リアルタイムイベント要塞決戦【波動】

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■<要塞>
 要塞を覆わんとするブリーダー達の士気に、遠くからそれを眺めるオフェリエは歪んだ笑みを覗かせた。
 偏る魔力。
 海の向こうでこれから起きようとしている事象‥‥起きるであろう未来を思うと人間達の思いが何時どの瞬間に挫けるのか想像するのが楽しくて仕方がなかった。
 野蛮な人間。
 愚かな人間。
 そのくせ、綺麗事が大好きな人間。
 背を覆う白い翼が更に彼女を上空へと昇らせる。
 見下ろす地上に群がる人間はまるで踏み潰されるのを待っている蟻のようだ。
「でも人間だから遊んであげるわ」
 オフィリエは笑う。
 虫けらなら潰したらそれきりだけれど、人間は潰せば赤く染まる。地上を真っ赤に染めて、辺りに悲しみと憎悪を膨れ上がらせてくれる。
 だからね、と少女は。
「私を楽しませてよね‥‥!」


 視線の先には青い空が果てなく広がるが、いま其処に伴うのは地上の人々を押し潰さんとする圧倒的な威圧感。
 上空から近付く終わりの気配は、迫り来るモンスター達によって象られていた。
 辺りを覆い尽くす静寂は風の流れすらも絶たんとし、人々の心に不安と恐怖を増長させていくだろう。だが、ブリーダー達はそれを振り払うように声を張り上げる。
「俺が信じるもの‥‥それは目を瞑れば浮かんでくる皆の未来だ!」
 レイ・アウリオン(ha1879)が霊刀を携え叫ぶ。
「はあああああっ!!!!」
「せやぁっ!!」
 レイと行動を共にするミース・シェルウェイ(ha3021)が斬り込む後方、スキルを駆使し、目を凝らして人型のエレメント達を探索するエミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)は、しかし遥か上空で自分達を見下ろす少女の存在には気付けずにいた。
「‥‥奴らの姿は確認出来ないな」
 同じく周囲に目を凝らすヘヴィ・ヴァレン(ha0127)の呟きに、レイン・ヴォルフルーラ(ha0048)は周囲の仲間達へ再確認。
 彼らと正面から向き合うには、まずは地上に下りて来てもらわなければ始まらないから。
「エミリアさん、ソーサラーの皆さん、そのときには‥‥お願いします」
「まかせて」
 エミリアやミスティア・フォレスト(ha0038)らソーサラーの面々が頷き返す。単独で攻撃を仕掛けても効果的なダメージを与えられないのは皆が承知していた。大切なのは協力、連携。仲間と共に在れる事が人間の強さ。
「戦ってる皆のためにも、コチョンがんばるの!」
 後方、戦い傷付く仲間達のために治癒術を駆使していくコチョン・キャンティ(ha0310)らプリースト、ディアッカ・ディアボロス(ha0253)らハーモナー。
「要塞は絶対に守り抜く‥‥!」
「誰一人欠けさせるのは許さねぇぜ‥‥絶対にだ!」
 イニアス・クリスフォード(ha0068)の強い想いに、いま再び仲間達の士気が上がった。


 地上から。
 上空から。
 夥しい数のモンスターが迫ってくる。ブリーダー達はただ只管に剣を振るい、魔法を放ち、ギリギリのラインで敵の猛攻を防ぐ。
 その、繰り返しだった。
「‥‥チッ」
 顔を歪め舌打ちしたのは、オフェリエとは別の地点、上空からブリーダー達を眺めていたラアだ。この手で潰してやりたいと焦がれる程に望んだ光景が目の前で繰り広げられていると言うのにその表情は不機嫌そのもの。
 彼は、楽しいとは欠片も思えずにいたのだ。
 何故だ。
 人間が勝利を諦めないから?
 絶望も見せずにしぶとく戦い続けるから?
「まだ足りねぇのか‥‥っ」
 ならばと上がる叫びにイーグルドラゴンが応じる。
 咆哮。
 大気が震える。


 地上、ブリーダー達に降り注ぐ光りの雷。
「きゃああっ」
「あああ!」
 イーグルドラゴンの巨大な翼が風を起こし大地の砂を巻き上げればブリーダー達の視界は阻害され、立て続けに竜が光りの矢を放つ。
「があっ」
 吹き飛ばされ地面に転がる仲間の間を縫うように走るプリースト達、同時。
「構え!!」
 ライディン・B・コレビア(ha0461)の合図に弓を構えた狙撃手達。
「縛られなくていい、解放してやる気も無ぇ‥‥真っ白になる気で、全力で来い!」
 竜に跨り地上へ滑降してくる青年に言い放つ、その言葉が合図。
「!!」
 一斉に放たれる数十本の矢が目指す先にはイーグルドラゴン――ラアの騎獣。しかしその翼は瞬時に方向を変えて上昇を開始、生じる風に矢は勢いを弱め標的を失い地上に落ちた。
「惜しかったっ」
「空に逃げたか」
 上空を見上げて足を踏み鳴らすライディンの横で敵の行方を目で追っていたストラス・メイアー(ha0478)が呟く。一方でラアの奇襲を受けて負傷者が増した地上ではその表情に恐怖を滲ませる者も出始める。
「ぐっ‥‥いつまでこんな事が‥‥っ」
「こんな終わりの見えない戦いなんて‥‥っ」
「そんな事はありません」
 血の気の引いた彼らに、常と変わらぬ笑顔を覗かせて語りかけるジェリー・プラウム(ha3274)は怪我人に肩を貸しプリーストのいる場所まで運ぶ。
「辛い時は心の中で笑っている人を思い出して」
 家にいる家族、恋人、友人‥‥大切な人の、大切な笑顔を思い出して。
 その笑顔を守るために必要な事は全員が無事に此処から帰ること。
「最後まで諦めない」
 カーラ・オレアリス(ha0058)が微笑む。
 アルフレッド・スパンカー(ha1996)、ニキ・ラージャンヌ(ha0217)、楊愁 子延(ha2187)、澪 春蘭(ha4963)――プリースト達の身体を包む白銀色の光りは、治癒される者ばかりではなく見る者の心にも落ち着きを取り戻させる慈愛の輝き。
「大丈夫」
 アルフレッドは笑む。
「終わらない戦いなんて世界には無いからな」


 必ず訪れる終わりが、願わくは笑顔と共に在れるように――。


「潰してやる‥‥潰してやる! 踊り狂って死んでゆけ‥‥!」
 竜の背で声を震わせるラアに、しかし不意に届く低い声。
「鬱陶しいって、言ったでしょう?」
「っ‥‥」
「此処は私の遊び場なの。邪魔をするなら、あんただって殺すわよ?」
 傷が完全には癒えていないラアと、無傷のオフェリエ。現状、二人の力の差は歴然としていた。視線の冷たさだけで射竦められる。
「どうしても此処に居たいなら大人しく見物していて」
「‥‥っ」
 傷が、疼く。
 それきり動かなくなったラアに目を細め、オフェリエは高度を下げた。純白の翼をはためかせて向かうはブリーダー達の眼前。
 それに真っ先に気付いたのはラアの動きを追っていたストラス。続いてライディン、フェルト・シェリカ(ha4777)。
「来る!」
 それはオフェリエか、数多のモンスターか。
「連中の勢いが増した!?」
「っ‥‥」
 ヘヴィが声を上げた直後、更に視界を埋め尽くした敵の群。鼻を刺す腐臭は目にも痛くブリーダー達の動きを鈍らせた。
「なにゆえに戦う‥‥?」
 相手には聴こえぬと判っていてもジェファーソン・マクレイン(ha0401)が呟かずにはいられなかったように。
「死者達よ。どうかこれ以上世界を悲しませないで下さい」
 リアナ・レジーネス(ha0120)が思わず祈らずにはいられなかったように、‥‥モンスター達の侵攻はそれ程に惨たらしい光景だった。
「‥‥っ」
 死体を斬る感触に伊達 正和(ha0414)は顔を歪める。
 黙々と敵を薙ぎ払っていたアッシュ・クライン(ha2202)の表情を翳らせたのも、恐らくは。
「ふふっ」
 頭上から降る笑い声。
 オフェリエ。
「良い顔ね、そういうのが見たかったの。ぞくぞくしてくる」
 冷酷に微笑む少女の声がどれだけのブリーダーに届いたかは判らない。戦闘の真っ只中にあれば彼女の独白にまで神経を費やせる者など極僅かだ。だが、彼女の姿を視認したならばどう動くのか、その一点に関しては全員が共通していた。
「やられたまま引き下がるなどできませんわっ!」
 ソフィリア・エクセル(ha2940)が声を張り上げる。まるでそれが合図であったかのように側近くで散開した赤茶けた光り。
「此処から先は通しません、潰れてください!」
 直後、シルヴィア(ha1913)の前方に走る黒い帯は敵を押し潰し、同時に一本の道を作り出した。
 その道を駆けるウォーリアー。
「いくぞ‥‥いつまでも好きに出来ると思うな」
 ミース、レイ。
「これ以上お前をのさばらせておくわけにはいかんのでな」
 別の道、セシリア・アーセナル(ha1918)が生じさせた黒き道を走るのはアッシュ。
「ここで消えてもらう!」
 跳躍する、その足元を押し上げたのは石の壁。
「!」
「あなたが踊り疲れるまで私も付き合うわ」
 キックミート(ha3157)、リフヴェラ・フォネス(ha4886)らの力を借りて開けた空間に灯る青き光りはエミリアの舞。
「だから、ね」
 長くも短い舞の最中、これまで青空が広がるだけだった上方をゆっくりと覆い始めた雨雲。
「こんな哀しい戦いは、もう‥‥終わらせましょう‥‥!」
 レインが激情を押し殺すように言い放つと同時、彼女と同じくソーサラーの面々がその身を緑系統の輝きに包み始めた。
「!」
 魔力の流れが変わり行くのを肌で感じたオフェリエは本能でブリーダー達から距離を取ろうとする、しかし彼らがそれを許すはずもない。
 レイ、ミース、アッシュ。
 三方向から少女の行く手を遮る刃。
「っ‥‥!?」
 雨雲に煌く雷光。
 ましてやそれは目に見えてさえいれば必ず対象を捕らえる術。
「捕らえさせてもらうよ‥‥!」
 ジェシュファ・フォース・ロッズ(ha3005)が言い放つ言葉は、雷と共にオフェリエへと落ちた――!
「きゃあああああああっ!!!!」
 轟く叫びに、ブリーダー達の中には切なげに顔を歪める者もいる。だが、誰もが此処が戦場である事を理解していた。
 ライディンら狙撃手の面々は遠方、此方の様子を伺っているラアに的を絞りいつでも射掛けられる体勢を崩す事がなかったし、打ち落としたオフェリエがモンスターの群に紛れて逃げないよう戦闘の手を休める事もない。
 その、中で。
「あなたにとっては遊びの場でも、私達にとっては大切な仲間を守るためにも決して負けられない戦いなんです」
 シェルシェリシュ(ha0180)がオフェリエに術を施し、彼女の影を地面に固定させて動きを制すると、急いで飛び込んで来たリュミヌ・ガラン(ha0240)が小さな体を少女に寄り添わせた。
「ごめんなさい、ごめんなさい‥‥っ」
 必死に涙を堪えながらオフィリエに施す治癒術。
「なに‥‥っ、何を考えているの‥‥!?」
 癒される傷に驚愕するオフェリエへ応じたのは、やはり彼女を逃さないようその周囲でモンスター達との戦闘を続けていたレテ・メイティス(ha2236)。
「‥‥痛みも傷も、話してもらわないと‥‥判りません。俺は」
 たとえそうは口にしなくとも、ブリーダー達の大部分が人型エレメント達との戦いに抱えている思いがある。
「‥‥彼らの分まで生きて、幸せになって欲しい‥‥そう言ったら、怒られるでしょうか」
 リュミヌはその言葉をオフェリエに‥‥そして今は上空、ひどく冷静な眼差しで此方を見つめているラアに向けた。
 生きていてくれて良かった、と。
 痛みが消えるのは命が消えるとき、そんな道しか無い結末はどうしても回避したくて。その方法を模索したくて、‥‥それでも、こうして守るべきは仲間であると言うどうしようもなく身勝手な言い分。
「許してとは言えないけれど‥‥」
 それは判っているけれど。
「一緒に‥‥生きていく事は出来ませんか‥‥?」
「‥‥っ!!」
 その言葉に。
 ‥‥あまりにもふざけた言葉に、オフェリエの顔が怒りに染まる。動きを封じられていなければリュミヌを引っ叩いていただろう衝動が胸の内に膨れ上がる。
「ふざけないでっ、ふざけないでふざけないで!!!!」
 少女は叫んだ。
 声が枯れる程に叫んで、モンスター達は更に勢いを増してブリーダー達に襲い掛かり、少女を囲んでいたレイやミース、アッシュらもそちらとの戦いに気を集中させざるを得なくなった頃。
 ――それは、起きた。
「空が‥‥」
 呟いたのは誰か。
 しかしそれが引金であったかのように皆の視線が空を仰ぐ。
 其処は会場。
 仲間がシャルロームと激戦を繰り広げているだろうその場所に、いま邪悪な魔力を帯びた暗雲が広がり始めていた。その余りにも強烈な変化はブリーダー達の意識を奪い、要塞に攻め込もうとしていたモンスター達の動きすら止めた。
 その場にいた全員の目を奪ったのだ。
 ラアも、オフェリエも其方を見遣る。‥‥少女に掛けられていた拘束魔法も、丁度効果が切れる時間だったから。
「っ‥‥」
 怪我は癒された。
 人間のおかげで。
「‥‥っ、許さないから‥‥!」
「!!」
 少女は背に翼を広げ瞬時に其処を飛び立つ。
 翼が起こした風に驚き、目を瞑ったリュミヌが再び目を開けた時にはオフェリエの姿はもう遥か上空。
「許さない‥‥っ」
 少女の呟きに、ラアが薄く笑う。
「ま‥‥とりあえずは目的を果たしたんだろ?」
「うるさい!」
 厭味のように言うラアへ、怒鳴り返すオフェリエ。
 このままでは終わらせない。
 次こそという決意を胸に、オフェリエの視線は海上の暗雲へと注がれ、‥‥少女に昏い笑みを浮かべさせるのだった――。

<担当 : 月原みなみ>



■<海上>
 空に在る女は、愛騎であるウィングドラゴンの背を撫で、新たに得た力に身を委ねるように目を細めた。艶やかな四肢が、海風に湿る。
「腕も、足も、かつては持っていなかったわね」
 自嘲気味に笑い、この四肢を得た日を想い出す。忘れられない、あの日。
 どくり、身体の内を流れゆく黒き魔石の魔力が波打つ。全てを食い尽くさんとばかりに、強く、うねる。
 魔石を取り込んだときから、瞼を閉じれば視えるヴィジョン。
 静かに、静かに、食われていく自身の魔力と、この身体。その果てに、待つもの。
 しかし、それこそは彼の者が求める世界と結末であり、それができるのは自分だけなのだという快楽にも似た優越感が、打ち寄せる恐怖を全て消し去っていく。
 だが、ここで果てるつもりはない。
 そもそも自分達が攻め込んできたのは、数多もの戦闘を起こし、黒い魔力を世界中に充満させることが目的だったのだから。
 掌の上で風を弄ぶ。小さく渦巻く風は、まるで蛇のようだ。
 そして愛騎の背に立ち、眼下に迫る艦隊をねめつけた。
「さあ、派手にやるわよ‥‥アルファフォヴィア」
 風を味方に付け、全ての魔力をこの手に収め、目に留まる魂を――喰らい尽くすべく。
 女――シャルロームはくつくつと笑い、上昇気流に逆らうように愛騎アルファフォヴィアを駆った。

 海面は再び歪み、波打ち、どろりとした質感の触手となって艦隊へと絡みつく。
 再編成された艦隊は、シャルローム討伐部隊が乗船する討伐艦が先頭を進み、その数百メートル後方に援護部隊で形成される援護艦隊が展開していた。
 空にはアルファフォヴィアを先頭に、扇形に戦陣を組み降下する飛行モンスター達。シャルロームは愛騎の背で上体を低くして風を受け、歓喜の表情で駆り続ける。
 彼女が軽く腕を薙げば、降り注ぐのは風刃の雨。討伐艦のブリーダー達を容赦なく裂き、甲板を抉る。
 討伐――その言葉をどう受け止めるかは各々違うだろう。それを望まない者がいるのも、確かなことだ。だがどのような状況であっても、「目標」とするのはシャルロームただひとり。
 シャルロームを覆い隠すように降下速度を上げる翼竜達は、彼女を見据えるブリーダー達へと爪を立て始めた。しかしその翼を墜としていくのは、討伐艦の周囲に滑り込む援護艦隊の者達。討伐艦にまとわりつく海竜をも、彼等が貫いていく。
「リリー、遅れてごめん!」
「姉様ーっ!」
 討伐艦の真横につけた援護艦から、アレン・エヴォルト(ha1325)とヴィンデ・エヴォルト(ha1300)が叫ぶ。
「兄さん! ヴィン!」
 船縁に駆け寄り、リリー・エヴァルト(ha1286)は討伐艦から手を振る。アレンは笑顔を浮かべて頷くと、海面から身を躍らせたシャークへと志芯刀を閃かせた。
「周りは俺達に任せてくれ。‥‥いくぞ、ヴィン!」
「はい! ‥‥チルハ、行くよ。家族を‥‥守るんだ」
 ヴィンデは兄の声に頷き、パルティアに宿るパートナーに声をかける。そして、弓弦をぎりぎりと引き絞った。
「二人とも、無理だけはしないで‥‥!」
 兄弟を気遣うリリーに、心配はいらないと言うかのようにアレンの後方から手を振るのはブラッド・ローディル(ha1369)。彼は、アレンとヴィンデに向けて空から迫るイーグルの編隊を吹雪の抱擁で受け止める。
「偶には気張らないとね‥‥彼らが存分に戦えるように」
「おじさん‥‥!」
 身を乗り出すリリー。その肩を掴み、引き寄せるのはイーリアス・シルフィード(ha1359)。無言で首を横に振り、リリーを討伐艦の中央へと連れて行く。
「彼等に背を預け、私らは私らの成すべきことをやろうじゃないか」
 その言葉に、リリーは力強く頷いた。未だ降り注ぐシャルロームの風刃がイーリアスの頬を掠めゆくが、彼女は怯むことなく詠唱し、ブリーダー達の傷を癒していく。
 援護艦隊の姿に惹かれるように、シャルローム以外の敵の大半はその照準を援護艦隊へと、そして遥か後方に霞む要塞へと向け始める。
 空を、そして海中を抜け、援護艦隊を撃沈せんとする異形達。
「迎撃続行!!」
 ルイス・マリスカル(ha0042)の声が大気を震わせる。援護艦隊のブリーダー達はその声に呼応し、持てる力を放ち続けた。
 海竜の牙に剣を取られ、船縁から身を乗り出してしまったブリーダーを月夜(ha3112)の持ち込んだ蔦が絡め取る。
「‥‥まったく、厄介なことになったな」
 言い捨て、生成した魔弾を頭上に迫るハルピュイアへと放てば、肩から生える黒い翼が吹き飛んだ。
 アストレア・ユラン(ha0218)とユラヴィカ・クドゥス(ha0123)は、艦艇へと体当たりを仕掛ける海棲モンスター達へとほしくずの唄を聴かせて同士討ちを誘っていく。
「みなさんの命は絶対に守ります!」
 華鈴(ha1070)は前回同様にして艦艇の設備や船員を守るべくサポートに徹し、空から墜とされるジェル達へと、九節鞭を振るう。ジェル達は甲板に到達する前にその洗礼を受けた。
「これは、グランパス? 十頭が真っ直ぐに要塞方面へと抜けようとしてるよ! 絶っっ対、要塞には向かわせないんだからー!!」
 サーチエレメントを駆使するジノ(ha3281)は船底付近を探り、声を上げる。空から落とされるジェルに真空斬を放ち続けていたルイスは頷き、船縁から海面に意識を集中した。
 数メートルもある黒い影が重なり合い、ゆらりと浮かぶ。腰に巻き付けた命綱を確認すると、ルイスは身を躍らせて黒曜刀を最も近い影へと突き立てた。突然の襲撃にグランパスは暴れ、仲間を巻き込んでその身体を海面に晒す。
 そこに、ソーサラー達の魔法と、狙撃手達の矢尻の雨が降り注いだ。
「あーくそ多い! アリエルさん達、射線に入んじゃねーぞ!」
 ロガエス・エミリエト(ha2937)はマストの上を旋回しながら、甲板上のアリエル・フロストベルク(ha2950)とレイス(ha3434)に視線を走らせ、詠唱に入った。
 天空から急降下を仕掛けるアンデッドイーグルとホークの混成部隊を次々に貫く、ロガエスの光撃。数の多さに息切れを起こしながらも、また次の詠唱に入る。と、そのとき、十数羽がその標的をロガエスへと定めた。
「‥‥隠れる方が早いっ!」
 そう判断し、ロガエスは降下する。その先には、レイス。レイスはアンデッド達と対峙し続けていた。素早く彼の背に隠れると、既にそこにはアリエルがおり、周囲のブリーダー達のサポートや回復役をこなしている。
「たはは‥‥後ろの二人穢させたら僕の命が無さそうだし、頑張らなきゃ」
 レイスは苦笑し、すぐに眼前のグールを海に叩き落として空を見上げて流星錘を構え、射程内に入った鳥たちを次々に流星錘で叩き落としていった。
 そのうちに、討伐艦方面へと向かい始める個体が増え始めた。
「‥‥そ、そっちに行かないで‥‥!」
 アリエルは咄嗟に子守唄で眠らせていく。ぼたぼたと落下する敵達は、甲板で待ち構えるブリーダー達の手によって、そのまま深き眠りにつく。
「俺達は‥‥まだ‥‥終わらない‥‥」
 タラニスを薙ぎ、アルビスト・ターヴィン(ha0655)はサンレーザーを撃ち込む。討伐隊が少しでもシャルロームと戦いやすいように、確実に討伐艦へと向かう敵影を狙う。
 こうしているうちにも、遥か上空から降下を続けるシャルロームとアルファフォヴィア。そして、彼女達へと向かう二頭のペガサス。
 雛花(ha2819)は双方の姿を見据えながら、アンデッドドッグを錫杖の柄で打ち、払う。
「‥‥『何のために』だったら、命を奪っていいんですか」
 消え入りそうな声で呟き、また次の敵を打つ。視界を揺れるシャルロームは、ひどく雛花を不安にさせた。
 ここに来ていない「彼」が、彼女をとめてくれないかと――ただ、願う。
 雛花には、シャルロームが命を削っているように見えた。

 シャルロームは迫る二体のペガサスに、嘲笑さえ浮かべる。
 ペガサス達の名は、セエレとライディーン。
 セエレの背にはアーク・ローラン(ha0721)が、ライディーンの背にはアスラ・ヴァルキリス(ha2173)とエヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)がそれぞれ騎乗する。
「‥‥討伐、か」
 自嘲気味に笑い、しかしそれに反抗する決意を固めるアーク。
「倒さないと、皆死んじゃう‥‥エリは仲間や友達を守りたいですの!」
 エリは唇を噛みしめ、やはり決意を固める。
 相反する想いと、その根底にある共通する想いと。
 それらを抱く者を背に乗せながら、セエレとライディーンはアルファフォヴィアを挟み込むようにその翼で風を叩く。
 討伐艦から幾筋もの雷光が空へと降る。ペガサス達を追い越したそれは、アルファフォヴィアの両翼へと吸い込まれていく。
 エルマ・リジア(ha1965)やエルンスト・ヴェディゲン(ha0252)達、討伐隊のソーサラーが放つライトニングサンダーボルトだ。そして援護艦隊からも併走するように放たれる光は、シャルロームの周囲に蠢く翼達を次々に撃墜する。
「‥‥ここで、止めます。彼女も、その暴走も」
 そのためには、まず彼女の翼を――墜とす。
 エルマは再び雷光を真っ直ぐに空へと放った。
「とにかくアイツを消耗させるんだ!」
 ルーディアス・ガーランド(ha2203)もまた、アルファフォヴィアだけを見据えて詠唱を続ける。
 降下を続けるそれは、受けるダメージさえ気にならないかのように悠然と討伐艦へとその首を向けていた。
 やがてセエレがアルファフォヴィアの高度に到達する。
 シャルロームは何やら愛騎に命じて軽く翼を捻らせる。そこから放たれるのは風の刃。セエレを真っ直ぐ狙うそれをアークは巧みにかわし、尚も接近を続ける。
 旋回を続け、その距離を詰め、アークは手に持つ流星錘と飛爪に意識を集中する。
 シャルロームはどこか余裕の表情でアーク達の動きを眺めていた。彼が投げ放つそれさえも、行き着く先を見て笑うだけだ。
 アルファフォヴィアの口と首に巻き付いた流星錘と飛爪。アークはそれを締め上げて息を封じようとするが、コンバートソウルしていない身ではダメージすら与えられない。
 だが、それならそれでいい。
 一瞬でも彼女達の気が自分に向けば、それでいいのだ。
 そしてシャルロームと視線が交わった。
「なんの、つもり?」
「話したいコトも、たくさんあるから」
 真っ直ぐにシャルロームを見据えるアークだが、シャルロームはそれを鼻で笑い飛ばし、軽く指を弾いた。
 刹那、アークの手元で裂ける風は流星錘と飛爪を抉り、その硬い柄をへし折ってしまう。裂けた風の勢いは残り、アークはセエレごとバランスを崩して高度を落とした。
「シャルローム‥‥!」
「私には、話したいことなんてないのよ」
 楽しげに笑い、さあ次は‥‥と、視線を移した先にはライディーン。アークに気を取られているうちに、至近距離まで迫っていた。
 ライディーンはシャルローム達の視界内を、目障りなまでに動き回る。
 エヴァーグリーンから放たれたホーリーがシャルロームに握り潰されるや否や、ライディーンはアルファフォヴィアへと急接近する。
 今度はデュランダルを中段に構えて薙ぎ払うエヴァーグリーンと、ライディーンの制御に集中するアスラ。
「邪魔ね、何もかも。消しちゃいましょうか、アルファフォヴィア?」
 エヴァーグリーンの攻撃をかわしながら、小さく溜息をつくシャルローム。その言葉に呼応するように、ゆるりとアルファフォヴィアが口を開いた。
「‥‥っ! カル!」
 エヴァーグリーンはコンバートソウルを解除し、現れたシムルのカルサイトをアスラに託す。その背に乗るのではなく、アスラとコンバートするためだ。もっとも――シムルでは小さすぎて子供を乗せることが出来る程度だが。
 アスラはエヴァーグリーンの意図を悟り、迷うことなくカルサイトとコンバートソウルした。
「カルサイト、僕にも力を貸して。エリを、皆を守る力を‥‥!」
 手綱をエヴァーグリーンに託し、アスラは弓弦を引き絞る。アルファフォヴィアの口へと、その狙いを定め。
 放たれた矢尻は、その先端に括り付けられた震天炎と共に飲み込まれていく。
 口に広がる衝撃でブレスを放つタイミングを逃したアルファフォヴィアだが、取り乱す様子もなく、じっとその余韻が治まるのを待っていた。
「そんな!」
 叫ぶ、エヴァーグリーン。
「何度も同じ手を喰らうわけが、ないでしょ。ブレスの邪魔をされるのは予測していたわ!」
 シャルロームが腕を一閃させ、風矢をライディーンに打ち付けて彼等を降下させる。そしてアルファフォヴィアは強く羽ばたき、急上昇を始めた。
 弓も、魔法も届かない高度に達すると、くるりと方向を変えて艦隊を見下ろす。
 そして一瞬の間さえおかずに――口を、開いた。

 アルファフォヴィアの口から放たれる息は扇状に広がり、遥か天空から全てを包み込むように大気を揺らす。
 まさかあんな距離から――。
 ブリーダー達は絶句する。二百メートル、それとももっとあるだろうか。
 だが、ブレスは射線上にある敵影を一掃しながら海を撫で、艦隊を揺らしはするものの、直接ブリーダー達を襲うことはない。
「――ブレスはデコイだ!」
 誰かが叫ぶ。
 ブレスの突き抜けた空を撫で、再び急降下するアルファフォヴィアは、気付けば高度数十メートルにまで迫っていた。
「ニンゲンはこの手で消し去ってくれるわ!」
 頬を紅潮させ、風に乗るシャルローム。
「負けるもんか‥‥破滅するのはあなたのほうよ、シャルローム!!」
 サーシャ・クライン(ha2274)が、ロゼッタ・ロンド(ha3378)が、シャルローム達の的を絞らせないように動き回り、射程ギリギリまで引きつけてからトルネードを放つ。さらに翼の付け根に抉り込むのは、カムイ・モシリ(ha4188)のカマイタチだ。
「ナッビさん!」
 リリーが魔光弾をナッビ(hs4788)に託し、ナッビはアルファフォヴィアの鼻先に接近してそれを炸裂させる。直後、リリーの子守唄が追い打ちをかけて眠らせるが、効きは浅いようですぐに目を覚ましてしまった。
 アルファフォヴィアは様子を窺うように、暫くそこに滞空する。恐らく、翼に受け続ける攻撃で羽ばたくことが厳しくなっているのだろう。
「みんな燃えてるね〜。まあ、僕もだけど」
 ディーロ(ha2980)は、シャルロームとの直接対決を彼女への深い想いがある者達に託すべく、アルファフォヴィアへとその意識を集中する。闘龍と黒曜刀で弧を描き、真空斬を滑り込ませていく。
 シャルロット・エーギル(ha4860)は密原帝(ha2398)と御影藍(ha4188)にグッドラックを、そして藍にはさらに魔弾を渡す。
「私の命、預けますからね? どうか‥‥どうか、幸運を」
 その言葉に帝と藍は力強く頷く。
「たとえ絶望的でも仲間と一緒に乗り越えてみせます!!」
 藍は和槍の柄尻に震天炎を魔弾を括り付け、瞬脚で助走を付けた勢いで投擲する。それを追うように飛び抜けるのは帝の手裏剣だ。
 それらがアルファフォヴィアの喉元で弾け、一瞬だけ生じた隙をつき、シャルロットが持ち込んだ太い蔦植物を伸ばしてその首に多重に巻き付ける。すかさず帝が蔦を掴み、船上に落とすべくパワーチャージで引き込んだ。
「落ちてくれ‥‥っ!」
 蔦が擦れ、掌が熱い。藍も駆けつけ、共に蔦を引く。やがて徐々にアルファフォヴィアは高度を下げ始めた。あと数メートル。完全に落ちるにはまだ力が必要そうだ。
「邪魔ね」
 シャルロームがその蔦を風で裂こうとした。そのとき、ふいに眼前に何かが舞い降りる。
「シャルローム、あんたを‥‥とっ捕まえる! 兄ちゃん、よろしく!」
 甲板から見上げて叫ぶのは、振り上げた大剣もそのままに肩で息をするフィン・ファルスト(ha2769)。
 そう、シャルロームの眼前にいたのは、リーブ・ファルスト(ha2759)。
 フィンは大剣の腹にリーブを乗せて打ち出すように振り抜き、リーブはその勢いと脚力を生かしてアルファフォヴィアの背へと跳躍を挑んでいたのだ。
「目障りよ、あんたたち!」
 愛騎に足を付けられたことに激昂し、リーブの胸ぐらを掴む。途端に、シャルロームから魔力が溢れ出る。それはリーブの皮膚を裂くように撫でていく。
「一応妹の希望でな。殺しゃしねえが‥‥落ちとけや!」
 リーブがそう言った直後、アルファフォヴィアががくりと高度を落とした。フィンの大剣とワン・ファルスト(ha2810)のホーリーが同時に翼を直撃し、エルマやロゼッタ、カムイやディーロ達の攻撃も休むことなく続けられる。
「‥‥く、あああああ‥‥っ!」
 そして、帝が渾身の――それ以上の力をこめ、藍と呼吸を合わせて蔦を引いた。
 五メートルもの巨体が、びりびりと討伐艦の全てを震わせて甲板に墜ちる。
 シャルロームはマストの見張り台に飛び移り、そこから呆然と、翼を広げたまま倒れる愛騎を見つめていた。
 だが、愛騎を攻撃、捕縛するべく詠唱が始まると、すぐに表情を消し――降下する。
「ニンゲン達の手に渡すくらいなら」
 その言葉と共に、シャルロームは愛騎の背に降り立ち、その手を深く抉り込ませていく。
 やがてずぶりと嫌な音を立て、シャルロームは手を引き抜いた。そして散る――アルファフォヴィア。
 魔力の粒子が風に乗り、舞う。シャルロームはそれを吸収するかのように手を伸ばし、握りしめる。
「‥‥全て、消す」
 甲板の上、彼女は軽くステップを刻む。ふいに全身から風が巻き起こり、周囲のブリーダー達を吹き飛ばす。
「お嬢さん、そんな血気に逸らないでちょっと落ち着いて欲しいの」
 腰を押さえながら、ワンが負傷者達をリカバーサークルで癒していく。しかしシャルロームの魔力の放出は止まらない。
「‥‥聞く耳、持たんかの」
 やれやれと、ワンはダークネスで彼女を包み込む――が。
「効かないわね」
 ちろりと赤い舌を出し、正に蛇の如く笑うシャルローム。
「借り物の力に溺れたか‥‥。もう終わりだ、シャルローム。引導を渡してやる!」
 シャルロームから発せられる魔力はもう、これまでに見てきた彼女のそれとは違う。だからこそ、ルーディアスは声を張り上げた。
「‥‥【咆吼】、斉射!」
 そして、シャルロームへと向けてあらゆる魔法や射撃による力が注ぎ込まれていく。
 ソーサラーのライトニングサンダーボルト、ウォーリアーの真空斬、武人のカマイタチ、狙撃手の矢尻、プリーストのホーリー、それらがシャルロームの身体を抉った直後、接近戦を仕掛けるのは帝とカムイ。
 帝はスタンアタックで彼女を捕縛を目指し、カムイは――攻撃と言うよりは、ただ、言葉を彼女へと投げかけるタイミングを探す。
「悪足掻きばかりするのね、ニンゲンって」
 捕縛は無理だと言わんばかりに、軽いステップで二人の動きをかわすシャルローム。あれほどの攻撃を受けても、彼女は傷ひとつ負ってはいない。
「足掻きますよ? 私ってメチャクチャ諦め悪いんです」
 カムイはのほほんと笑い、言葉を続ける。
「一途な人ですね」
 そう、ヒトに対しても――そしてファスターニャクリムに対しても。
「そんなに一人は嫌ですか?」
「ひとりって、なに?」
 間髪入れず答えるシャルロームはしかし、その瞳に憤怒の色を浮かべていた。
「そんなこと、これから死にゆくニンゲン達には関係のないことだわ!」
 鞭をくねらせ、カムイを弾き飛ばす。
「皆で帰るって約束したんだ。もう‥‥誰も死なせない!」
 帝はシャルロームの間合いに入り込み、スタンアタックを打ち込むべく刀を一閃させる。
 脳裏には、友の最期の笑顔。
 もう誰も――死なせるものか。
 その想いで刀を握る。
 だがシャルロームはそれさえも嘲笑うかのように、帝の刀を風で押さえつけると身を屈め、足元に転がっていたアンデッドドッグの牙をえぐり取ってそれを帝の喉元に押しつけた。
「だから、なに?」
 にいっ。
 笑みと共に巻き起こる竜巻が帝を吹き飛ばす。
「さあ、次は誰? 誰から――死にたい?」
 ゆるりと周囲を見渡せば、迫る黒炎。それを片腕で受け、シャルロームは小さく頷く。
「我が唱えるは髪の鉄槌、人の意思‥‥世に在るべき全ての命の怒り!」
 初めて眼にする女への敵意を圧し止めることなく、高らかに詠唱するのは音影密葉(ha3676)。
「ただ、道があるのならば‥‥その魂を黒き聖火にて焼き、天を巡りいつの日か――」
 ――還れ。
 そうして繰り返される黒き聖火の抱擁の手を取り、シャルロームはダンスを踊る。掠める黒炎を楽しむように、ゆるりと踏まれるステップ。
 踊り子を思わせる衣装の彼女が舞う姿を、誰もが初めて目の当たりにした。
「さあ、他の連中ももう一度かかってきなさい! それともこのまま何もせずに果てたいかしら!?」
 シャルロームはブリーダー達を見渡して言葉を放つ。
 最初に動いたのは、サーシャ。
「‥‥あたしの魔力をこの一撃に賭ける‥‥。穿ち貫け、ウインドスラッシュ!!」
 叫び、サーシャ渾身の風が大気を裂く。
「さすがにこう‥‥何度も挑まれると、あなたの顔、覚えてしまうわね」
 肩を竦め、シャルロームも同じ風で応じる。風刃は掠めあい、吹き抜け、そして前回同様互いの腹部を引き裂いていく。
 だが、それはこの新たなる戦いで――初めてシャルロームに傷がついた瞬間だった。
 傷こそつかないものの、確実にシャルロームにダメージは蓄積されていたのだ。サーシャの風で、それが裂けた。
「‥‥ふん」
「まだまだ、これからよ!」
 鼻で笑うシャルロームと、口角を上げるサーシャ。二人は再び風を纏う。
 それをきっかけとするように、再びシャルロームへと【咆吼】が抉りこまれ、接近戦を得意とする者達の刃が魔法攻撃の光を反射する。
 じわじわと、シャルロームの白い肌に傷が刻まれ始めた。しかしそれらの傷は、血が滲む前に癒えてしまう。
 傷口から吹き出す魔力は風となり、小さく渦を巻く。
 塞がった傷を縫うように次々に鱗が出現し、彼女の身体に紋様を刻む。その鱗は、彼女が白蛇であることを思い出させた。
 シャルロームは止まることなく甲板の上を駆け抜け、風を引き摺り、鞭を踊らせる。
 進路にある刀剣を拾い上げては弧を描いて舞い、自身が受けた傷と同じ場所ばかりを狙い、赤い筋をブリーダー達の身体に刻み続ける。
 その姿に唇を噛みしめ、リリーは一歩を踏み出した。
 仲間も、シャルロームも。そのどちらも護りたい。
 ただその一心で。
「リリー!」
 隣の援護艦からアレンが叫ぶ。船縁に足をかけ、討伐艦へと飛び移るべく跳躍した。
 宙にその身を躍らせたアレンを狙い、空から、海から、牙を剥くモンスター達。
「させない‥‥!」
 ヴィンデは空に魔光弾を投げつけ、その直後には弓弦を弾いて、海面から顔を出した海竜へと雷撃を放つ。眉間に矢尻を受けた海竜が身をよじれば、ほぼ同時に激しい音と共に先ほどの魔光弾が炸裂した。その衝撃に弾かれる翼竜へと追い打ちをかけるように、ブラッドがアイスブリザードを放つ。
「それでも抜けてくるのがいるとはね〜。だが、それも想定のうちだ」
 一瞬だけ笑みを消し、ブラッドは吹雪の中を突き進む個体へと炎を放つ。
 その戦闘音を背で聞きながら、アレンは討伐艦に降り立った。
 シャルロームの鞭がリリーを狙う。アレンは無心に駆け、鞭とリリーの間に滑り込むとその身で鞭の洗礼を受ける。
「兄さん!」
「リリー、お前の思うがままに動くんだ!」
 アレンは尚も繰り出される鞭を刀で打ち払い、叫んだ。その脇を抜けるのはヴィンデの矢と、ブラッドのサンレーザーだ。シャルロームの後方から討伐艦へと飛来するグリフォン達の翼を幾度となく貫いていく。回復に徹していたイーリアスも、戦況を読みその手に弓を握る。
「正念場だね。誰も、死ぬんじゃないよ‥‥っ!」
 矢を放つことで束の間でもシャルロームの意識を逸らすと、すぐさまアレンの回復にかかる。
「リリー姉ちゃんなら、できるよ‥‥きっと」
 ナッビは自身にディフェンシヴエレメントをかけ、命をも賭ける覚悟でリリーの盾となるべく両腕を広げる。
 今なお、ブリーダー達の攻撃がシャルロームに迫る。再びシャルロームの肢体に傷が増え、鱗が増える。
 リリーは意を決し、離れた場所からシャルロームを見つめるファスターニャクリムの蜃気楼を作り上げるが、シャルロームは表情一つ変えようとしない。
「大好きな人の前に、その姿で帰れますか?」
 リリーはそれでも声を上げる。増え続ける鱗が、胸を締め付けるほどに切ない。
「蜃気楼じゃ、何の感慨も浮かばないわね。本物には遠く及ばないもの」
 先ほどとは一転して、楽しげに笑いだすシャルローム。しかし、すぐにその笑みが歪む。
「‥‥始まるのね」
 身体の奥で音が響き始めた。崩壊の近付く音が、消滅の奏でる音が。
 わかっていたこととはいえ、黒い魔石を取り込み、自らの力を増大させて戦い続けた代償はあまりにも大きい。
 消える。
 このまま、ここで。
 眼前のブリーダー達を殲滅することも叶わず、ましてや敗北さえも許されず。
 だが悔しさよりも、そこにあるのは――歓喜。
 鱗の筋が、裂ける。がくりと膝から力が抜ける。しかしシャルロームは再び笑み、やがて頬を紅潮させた。
「この姿こそが、あの方のために必要なのよ!」
「シャルロームさん‥‥!」
 リリーは愕然とし、その首を振る。
「もう元には戻れないって、思わなかったのですか‥‥?」
「そんなこと考えていたら、あの方のために生きられないわ。クリム様は私の全て。私の全ては、クリム様のものなのだから――!」
 恍惚とし、紅い唇を歪ませるシャルローム。そこから漏れる笑い声が響き渡る。
 その刹那、ぎしりと何かが軋む音が、船上に響く。
 シャルロームが黒い魔石の魔力に自身の魔力を喰い尽くされ、その姿を保てなくなり崩壊する――そして、終焉が‥‥始まる、音。

 ちりちりと、シャルロームの全身が総毛立つ。
 足元から風が渦巻き、彼女の身体を空へと舞い上げる。
 その風は周囲のブリーダー達を容赦なく吹き飛ばし、接近さえも許されなくする。
「シャルローム!」
 そのただ中で、まひる(ha2331)が手を伸ばした。シャルロームの手を取るべく。その手を握って、最期を見届けるべく。
「シャルローム‥‥なんて姿だい‥‥そこまで人間が憎いんだね‥‥一体何が‥‥畜生‥‥」
 視界が滲む。それでも手を伸ばし、全てを拒絶する風を突破するべく足に力を込める。
 この身を、死体を代償にしてもいい。こんな戦いはあまりに悲しいだけ――。
 彼女が死んでしまうなら、消えるその時まで手を握っていたかった。精一杯、泣いて、謝りたかった。
 声にならない叫びと共に、風の中をじりじりと進む。腕が千切れんばかりに伸ばして――やがて、シャルロームの指先に届き、握る。
 だが――。
「消え‥‥る‥‥っ!?」
 まひるはシャルロームの指の感触がないことに気付き、愕然とする。その直後、風に弾かれて船縁に激しく背を打ち付けた。
「シャルローム――!」
 響き渡るのは、全てのブリーダー達の悲鳴にも近い声。
 幾度となくシャルロームと対峙してきた者達の、血を吐くほどに痛く切ない、声。
 シャルロームは、髪から、指先から、溶けていく。
 溶けながら、急速にその高度を上げる。
 傷を受けずに、艶やかで滑らかな肌を保っていた部位にも、やがて白い鱗が浮かぶ。その鱗が一枚一枚、まるで風に散る花弁のように剥がれ、雪のようにふわりと漂っては、煌めいて塵となる。
 指先を思わず動かそうとして――そこにはもう指がないことを思い出し、シャルロームは笑む。
 ふいに、ラアやオフェリエ達の姿が脳裏を過ぎった。
「はん、ニンゲンみたいで嫌ね、こんなの」
 鼻で笑いながらも、彼等の顔をひとつひとつ確認するように思い出す。
 仲間意識なんて持ち合わせてはいないし、特別な感情を抱いているわけでもない。だというのに、彼等への言葉が浮かぶ。
 ラア。馬鹿な子。真っ直ぐすぎて、呆れるわ。傷、ちゃんと治すのよ。次は一撃でやられるなんてヘマすんじゃないわよ。
 オフェリエ。うるさいだけの、生意気な小娘。クリム様は私のものよ。小娘如きに渡さないわ。
 シープシーフ。無邪気な羊は、どこへ行くのかしらね?
 クヴァール島からの風が運ぶのは、シャルロームが唯一全てを捧げる存在、ファスターニャクリムの気配。しかし、彼女はその中に炎烏の気配を探した。
 ――炎烏。アレハンドロで倒された私をあなたが助けてくれたから、私は今ここにいる。礼なんて言わないわ。言いたくない。けれど――あなたのお陰だということだけは、認めてあげる。
「クリム様を、頼んだわよ」
 その言葉は風に乗る。決して炎烏には届かないだろうが――。
 シャルロームは瞼を閉じた。
 もう、身体の半分は消えてしまい、意識さえも徐々に混濁し始める。
 ここで果てるつもりなど、なかった。
 だが自身の魔力を捧げることで、ファスターニャクリムの目的が達成できる。
 ――これほどまでに、嬉しいことはなかった。
 自身が死ぬことへの怒りも悲しみもない。
 ただただ、歓喜と――幸福が、湧き起こる。
 散りゆく魔力も風に乗り、空へと巻き上げられていく。
 誰も、追いすがることができなかった。
 ブリーダー達は消えゆくシャルロームを瞬きひとつせずに見つめている。
 その最期の瞬間を見届けるために、そしてこれから何が起こるのだろうという恐怖と共に。
 もうその形さえ留めてはおらず、ただ魔力の粒子が舞うだけの場所に声だけが響く。
 ――クリム、様‥‥
 それが、シャルロームの最期の言葉となる。
 最期までファスターニャクリムを想い、その名を口にし。
 そして消えゆく存在と、大気に還る魔力。
 その内から殻を破るように吹き出すのは――黒い魔石の、強大なる魔力。
 シャルロームの魔力と、戦闘により消えていった存在達の魔力を得て増幅されたそれは、全てを覆うかの如き勢いで天を目指し舞い上がり――。
 そして、ブリーダー達が見守る中、ひどく不吉な――黒き魔力が天空に広がっていった。


<担当 : 佐伯ますみ>



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