命令に逆らう事もなければ、降伏する事も有り得ない。
敵戦力の前に怯む事も、恐怖から敵へと寝返る事すらも。
しかも、体の一部が欠損した程度では戦いをやめないのだから‥‥尚更である───
●黒き揺籃の海で
それは、一瞬の出来事のように思えた。
母の胎内よりも激しく、上下に左右に起伏する波がまるで揺り籠のように。
黒き膨大なる魔力に優しく抱かれた彼女は、恍惚の表情を浮かべていた。
「まさか‥‥」
誰ともなしに、ブリーダーの一人が呟く。
ブリーダー達にわかったのは、シャルロームが例の黒き魔石の膨大な魔力を取り込んだこと。
それにより、先程までとはうって変わり漲る力を抑えきれない様子でいること。
これは‥‥再誕、とでも言えようか。
「ふふふ‥‥あははははっ!」
昂る気持ちを、込み上げる魔力を抑えきれずに彼女は笑った。
今この瞬間もブリーダー達の手によって崩れゆくアンデッドの姿が見える。
魔力が求める”もの”を、大地はとどめ置けないのだろうか?
失われた命を、そこに縛り付ける事すらも。
自然の理に習うかのように、次々元の静寂へと還されるアンデッド達はもう、膨大に生まれ来る事はない。
黒の魔石は破壊され、その魔力は全て‥‥目の前の彼女に取り尽くされてしまったのだから。
「これで数は抑えた。次は‥‥シャルロームだ!」
鼓舞する海上側指揮官の声に、ブリーダー達は各々武器を握りしめ、立ち上がるがしかし。
妖艶で優美な視線がブリーダー達を刻み、その傷跡が畏怖にも似た感情を呼び起こす。
「ふふ。私という”完璧”を作り上げたのだから‥‥もう、作るものなど何もないの。ただ、それだけのことよ」
舌なめずりをするシャルロームが、揺籃の海の上、狂気を孕んで笑んでいる姿がよく見える。
つまり限りない数の恐怖から、絶対的な個への恐怖に絶望がすり替わっただけだと彼女は言った。
「いい表情ね? さぁ‥‥楽になんて言わない。もがき苦しんで死になさい」
そしてシャルロームが腕を薙ぎ、黒き波動に身を任せたその時、主の声にアルファフォビアが再び力強く翼を打つ。
その翼が奏でる音色は、ブリーダー達の希望を魔石の様にどす黒く塗り潰そうとする。
現在も島から寄せる膨大な数の敵が絶え間なくブリーダー達に襲い来るのに、最悪の敵を‥‥”彼女”を、相手にせねばならないのだ。
この、揺り籠のような海の上で。
だがここで負けるわけにはいかない。負けることは、即ち自らの死。ひいては人類の消滅を意味することを全身が理解している。
「海上隊に告ぐ! ここが正念場だ!」
生み出される大量のアンデッドの源を、今ここで独断により割り砕き。
そしてそれらを吸収し自らの力とした目の前の人型エレメント。
つまり、この300万の大軍勢を統括する指揮者は‥‥彼女で間違いない。
「シャルローム討伐へ当たれ!」
●死者の代弁者
───そして、彼らは死ぬために生まれたのだ。
主の駒となる為に。望まれた様に動き、望まれた様に死ぬために。
ふと、誰かが言った。
それなら”人間と同じ”ね、と───
要塞での死闘は、敵味方入り乱れ消耗戦の様相を見せていた。
中でも、前回のデコイの際に現れなかった人型エレメントが2体も現れていたのはブリーダー達にとって最悪の事態であると言っても良い。
うち一人の少女の姿をした人型エレメントは既に戦いに参加していたが、ふと海上の魔力の流れに気付いてその手を止めていた。
そして、もう一人の青年の姿をした人型エレメントの元へ寄ると、彼女は忌々しげに呟く。
「‥‥あんた、来てたの? そんな体でうっとおしいわね」
けれど、そうは言いながらもシャルロームの姿を想えば自然と口元に笑みが浮かぶ。
‥‥他者から見れば不愉快でしかない、笑みが。
「うるせぇな、ガキに言われる筋合いはねぇ。俺は俺のしたい事をする、それだけだ」
一方の人型エレメントの青年‥‥ラアは、その言葉に舌打ちをして視線すら合わせずに反論を返す。
唯一彼の瞳を捉えるものは、ニンゲン達の護ろうとする脆弱で無意味な───ただの壁を。
「あんたにガキって言われる筋合いも無いわよ。役立たず! 興が削がれるからさっさと消えて」
オフェリエの背、真白き翼が一際大きく羽ばたいた。
そこから飛び立つそれは幾つものやわらかな羽根を散らせ、酷く冷たい瞳で口元にのみ笑みを張り付ける。
「お人形遊びの様に、その両腕をもぎ取って命を鼓動させる紅いそれを握り潰してあげたい」
くすくすと無邪気そうな笑い声が辺りに響き、遥か足元の人間たちへと舞い降りてゆく。
漸く煩いのが消えたか、と言わんばかりにラアは小さく息を吐き、改めて地上を見渡した。
「‥‥クリムの野郎も、似たような事をほざいたか」
シツボウ、シタ。シツボウ、シタ。シツボウ‥‥。
「‥‥ははっ、阿呆くせ」
結局なんだかんだ言って、同レベルじゃねぇか。人間と‥‥あいつらと、同じ事言ってやがるんだから。
「もう‥‥なにもんにも縛られねぇ!」
雄叫びが木霊する。
それは頑強な要塞を震わせ、生命の終焉をも予期させる狂気をはらんでいた。
「まずはニンゲン‥‥てめぇらだけはこの手で潰す。休息も慈悲もねぇ、何があっても‥‥死ぬまで踊り狂え!!」
救われぬ咆哮。救われぬ魂。
好戦的なイーグルドラゴンが、背に乗せた哀しき主の叫びに同調するように口を開いた。
●思いがけぬ援軍
要塞にて全体指揮を執るオールヴィル・トランヴァースは、海陸両方から飛んできた速報に眉をひそめた。
海上戦で見つけた敵軍の無限にも思える増殖の理由。そして、それを潰した事は最大級の功績で合ったと言える。
しかし、引き換えに起こってしまったおぞましい現実。
それは此度の大戦で敵軍を率いているであろうシャルローム体力回復に加え、大量の魔力を取り込み能力を大幅強化したとみられる彼女の反撃。
ブリーダー達にとって自由の利かない海上での戦いは、過去の彼女との戦いで最悪のコンディションで迎えることになる。
そして、陸部からの報告にあったのは人型エレメント2体の存在確認。
一人目、オフェリエはエピドシスでの対ヨロウェル戦の前に霊峰で見かけた少女だ。
既に戦闘に加わり要塞の陥落を狙っているとの報告が入っているが、その先の目的が一切見えない。
そして二人目、ラア。
彼もまたエピドシスでの首都防衛線の折に暴走エレメント達に交じってその姿を確認されていた青年の姿をした人型エレメント。
要塞に姿を見せてはいるが、まだ戦闘に加わるそぶりを見せてはいない。
先のクヴァール島第2次調査隊派遣時に撃退された傷を引きずっているのか、それとも敢えて高みの見物をしているのか‥‥?
彼単体での飛行は確認されておらず、未だ元のエレメントが何であったかはわからずにいる。
それにしても、内陸部からも大量のモンスターを集められる力があるにもかかわらず、”なぜ、この要塞を狙い落とそうと言うのだろか”。
この状況ならば、直接首都に攻撃を仕掛ければ要塞に集中させた戦力より幾分主要機能が麻痺する可能性は高い筈だ。
なのに、なぜ。
何かしらの狙いがあるはずだ。それに間違いはない。だが、連中がその先に描くものを‥‥今、見通す事は出来なかった。
「今までで最悪の状況、だな」
呟くオールヴィルの脳裏に、ふと出立前の補佐の言葉が思い出された。
最高のアイディアは、最悪の状況から生まれるものである───と。
「未だにどうすりゃいいのか、奇策は浮かばんが‥‥」
立ち上がり外へと向かうオールヴィルが目の前にしたのは、新たなブリーダーの戦力たち。
遠国から駆け付けるのが遅れた人材から、シュネイテーシス対岸警備から一部の人材を残して派遣されたブリーダー達まで。
「出来るのは、これくらいだ」
シュネイテーシス対岸警備を薄くする事に対してはギリギリまで迷っていた。
しかし、此処が陥落すれば全ては終わる。悩み抜いた末に招集した最後の、目の前の援軍にオールヴィルは声を張り上げた。
「前を見て、信じ、護るべきもののためだけに進め」
最後の援軍である旨は、皆に告げるつもりはもちろん無い。
最前線で命を張っていたブリーダー達にとって、彼らは思いがけない増援。
敵の増援が止まった上に、此方に有利な条件が一つ。地響きにも似た歓声がより一層士気を高める。
戦いはまだ、幕を開けたばかりだった───
前回のOPはこちら!
■解説
◇基礎情報(今回の作戦について)
情報1(クヴァール島対岸要塞について)
情報2(ゾンビ型モンスターについて)
情報3(人型モンスターについて)
情報4(目撃されているモンスターについて)
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特別プレイヤー情報(スキル・魔法の省略について)
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プレイングの提出(01月28日18:00〜02月03日10:00) |
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