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■FESTIVAL in PANIC■ 第3話
執筆:STANZA
「‥‥ちっ、キレやがったか‥‥!」
異形のものへと変化した男の姿に、フェイニーズは舌を鳴らした。
「ガアァァッ!!」
ステージに上がったそれは、予想もしない事態に呆然と立ち尽くす正義の味方に一撃を加えると、悪者達の方に向き直る。
その虚ろな瞳に映っているのは‥‥
「きゃあぁっ!」
女の子の様な悲鳴が上がった。だが、今度のそれは芝居ではない。
「リアン!」
ジルの叫びと共に、リアンの頭上に振り上げられた鋭い爪が弧を描いた。
しかし‥‥
「ぐあッ!!」
爪に引き裂かれたのは、クマの毛皮だった。
「オールヴィルさん!?」
クマの背中から、赤いものが滴り落ちる。
「‥‥大丈夫だ。お前は下がってろ!」
オールヴィルはリアンを舞台の袖に向かって突き飛ばした。
「リアン! ヴィルさん!」
助けなきゃ‥‥!
「フェージュ、行くよ!」
「ワン!」
ジルは足元のパートナーに声をかけ、舞台裏から飛び出そうとした。が‥‥
「お待ちなさい」
静かな声が、それを制した。
「ローラさん‥‥? 何で止めるの!?」
「今、あの舞台の上にいるのはブリーダー達‥‥戦いのプロです。彼等なら大丈夫。それよりも私達が今すべき事は、お客様を安全かつ速やかに避難させる事です」
と、ローラは指示を仰ぐ様にフェイニーズを見た。
「そうですね、ダグラス大臣?」
「‥‥いや」
しかし、じっと舞台を見据えたままの彼の口から出た言葉は、意外なものだった。
「ショーはこのまま続ける」
「‥‥!?」
予想もしない反応に返す言葉を失い、ただ呆然と自分を見つめるローラに、フェイニーズは舞台から視線を外すとニヤリと笑いかけた。
「連中はプロなんだろ? だったら‥‥丁度良い。本物のプロの仕事を、存分に見て貰おうじゃねえか」
「しかし‥‥!」
「やるからには完璧を目指す。そう言ったのはお前だぜ? 本物を見せられるなら、ギルドとしてこれほど良い宣伝はねえ」
‥‥そう、暴走してしまったエレメントは、もう元には戻らない。倒すしかないのだ。
ならば、その命を散らす様までもショーの一環として利用させて貰おう‥‥せめてその死を、少しでも意義あるものにする為に。
「アイラ!」
フェイニーズは舞台の袖で役に立たなくなった台本を握り締めているナレーターに言った。
「何でも良い、お前はこの状況に合わせて、何か話をでっち上げろ!」
「‥‥そんな、急に言われても‥‥」
「大丈夫だ、お前なら出来る!
根拠のない断定。だが人は大抵の場合、出来ると言われればその気になり‥‥そして、出来てしまうものだ。
「わかりました、やってみます‥‥!」
「ジェイリー! お前はアレだ、おひさまの唄! ローラ、瑛、ジル、それに‥‥ユキヒラ! 戦える者は万一に備えて袖で待機だ!」
「‥‥ひまわりの唄、だろ?」
音楽担当のジェイリーは小さく肩をすくめる。
「まったく、簡単に言ってくれるじゃないか。この会場に、一体どれだけの人がいると思う?」
「やかましい! 泣き言聞いてるヒマぁねえんだ、たまにはブリーダーらしく仕事してるトコ見せやがれ!」
「誰が泣き言を言った、フェイ坊や?」
この二人、どうやら昔からの顔馴染みらしい。
「この俺に指図をするとは、随分と偉くなったじゃないか」
それはまあ、曲がりなりにも大臣だし。
「オネショの跡を誤魔化してくれと俺に泣きついてきた、あの頃は可愛かったなあ」
「てめ、何バラしてやがる!?」
否定しない‥‥という事は事実なのか。
「‥‥いや、その‥‥デタラメ言ってんじゃねえ!」
いや、もう遅いって。
「と、とにかく‥‥っ! ピーチク囀ってるヒマがあったら、さっさと‥‥っ」
「わかってるよ、坊やは気が短くて困るぜ」
――ポロン‥‥♪
動揺し、恐怖に怯え、或いは興奮し、戸惑う観客の耳に、心地よい楽の音が響く。その音が会場の隅々にまで染み渡るにつれ、客達は落ち着きと‥‥静けさを取り戻していった。
「‥‥え‥‥? もしかして、今のも演出‥‥?」
「今のお芝居だったの? うわぁ、本気で怖かったよ!」
「ブリーダーギルドも、なかなか粋な事をやるじゃないか」
そこに、アイラのナレーションが被る。
『‥‥なんという事でしょう! クマ王国を作ろうとしていた悪いクマのエレメントは、実は悪者ではなかったのです!』
‥‥そう来たか。
『クマは、本当は寂しかっただけなのです。皆とお友達になりたかっただけなのです。ああ、それなのに、何という事でしょう! 自分の気持ちを素直に言えず、皆に意地悪をしているうちに‥‥とうとう本物の敵が現れてしまったのです!!』
「酷い事をして悪かった」
それに合わせてクマの棒読み台詞が入る。
「さあ、ここは俺達が食い止める。お嬢さんは逃げなさい!」
「わ‥‥わかりました、ありがとう本当は優しいクマさん!」
クマの着ぐるみに庇われながら、人質の少女リアンは舞台の袖へと姿を消した。
『さあ、今こそ皆で力を合わせる時です! 正義の力を集めて、真の敵をやっつけるのです!』
「‥‥テキ‥‥オレヲ、テキニシタノハ‥‥ダレダ‥‥!」
「敵‥‥か」
指示を出し終えたフェイニーズは、どうにか軌道修正が果たされた舞台を眺めながら独り呟いた。
舞台の上では正義の味方と動物達が力を合わせ、飛び入りの暴走エレメントと戦っている。舞台に上がったブリーダー達は、皆それぞれ腕に覚えのある者ばかりだ。コンバートを見せる為に、各自のエレメントも同伴している。倒すのはそれほど難しくないだろう。悪役側もエレメントこそ連れてはいないが、自分の身を守る位は出来る筈だ。
「敵‥‥」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
単純明快なヒーローショーとしては、それが正しいのかもしれない。
だが‥‥
‥‥オレヲ、テキニシタノハ‥‥ダレダ‥‥!
舞台の上で、異形の者が腹の底から絞り出す様に吐いた言葉。
耳障りなその声は、大部分の者にはただの唸り声にしか聞こえなかったかもしれない。
だが‥‥フェイニーズの耳には届いていた。言葉として‥‥叫びとして。
「‥‥お前も‥‥同じか‥‥」
それは、かつてのパートナー、ブロンテが彼に告げた最期の言葉と全く同じものだった。
昔‥‥彼がまだ「ダグさん」と呼ばれる事に、何ら抵抗を感じなかった頃。
若くしてカルディア王宮大臣会の頂点にまで登りつめた自らの才知と手腕、そして錬金術師としての天賦の才を誇り、自ら天才と称して憚る事がなかった頃の事だ。
フェイニーズはブロンテとスピンテール、二頭の犬型エレメントを引き連れ、大臣としての職務も錬金術師としての研究もそっちのけで、ブリーダーとして暴走エレメントを狩る事に夢中になっていた。
その頃の彼にとって、それはまさに狩り‥‥単なるゲームでしかなかった。いや、ゲームでさえなかったかもしれない。負ける可能性など、殆どなかったのだから。
その日も、彼は二頭のパートナーと共に、首都エカリスの近郊に現れた暴走エレメントを狩っていた。炎が舞い、雷が走る。その強大な魔力によって生み出される破壊力は、殆どの相手に抵抗の余地さえ与えず葬り去っていく。
その力に、彼は酔っていた。
だから‥‥気付かなかったのだ。その日‥‥いや、かなり以前から、彼のパートナー、ブロンテの様子がおかしい事に。
『フェイニーズ‥‥もう、やめないか?』
パートナーであるフェイニーズの魔力の高さ故か、或いは人と長く接してきた故か、ブロンテは人の言葉を解するだけでなく、自らも言葉を獲得し、自在に操る事が出来るようになっていた。
「やめる? 何をだ?」
『この‥‥狩りを、だ。こんな‥‥遊び半分に命を奪うような行為は、容認出来ない』
「容認出来ない、だぁ?」
フェイニーズはコンバートを解き、足元に座って自分を見つめる大きな犬の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「お前、随分と難しい言葉を使うようになったじゃねえか。だけどよ、意味わかって言ってんのか?」
『わかっている』
ブロンテはうるさそうに頭を振ってその手を払い除けると、一歩、後ろへ下がった。
『だからこそ言うのだ‥‥我々は、お前のオモチャではない。もうこれ以上、お前の遊びに付き合う事は出来ない』
「おいおい、何を言い出すかと思えば‥‥」
フェイニーズは肩をすくめ、冗談だろうと言うように笑いかけた。
「こいつは遊びじゃない。れっきとした仕事‥‥いや、人助けだぜ? 奴等、暴走したエレメントは人間への悪意の塊だ。放っといたら何をしでかすかわからねえ、危険な存在なんだぜ? そいつを退治する事の何が悪い?」
『‥‥彼等を暴走させたのは‥‥悪意の塊にしたのは誰だ? お前達、人間ではないのか!?』
「‥‥ブロンテ‥‥?」
流石のフェイニーズも、ここに至って漸く気付いた様だ‥‥パートナーの様子がおかしい事に。
だが、近寄ろうとしたフェイニーズにブロンテは牙を剥き出し、低い声で唸った。そのまま、二歩、三歩と後ずさる。
「ブロンテ、どうした? 落ち着けよ、何をそんなに‥‥」
ムキになっているのか。今までずっと、一人と二頭でチームを組み、上手くやって来た。暴走エレメントを狩り、経験を積み、腕を上げる事を、彼等も楽しんでいた筈だ。
なのに、何故急に‥‥?
『‥‥人が成長するように、我々も成長する‥‥もう、昔のままではいられないのだ。そして、私は気付いてしまった。自分も彼等の仲間である事に‥‥自分が倒して来たのは、同じ大気の魔力から生まれたもの‥‥お前達の言葉で言うなら、血を分けた兄弟である事に!』
ブロンテは全身の毛を逆立て、ハアハアと荒い息を吐いている。
(「拙い‥‥!」)
それは、エレメントが暴走する前兆。ブロンテは自分の中で渦巻く人間に対する嫌悪と怒りの感情に呑まれ、自我を失いかけていた。
「ブロンテ、落ち着け! お前は奴等とは違う。俺がこの手で生み出した、一番最初の‥‥一番大事なエレメントだ」
フェイニーズはその場に膝を付き、ゆっくりと諭す様に、務めて優しい調子で語りかけた。
「お前の兄弟は俺と、このスピンテールだけだ。いや‥‥俺は兄弟ってぇより‥‥親か? まあいい。とにかく、お前は他の奴等とは違う。だから‥‥戻れ。な?」
『‥‥もう‥‥オソイ‥‥っ!』
ブロンテの体が、膨れ上がった。
長年に渡って溜め込んできた怒りと憎悪、そして哀しさ、悔しさ‥‥それは命じられるままに同族を屠ってきた自分自身に向けられたものだったのかもしれない。
その瞬間、ブロンテは敵となった。
『‥‥ワタシヲ、テキニシタノハ‥‥ダレダ‥‥!』
その言葉を遺して。
第三話 ー完ー