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■FESTIVAL in PANIC■ 第1話
執筆:STANZA

 それは、今から一年ほど前‥‥行きつけの酒場での出来事だった。

「なあ、ダグ。実はな‥‥」
 仕事帰り、いつもの様に酒を片手にとりとめもないおしゃべりに興じていた、ブリーダーギルド長オールヴィル・トランヴァースがそう切り出した時、目の前で殆ど聞き役に徹していたナマケモノ大臣フェイニーズ・ダグラスは即座に答えた。
「断る」
「ってお前。まだ何も言ってないだろうが!」
「お前がそうやって嬉しそうにニコニコと身を乗り出して来る時はな、どうせロクでもねえ話と決まってんだよ」
 フェイニーズは、昼間ギルドに持ち込まれた珍しい依頼や面白い依頼、馴染みのブリーダーが手柄を立てただの何だの‥‥そんな話を延々と聞かされるうちにすっかり温くなったエールを一気に飲み干すと、空になった盃を音を立ててテーブルに置いた。帰るぞ、という合図だ。
 しかしオールヴィルはそんな合図など意にも介さず‥‥と言うよりも気付かずに、強引に話を続けた。
「実は今度、ブリーダーギルドの主催で夏祭りを開こうと思ってな」
 ニコニコニコ。
「ほれ、一般の人間は何か事件でも起きて依頼に来る時にしか、ギルドには用がないだろう? だが、それだけの付き合いというのも、余りに寂しい。もっとギルドやブリーダーの事を知って、親しみを持って貰いたいと、俺はそう考えてだな」
「へいへい、まあ勝手にやんな。俺は一切関わりには‥‥」
「そうはいかん!」
 ヤル気も興味もなさそうにヒラヒラと手を振るフェイニーズに、オールヴィルは熱気の籠もった暑苦しい顔をぐいっと近付けた。
「ダグ、お前は一応、曲がりなりにも大臣‥‥つまり、俺の上司だ。こんな時には上司の許可と協力が不可欠だし、何しろお前はあちこちに顔が利く。ほれ、キオの奴とも親しいだろ?」
「別に、親しかねぇよ」
 フェイニーズはそっぽを向く。が、オールヴィルは気にしない。
「祭で使う備品やら何やら調達するのにさ、ちょいと便宜を図って欲しいんだ。屋台で使う食材や、出し物の小道具なんかを、格安で提供してくれる様に頼んでくれないか?」
「何で俺が、ンな面倒な事を‥‥」
「なあ、頼むよ。折角の祭なんだし、大臣のお墨付きともなれば盛り上がりも違うだろ?」
 オールヴィルは大きな体を小さく屈め、顔の前で手を合わせる。
 しかし、それでも相手の気が変わらないと見るや‥‥
「よし、それなら俺にも考えがある」
 店員を呼び、空になった盃を差し出す。
「‥‥呑むぞ。酔い潰れるまで!」
「ちょ‥‥待てぃ!」
 フェイニーズは弾かれる様に立ち上がり、慌てて盃を引ったくった。
「ヴィル、てめえ! お前が酔い潰れた後、俺がどんだけ苦労して家まで運んでやってると思ってんだこのクマ野郎!」
「そうだよなあ?」
 ニコニコニコ。
 そうやって文句を言いつつも、いつもきちんと送り届けてくれる様な相手だからこそ、こうして我侭も言える‥‥とは口に出さないが。
「‥‥わかったよ‥‥協力すりゃ良いんだろ、協力すりゃあ!」
「おお、流石はダグ、話がわかる! では、めでたく話が纏まった所でもう一杯‥‥」
「呑むなーーーっ!!」


 そんな会話が交わされてからひと月ほどが過ぎた、ある夏の日。
「へえ〜、ブリーダーギルド主催のお祭りって言うから、もっと地味で堅苦しいのかと思ってたけど‥‥」
 右手に焼きイカ、左手に綿飴、そして弟にはタコヤキのパックを持たせたジル・ソーヤは、キョロキョロと辺りを見回した。
「結構賑やかで楽しいじゃない? あっ! ねえねえ、あそこの店、実験料理だって! 何だろう、ねえ行ってみよう!」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
 怪しい屋台に向かって走り出した姉を慌てて追いかける、弟のリアン・ソーヤ。そこで彼等を待ち構えていたのは‥‥
「何じゃい、なんか用かコワッパども?」
 何やら怖い顔をした爺さんがひとり。‥‥って、客に向かって何て事を言いますかこの爺さんは。
 それは、アスティオ研究所所長オルソン・グエンガー。彼が主催する屋台は錬金術を応用した料理を振る舞うもの‥‥らしい。しかしそこには、料理と呼べるような物の姿は一切ないのだが。
「お、お姉ちゃん、やめようよ。絶対危ないから‥‥ほら、午後から舞台のお仕事があるじゃない!」
「大丈夫よ、ちゃんと間に合うように行くから」
「でも、お腹壊したり怪我とかしたら大変だから‥‥それに、女の子があんまり食い意地張ってるのって、どうかと思うよ?」
 くどくどくどくど‥‥
「‥‥あれ? お姉ちゃん?」
 ‥‥いつの間にか、ジルはその場から姿を消していた。
「お姉ちゃん! どこ行っちゃったの!?」
「‥‥焼きイカと綿飴を持った方なら‥‥」
 タコヤキのパックを持ったまま姉を探し回るリアンに、お茶を振る舞っているらしい暇そうな屋台から淡々とした声が掛かった。
「‥‥向こうの、お好み焼きの屋台の方に吸い寄せられて行きましたが‥‥」
「あ、ありがとうございますっ」
 その覚えられ方はものすごく恥ずかしいと思いつつ、リアンは顔を真っ赤にしながら教えられた方に慌てて走り出す。
 その背を見送り、閑古鳥屋台の主、陣の武人である春瑛はぼそりと呟いた。
「‥‥何故、私の屋台には誰も来ないのでしょうか‥‥」
 故郷のお茶は美味しいのに。
 いや、それは多分、無表情で怖そうに見える売り子さんのせいではなかろうかと‥‥いえ、瑛くん本当は良い子なんですよ? ほら、怖くない、怖くない。ただ、ちょっと真面目すぎるだけで‥‥。
「‥‥ん?」
 目の前を流れて行く雑踏の中にふと違和感を感じ、瑛はその原因を探した。祭の雰囲気に浮かれ、楽しそうにはしゃぐ人々の中に‥‥ひとり、虚ろな目をしてふらふらと歩く男。
「‥‥?」
 その姿に何か不吉なものを感じ、瑛は席を立った。店先に「休憩中・ご自由にどうぞ」と書かれた札を出して。
 一方、瑛に教えられてリアンが向かった屋台は大繁盛していた。
「ほ〜ら、お客様が大勢お待ちですわよっ」
 屋台の奥から王様のお友達エレナー・ラムリィの女王様ボイスが響く。
「じゃんじゃんばりばり働いて下さいませ! お〜っほっほっほ」
 自分は指一本たりとも動かさず、雇い入れたブリーダー達をコキ使いながらお好み焼きを作らせているらしい。
「あの‥‥」
 そんな彼女に姉の行方を尋ねようとしたリアンだったが‥‥さて、何と言ったものか。
「‥‥ここに焼きイカと綿飴を持った女の人、来ませんでしたか?」
 やっぱりそうなるのか。ああ、年頃の女の子なのに。見付けたらまたお説教だ‥‥。
 しかし、そこにもジルの姿はなかった。焼きイカと綿飴をお好み焼きとリンゴ飴に持ち替え、次の屋台を目指して旅立ってしまったらしい。
「もう、お姉ちゃんったら‥‥舞台が始まっちゃうよ」

 その舞台とは‥‥
 ブリーダーギルド主催「すーぱーヒーローショー」!!
 悪いエレメントを正義のブリーダーがカッコ良く退治する、勧善懲悪大胆不敵、素敵に無敵なエンタテインメントだ。
 ジルは人質の少女役として出演する予定だったのだが‥‥しかし、彼女の到着が遅れている事など誰も気に留める余裕がないほど、現場は混乱と混沌を極めていた。
「‥‥この期に及んで、まさかまだ一度もリハーサルをしていなかったなんて‥‥」
 管理局局長にして、今回の催しではその生真面目さ故に全体の統括を任されているローラ・イングラムは、ズキズキと痛む眉間を細い指で押さえ付けた。
「なに、大丈夫さ。子供向けの芝居だし、台詞はちゃんと覚えたし‥‥」
「お前、台詞ったってウオーとかウガーとか、そんなんばっかじゃねえか」
 気楽に笑うオールヴィルに、フェイニーズが茶々を入れる。
「俺に悪役を押し付けたのはお前だろうが!」
「へっ、似合ってるぜ大根役者。これなら着ぐるみ着なくても大丈夫だよなあ、クマ公?」
 なんか、漫才が始まってるし。
 そんな気楽すぎる二人に、ローラはぴしゃりと言い放った。
「大丈夫だと仰るあなた方に任せきりにしておいた私が愚かでした。子供向けであろうとなかろうと、やるからには完璧を目指して頂きます。中途半端は許しません」
「おいおい、そうムキになるなよ。たかが気楽なお祭りじゃねえか」
「ダグラス大臣、あなたは何事にも気楽に過ぎます」
「あのなぁ、その大臣ってはのヤメロや。堅っ苦しくていけねえ」
 王宮の中でならそれも仕方がない‥‥いや、当然だろうが、ここは非公式の場。しかも全員が休暇を取って集まっているのだ。
 だがローラは断固としてその呼称を変える気はないらしい。
「大臣を大臣とお呼びせずに、他に何とお呼びせよと仰るのですか」
「いや、だから‥‥何事にもTPOってモンがあるだろ。お前、年がら年中堅すぎるぞ?」
「大臣が柔らかすぎるのです。とにかく‥‥」
 と、ローラは有無を言わせぬ口調で続ける。
「貴重な時間と労力を割いて行う以上、何事も手抜きは許されません」
 ‥‥そろり。
「ましてや見物に来て下さるお客様にも貴重な時間を割いて頂くのです。半端なものをお見せしたとあってはブリーダーギルドの名折れ」
 ‥‥そろ、そろ。
「それにこの劇は未来を担う子供達にブリーダーの仕事を‥‥将来の職業選択の‥‥」
 延々とお説教が続く中、フェイニーズはそろそろと後ずさりをし‥‥逃げた。
「‥‥ダグラス大臣? 何処へ行かれました? 大臣!?」

「‥‥ったく、冗談じゃねえぞあのカタブツ」
 ショーの舞台となった仮設テントの裏にどっこいしょと座り込み、フェイニーズは煙草の煙と共に大きな溜息を吐き出す。
 その背後から、クスクスと忍び笑いが聞こえた。
「またサボりかい、ダグさん? 大概にしないとローラ女史の雷が落ちるよ?」
 キツネのフェスを連れたキオ・クルトスだ。
「たった今、落とされた所さ‥‥よぉ、フェス。相変わらず良い毛並みだな」
 フェイニーズはふさふさの尻尾をゆっくりと振りながら近付いて来た狐の頭を優しく撫でる。
「ダグさんの天敵って所かな?」
「まあな。‥‥あれでもう少し融通が利きゃあ良い女なんだが‥‥」
「おや、ダグさんはああいう女性が好みなのかな?」
「馬鹿、そんなんじゃねえよ。ま、嫌いじゃねえ事は確かだが‥‥向こうからは完璧に嫌われてンだろうな」
 少し残念そうな様子で小さく溜息をついたフェイニーズに、キオは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「さあ、わからないよ? 女心は複雑だって言うしね?」
「ほう、お前に女心がわかるとは初耳だな。‥‥つか、その呼び方はやめろっつってんだろが」
「どうして嫌なのかな? ダグラスの名前が重い、とか?」
 フェイニーズは視線を逸らしたまま、何も答えない。
「でも、君だってエカリス以来の天才って言われてるんだし‥‥」
「やめろ。俺は‥‥そんなんじゃねえ」
 フェイニーズはついと立ち上がると、先程から吸いもせずただ指の先で燃えるに任せていた煙草の火を足で揉み消した。
「我ながら、良い歳して青臭ぇガキみてえな事を‥‥とは思うがな」
「ああ、ごめん」
 ところで‥‥と、キオは立ち去ろうとするフェイニーズの背に声をかけた。
「まだ、戻る気はないのかな? 引退するには早すぎるし、高位のソーサラーはギルドでも手が足りずに難儀してるらしいんだけど」
 それには答えず、黙って立ち去るフェイニーズは、独り。
 ブリーダーの証たる‥‥そして、ブリーダーなら必ず一体は連れていなければならないとされるエレメントを、今の彼は一体も所持していなかった。


第一話 ー完ー