンターネル(eb8686)がグラビティキャノンを一斉に放つ。
 破壊され開いた穴より、それまで出現していたデビルとは明らかに格の違いを感じるデビルが出現する。道化師のような格好をしたデビルや暗黒の騎馬に跨る暗黒の騎士が現れた。
「なぜ奥に行こうとする」
「なぜディーテを抜こうとする」
 部下らしきデビルを引き連れたそれらが冒険者たちの前に立つ。
「ここは俺が受け持つ。お前達は前に行け!」
 黒騎士団のイリアス・ラミュウズ(eb4890)らが前に進み、冒険者の前進を促した。
「何かお話があればちゃんと聴くくらいはしますのですよ」
 月詠葵(ea0020)が青と紅の瞳に笑みを浮かべ、礼儀正しく口上を述べる。
「行ってください、前に!」「砦を動かすムルキベルの元へ」
 春夏秋冬/前方戦闘班の林麗鈴(ea0685)、後方防衛係の大宗院透(ea0050)が援護射撃を行う。
「すまない、後は任せた」
 冒険者たちは道を分け、前に進むことを決意する。後に残した冒険者の想いを受けながら。
「あそこにいるのは‥‥」
 【世界騎士団】のアレーナ・オレアリス(eb3532)、ネフィリム・フィルス(eb3503)は暗闇に蠢く影を見る。巨大な体躯を持つそれに、赤い影が近付く。
「待て」
 遅れることなく多数の冒険者が集結して来る。ディーテ砦、城塞の奥深く。遂に冒険者は中央部とも言える場所にたどり着いたのであった。

(担当:谷山灯夜)


●守りは堅く
「デビルだ!」
 城砦前荒野に設けられた救護所に、叫び声が響いた。誰の声だかはわからないが、その声への対応は手早かった。
 救護所の巡回に当たっていた【アルボルビダエ】のメンバーはさっと対デビルに展開する。ルディ・ヴォーロ(ea4885)が死角から攻撃を仕掛けたのにあわせるようにして、明王院未楡(eb2404)が太刀を振るう。
「憂いをなくして、皆で地上に戻るんだ!」
 ケイン・コーシェス(eb3512)の声が響いた。頷く代わりに【西中島隊】の西中島導仁(ea2741)が剣を振るう。
「ゼパルやダンダリアンの姿が見えませんね‥‥」
「そうね‥‥向かってくるのは下級のデビルばかりみたい」
 敵を相手取りながら李雷龍(ea2756)とクレア・エルスハイマー(ea2884)が言葉を交わす。
「我が名は磨魅キスリング! 悪を断つ義の刃なり!」
 マミ・キスリング(ea7468)は導仁にあわせるようにして刀を振るった。目の前のデビルが消え去る。
「統制が取れていない」
 李風龍(ea5808)が呟いた。自分たちの事ではない。荒野奥から向かってきていると思われる敵たちのことだ。
「確かに‥‥」
 デティクトアンデッドで探査をしていたメイユ・ブリッド(eb5422)が頷いた。攻めて来る敵はどれも単独行動で、攻撃タイミングも方法もばらばらだ。指揮官がいればもう少し違うだろう。
 そう、指揮官がいれば。
「ここを攻めてくる敵には指揮官がいない‥‥」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)のポツリと零した言葉、そう、それならば――各個撃破して救護所を守るのみ。
「ここを持ち堪えりゃ道は拓ける。気張っていくよ!」
 荒野奥での作戦が成功したのだろうか。そうであってほしいと祈りつつ、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は戦う者達に魔法をかける。ソルフの実で魔力を補充しながらチサト・ミョウオウイン(eb3601)がアイスブリザードを放った。
 救護所の中で必死に働いている仲間がいる。必死に生きようとしている仲間がいる。
 襲わせるわけにはいかない。
 ここを守る冒険者達の心が一つになり、デビルたちを駆逐する力となっていく。
「赤本の能力により回収されるデビルになにか違いがないか‥‥」
 デビルの調査を行っていたディラン・バーン(ec3680)はふと、目を留める。
 理由はわからないが、再生していないデビルがいるように見えた。

 本陣での戦いはどうなっただろう――誰もが荒野の先を気にしていた。

(担当:天音)


●反撃の狼煙
 赤い本の力による圧倒的な物量差をもって、悪魔達は冒険者の陣を攻め立てた。
 ゆっくりと、少しずつ、後退を余儀なくされた冒険者達。
 しかし、戦いの風向きは、彼ら自身の手で変わる。
「冒険者の心が一つになれば、どんな悪魔の知恵にも負けません。それを教えてあげましょう!」
 その始まりは、ゼルス・ウィンディ(ea1661)の生み出した突風。耐えきれず、次々と悪魔達が後方に吹き飛ばされていく。それ自体は戦場全体で見れば、些細な反撃だったかもしれない。
『ナ、ナンダ!?』
 悪魔達より声が上がる
 吹き荒れる風より少し離れて、戦場を覆ったのはイリア・アドミナル(ea2564)の霧。
 それ以外にも、土御門焔(ec4427)のマジカルミラージュや、メルシア・フィーエル(eb2276)のシャドゥフィールド。
 それらの魔法によって、次々と覆われていく戦場。
 視界を遮られて、悪魔達の動きが鈍る。しかし、冒険者達もこのままでは攻められないのではないかと、そう思われた‥‥が、実際は違う。
「伝令各位、報告を頼む」
 数人の冒険者達が一箇所に集まっていた。中心にいるのは『皇牙』の天城烈閃(ea0629)。
「大凡の範囲で、魔法による行動制限は成功した様子です」
「うん、いい感じ。この作戦が上手くいけば、こっちのものよね」
 そこには『TN口伝部』のオルフェ・ラディアス(eb6340)、ミシェル・サラン(ec2332)や、『TN特攻隊』のイクス・グランデール(ec5006)等、各隊の伝令役が顔を揃えていた。
「第一段階は成功か。なら、次は‥‥」
「私達の出番ですね」
 応えて頷くのは『ベイリーフ』の一員である、シリル・ロルカ(ec0177)。
「ああ。心を束ねた人間の力、奴らに見せてやろうじゃないか」
 烈閃のその言葉に、希望の満ちた瞳で返して。彼らは再び、周囲の冒険者への伝令に散開する。
 間もなくして、視界の封じられた戦場の中心を冒険者達は駆け抜けた。
「さあ、道を開けてもらうぞ!」
 真紅の槍を振るい、アヴァロン・アダマンタイト(eb8221)が前へ突き進む。それに続く、幾多の冒険者達。
 複数の魔法で視界の封じられた戦場。その中にあって、互いの魔法の有効範囲を計算することで、冒険者達は悪魔達の知らぬ自分達の道を作り出していた。
 しかし、問題はまだ残っている。
 敵軍の先陣を抜ければ、そこに待つのは本陣。ゲヘナの丘へと戦力が割かれたとは言え、そこに構える敵の戦力は容易に突破できるものではなく‥‥。
「くぅ‥‥地獄の軍、やっぱり分厚いねぇ‥‥」
「くっそおお! 来るなああ!!」
 伏見鎮葉(ec5421)やジルベール・ダリエ(ec5609)が表情を歪め、声を上げて後退する。
「あと少しというところで‥‥!!」
 カジャ・ハイダル(ec0131)も魔法で悪魔達の戦列を乱しつつも、やはり撤退を余儀なくされて‥‥。
『何だ、もう終わりか地虫ども! 少しは頭の回る奴等がいたようだが、人間風情が吾輩に知恵で勝るなど、あるはずもな‥‥』
 遠くより戦局を見ていたバアルは異変に気付く。
 今の正面からの攻め、人間達の撤退が早過ぎなかったか?
『まさか‥‥いかん!! 本陣の戦力を呼び戻さなくては‥‥!!』
 いや、もう遅い。幾らかの本陣戦力は、冒険者達を追って魔法の霧や闇の中。
 そしてその中に‥‥冒険者達の作った道は、もう一つ。
「ぬおおおおおおおおおっ!!」
 その時、駆けるアガルス・バロール(eb9482)の咆哮が戦場に響いて‥‥。

 今ここに、多くの冒険者達の共同作戦【復煌】が、最後の大詰めを迎えようとしていた。

(担当:BW)


●作為
「行こう」
 陸堂明士郎(eb0712)の短い言葉に頷く。
 統制の取れた【誠刻の武】とその協力者達の動きには無駄がない。
 迫る敵軍を前に、動揺もなく気負いもなく、ただ静かな決意と祈りとを握り締めて、相対する。
「しふしふ〜!」
 離れた場所に布陣する別の隊、そしてデビルの状況を偵察してやってきたレミィ・ヴァランタイン(ea1632)が、彼らの頭上を回る。
「丘の上、儀式の準備は整ったで〜! あと、補給部隊も無事に到着や! 交戦しとる隊もまだないけど‥‥」
「そちらも時間の問題という事か」
 クリューズ・カインフォード(eb3761)の言葉に頷いて、レミィはそれじゃと手を振った。
「他の隊にも伝えにいくさかい〜! 皆、無事に帰って来るんやで〜!」
 ぱたぱたと飛び去っていくレミィに、クリューズはふ、と笑んだ。
「という事だが?」
「当然だな」
 ぱきりと指を鳴らして、八城兵衛(eb2196)は地面を蹴った。
「悪いがデビルに丘は渡さねぇ! ついでに、俺達もやられるつもりもねぇ! 皆の無念は俺達が晴らす!!」
 槍を一閃すれば、申し訳程度に生えている枯れ木のような木と一緒に潜んでいたデビルが大地に倒れ伏す。
「そうや! ここは一歩も通さんで! 他も通さんやろうけどよ!」
 将門司(eb3393)も両手に握った大刀を振るって、襲い来るデビルを次々と斬り伏せる。
 交戦している隊はないとレミィは伝えた。という事は、【誠刻の武】が戦端を切ったという事か。
「ま、何でも構いませんけれど。私は愛する家族との生活を守るのですわ〜っ!」
 感じる呼気で陣の薄い場所を確認すると、キルト・マーガッヅ(eb1118)はストームを放った。彼女の愛する家族の為に吹き飛ばされてたデビルの行方は知れない。うまく味方に拾われたならば戦いに復帰してくるだろうが、冒険者達の上に降った場合は‥‥。
 その頃、【誠刻の武】とは離れた場所で陣を構えていた【強襲遊撃団「黎明」】も敵と遭遇していた。
 ただし、こちらはデビルではなくアンデッドの群れだ。
「悪趣味」
 その群れを確認して、エイジス・レーヴァティン(ea9907)は、そう吐き捨てた。
 彼らの前に現れたのは、ズゥンビ達だ。それもまだ生前の姿の名残を留めている者達ばかり。中にはバンシーと思しき者もいる。
 バンシー。それは不幸な死に方をした女の成れの果てといわれている。
 例えば、我が子を生贄にされて血の涙を流した女とか。
 奴らを送り込んで来たデビルの思惑に怒りを覚える。そいつが目の前に現れたら、狂化してしまいそうな程に。
「でも‥‥」
 エイジスは虹光を構え直した。その動きに合わせて、手首で「祈紐」が揺れる。
「泣いているより笑っている方がいいよね。ゲヘナの犠牲になった魂も、キミ達も」
 アンデッドの群れへと斬り込んで行ったエイジスの援護は、虚空牙(ec0261)とデュランダル・アウローラ(ea8820)だ。
 ズゥンビ達アンデッドごときに手間取るつもりはないが、その数が尋常ではない。
「‥‥どういう事だ?」
 ズゥンビの腐りかけた肉体を貫いた槍を引き抜いて、壬生天矢(ea0841)は眉を寄せた。偵察に出ていたエクレール・ミストルティン(ea9687)からの報告では、バァルの軍勢が一部丘を目指しているとあった。これほどの数のアンデッドがバァルの軍勢と共に動いていたならば、エクレールも気付いたはずだ。
「‥‥別働隊?」
 丘を狙っているのはバァルとエキドナだと警戒はしていたが、丘を攻めるデビルとは別の軍勢が動いている可能性もある。
 ち、と天矢は舌打ちした。
 援軍を警戒して荒野方面を警戒していたジョリオ・アスベール(ec6048)も、敵の動きに変化が起きている事に気付いていた。
 バァル軍から送られて来た軍勢は、一見、冒険者達を圧倒しているかに見える。だが、おかしい。
 ゲヘナへと向かう道を守護する者達がいる。ゴーレムやドラグーンといった強力な兵器も投入され、押し返せない事もないだろうに、何故か冒険者が苦戦しているように見える。
「おかしいな」
 シュトレンク・ベゼールト(eb5339)もそれに気付いたようだ。
 けれど、味方が苦戦しているのであれば、援護に向かわなければ。互いに頷き合って、駆け出しかけた2人は武器に手をかけたまま地面へと転がった。
 身を起こすと同時に、シュトレンクはコラーダで周囲を払った。硬い感触。
「っ!」
 コラーダが断ったのは肉ではなかった。
 鎧を身につけた骸骨が、彼らの行く手を阻んでいる。
「‥‥なるほど。こういう事か」
 丘を守る者達が分断されている。各隊との連絡を密にしていたはずなのに、突然に分断されてしまった原因は不明だが、これではバァルの軍を一手に引き受けている者達に負担がかかる。押されているように見えるのも仕方がない。
「けれど、私達もここで負けるわけにはいかなくてな」
 ちらりと連れていたハスキーと鷹に目をやる。だが、この状況を作り出した者がいるとすれば犬や鷹での連絡も見逃しはしないだろう。
「ともかく、こいつらを倒せばいいんだろう! デビルもアンデッドも同じだ! こいつらが怖くてメシが食えるか!」
 骸骨を叩き斬ったグレイン・バストライド(eb4407)の叫びに苦笑して、ジョリオとシュトレンクもぞろぞろ湧き出して来た骸骨達に向けて武器を構えた。
 彼らがアンデッドを相手に奮戦している上空では、空を飛ぶ敵を排除する事に奔走していた【戦乙女隊】が発見した不審なグリフォンに、緊張を漲らせていた。
「あなたはどこの所属の方ですか」
 グリフォンに騎乗するのは、緑色の鎧に身を包んだ騎士。体つきからして女性のようだ。
「このような場所で、何をしておられるのですか? 皆が丘の儀式を成功させる為に全力を尽くしているというのに」
 重ねて問うたリリー・ストーム(ea9927)に、グリフォンの騎士は答えを返さない。
「リリーさん!」
 彼女に注意を促したのは、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)だ。彼女の指に嵌められた指輪の石の中で、蝶が羽根を動かしている。
「デビル!? もしや、仲間を襲った戦乙女というのは‥‥」
 アニエスが表情を強張らせるのと、丘から歌声が響いて周囲の澱んだ空気を晴らしていくのとは同時だった。
 丘を包んでいた瘴気も、更に薄くなっているように感じる。
「あははっ、儀式の演奏会が応援歌に聞こえますよ」
 体から緊張が抜けて、力が漲って来る。これも、祈りの効用なのかもしれない。仲間を繋ぐ絆でもある「祈紐」に目をやりながら、アーシャ・イクティノス(eb6702)はグリフォンの騎士へと向けてソードボンバーを放った。
「さぁて、元気が出ました! 行きますか!」
 続けて攻撃すべく、剣を構えたアーシャは次の瞬間、息を呑んだ。
 グリフォンの騎士を守るように、数体のデビルが彼女達の行く手を阻んでいた。
「いつの間に‥‥」
 排除していた空の敵が、いつの間にかグリフォンの騎士の周囲に集まっていたのだ。
「お待ちなさい! あなたは一体何者ですか!?」
 悠然とグリフォンの向きを変え、立ち去ろうとするグリフォンの騎士へと向かって、リリーは叫んだ。襲って来るデビルを防ぎながら、その姿を目で追う。
 けれども、その騎士はリリー達を一度も振り返る事もなく去って行ったのだった。

【戦乙女隊】が、集まったデビル達を倒し終えた頃、丘での戦いにも一応の終止符が打たれていた。
 バァルの軍勢と、現れたアンデッドの群れを押し返し、祈りの儀式も成功したようだ。
 冒険者達の心の中に、釈然としないものは残ったけれども。

(担当:桜紫苑)


●起動
「ムルキベル卿‥‥」
 赤の鎧を着込んだ兵士が、巨躯の存在の前に立っている。
「私には人間が、卿にそこまで覚悟をさせる存在とは思えないのですが」
 赤の兵士は、どうしても言葉に出さざるを得なかった。
「このディーテ砦を抜こうと言う意志だけは本物に思えた」
 巨躯の存在は静かに語った。難攻不落とも言われたディーテ砦。しかし、砦を攻略せんとする冒険者たちは構造、そして変化の解析を着実に行い深淵の心理に届こうとしている。それはまさにムルキベルとの会話に等しかった。
「ならば今一度、問い掛けをしようと思った。『なぜおまえ達は万魔殿に行こうと欲するのか』と。わたしはその答を訊いてみたい」

「あれは‥‥ムルキベルか!?」
 デティクトアンデットで探知をしていたルイルダーナフ・ビューコック(ea3579)が声を上げ太陽騎士団の面々が到着する。
「マッピングしていた私を褒めてよね」
 笑顔を見せるサラ・フォーク(ea5391)を制してパウル・ウォグリウス(ea8802)が前に進む。
「ゼパルか。こないだは随分舐めた真似してくれたじゃねーか。惚れた女がいる前で、以下略ってやつだ。ちょくら相手してもらうぜ!」
 集結した太陽騎士団、春夏秋冬/前方戦闘班、【世界騎士団】の面々の顔を見回し、赤い鎧の兵士、ゼパルはムルキベルの前に立ち塞がる。
「無粋な邪魔が入った模様。私に卿を止める言葉は既にありません。せめての餞にゼパルの闘いをお見せ致したく」
 ここは一歩も進ませないとゼパルは宣言する。巨躯のデビル、ムルキベルはディーテ砦の更に奥へと向かって進んでいった。
 太陽騎士団のパウルの攻撃、そしてキサラ・ブレンファード(ea5796)のスマッシュEXが直撃する。
 しかし、ゼパルは倒れない。
「嘘。反則じゃないの‥‥?」
 キサラだけではない。ルーウィン・ルクレール(ea1364)も自らの剣を受けて尚、動きを止めないゼパルに驚きを隠せないひとりであった。
 春夏秋冬/前方戦闘班、イリアス・ラミュウズ(eb4890)のデュランダルが鎧に直撃した。致命傷になるその一撃。だがゼパルはその剣戟にむしろ向かって当たることで堅い鎧に当て、更に急所から打点をずらしているように見えた。
 ゼパルがゆっくりと口を開く。
「器用ではない私にできるのは守勢の闘いのみである。だが破られた戦いは一度もない」
 火の鳥に変身した七瀬水穂(ea3744)が横を抜けようとするも赤の鎧がそれを阻む。鎧には傷ひとつつかなかった。
 冒険者たちが手にするのは鍛えに鍛えた霊剣である。並のデビルなら一撃で消滅するほどの威力を秘めた武器である。ゼパルは剣戟を受けながらも立ち続けた。多少の手応えは感じられるのだ。だが絶命させるにはほど遠い事を冒険者は永年の経験から察知した。
 そして悪夢は続く。悪魔に対して同じ剣、同じ魔法での攻撃は通用しなくなることが報告されているが、ゼパルもその種のデビルだったのだ。
「思えば天より墜とされ翼を奪われ傷を負わされたあの日からずっと復讐を誓って来た。身の程も知らず、地獄に攻め込む者たちよ。その増長の結果を思い知るがいい」
 冒険者たちに緊張が漲る。
「レジストデビル!」
 イルダーナフ・ビューコック(ea3579)がデビルへの抵抗呪文を詠唱する。レジーナ・フォースター(ea2708)、セピア・オーレリィ(eb3797)らも護りを固めた。オーラエリベイション、フレイムエリベイションが次々に唱えられる。ゼパルは、手の内を見せすぎた、と冒険者の誰もが思った。まさにその時。
 ゼパルが息を吐いた。数人の冒険者はその音を聞いた。呼吸とは吸って吐くものである。そしてデビルとは偽りの命を持ち息をしない存在なのだ。だがゼパルは唐突に、前兆も見せず息を吐いた。
「まずい、ブレスだ!」
 人の官能を司る生殖器と脳を直撃するゼパルの吐息。そのブレスをほぼ無警戒に冒険者は受けてしまった。
「私の吐息を吸った以上、既に無駄だ。全てを忘れ快楽に溺れろ!」
 女性の変貌に男性冒険者は説得や救助に回ろうとする。だが彼らにもゼパルは金の瞳を向けた。レジストデビルや精神抵抗の魔法を女性を中心にしていた冒険者はその時はじめて知ったのだ。ゼパルの魅了が一種類では無いことを。
「動くな」
 言われれば動けなくなる。
「私の盾になれ」
 ムルキベルに向かった女性冒険者のほとんどと男性冒険者の一部が魅了され戦線は崩れた。最深部まで、あと一歩の所まで迫りながらも冒険者の手はムルキベルに届かなかった。

「ムルキベル卿。あとは卿の為すがままに」
 冒険者との戦いで無数の傷を負いながらも守りきったゼパルが城塞の奥へ聞こえるように声を上げた。
 その時。城塞は応えるように大きな変化を起こし始めた。俯瞰で見ると神経のように張り巡らされた城塞内の回廊に稲妻が走り、それは起動を開始する。意志を持ち自律する一体のデビルのように。

(担当:谷山灯夜)


●退く者、現れる者
 共同作戦【復煌】の成功により、本陣の戦力が手薄となったバアル軍。
 そこに、伏兵として機会を待っていた冒険者達は、次々と突撃していく。
「血路は我々が開きます。元帥首は任せますぞ!」
「さあ、あいつらに一泡吹かせてやろうじゃないか」
 ケイ・ロードライト(ea2499)の剣と、秦劉雪(ea0045)の拳が悪魔達を押し退ける。
 さらなる悪魔が、冒険者達の前を塞ぐが‥‥。
「邪魔はさせねぇ!」
「皆を送り届けるよ! 必ず!!」
 ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)の刃が、ミリア・タッフタート(ec4163)の矢が‥‥バアルへと道を開かんとする冒険者達の攻撃が、突破口を開く。
 先の突撃の時とは違い、敵の戦力は大幅に減っている。それに‥‥。
「今こそ人の矜持を見せてやる時ぞ!」
「後ろは任せて下さい!」
 万が一に備え、ルミリア・ザナックス(ea5298)やファング・ダイモス(ea7482)らが退路を確保してくれている。ここは、ひたすら前に進むのみ。
「誰でも良い!! バアルの元に辿りつけ!!」
 天馬を駆るナノック・リバーシブル(eb3979)の放つ衝撃波が、悪魔達を押し退けていく。ここで重要なのは、冒険者達が敵の負傷を完全な死亡の手前で留めるように気を払ったこと。
 完全な状態でバアルの側に出られるよりも、この方が幾分かマシだからだ。
『地虫どもが、この吾輩に隙を作らせるとは、ふざけた真似を!!』
 よもや冒険者達がこれほどの反撃を見せるとは思っていなかったのか、慌てたのはバアル自身だ。
 だが、まだ本陣の守りは固い。そう容易く自分の側までは‥‥その油断。
「バアル、覚悟!!」
 突如、二人の冒険者がバアルの側に姿を現す。バーク・ダンロック(ea7871)とアンドリー・フィルス(ec0129)。阿修羅魔法、パラスプリントが可能とした奇襲。
 ――ギンッ!!
『惜しかったな!!』
「ちいっ!」
 咄嗟にアンドリーの攻撃を受け止めたのは、バアルの側についていた真紅の上級悪魔騎士ベリト。この悪魔だけでは無い。常にバアルの周囲には、彼を護衛する複数の高位悪魔がいる。
「‥っつ!?」
 バークの手は、刹那に抜き放たれたバアルの剣が払っていた。この悪魔、見かけに反して相当の使い手のようだ。
『その汚い手で、この本に触れようとは‥‥死んで尚、余りある大罪!! 貴様の魂を捕えたあかつきには、吾輩の手で永遠の苦しみを与えてやろう!!』
 ――ヒュン!!
 その時、一本の矢が赤い本を掠めた。隙を狙っていたジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)の放ったもの。他の冒険者も、あと一歩のところまでバアルに接近している証。しかし、今の矢は僅かな傷を付けただけ。効果を弱めるには至らない。
『わ‥‥吾輩の本に傷が!!』
 バアルと、その言葉に周囲の悪魔達が動揺を見せた隙に、すぐさまパラスプリントで逃げ出すバークとアンドリー。
 また時を同じくして、ディーテ城砦の方でも異変が起こっていた。
『ええい、もうこんなところにいられるか!! 全軍、撤退だ!! 一度、陣を立て直す!!』

 こうして、バアル軍は荒野の奥へと一時撤退。そして、冒険者達の前には、新たにディーテ城砦そのものと一体化したムルキベルが立ちはだかることとなる。
 この荒野を舞台とした悪魔と冒険者達との戦いは、まだ終わりを見せない。

(担当:BW)


●力の解放
「まったく、ムルキベルの痴れ者が! あのからっぽ鉄頭よりも、鍋のほうがよほど役に立つわ」
 撤退し、冒険者たちを振り切った場所にて、バアルは吐き捨てるように悪態をつくと、そのまま目を細めて今来たほう‥‥ディーテ城砦のほうを見る。
 その方角では、戦いの喧騒はいまだ残っているものの、それまでとは異なりしんと静まり返っていたように見えた。
 いわゆる、嵐の前の静けさ。城砦とその周囲は、そうと思えるほどにまで、静まりを見せている。
「魔力を開放するのなら、それ相応のやりようがあろうに。我輩の戦略が崩壊するところではないか‥‥まあ、奴程度では、追い詰められても仕方はないということよ!」
 冒険者に傷つけられた本だが、小さなもので、修復は可能だろう。バアルはそれにムルキベルをけなしつつけたたましく笑うと、今は無駄に魔力を使う必要はないと赤き本を閉じ、踵を返す。
「せいぜい、鉄鍋と遊ぶがいい、蛮勇なりし地虫諸君! 我輩の更なる絶望のプレゼントを受け取れるように、な!」

「なぜ、おまえ達は万魔殿に行こうと欲するのか?」
 ゼパルの守りを背中に、魔力を用いて異なる場所に移動すれば、その窓辺には幻影のように、巨大な塔が揺らいでいた。
 万魔殿。彼らの偉大なる盟主、皇帝ルシファーと、それに従う万魔の集う、悪の居城。
 天を突くその上部は赤き空とくすんだ太陽に焼かれ、その見えぬ根元はコキュートスの絶対零度の氷に覆われた‥‥居城と言う名の牢獄。
「しばらくは、その姿を見せることになるだろう。だがそれも人の子が滅びるまでの一瞬の時」
 万魔殿をいとおしそうに見つめるムルキベルの瞳に灯る炎が、一瞬明るく燃えると、体にて永遠を燃え続けた炉の炎は大きく燃え上がり、稲妻とともにムルキベルの体を包みだす。
「理由がなんであろうとも、結局は交わらぬ道。あるいは‥‥理解することのできる焦燥」
 身を包む稲妻は矢のように周囲に飛び放つと、壁に刺さり、そしてムルキベルの体は透けるように薄まっていった。
「私の作品の解を導いたというのであれば‥‥更なる謎、私の全霊をもって止めるのみ。それが、私がデビルであるという証拠であり」
 最後の言葉が発せられると同時、ひときわ大きく稲妻と炎がはじけると、その喧騒が収まった場所には、欠片すらも‥‥何の姿も残っていなかった。
『そして彼らが人間であるという証‥‥見せていただこう』
 そう、ムルキベルの声は廊下の様々な場所から響くと、まるで脈打つように、あるいは機械仕掛けの歯車のように、城砦は息づき始めた。

(担当:高石英務)