リアルタイムイベント要塞決戦【波動】

■<海上>
「眩しいわね」
 女は空を仰ぎ、肌に突き刺さるかのような陽光に目を細める。
 見下ろせば、視界を埋め尽くす飛行型モンスターの群れ。恐らくその下では、これほどの眩しさを感じることはないだろう。陽光を遮り、女の姿さえもその分厚いカーテンで隠してしまう。
 青緑色の髪は翼竜の翼が起こす風に乱れ、軽く頬を打った。
「戦うがいい。共に潰し合い、果てるがいい。魔力を存分に使い、その身を魔力に還すがいい」
 この陽が傾くほどに戦え。
 全てが凍り付くほどに全てを砕け。
 世界を魔力で覆い尽くすために、全ての犠牲は「糧」となれ。
 ヒトも、ヒトでないものも、全て、全て。
「遠い記憶の果てで――地を這っていた私が、空にいる。生まれたときの姿とは異なる姿を纏って、空にいる。不思議だわ」
 そうして空を与えてくれる翼竜の首を撫で、女は再び空を仰ぐ。

 どろりとした波音が響く。
 クヴァール対岸要塞から出航した艦隊は、触れる海水の感触を船上のブリーダー達の足元へと伝えて波を割る。
 天を覆い陽光を隠す翼と、波を不規則なものへと換えて泡立たせる水流の源。それらの抱擁は、ひどく鋭かった。
「‥‥一体、何が始まるんです?」
 ルイス・マリスカル(ha0042)のその言葉は、これから起こる全てのことを予感させるものとなる。戦いの果てにブリーダー達が目の当たりにするもの、それらの全てが彼の言葉に集約される。
 しかし、今はまだ誰も――知らない。
 視界の全てを埋め尽くす敵影に、エルマ・リジア(hz1965)は呟いた。
「‥‥この数‥‥作り出しているとしか思えない」
 どこからか、敵の指揮官が見ているのだろうか。誰もが同じ感覚を抱く。
 どこかに、いる。
 これほどの大軍を率いる存在が。
 この大軍の謎を握る、存在が。
 どこかから高みの見物と洒落込み、全ての行く末を支配するべく。
「――原因を究明するべく、作戦を展開する。怖れてもいい、それでも前を見て‥‥信じ、護るべき存在のことを想い、戦い抜こう。そして、全員――生還する」
 指揮官が敵影を裂くように、大剣を片手で軽く薙ぐ。
 指し示すのは、空。
 その瞬間、まるでこちらの動きに呼応するように、空が動く。
 動き始めた空は、その高度をゆるりと下げていく。低く、低く、弓の射程で届くかどうか――それほどまでに際どい位置まで、息苦しくなるほどの圧迫感と共に。
 羽音が響き、風がうねり、そして共鳴とも言うべく海面が上下する。
 ――そして艦隊は、高く荒れ狂う波に絡まりついた。
「火の無い所に煙は立たない‥‥三百万の裏、暴いてみせましょう」
 マスト上の見張り台で、シャルロット・エーギル(ha4860)が呟けば、蠢く空の中から離脱した翼竜の群れが展開し、艦隊を包囲するべく風に乗る。
 彼等はその背やかぎ爪に、小型のモンスター達を伴っていた。
 ぼとり。
 甲板に腐乱した獣が落ちる。マストを伝い降りてくるジェル。
 ごつごつと鈍い音が船底に響き、手を伸ばせば届く高度で鳥達が疾走する。
 振り返れば、遠く霞む要塞。同じ空で繋がるあの場所にも敵の津波は押し寄せ、戦いが続く。
「要塞はきっと皆が護ってくれる。だから、僕らは一刻も早く原因を叩き潰そう」
 密原帝(ha2398)は御影藍(ha4188)やシャルロットと共に見張り台で目を凝らし、敵を薙ぐ。腕に巻かれた金色の鎖が、圧倒的な威圧感を誇る敵の渦へと彼の背を押す。
 シャルロットが持ち込んだ蔦が、命綱として三人の腰に絡みつく。下は一切見ない。見据えるのは、眼前の敵と――どこかから見ているであろう、敵の指揮官のみ。
「厳しいかもしれないけど、頑張りましょう」
 頭上をすり抜ける翼竜の翼をかわした藍は、その背上にぶるりと震える巨大な目玉を発見する。
「スエーノ!」
 次の瞬間、翼竜の背から滑るように落ち行く目玉。それを皮切りにするかのように、目玉を背負った翼竜が次々に飛来する。さらにかぎ爪にブランカを抱いた翼竜も続く。
「総員、マスクを‥‥っ!」
 帝が叫ぶ。スタンアタックを付与して投擲する手裏剣が船首付近を落ち行く目玉の核を捉え、シャルロットの魔弾がそれを援護する。
 眠りの息を受けてしまえば、狭い甲板の上では圧倒的に不利となる。全ての艦艇に乗船するブリーダー達はスエーノが息を吐く直前にその対策を万全とし、すぐにスエーノを潰しにかかる。
 落下する端から潰されていくスエーノ達。それらが一体も息を吐くことなく消えゆくこと、上空でスエーノを乗せて待機していた翼竜達が突然上昇を始め、空の果てに消えていく。残されたブランカはただ船上でその髪を振り乱し、暴れ続ける。しかし新たなブランカが投下される気配はない。
 翼竜達が消えた空を見据えると、その先に一瞬だけ――ウィングドラゴンが見えた。だがそれはすぐに飛行型モンスター達によってその姿を隠されてしまう。
 あそこに何かが、ある。
 原因と元凶を追求するべく全神経を集中する者達に、しかし容赦なく敵は降り注ぐ。それほどの脅威ではないホークなどでも、群れてしまえば話は別だ。
「来るのなら、こんがり焼いてしまうわよっ!」
 ロゼッタ・ロンド(ha3378)は船首に立ち、ホーク達へと次々にファイヤーボムを放つ。各艦艇の船縁で詠唱を続けるソーサラー達も同様にして魔法で応戦し、ホーク達を確実に消し去っていく。
 少しずつではあるが、確実にその数を減らしていくホーク達。その後方に控えるディモルフォドンの編隊さえもその標的とし、詠唱の声が止むことはない。
 しかしそれを阻止するべく、そして艦隊を呑み込むべく、水面から顔を出しその体を押しつけてくる海竜や鮫の影。ドルフィンやグランパスなどはそのジャンプ力を生かして甲板に乗り上げるべくアタックを繰り返す。体それでも詠唱を止めない彼等をサポートするのは、やはり同じように各艦艇の中央付近で固まり、詠唱を続ける別のソーサラー達だ。
「‥‥ん。負けない‥‥邪魔、させない‥‥」
 ゆるりと腕を上げ、真っ直ぐにグランパス達を見据えるアルビスト・ターヴィン(ha0655)。
 彼等から放たれる雷光が、次々に敵の腹へ、開かれた口の奥へと吸い込まれていく。それでも乗船する海棲モンスターや空からの来訪者には、前衛職の者達が尽きることなく剣を薙ぐ。
「私の力でも、お役にたてるなら‥‥」
 艦艇の設備を守るように、ジェル達と対峙し続けるのは華鈴(ha1070)。たとえ戦闘に勝利しても、設備を破壊されてしまえば艦艇は沈む。他の前衛職の者達と共に、ただひたすらに艦艇の「命」を守り続ける。
「言っとくが‥‥俺様はエレメントに手加減する主義はないぜ?」
 蠢き、糸を放つグランドスパイダへと黒曜刀を一閃させ、消えゆく魔力の粒子を越えて次の敵へと斬りかかるのはリーブ・ファルスト(ha2759)。その脚力を用いてアンデッドドッグを翻弄し、ぞわぞわと迫るゾンビの四肢と首を迷わず狙う。
 べしょり、嫌な音を立てて頽れるゾンビを、リーブは間髪入れず海に放り投げた。
「‥‥人間も、だが」
 その呟きが、次のゾンビを裂く。通常のモンスター群と違い、斃しても消えることのない存在。やむを得ない選択の中に、身を投じる。
「絶対護ります! 気が付いたことがあったら何でもいいから教えて下さい!」
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)は空を見据え、弓弦を弾く。放たれた矢は低空を舞う鳥達を掠めはするものの、最上部で滞空する敵影には届かない。共に矢を射るアスラ・ヴァルキリス(ha2173)に目配せすると、アスラはすぐにコンバートソウルを解除し、パートナーのライディーンの背に跨った。
「エリ!」
 エヴァーグリーンに手を伸ばし、彼女の腕を掴んで引き上げる。そして、ライディーンの手綱を強く引いた。
「ライディーン、飛んで。彼女が存分に戦えるように‥‥!」
 そしてアスラは空を目指す。飛来する鳥達を回避し、体勢を安定させ、少しでもエヴァーグリーンが戦いやすいように。
 剣に持ち替えたエヴァーグリーンは、ライディーンの駆けるままに剣を薙ぎ、翼を断ち切る。詠唱が響けば、それは翼竜を深く空に押しつける。
 どこかにいるであろう存在を探す者達が、少しでも楽になるように。彼等を護るべく、エヴァーグリーンは自ら空で撃墜を続ける。
 どこだ、どこにいる――。
 アーク・ローラン(ha0721)はその視力を空へと送り続ける。
 そう、求める存在は空にいるに違いないという確信があった。艦艇の上にあって、見渡せない場所。海中と、空を覆い尽くす敵影の果て。
 こちらからは見えず、攻撃も届かず、しかし彼の存在からはこちらが一望できる場所――天空で、指揮を執っているに違いない。
「‥‥誰がお前達を否定できるものかって、ね。‥‥それでも、俺は」
 ちらりと背後にいるリリー・エヴァルト(ha1286)を気にかけ、守るように立ち振る舞うアーク。そして彼は空を射る。ひたすらにその翼と喉を狙い。
「させないよ! リリー姉ちゃんはボクが守る!」
 ナッビの魔弾が空から墜とされるジェル達を吹き飛ばす。ディフェンシヴエレメントをその身にかけ、盾となりリリーを庇う。
 彼女に迫る敵は全て、アークとナッビ(ha4788)が排除していく。
 リリーは彼等の姿を目に焼き付けながらも、その隙に匂いの強い干物を矢に括り付け、次々に天空へと放つ。その矢に群がる敵影は数百にも上る。単純にそれだけで敵影がマジカルミラージュなどの幻影でないことが確認できた。
 干物に群がり、その一帯のモンスター群は混沌に墜ちる。それらはすぐに統制を取り戻すが、ある一点から順に見られるその動きに、指揮官の存在を感じる。
 その一点とは、先ほどウィングドラゴンがいた方角だ。
「やはりあそこに‥‥」
 リリーが頷く。
「‥‥もう一度信じてもらうためには、何が必要なのでしょうか」
 そして呟き、今度は艦艇を狙って海面から顔を出す海竜達へと喉を震わせる。
「指揮官さえ見つけられれば‥‥。しかし」
 ルーディアス・ガーランド(ha2203)はちらりと周囲に視線を走らせた。
 援護の者達に戦闘をほとんど任せて空を見据えてきたが、無限とも言える敵影に完全に対処するのは難しいだろう。
 モンスター達の情報はある程度事前に得ている。その中でも厄介な海竜達に、ルーディアスは雷を放った。
「とっても単純で、とっても複雑ですね。色々と」
 甲板の上に到達した敵影の中を、カムイ・モシリ(ha4557)が駆け抜ける。すれ違いざまに攻撃を入れ、次々に吹き飛ばし、消し、その動きを止めていく。調査に徹する者達に、敵を近づけないよう、ただひたすらに。
「思ったんですけど」
 駆けながら空を見てのほほんと呟く。
「――なぜ、人型なんです? 人となぜ会話するんです? 殺すだけなら獣の姿でもいいし、会話も不要だと思いますが」
 決して届かない独白。だが、誰もが一度は思うこと。
 カムイはつと空から視線を外し、再び敵を翻弄し始めた。
「うは〜。すごい数だねぇ。まあ、それだけ燃えるけどね」
 ディーロ(ha2980)は仲間の盾になるようにして、敵の爪を刀で受ける。どこかにいるであろう指揮官の姿を目で捜しながら。
「えーい、邪魔邪魔! お兄ちゃん達の邪魔はさせないんだから!!」
 ディーロの妹、ジノ(ha3281)は高い位置から魔弾を投擲する。ゆるりと近付く、小型の敵船に向けて。
 同様にして魔弾を放ち続けるのは雛花(ha2819)。
「‥‥伝えたいことがあるから、逃げません」
 船を防衛するために――殺めるという事実に、手が、喉が、震えようとも。決して目は逸らさない。
「星の数に比べれば‥‥大したことはありません‥‥!」
 リオ・ケフェウス(ha3060)は最大射程から風の刃を空に放つ。高揚する気持ちを抑えることなく、ひたすらに、そして荒々しく空の敵を撃墜していく。
「死して尚も苦しむか。楽になりたいのならばかかってこい」
 魔石練師達が持ち込んだ蔦を、月夜(ha3112)も操りアンデッドを縛り上げる。そうやって縛り上げられた敵達を、持ちうる力の限り次々に裂いていくのは富嶽源(ha0248)。
「負けてたまるか‥‥っ」
 そしてまた、剣を閃かせる。
「‥‥シャルローム‥‥来てるかな。さ、行こう、ケセラセラ」
 がしゃりと鉄輪手をぶつけ合わせ、まひる(ha2331)は翼竜の動きを目で追う。飛爪を頭上で回し、その瞬間を待つ。
 会いたいだけだ。戦いたいとは思わない‥‥思えない。
 ぐっと唇を噛みしめ、呼吸を止める。
 そして射程内に一体の翼竜が入った瞬間、飛爪をその脚に絡ませた。
「行っくよぉーっ!」
 強く引いて反動で宙に舞い、飛爪をまた次の翼竜へと投げ絡めていく。そうして、まひるはただ一心に空を目指す。危険な賭であり、辿り着けるという保証はない。
 しかし予期せぬ客人に編隊は崩れ、隣の編隊を巻き込んでいく。ディモルフォドンといった翼竜、ガーゴイルやホーク、イーグルたち。それらで大小様々に形成された波が、カーテンが、揺らぐ。
 そのとき、まひるは、そして空で戦闘を続けるエヴァーグリーンとアスラは、飛行型モンスター達の渦の奥に不可解なものを発見する。
 黒い鱗の隙間から見える赤い体皮が、波打つ溶岩を思わせるボォルケイドドラゴン。しかも翼のある個体は稀だ。そのボォルケイドドラゴンがうねり、天空を泳ぐ。背に何か遺体らしきものを沢山乗せて。
 次の瞬間、その背の上から無数とも言えるアンデッドイーグルが噴きだした。
 呆然と空を見上げ、ほんの一時だけ戦うことを忘れるブリーダー達。空を這う巨大なドラゴン。そこから文字通り「降り注ぐ」、アンデッドイーグル。
 それらに翻弄され、ペガサスのライディーンは高度を落とし、まひるは飛爪から手を離して落下する。途中、他のペガサスが飛来してまひるを救出し、彼等は追いすがるアンデッドイーグル達を振り切って艦艇に戻った。
 トルネードでアンデッドイーグルを片っ端から撃墜していたエルマは、その上空を旋回するウィングドラゴンに気づき、ハッと息を呑む。
 アンデッド系へと矢を射続けていたシャルロットもまた、その手を止めてエルマと同じ方角を見据えていた。
「黒い魔石!」
 二人の声が、別の場所から同時にあがる。
 上下する翼の影に、ちらりと見える杖らしきもの――と、その先端にはめ込まれた漆黒の石――魔石。
 ウィングドラゴンの背の上、そこにいる人影が誰であるのかは確認ができない。しかしその竜に見覚えのある者も多く、姿を見ずとも誰もがその主に確信を抱く。
「シャルローム――!」
 見張り台の上、帝が叫んだ。手に持つ黒曜刀に知らずうちに力が籠もる。
 その刹那、突如として空が割れた。
 否、ウィングドラゴンを守護するように、その進路にひしめき合っていた飛行型が全て道を開けたと言うべきか。
 一気に陽光が差し込み、網膜を焼く。
 霞む視界の中、悠然と舞い降りるウィングドラゴン。
 その背には――シャルローム。
「見つかってしまったわね。‥‥隠れるつもりはなかったんだけれど。新しい力を試したくて、少しばかり見物させてもらったわ」
 くつくつと笑うシャルロームは、しかしその瞳に一切の余裕は見られなかった。凍てつく眼差しは艦隊を眺め、見下ろす。
「だけれど、まだまだ続くの。あなた達は僅かでもこの子達を減らしたつもりでしょうけれど‥‥そうは、いかないわ」
 腕に抱く杖を撫で、シャルロームは飛来する巨鳥達の背を見て笑う。
 その背の上には、鷲の遺体。
「絶望を見なさい」
 その鷲がブリーダー達に見えるような低空まで巨鳥を降下させると、軽く杖を薙ぐシャルローム。
 杖の先にはめ込まれた漆黒の魔石が――嫌な輝きを帯びる。
 そして、鷲の遺体達に変化が起こった。
 じくり。鷲の背が溶けていく。
 じゅるじゅると嫌な音を立て、しゅるしゅると何かを伸ばし。
 泡立つ背から、何かが飛び散る。
 飛散した「何か」は凄まじい勢いで膨れあがり、やがて一羽の鷲――アンデッドイーグルへと変化を遂げた。
「‥‥一羽の遺体から‥‥一体どれほどの‥‥」
 力なく首を振る者、アンデッドが誕生する様に思わず目を背ける者。
 反応は様々だが、誰もが悟る。
 これが、先ほど垣間見た現象の正体、真実。
 シャルロームの完成させた力は全ての理をねじ曲げたものなのだと。
 あの杖が、黒い魔石が、シャルロームの力を増幅させる役割を持ち、この三百万もの波を作り上げるに至ったのだと。
 しかし、あの魔石さえ破壊すれば、アンデッド達の増幅を阻止することに繋がるのは間違いない。
 一刻も早く、あの魔石を壊さなければならない。
 当然、シャルロームがそれを簡単に破壊させるはずがないことも、そして彼女の強さも承知の上だ。
 だが、やらなければならない。
 ブリーダー達は手に持った武器を再び構え、詠唱を始め、真っ直ぐにシャルロームを見据える。
「正念場だ、僕らの動き次第で状況は大きく動く。心して行くぞ!」
 ルーディアスが腹の底から張り上げた声が、びりびりと大気を震わせた。

 シャルロームの飛来と共に圧倒的に数を増していくアンデッドの集団。
 戦闘前に各艦艇に黄金の杖で張った結界も、この数の前では気休めにしかならない。だが、何もしないよりはマシだ。
 アストレア・ユラン(ha0218)は結界の中、詠唱を始める。そして艦隊から離れた海上――モンスター群を乗せた敵船と重なるように、そっくり同じ艦隊の姿を投影した。
 その間近にいる敵達には無意味であっても、遠方から飛来し、泳ぎ来る敵にはそれが本物に見える。やがてそこへと突進し、彼等にとっては仲間である船を巻き込んで共に果てる。
 だがそれよりも速いスピードで、シャルロームはアンデッド達を作り上げていく。飛行するもの、船上で這いずり回るもの。全てがブリーダー達だけを狙い、襲い来る。
 倒せば消えるもの達と違い、それらは体が残る。倒す端から海へ投げないと、やがて足を取られて行動が抑制される。追いつかない、剣を振るうことさえままならない、そんな状況に追い込まれ、負傷者もまた一気に数を増す。
 イーリアス・シルフィード(ha1359)がリカバーサークルの詠唱に入る。かといって、リカバーサークルはその射程内に敵を入れたまま発動することになってしまう。
 敵を回復してしまうかもしれない。だが、ひとりひとりリカバーをかけていたのでは間に合わない。
 やるしか、なかった。
「調査も何も、生きて帰ってこれなきゃ意味はないよ‥‥!」
 そして、アンデッド達をその射程に入れたまま、イーリアスのリカバーサークルは発動する。
 その刹那、身をよじり、悲鳴のような声を上げるアンデッド達。
「え‥‥?」
 イーリアスは眉を寄せた。明らかに彼等はダメージを負っている。すぐに顔を輝かせ、彼女は声を張り上げた。
「みんな! 遠慮無くリカバーサークルをかけて治療を続けるんだよ‥‥っ!」
 アンデッド達はリカバー系の魔法でダメージを負うようだ。その威力はそれほどではなさそうだが、繰り返し重ねていけば、ダメージは蓄積する。
 仲間の回復と共に、攻撃ができる。
 プリースト達は一斉に詠唱を始めた。
「どんなに辛くても笑顔を忘れちゃダメ‥‥! みんな、くじけちゃダメ!」
 必死に笑顔を作り、エミリー・グリーン(ha3260)も治癒魔法を連発する。その笑顔に、絶望を抱いていた者達も士気を取り戻していく。
「数多の悪意があろうと、私達の心を砕くことはできません!」
 音影密葉(ha3676)は魔法職の者達を重点的に治癒すると共に、その眼差しをアンデッド達へと向け続ける。タラニスを薙ぎ、治癒の力を放出し、それを持って駆魔となす。
 藍はシャルロットの蔦を命綱とし、ルイスもまた腰に命綱を巻いて、船縁でアタックを仕掛けてくる海竜達を薙ぎ続けていた。ただひたすらに、海に落ちる危険も顧みず。
「絶対に退きません、退けますよ‥‥!」
「はいっ!」
 ルイスと藍は呼吸を合わせ、共に黒曜刀を一閃させた。
「どれだけ戦えば終わるの、こんな戦い‥‥!」
 休むことなく大剣を薙ぎ続けるフィン・ファルスト(ha2769)は【工務店】として共に動くレイス(ha3434)、ワン・ファルスト(ha2810)と共に艦艇の上を駆け抜ける。
 アンデッド達の五体を断ち切り、ブリーダー達を嘲笑うかのように上空を旋回するシャルロームを見据え。
 レイスは彼女の気を落ち着かせるように軽く肩に触れて囁いた。
「フィンちゃん、気を付けていこう。あとワンさんも」
 自分を見失ったら、終わりだ。レイスの静かな言葉にフィンは頷く。レイスは飛来するヴァルチャーに接近すると、飛爪を絡めて引き寄せ、そのまま流れるように短剣で関節を狙った。
「浄化などと高尚なことは言えん‥‥じゃが、解放させてもらう!」
 攻撃する端から傷つき続ける姪やレイスを射程に入れ、ワンはリカバーサークルを発動する。そしてダメージを負うアンデッド達。
 無限に生み出すアンデッドが、しかし艦艇に到達すると一斉に倒されていく。それらを海へ無げ、次のアンデッドに備えるブリーダー達。その様を見て、シャルロームは激昂した。
「いいわ。私が直接、あなた達を消し去ってくれる!」
 ウィングドラゴンの背を撫で、急降下を仕掛けるシャルローム。
 その姿を見据え、口角を上げるのはサーシャ・クライン(ha2274)。
「今度こそケリつけようよ、シャルローム‥‥!」
 風魔法の使い手であるサーシャは、これまでの戦闘から離れてシャルロームの降下ポイントへと向かう。隣の艦艇に飛び移り、真っ直ぐに空を見据え。
 降下速度を上げるウィングドラゴン、やがて数十メートルほどの高度に達すると、シャルロームはドラゴンの背から単騎降下を始める。
「一斉に撃て――!」
 ルーディアスの声と共に詠唱が響けば、シャルロームに吸い込まれていくソーサラーと狙撃手達による一斉攻撃、そしてシャルロームから放たれる風の礫。
 詠唱を終えたサーシャが突き上げるように腕を薙ぎ、シャルロームがそれを押し返すように風を放つ。
 微かに絡まり、すり抜け、互いの腹部を抉る風刃。
 膝をつくサーシャは再び詠唱を始め、甲板に降り立ったシャルロームが体勢を整える前にフィンやジェファーソン・マクレイン(ha0401)、まひるといった前衛職の者達の攻撃が彼女に迫る。
「く‥‥っ」
 飛び退って風を放つが、刃は容赦なくシャルロームの皮膚を裂き、拳は肢体を撫でていく。
 そして再び、魔法攻撃が、矢尻が、彼女をその射程に入れる。
 その攻撃が届く寸前――忌々しげにその表情を歪め、血を吐きながらシャルロームは天空を見据えて叫んだ。
「‥‥アルファフォヴィア――!」

 ブリーダー達は複雑な表情で天空を見据える。
 あと一歩だった。あと一歩でシャルロームを捕らえ、その手に持つ杖を奪えたはず。
 しかし彼女は今、再び愛騎の背から、天空から、全てを見下ろしている。
 恐らくトドメとなるであろう一斉攻撃を喰らう直前に、彼女を助け出したのはウィングドラゴンのアルファフォヴィア。
 その背の上、シャルロームは肩で息をしながら、しかし余裕の表情さえ浮かべる。
「‥‥やるじゃないの、ニンゲン。何度も何度も‥‥私を、追い詰める。本当に、へんないきもの」
 くすくす。
 紅い唇が歪む。
 これまで何度、彼女と対峙しただろう。
 シュネイテーシスで、要塞都市アレハンドロで、そして――記憶に新しい、クヴァール島。
 そう、これで四度目となる。アレハンドロとクヴァールにおいては、確実にシャルロームを追い詰めるに至った。だが、彼女とてそう何度も追い詰められるだけのはずがない。
 何か――嫌な、予感がする。
 先ほどまでの戦いの音が嘘のように、静まりかえった海上。
 穏やかな波と、凪いだ空。
 ブリーダー達は背中に冷たいものが走るのを感じていた。
「‥‥これからが、本番。ね、アルファフォヴィア」
 シャルロームは指先でウィングドラゴンの首を撫でる。ざらりとした鱗の感触を楽しむように、何度も、何度も。
「逆鱗とは――よく言ったものだわ」
 ああ、そういえば自分も鱗を持つ体だったわね――その言葉は、呑み込んだ。
 今は違う。滑るような肌。美しく艶やかな肢体。鏡に、水面に映る姿に、自分でも息を呑むほどだ。
「それを何度も傷つけられて、いつまでも黙っていると思ったら大間違いよ」
 この姿も、絶対の自信も、強さへのプライドも。
 額から、両腕から、腹から、背から。流れ出る液体が熱くたぎる。荒くなる呼吸さえ、シャルロームにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。
 ウィングドラゴンの首を撫でていた指は、抱えていた杖へと滑っていく。柄を伝い、黒い魔石の艶やかな輝きをなぞる。
 そして、その魔石を杖から外した。
「‥‥見ているがいい、ニンゲン」
 ゆらりと、青緑色の髪が揺れる。それに呼応するように魔石が仄かに輝いた。
 ぴしり、冷たく渇いた音が何度も響き、微かな音だというのにブリーダー達の耳にもそれは届く。
 ほんの一瞬――その音が止んだ。
 直後、音もなく魔石は砕け散る。
 そして誰もがこれから起こる全ての変化に目を見張り、異口同音に――呟く。
 ――いったい、何が始まろうとしている?
 ルイスが開戦前に漏らした言葉が蘇る。
 砕け散った魔石から溢れ出し、四方へと飛散し始める強大な魔力。
 その魔力を喰らったモンスター達は唸り、ブリーダー達は肌を撫でていくおぞましい感触に総毛立つ。
 にやりとシャルロームは笑み、両腕を広げる。
 そして魔力の渦は、波は、一斉にその流れを変え――。
 大いなる風となって、シャルロームを包み込んだ。
 その風を食らう彼女の口からは、ちろちろと赤い舌が覗く。
 手の平から、唇から、その全身から。魔力の一切を取りこぼすことなく吸収していく。
 びくびくと波打つ肢体には艶が戻り、先の戦闘で負った傷は全て癒えていく。頬は赤く上気し、失われた体力さえも取り戻しつつあるようだ。
 砕け散った魔石の欠片も、ひとつ、またひとつと消えていく。昇華され、シャルロームの一部となっていく。
 そして最後の一欠片と、風の断片が吸収されたとき――それは、軽く腕を薙いだ。
 風が、大気を裂く。
 まるで空を分断するかのように、風の通り道にいた異形達が裂かれ、墜ちる。
 強大な魔力を得たシャルロームの圧倒的な強さに、ブリーダー達は言葉を失った。
「‥‥遊びはここまでよ」
 シャルロームは空から全てを見下ろし、見下す。
 そして、艶然と笑み、髪を掻き上げる。
 ――再び、空と海が蠢いた。


<担当 : 佐伯ますみ>



■<要塞>
「‥‥何だよ、お前も行くのか!?」
 シャルロームが飛び立った、暫く後。
 彼女を乗せた飛竜が消えていった空を硬い表情で見つめていたオフェリエが、ついと動く。
「面白くないわ。あの女だけに好き勝手させるなんて‥‥面白くない」
「だったら、オレも行く。乗せろ」
 壁に背を預け、気怠そうに座り込んでいたラアが腰を上げる。だが、オフェリエの冷たく射抜く様な視線が、その動作を途中で凍り付かせた。
「あんたは寝てなさい――役立たず」
 くすり。くすくす。蔑み、見下した様な態度と、言葉。
「‥‥んだと‥‥ッ!?」
「だって、そうじゃない。一撃でやられちゃうような人、出てったって何の役にも立たないわ」
「あれは、油断したんだって‥‥っ!」
「そう? でも、どうでもいいわ。あんたに頼る気、ないし」
 くすくす。
「あいつらを殺して遊ぶのは、あたし。この子を貸すつもりもないわ」
 と、オフェリエは傍らのペガサスを撫でる。
「そりゃ、クリム様のご命令なら仕方ないけど。でも、クリム様もあんたには失望したみたい、ね」
「違う! クリムはオレの怪我を心配して‥‥まだ治ってないから、休んでろって‥‥!」
「どっちにしろ、大事な時には役に立たないのよね」
「‥‥ぐ‥‥っ」
「クリム様の一番のお気に入りは、あたし。一番役に立つのも、あたし」
 オフェリエは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、ペガサスの背に飛び乗った。そこから、悔しさに顔をどす黒く染めたラアを見下ろす。
「あの年増だって、あたしが作った魔石がなきゃ何も出来なかった。それを何? 自分の手柄みたいに‥‥」
 気に食わない。あんな女、あいつらにやられてしまえば良い。
 クリム様の隣は、あたしのもの。年増なんかに、譲らない。
 仲間も、いらない。特に――使えない仲間は。
「じゃあね。あんたはそこで、指をくわえて見てなさい。――行くわよ」
 オフェリエは気付かなかった。ラアに残したその言葉が、シャルロームのそれと同じである事に。

「‥‥畜生‥‥ッ」
 遠ざかる白い翼を見送り、ラアは再び拳を握る。
 自分にも翼があれば、相棒がいれば――だが、イーグルドラゴンのルウは、既に亡い。自分をここまで運んでくれたドラゴンは、作戦に従いこの地を離れていた。今頃は要塞の上空を飛んでいる事だろう。
 だが、それでも。
「こんな所で、大人しく待ってられるか!」
 必ず、行く。行って‥‥ニンゲンを皆殺しにする。そうしなければ、気が済まなかった。


 クヴァール対岸に建設された要塞は、想定される敵の攻撃力の上限を上回る規模と防衛力を持つ様に設計されていた。
 だが、その想定は敵の力を余りに過小評価したものだった事が、早々に露呈した。いや、評価は妥当だったのかもしれない――要塞の、建設当時には。
 しかし今や、要塞を守る城壁は紙よりも脆く崩れ去ろうとしていた。
 押し寄せる敵の数、凡そ300万。それを、常駐のブリーダーだけで何とか防いでいた。
「はわわ、まるで津波みたいです。おおすぎなのですよー」
 城壁の上で、土方伊織(ha0296)が声を上げる。だが、特に慌てふためいているという訳でも、ない。
 その光景を前にしても、ブリーダー達は落ち着いていた。
「これだけいれば無双するにはちょうどいい数だな」
 アッシュ・クライン(ha2202)が不敵な笑みを漏らし、腰の刀に手をかける。
「300万‥‥誰か、これ全部数えたんすかね?」
 城壁の上に立ち、援護射撃をしながら妙な事を気にしているのは、ライディン・B・コレビア(ha0461)。誰が、どうやって数えたのだろう。しかし、その数が正確だとしても。
「‥‥ふ。それがどうした。俺の借金の方が多いぜっ!」
 それもどうかと思うが。つか、所帯持ちで借金て、マジですか。
 いや、今はそんなこと気にしている場合ではない。この借金、いや敵を、少しでも減らすのが先だ。
 要塞の城壁は、先の攻撃を受けた際にあちこちが崩れ、防壁の用をなさなくなっていた。他の仲間達が何とか凌ぐ間、その場所を地図で調べ、ミスティア・フォレスト(ha0038)と森里雹(ha3414)が中心となって背後にバリケードを築いて行く。
「ゾンビ相手なら投網や落石も効くんだったよな。それと‥‥もしかして、死者の発生源とか霧の推移とかまで留意しなきゃ‥‥って話かよ!」
 墓地も監視対象かもしれないと、雹。この要塞の中にも、かつての王国時代の墓地があった筈だが‥‥しかし、そこまで手を回す余裕はない。彼等が起き上がって来たら、その都度叩くまでだ。
 彼等がトラップとバリケードを築く間、アルフレッド・スパンカー(ha1996)は仲間達から提供を受けた黄金の枝を設置して回る。
 出入り口・高所・隊列の中心・退避場所――設置場所のメモは、取らない。頭の中に叩き込んでおく。効果が切れた頃に、再び魔力を込める為に。
「きっと、ここが防衛の要です!」
 シェルシェリシュ(ha0180)が前線から少し下がった通路の真ん中に陣取り、結界を張る。少し距離を置いて、イニアス・クリスフォード(ha0068)も同様に。
 二人のプリーストが作ったこの結界は、救護所へ運ぶまでの応急処置の場として使われる。
「――来るぞ!」
 誰かが叫んだ。
「早速正念場だ‥‥絶対に踏ん張りきるぜ!」
 イニアスが気合いを入れる。
 先に戦っていたブリーダー達の壁を破って、津波が押し寄せて来た。

「皆さん、退いて下さい!」
 リアナ・レジーネス(ha0120)の指示でソーサラー達が一斉にストーンウォールで壁を作り、撤退を援護する。
 その隙に、動ける者は自力で、その力もない者達は仲間に担ぎ上げられて後方に下がる。
「残っている人は、いませんか!?」
 ティセラ・ウルドブルグ(ha0601)が叫んだ。それに応えて、上から声が返る。城壁の上から戦場全体を見渡し、戦況の把握に務めていたエミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)だ。
「誰か、敵に囲まれてる――!」
 エミリアは距離と方角を指示、声を聞いたジェリー・プラウム(ha3274)がそこに魔弾を投げ付ける。その隙をついて、ホークアイで場所を確認した影山虚(ha4807)が飛び出した。
 虚はその大きな体に物を言わせ、体当たりで周囲の敵を弾き飛ばしつつ怪我人に駆け寄る。そして軽々と担ぎ上げて自陣に戻ると、その体を愛馬疾風の背に乗せた。
「生存。望む。ならば。起きて。いろ」
 その場で薬を飲ませ、救護所へ運ぶ。
 もし、まだ誰か――あの場に残っていたとしても。もう、手は届かない。モンスター達の波に呑まれ、踏み潰され‥‥或いは、死したまま蘇り彼等の一員となっているかもしれない。
 最前列を形作る死者達はひしめきあう様にうねり、手を差し入れる隙間もない程の密度で肩を寄せている。触れた肉が崩れ溶けて、融合しているかに見えた。もう個々の区別も付かない。元は人間だった彼等の名を、誰も知らない。蘇った本人さえ、覚えていない。
 哀しい、存在。
 それが、城壁が崩れた部分を狙って押し寄せる‥‥と言うよりも、外側から圧迫して要塞全体を押し潰そうとするかの如く、闇雲に押していた。
 死者達の後ろにはお馴染みのブランカが群れをなしている。他にも、見覚えのあるもの、ないもの‥‥そこに混じって、大きな目玉の姿もあった。
「上等じゃん。死にたいヤツも死んでるヤツもまとめて来やがれ‥‥っ!」
 ライディンがスエーノの目玉に向けて弓を引き絞る。
「こいつら潰すまで、マスクは外すなよ!」
「マスクは、ゾンビの腐臭防止にも効果があるかもしれませんから‥‥」
 潰しても、外さない方が良いかもしれない。
 救護所へ下がる怪我人に付き添い、その場を離れようとしたジェリーが言った。
 マスクをしていても、鼻をつく異臭は嫌でも匂う。それでもないよりはマシだろう。
「まったく、厄介な敵ばっかりだな」
 ライディンと組んだレイ・アウリオン(ha1879)が思わず文句をつける。だが、どんな敵だろうが押し返すまでだ。
「敵は関係ない、これだけの絆があれば乗り切れるさ」
 ただの強がりかもしれないが、それでも。皆を煽って士気を高めるように。
「バリケード周辺、増援を!」
 エミリアが叫んだ。
 バリケードも、そして張り巡らせた罠も、殆どその効果を発揮していなかった。黄金の枝による結界を張り、ミスティアのサンレーザーやファイヤートラップで纏めて蹴散らしても、尚。彼等は動きを止めない。
 ――手が足りない。
 そう判断したエミリアは城壁を降り、最前線に立った。自分が盾になるつもりで――
「あなた達を否定はしない。受け入れた上で正面から立ち向かう‥‥!」
 だが、その前に更にもう一枚、壁が出来た。
「俺はお前を守る‥‥」
 ミース・シェルウェイ(ha3021)だ。エミリアの傍から離れず、守る。
 危険なのはゾンビだ。屍犬、屍馬、屍鷲‥‥危険な攻撃は全て盾で防ぐ。後ろへは、絶対に逸らさない。
 しかし、彼等は動き続ける。ありったけの魔法を叩き込まれ、脚を砕かれ、頭を吹き飛ばされ――土に埋もれても。
 この哀れな死者達は、どこで誰に眠りを妨げられたのだろうか。
 死者達は肉片と化すまで前進を続け、その肉片の上を新たな死者が踏み越えて行く。
「どんな理由であれ、死者を戦いに使うのは間違ってます」
 ぐしゃりと踏み潰された肉片を、せめて灰に。リアナはファイヤーボムでそれに火を付ける。しかし、それでも焼き尽くせないほどに、死者の数は多かった。
「ひどい事を‥‥後できっと、ちゃんと葬らせて戴きますから。ごめんなさいですのね」
 彼等を、これ以上傷つけたくはない。死した者を、二度目の死に誘う様な事は。しかし、そうしなければ‥‥自分達が彼等の仲間となってしまう。
 リュイ・ユゥエル(ha4849)は、普通なら生命力を回復させる筈の魔法を彼等に与えていく。
「少しでも皆様のお力添えになれば‥‥」
 それでも、敵の猛攻は止まらない。
「無理せざるを得ない状況かも知れないけど‥‥命だけは手放すなよ」
 最前線で戦うヘヴィ・ヴァレン(ha0127)がそれを押し返しつつ、声をかける。
「此処から先は通さない、それだけです」
 その隣ではレテ・メイティス(ha2236)が大剣を振るう。
 死の山が出来ても、迷う事は何も無い。踏み込んだ勢いと、剣の重さ、そして遠心力で一気に敵を薙ぎ払う。体幹部を分断し、骨を砕けば動きも止まるだろう。
 ただ、個々の動きは止まっても――全体がひとつの生き物の様にうねる彼等の動きは止まらない。斬り落としても斬り落としても、組織が再生するかの様に元に戻ってしまう。
「それでも――退く訳にはいかない」
 アッシュがその一撃に多くの死者を巻き込み、吹き飛ばす。味方が作る壁の、前となり後ろとなり、突出しすぎて味方の脚を引っ張る事のない様に注意しながら‥‥それでもつい、足が前へ前へと進んで――
 いや、進めない。進んでいるつもりが、逆に押し返されている。
「頑張れ、絶対に守り抜くぞ!」
 アルフレッドが皆を鼓舞しつつ、背後からホーリーで援護射撃。その合間に周囲のプリーストと協力し、壁を作る様にリカバーサークルを一列に連ねる。前線に作られたそれは味方の回復場所であると共に、死者にとっては近付き難い領域だった。
 仲間達は時折そこまで下がっては、多少の休息を得、そしてまた飛び出して行く。
「ま、負けては、いけないのですっ‥‥」
 頭上からは少しでも敵の気を散らそうと、リル・オルキヌス(ha1317)が強烈な匂いの干物を持って飛ぶ。大丈夫、ゾンビなんか怖くない。付けて安心、魔よけのお札。
 リルは海の方角に向かって思いきり干物を投げる。しかし、反応したのは死者達の後ろに続くモンスターのみ。前で壁を作るものは、振り向きもせずに前進を続ける。
 リルは弓をとり、氷影での攻撃に切り替えてみるが、余り効果は感じられなかった。
 休む事のない、猛攻。彼等は統率された風もなく、ただ闇雲に突っ込んで来る。
 何故? 何の為に?
 この要塞を落として、どうしようというのか。
 これでは敵にも味方にも、犠牲が増えるばかりだ。
 いや、それを楽しんでいるのか?
 ――誰かが‥‥誰が?
 これは、殺戮の為の殺戮――なのか?

「これは、経験が浅いブリーダーには荷が重いか‥‥っ」
 ライディンが戦況を見て指示を出す。
「他にも手が足りない所はある筈‥‥っ!」
 その力量に応じて、最適な場所に。
「こっちを! 援護を頼む!」
 愛馬を駆って伝令を務める浅野任(ha4203)が急を告げる。救護所の周辺が手薄になっていた。
 地上からの攻撃は何とか食い止めているが、空から降る敵には殆ど無防備だった。狙撃手達の攻撃をものともせず、ドラゴンや大型の飛行モンスター達は前線をやすやすと抜け、要塞の内部に新たな敵を落として行く。
「どんなに厳しくたって命の道は切り開きます」
 降り注ぐ敵に対し、ジェリーはその着地前を狙って魔弾を投げ付けた。前線で戦う仲間達の退路を断たれる訳にはいかない。
 ティセラも炎のバットを振り回し、降って来た敵をカッ飛ばす。
「もう、迷わないって決めたんだよ! いくぞ!ユーリア!」
 救援が来る事を告げた任は相棒の背に飛び乗り、見晴らしの良い場所へ急ぐ。ストラス・メイアー(ha0478)と共に、そこから飛行モンスターに向けてひたすら矢を浴びせ続けた。
 小型の敵にはキックミート(ha3157)が突撃、組み付いて殴り、そのまま共に地面へダイブ――落下寸前にその体を離し、叩き付ける。
 だが、モンターの雨はそれ以上に降り注いでいた。余りに高い場所から落とされたものは、着地と同時に嫌な音を立てて潰れる。しかし、それでも尚起き上がり、標的を探す。死者は痛みさえ感じなかった。
 中には完全に潰れて身動きが取れないものもいる。こんな状態で敵地へ送り込む必要があるのだろうか――?
 キックミートはその頭を次々と飛び移りながら両腕に巻いた皮鞭で上から殴ったり、思いっきり踏み抜いたりしてみる。だが、彼等はなかなか動きを止めようとしなかった。
「エレメント、人に使われる。死んだ人、エレメントに使われる。道理‥‥だけど」
 だからといって、黙って使われるままにさせてはおけない。人も、エレメントも、どちらも。
 キックミートにとって、エレメントは「使うもの」ではない。ブリーダー達の殆どにとっても、そうだろう。
 使い、使われるものではない関係。それを、築いて来た筈だ。
「絆を胸に道を切り開きましょう」
 ジェリーが手にしたハンマーに決意を込め、振り下ろす。腐りかけた肉が潰れ、飛び散った。
「ここで踏ん張りますわよっ! また癒しの歌声をココに響かせるのですわっ!」
 ソフィリア・エクセル(ha2940)が疾風脚を使って最前列に飛び出し、動きの鈍い人型ゾンビを蹴散らしていく。
 だが、身軽なアンデッドドッグが敵の足元をくぐり抜け、飛び出した。その勢いのまま、ソフィリアに襲いかかる。
「‥‥っ!」
 避けきれなかった。
 毒を持つ牙に引き裂かれたその体と入れ替わる様に、ゼノ・エリセル(ha4829)が前に出る。追撃に出ようとする屍犬に、スマッシュを叩き込んだ。
 そのままソフィリアの前に立ち塞がり、壁となる。尚も飛びかかろうとする犬の牙を盾で受け流しつつ、ゼノはその体を切り刻んでいく。
 別方向から飛びかかってきた屍犬の前には、澪春蘭(ha4963)が立ち塞がった。首を狙ったその攻撃をかわし、ホーリーを叩き込む。首元で揺れるネックレスに、その腐った爪を触れさせる訳にはいかない。
「今のうちに、下がって」
 痛くても‥‥辛くても、守るべきものは守り通す。今日は、いつもの笑い声は出なかった。
「早く、こちらへ!」
 武人のレイチェル・リーゼンシュルツ(ha3354)がその体力を生かし、毒を受けたソフィリアの体を担ぎ上げて救護所へ運ぶ。治療班の者に、屍犬の牙による毒を受けた事を告げると、レイチェルは再び外へ飛び出して行く。
「私も頑張らなくちゃ‥‥」
「僕も‥‥みんなの役に‥‥立ちたい、から。セシル‥‥力、貸して」
 ルシオン(ha3801)は黄金の枝を使い、消えかかった結界を張り直す。そして懐から香水の瓶を取り出すと、屍馬の腐臭で能力ダウンし、休んでいた者に嗅がせてみる。‥‥あまり、効果はない様だった。
 そうしている間にも、救護所には次々と重傷者が運ばれ――そして空からは新たな敵が運ばれて来る。
 いつになれば終わるのか、終わりは来るのか‥‥救護所に詰めた仲間達の顔にも、疲れの色が濃く影を落とし始める。
「諦めちゃ駄目なのよ。みんなで、頑張るの!」
 コチョン・キャンティ(ha0310)が、そんな暗い空気を吹き飛ばす様に明るく言った。
 怪我の軽い者を優先的に、すぐに前線へ戻れるように、手早く治療を施す。少しでも味方の有利になるように。
「諦めずに希望を捨てず、頑張りましょう」
 レク・イテン(ha5394)が頷く。こちらは死者を出さないように、怪我の重い者が優先だ。
 それを手伝いつつ、テフテフ(ha1290)は静かに歌を歌い、曲を奏で続ける。明るい歌や、気持ちを和らげる曲を――久しぶりだからどこまで出来るかはわからないが、可能な限り、求められる限り、いつまでも。

 救護所で治療を受けて戻った者達を待っていたのは、その場を離れた時よりも更に悪化した状況だった。
 それまで無秩序に、ただ押し寄せるばかりだった敵に、秩序立った行動が見られ始めたのだ。
 肉の壁が一斉に割れ、出来た通路を屍牛が突進して来る。何重にも補強したストーンウォールでさえ突き破り、ブリーダー達の壁を突き崩す。
 陣形が乱れた所に、動きが素早い人型のアンデッド――グールの大群が押し寄せて来た。
 誰かが指揮をとっているのだろうか。
 エミリアが遠方に目を凝らす。遠くに――白い、翼。ペガサスだろうか。
「オフェリエ‥‥?」
 彼女が、これを動かしているのか。
「不死の軍団気取ってるんじゃあない!」
 レイが叫ぶ。真空斬やスマッシュを使い手足を切り飛ばし、叩き潰し、接近する敵には絡まれないように盾で払い退け――
「勝つのは俺たちだ」
 伊達正和(ha0414)が刀を降り続ける。
「‥‥当然、です」
 レテも退くつもりはない。疲れを知らぬかの様に、大剣を降り続ける。
 ヘヴィもまた、今まで温存しておいたMPをありったけ投入し、スマッシュや豪破斬撃で厄介な肉壁を吹き飛ばして行く。
 その壁の後ろから、イニアスが魔法を放つ。怪我人は多いが、それ以上に――敵の攻撃が激しい。最前線に立つ以上、治療だけに専念している訳にもいかなかった。
「いきますよ!」
 シェルがディストロイでゾンビの頭を吹き飛ばし、アルフレッドは効力の切れた黄金の枝に魔力を注入して回り――

 その頃。
 救護所で負傷者達の治療をしつつ、時折ちらちらと上空の様子を気にしていたリュミヌ・ガラン(ha0240)の目が、探していた姿を捉えた。
「――ラアさん‥‥!」
 イーグルドラゴンの背に乗った、その姿。間違いない。
 リュミヌはやりかけの仕事を仲間に託して飛んだ。その遠い影を目指して。
 どうしても、伝えたい事があった。
「ごめんなさい‥‥!」
 その声が、届くかどうかはわからない、それでも、叫ぶ。
 これはきっと綺麗事だと、自分でもわかっている。でも、そうしたいから――あの施設にいた彼らの痛みが、今もここにあるから。
 もう傷つけたくない。自分が傷ついても。彼らと同じ痛みが、なくなるまで‥‥そう決めたから。
 だが、ラアは遥か遠くのちっぽけな存在に、何の注意も払ってはいなかった。
 見つめているのは‥‥遥か、海の向こう。
 そこで今、何かが起ころうとしていた。

「‥‥あーあ、やっちゃった‥‥」
 モンスター達の波の向こう、遠く洋上でも、その変化に気付いた者がいた。
 ペガサスに乗ったオフェリエだ。
「最後の手段だって言ったのに、馬鹿な女」
 シャルロームが、あの黒い魔石の魔力を取り込んだ。気配で、それがわかる。
「あれを使ったら、もう元には戻れない‥‥これで、クリム様はあたしのものね」
 オフェリエは楽しそうに無邪気な笑みを漏らす。
「ほんと、みっともないわ。見境なくなったオバハンって。‥‥年増の暴走に巻き込まれちゃたまんないし、帰ろっと」
 暴走とは言っても、所謂エレメント特有‥‥或いはヒトにも起こりうる、あの現象の事ではないが‥‥どちらにしろ、とばっちりを食うのはご免だ。
 蔑む様な笑みを浮かべて海の彼方を一瞥すると、オフェリエはペガサスをクヴァールへ向けようとして‥‥ふと、思いとどまる。
「だけど‥‥やっぱりまだ遊び足りないわね」
 せっかく出て来たばかりなのに、これで引き上げてしまうのもつまらない。あの女も、要塞の方までは来ないだろう。
 ――もう少し、遊んであげようか。

 その頃、海上で起きていた現象。その影響は、対岸の要塞にまで届いていた。
 モンスターの波がその動きを止め、辺りは不気味なほどに静まり返る。
 何か、得体の知れない――圧倒的な威圧感が音のない世界を支配していた。
「‥‥何が、起きた‥‥?」
 わからない。だが、何か――またしても、何かとんでもない事が起きたらしい事は、感じる。
 その圧倒的な強さの感覚、それは‥‥どこかで覚えがある。
 そう、あれは‥‥ヨロウェル。エピドシスに現れた巨人に感じたのと、同じ種類のものだ。
 あれに匹敵する――もしかしたらそれ以上の、強大な魔力と‥‥そして、黒い情念。

 世界を覆っていたその「気」が、どこか一点に収束して行く。
 同時に、暫しの静けさが破られた。
 終わりの見えない戦いが、再び幕を開ける。
 どちらかが死滅するまで――それとも、全てが死と共に消え行くまで、だろうか。

 戦いは、終わらない。


<担当 : STANZA>



戻る