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■FESTIVAL in PANIC■ 第4話
執筆:STANZA
ブリーダーと縁を結んだエレメントは、一般にそれほど高い知能を持つまでには到らないものだ。
彼等は人の言葉を理解し、自らの意思を持つ、ただ命令に従うばかりではない一個の独立した存在ではある。だが、己の存在に疑問を持ち、その存在意義を問う‥‥そんな高次の意識を持つ事は滅多にない。
稀にそこまでの高度な知能を持ち得たとしても、人間に対して不信感を抱く事も、ましてや憎しみを募らせる事もないだろう‥‥パートナーの対応さえ適切だったなら。
「‥‥俺の‥‥せい、か?」
つい先程まで一体のエレメントが存在した空間。
今はもう何もないその場所に、フェイニーズは崩れる様に膝をついた。
「ブロンテ‥‥!」
錬金術師として一人前と認められたその日から、どんな時も自分の傍にいてくれた、かけがえのないパートナー。
道具として扱ってきたつもりはない。共に戦う仲間として、それ以上に友として、大切にしてきたつもりだった。
だが‥‥
『‥‥もう‥‥オソイ‥‥っ!』
暴走しかけた、あの時。
フェイニーズの呼び掛けに、ブロンテは応えなかった。彼等の絆が揺るぎないものであったなら、或いは暴走を止められたかもしれない。
もう少し、気を付けていれば。労いの言葉をかけ、感謝の気持ちを素直に表していたなら。
だが‥‥もう、遅い。
ブロンテは大気に還っていった。自らをこの世に生み出した、フェイニーズの手で。
地面に落ちた杖から、コンバートを解かれたもう一体のパートナー、スピンテールが姿を現す。
しかし、いつもならコンバートを解かれた途端に嬉しそうに身を寄せてくる彼が、今日は離れて‥‥じっと、悲しげな目を向けていた。
「スピンテール‥‥お前も、行っちまうのか‥‥?」
スピンテールは、ブロンテの様に特殊な進化をする事もなく、ごく普通に育ったエレメントだ。だが、やはり長年共に過ごしてきた相棒を自らの力で討った‥‥その痛みは深く、激しかった。
ただ、ブロンテを討つ事に力を貸したのは、彼なりの‥‥最後の恩返しだったのかもしれない。
そのまま、スピンテールは何処ともなく姿を消した。
それ以来、フェイニーズはブリーダーとしての活動を止めた。
「‥‥ダグさん」
背後から声をかけられ、フェイニーズはふと我に返った。
舞台では、エレメントに取り憑かれた男が膝をつき、息も絶え絶えに喘いでいた。男にダメージは与えていない筈だが、体を‥‥或いは意識さえ共有しているエレメントの状態に影響を受けているのだろう。まだ憑依は解けていなかった。
「倒せ! 倒せ!」
「殺せ! 殺せ!」
「悪いエレメントをやっつけろ!」
客席からは大歓声が上がっている。
フェイニーズは耳を塞ぎたい気分だった。
「耳を塞ぐのも良いけど‥‥他に何か、やる事があるんじゃないのかい?」
そう言ったのは、キオだ。
「‥‥俺に‥‥どうしろってんだよ」
キオに背を向けたまま、フェイニーズは言った。
「俺はあの時、もう二度とコンバートはしねえと誓ったんだ。暴走しちまった奴等を元に戻す、その方法を見付けるまでは、な」
簡単な事だと思っていた。
暴走したエレメントを鎮め、元に戻す方法‥‥倒さずに済ませる方法を編み出す事など、自他共に天才と認める自分が本気になれば、雑作もないと。
だが、あれから数年が経った今でも、手掛かりさえ掴めていない。
今、自分が出て行っても‥‥何も出来ない。
殺す事も、生かす事も。
「‥‥武器なら貸すよ? ついでに‥‥この子も、ね。キミに懐いてるから、言う事を聞いてくれると思うけど?」
キオは足元に座った狐の柔らかな毛並みを撫でた。
「さあ、覚悟しろ! トドメの一撃!」
「我等5人の力と魂をひとつに合わせ、いざ必殺の‥‥っ」
舞台の上で五人のカラフルな戦士達が組体操のごとき絶妙なバランスを保ったポーズをとった、その時。
「‥‥悪い、芝居は中止だ」
――ぽん。
誰かが組体操の土台となった戦士の肩を叩いた‥‥背中から軽く、ほんのちょっと。
「お‥‥わあぁあッ!?」
たったそれだけの衝撃で、必殺技の発動直前に脆くも崩れ去る正義の戦士達。
「いたたた‥‥な、何する‥‥って、大臣!?」
五色のミックス団子の前に立ったのは、手に奇妙な形の杖を持ち、狐のフェスを連れたフェイニーズだった。
「やっぱどう考えても‥‥悪いのは俺だよ、なあ?」
苦しげに喘ぐ男を見据え、フェイニーズは言った。
「お前‥‥まだ、俺の言葉がわかるか?」
『ぐ‥‥うぅ‥‥ッ』
「‥‥いや、わからなくても良い。言わせてくれ。俺の名はフェイニーズ・ダグラス。お前達エレメントを作り出した、エカリス・ダグラスの子孫だ」
その名に覚えがあるのか、或いは‥‥彼の体を流れる血の匂いに本能的な嫌悪を感じたのか。
目の前の男はピクリと体を震わせた。
「俺は‥‥エカリスがエレメントを作り出した、その事自体を悪い事だとは思っちゃいねえ。お前達は普通の動物以上に人と心を通わせる事の出来る、俺達にとって大切な‥‥欠けがえのないパートナーだ。‥‥お前達は本来、人と共に暮らし、人と共に在る事を幸福と感じるように、そう願って生み出された生き物なんだ」
だが、ただ一人の‥‥たった一つの過ちが、全てを狂わせた。
「お前達に暴走の種を植え付けたのは、エカリスだ。奴がお前達に怒りや憎しみを教え、人に対する不信感を植え付けた」
彼が初めてこの世に生み出したエレメント、白銀の狼に対する虐待。実際にそれを行ったのはエカリスではなく、部下の一人だったと聞く。だが‥‥それでも。
「‥‥俺も、同じ馬鹿をやっちまった。だが、俺はこのままじゃ終わらねえ。俺自身のポカは勿論、俺の祖先であるエカリスがやらかした大ポカも、俺がきっちり落とし前を付ける」
今はまだ、その為の糸口さえ掴めないが‥‥
「いつか必ず、お前達の暴走を止める方法を見付ける。そして、人とエレメントの関係を‥‥恐らく、エカリスが最初に望んだだろう、理想の形に戻してみせる。だが‥‥」
フェイニーズは杖を持った手に力を込めた。
「すまねえ。今はまだ、お前を殺すしか‥‥方法がねえんだ。勝手な言い草なのはわかってる。結局は殺して終わりかと、そう言われれば返す言葉もねえ。だから、俺を恨んでくれて構わない‥‥いや、俺を恨め。好きなだけ憎め」
だが、恨まれ、憎まれるのは自分だけでいい。
フェイニーズは足元の狐に静かに声を掛けた。
「フェス、嫌な役をやらせてすまねえが‥‥頼むぜ」
刹那、狐の姿は消え、杖に光が宿る。
その様子を、男は‥‥男に憑依したエレメントは静かに見つめていた。
「約束する。お前の命が再びこの世に巡って来た時、その時は誰も、お前を追い詰めたりしねえ。もし暴走しちまっても、俺が必ず元に戻してやる。だから‥‥」
フェイニーズは静かに、手にした杖に魔力を込めた。
「今は、大気に還れ‥‥!」
男の足元から、巨大な火柱が立ち上った。
男の体から弾かれる様に抜け出たそれは、業火と共に天高く舞う。
高みへと昇りつつ、やがて微細な光の粒となり‥‥四散し、薄れ、大気へと還ってゆく。
いや‥‥還ってゆく筈だった。
しかし螺旋を描く様に天に昇ったそれは、四散する事も、薄れる事もなかった。光の粒は静かに舞い降りながら、やがて一つの大きな光となり‥‥
「これは‥‥!」
思わず差し延べたフェイニーズの手に収まったそれは、魔力の結晶だった。
「お前‥‥まだ、生きてる‥‥の、か?」
それは、言わばエレメントの卵。そこに強大な魔力を注ぎ込めば、新たなエレメントが誕生する筈だ。
「‥‥殺さずに‥‥済んだのか‥‥?」
フェイニーズは手の中で淡い光を放つ、宝石の様な塊を握り締めた。
その時‥‥
眩い光が握った拳から溢れ出す。それは会場全体を真夏の太陽よりも強く、明るく照らし出した。
「おい‥‥嘘だろ?」
思わず目を覆ったジェイリーは、指の隙間から光の中心を透かし見て、驚きの声を上げた。
人が持つ魔力程度では、いくら注ぎ込んでも結晶がエレメントに孵化する事はない。特殊な機械の力を借り、魔力を増幅させなければ不可能な事だった。
ただひとり、天才と呼ばれたエカリスだけは、例外的に己の魔力のみでそれを行う力を持っていた様だが‥‥
「‥‥流石、エカリスの再来‥‥か」
今、自分が見ているのは‥‥まさにエレメント誕生の瞬間だった。
溢れ出た光はやがて一点に収束し‥‥
「‥‥みゃあ」
そこに現れたのは、小さな‥‥掌にすっぽりと収まってしまう程に小さな三毛猫だった。
「お前‥‥?」
舞台の真ん中で、フェイニーズはまん丸い大きな瞳で自分を見上げている子猫を呆然と見つめていた。
「いやあ、祭は大成功だ。なあ、ダグ!」
その夜‥‥客足も引いた祭の会場で撤収作業に追われるブリーダー達を取り纏めながら、オールヴィルはふらりと姿を現したフェイニーズの肩を軽く叩いた。
その反対側の肩には、小さな三毛猫がしっかりと爪を立ててしがみついていた。
「やっぱりこいつは、あのエレメント‥‥なのか?」
「さあな」
あの男に取り憑いていた暴走エレメントが鎮まり、落ち着きを取り戻した姿なのか、或いは生まれ変わり、それとも‥‥ただ偶然に、そこに集まっていた魔力が結晶しただけなのか‥‥フェイニーズ本人にも、何がどうなったのか本当の所はわからなかった。
ただひとつ確かなのは‥‥
「こいつがお前の新しいパートナーか」
「‥‥そうらしいな」
だが、フェイニーズはその子猫を戦いの共にするつもりはなかった。
今回の事は、ただの偶然にすぎない。暴走したエレメントを確実に止める‥‥そして元に戻す方法を見付ける迄は、不戦の誓いを破る訳にはいかなかった。
‥‥自分の許に留まってくれた、この子猫の為にも。
「だが、良いものを見せて貰ったよ。エレメント誕生の瞬間なんて、俺達でもそうそう見られるものじゃないからな」
見られたとしても、それは機械の中で進行するものだ。生で拝める機会など、恐らくこの先も訪れないだろう。
「‥‥悪い、お前らがせっかく用意した舞台をぶち壊しちまって‥‥」
「謝る必要はないさ。お客さん達も大満足だったぞ?」
怪我の功名、という所か。ストーリーはまるっきり破綻していたが、最早そんな事は気にならないほど、最後の派手な演出は観客の心を捉えていたらしい。
「‥‥柄にもねえ事をやっちまったな‥‥」
フェイニーズは鼻を鳴らし、肩を竦める。
「お前‥‥怪我は?」
ふと思い出したように尋ねた親友に、ヴィルはにっこりと笑って答えた。
「ああ、リアンに治して貰ったよ。ところで‥‥ダグ、その杖は何だ?」
フェイニーズが手にしたままの、奇妙な形をした杖。
「ああ、これな‥‥」
一見どこにでもある魔法職用の杖だが‥‥その先端には何故か小さなハンマーが取り付けられていた。殴られたらとても痛そうだ。
「キオの野郎が俺に似合いだとか抜かしやがってな。そのまま持ってて構わねえとか言うもんだからよ」
「確かに、それなら暴漢相手の自衛には重宝しそうだな。お前はこの国の重要人物なんだ、少しは身の安全に気を配って貰わんと」
その時、二人の背後から何やらヒンヤリと冷たい空気が‥‥
「ダグラス大臣」
振り向いたそこには、分厚いファイルを手にした氷の美女が立っていた。
いや、今は特に何か‥‥誰かに対して怒っている訳でも、冷気を吐いている訳でもないのだが。何となく、彼女の周囲にはいつでも冷たい空気が張り付いている様な、そんな気がする問題児二人だった。
「あの男の身許が判明しました」
そんな彼等の思惑など知る由もない管理局長ローラは、祭の余韻を楽しむ風もなく、普段と同じ極めて事務的な口調で淡々と事実を告げる。
「彼は元ブリーダー。しかし数々の規定違反により資格を剥奪されるに至り、更にはそれをきっかけに妻子とも縁を切られたそうです。最近は職にも就かず、ギルドや周囲の者に対する不満を募らせながら恨み言を呟く日々を送っていたとか」
精神的にも肉体的にも疲弊していた所を、あのエレメントに付け込まれ、支配されてしまったのだろうか。
「彼の処分については、こちらで責任をもって当たらせて頂きます」
「‥‥お前が‥‥やんのか?」
そう尋ねたフェイニーズの言葉に、ローラは僅かに眉を顰めた。
「当然です。それが管理局局長としての職務ですから」
「‥‥まあ、そりゃそうなんだがよ‥‥」
嫌な役目は負わせたくない。だが、それは相応の実力を持つ者に対しては余計な気遣い、いや、寧ろ侮辱というべきものだろう。しかししそれでも‥‥
そんな彼の内心を知ってか知らずか、ローラは口ごもったフェイニーズの顔を、何か不思議なものでも見るような目でじっと見つめる‥‥って言うか、観察している?
「‥‥何だ? 俺の顔に何か付いてるか? それとも‥‥」
ニヤリ。
「俺に惚れたか?」
あーあー、言わなきゃ良いのに‥‥。
その瞬間、今回の一件でほんの少しだけ上がったらしい大臣の株は、再び急坂を転がり落ちて行った‥‥きっと、奈落の底まで。
――後日――
「‥‥おい、何だこりゃ?」
王宮で働く者達に、その月の報酬が支払われる‥‥いわゆる給料日。
フェイニーズに渡された袋の中には、いつもの三分の一以下‥‥いや、もしかしたら五分の一も入っていなかったかもしれない。
「どういう事だよ、こりゃ!? 俺が何か‥‥給料から差っ引かれる様なヘマでもしたか、おい!?」
「ああ、それは」
担当の職員はニコヤカに答えた。
「ショップのキオさんからの請求で‥‥」
その一言で、読めた。
あのキオがショップの商品を割引価格で提供する事など有り得ないと、最初からわかっていた筈なのに。
差額分はフェイニーズの給料から、しっかりと天引きされていた。勿論、あの奇妙な杖の代金も。
「‥‥畜生やられた‥‥ッ!!」
その頃、ショップ「Fennnec(フェネック)」の店内では‥‥
「‥‥僕も血も涙もない鬼って訳じゃないからね」
キオが狐のフェスを撫でながら、楽しそうに忍び笑いを漏らしていた。
「最低限の生活費は残してあげたよ。残りは分割で‥‥ね」
サボリ魔大臣の窮乏生活、果たしてこの先何ヶ月続くのだろうか‥‥。
FESTIVAL in PANIC
ーENDー