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■FESTIVAL in PANIC■ 第2話
執筆:STANZA

「みんなぁー! げぇーんきぃーっ!?」
 カルディアが誇る賑やかし、ラシュリィ・ベイガーが、ショーの為に設けられた特設ステージから会場のお友達に向かって元気に叫ぶ。
 その声に応えて、客席からは小さい人から大きい人まで、沢山のお友達の歓声が返って来た。
『げぇんきぃぃぃっ!!』
 だがそれでも、敢えてもう一度聞き返すのがプロの司会者たる者のお約束だ。
「どうしたーっ!? 聞こえないぞーっ!? もっと元気に、せーのっ!」
『ΣΣΣΣΣーーーっ!!!』
 もう、何と言っているのかわからない。
 だが、それで良いのだ、いや、それが良い。
「それじゃあみんなーっ! 今日は素敵なショーを楽しんで行ってねーっ! 帰りにはラシュリィちゃんとの握手会もあるよっ♪」
 大きく手を振って舞台の袖に姿を消した司会の言葉‥‥主にその最後の部分について、大きいお友達から『おおーっ!』という茶色い歓声が沸き起こった。
 ラシュリィちゃん、どうやら一部にカルトな人気を誇っているらしい。
 その興奮とざわめきが収まるのを待つこと数分。やがて会場の一角から静かな音楽が流れ始めた。演奏者は、先ほどの司会ラシュリィの兄、ジェイリー・ベイガーだ。
 その音色に乗せて、女性の落ち着いた声が語り出す。
『暗黒の地クヴァール島からこの人間世界を侵略すべく襲い来る、悪の軍団クヴァール‥‥』
 一度きりのリハーサルをどうにか無事に終わらせ、と言うかダメ出しを連発するローラを説き伏せ、宥め、予定よりも少しだけ遅れて、ヒーローショーの本番が開始された。

「あれ、この声‥‥」
 見失った姉を探しステージ裏に辿り着いたリアンは、舞台から聞こえるナレーションの声に聞き耳を立てる。
「もしかして、アイラさんかな?」
 亡き父と共にクヴァール島の調査に向かい、生き残った女性アイラ・バレッサ。
「へえ、こういう催しに進んで参加するようには見えなかったけど‥‥ちょっと意外、かな」
 舞台の袖からこっそりと覗き込んだリアンの目に、薄暗いステージの隅で台本を読み上げているアイラの姿が映った。
『彼等を迎え撃つのは、愛と正義に生きる5人の若者‥‥その名も!』
 途端、ステージを照らす照明に火が入る。
『ブリーダー戦士、エレメントファイブ!!』
 ――どどーん! バチバチバチっ!
 ステージの上で火薬が炸裂した。
「けほっ! けほけほ」
「う、煙が目に‥‥」
「うわ、あっちぃッ!」
 煙に咽せ、涙を流し、火花で火傷しそうになりながら颯爽と(?)現れたのは、赤、青、緑、黄、桃の五色のマントを翻した正義の戦士達だった。
「大丈夫かなあ‥‥?」
 ブリーダーから有志を募った素人役者の奮闘を、心配そうに見守るリアン。
 ‥‥と、その背を軽く叩く者があった。
「よぉ、坊主」
「あ、フェイニーズさん。こんにちは」
 ジルとリアンの姉弟は、フェイニーズとは顔見知りだった‥‥主に、父親の仕事の関係で。
 彼等の父メイナード・ソーヤが命を落としたクヴァール島の調査。それを命じたのはカルディア王室だが、直接の任命責任は大臣であるフェイニーズにあった。そのせいか、彼は遺された姉弟に対しては何かと気を遣っている様だ‥‥あくまで、面倒臭がりの彼にしては、というレベルではあるが。
「姉ちゃんはどうした?」
「あ、やっぱりまだ、来てないんですか?」
 間に合うように来るって言ったのに。やっぱり、見付けたらお説教だ‥‥
「どうした、坊主? 何処か具合でも悪くなったのか?」
 真っ赤に染まって下を向いたリアンの様子を体調不良とでも勘違いしたのか、フェイニーズがその顔を心配そうに覗き込む。そう言えば、リアンはついこの間まで重い病気を患っていたのだった。今はもう、健康そのものだが‥‥
「いいえ、大丈夫。僕も姉さんも、何でもありません。けど‥‥」
 姉がこの場に現れない理由。それを正直に話すべきだろうか。しかし、それは余りに可哀想な気がする‥‥恐らく本人はバラされても平気な顔をしているであろう点が、特に。
 その時‥‥
「ああ、いたいた!」
 向こうから走って来た若い男が、リアンを指差して叫んだ。
「間に合って良かったですね! さあ、こちらへ来て下さい。そろそろ出番ですよ!」
「え? な、なに?」
 その男、片倉幸正は当惑しているリアンの細い腕をとり、「さあ早く」と引っ張った。
「おいユキヒラ、そいつは‥‥」
 フェイニーズ、名前間違えてるし。そして幸正は、リアンを姉のジルと間違えているらしい。
「ぼ、僕、女の子じゃ‥‥」
 ずるずるずる。天然の前に、無駄な抵抗は無駄でした。
「‥‥まあ、良いか。坊主の方がよっぽど女らしいし‥‥なぁ」
 助けを求めるリアンに、フェイニーズは諦めろと言う様にひらひらと手を振った。

「‥‥っくしっ!」
 一方その頃、かき氷の屋台前。
「んー、誰かあたしのこと噂してる?」
 きっと良い噂に違いないと、ジルはにこやかに微笑みながら、かき氷をパクリ。
 ――キイィィン!
「うぅ〜っ、このキンキン感が堪んないのよねー! でも、あんまり食べ過ぎないようにしなきゃ。本番でお腹が痛くなったりしたら‥‥」
 一応、舞台がある事は覚えていたらしい。
「あれ? 今、何時?」
 ジルは会場に設置された大時計を探す。
「うわ、いっけない!」
 約束の時間は、とうに過ぎていた。

『きゃ‥‥きゃあぁぁ‥‥あ? たすけてー?』
 力のない、そして思いっきり棒読みの台詞が会場にへろへろと流れる。
「あっちゃ〜〜〜」
 舞台裏に駆け込んだジルはその様子を見て天を仰いだ。
「もしかして、あの子があたしの代役?」
 ちょっと顔が似てるからって、よりによってリアンを選ぶなんて。
「あーあー、もう、へったくそにも程があるわ」
 しかしそこは根っからポジティブなジルのこと。そうなってしまったものは仕方がないと、見物に回る事に決めた様だ。
「ま、どうせあたし、人質よりヒーロー希望だったし。あの子もあたしの練習見てたから、台詞は覚えてるわよね?」
 手にしたままの、溶けかかったかき氷をパクリ。
「でもどうして、暴走エレメントが人質なんか取るのかしら?」
 舞台ではクマの着ぐるみがリアンを羽交い締めにしている。
「演出上の都合って奴だよ」
「あれ、おじさん?」
「おじさんじゃねえ! それに‥‥あれ、じゃねえだろこのサボリ魔」
 ぺちん。
 背後から現れたフェイニーズは、振り向いたジルのデコを指先で軽く弾いた。
「あー! 本家に言われたくないですー!」
 ジルは、んべっと舌を出す。この子には礼儀とか遠慮とか、目上の者に対する尊敬と謙譲とか、そういう常識的なものを期待してはいけない様だ。まあ、それだけ懐いているという事でもあるが。
「ねえねえ、ところで‥‥このヒドい脚本、誰が書いたの? おじさん?」
「おじさんじゃねえっつってんだろーが!」
 ぐりぐりぐり。フェイニーズはジルの頭を両の拳で挟み、ねじ込む様に締め上げた。
「いた、いたいたいたいー! ギブギブ!」
 それ絶対、年頃の女の子に対する扱いじゃない。だが、ジルにも自覚はなさそうだし‥‥良いか。
 フェイニーズはコロコロと笑いながらバタバタ暴れるジルを解放し、言った。
「俺がこんなド下手くそなモン書くわきゃねーだろ!」
 それを書いたのはギルド職員の誰からしいが、名前までは聞いていなかった。
 その拙いと言われた脚本とは‥‥
『さあ、大変です。森の動物達を騙して動物王国を作り、王様になった悪いクマのエレメントが、女の子を人質にしてしまいました』
 アイラの淡々としたナレーションが流れる。
『女の子は森に住むお婆さんに、美味しいケーキを届けるところだったのです。でも、お婆さんのお家に着いた女の子を待っていたのは、お婆さんに化けた、悪いクマのエレメントでした』
 何となく、どこかで聞いた事がある様な話だ。
「ねえ、おじ‥‥フェイさんが書いたら、もっと面白くなったんじゃない? フェイさんって見かけによらず本好きだし」
「一言余計なんだよ、お前は」
 ゴツン。
「ま、アレだ。こういうのは、単純に分かり易けりゃ良いんだよ。見ろ、ガキ共は喜んでるじゃねえか」
 確かに観客席のお子様達は目を輝かせ、食い入る様にステージを見つめている。
「それに‥‥最後には必ず退治しねえと収まりが悪いだろ、悪いエレメントって奴をよ」
「そりゃそうよ、悪いエレメントを退治するのが、あたし達ブリーダーの仕事でしょ? このお芝居はあたし達の仕事を紹介するのが目的なんだから、倒すのは当たり前じゃない」
 首を傾げるジルに、フェイニーズは苦笑いを漏らした。
「まあ、そうなんだがな。俺はどうも‥‥」
 ステージの上では、今まさに正義のブリーダーが悪いエレメントを退治する所だった。
『覚悟しろ、悪いエレメントめ!』
『があぁぁ! 我がクマ王国は永遠に不滅なりぃぃ!』
 追い詰められ、最後の反撃に出ようとするクマ。
 だが、そこに‥‥
「‥‥ワルイ、えれめんと‥‥オレタチガ、ワルイ、ノカ?」
 台本にない台詞。
 それは、観客席からふらふらとステージに上がってきた男の口から発せられたものだった。
「何だ、ありゃ?」
 観客を舞台に上げる演出は最後に用意されていたが‥‥まだ早い。
「‥‥あの男には、エレメントが憑いています‥‥」
「うぉわっ!?」
 背後から、瑛の声。
「ば、バカヤロ急に声かけんなビックリ‥‥って、何ぃ!?」
「‥‥すみません‥‥様子を見て、引き剥がそうとしたのですが‥‥」
 瑛が何かがおかしいと感じ、後を尾行ていた、あの男。
 周りに人が多すぎて、躊躇っているうちにタイミングを逃してしまったらしい。
「しょうがねえ。今はとにかく、野郎にゃ穏便にご退場願おうぜ。下手に刺激して、暴走させねえ様に‥‥」
「きゃああぁぁっ!」
 だが‥‥遅かった。
 観客席はおろか、ステージからも悲鳴が上がる。
「オレタチガ、ワルイノカ!?」
 男が叫んだ瞬間。その体は内側から爆発する様に膨れ上がった。
「オオオオオオオッ!!」
 額には大きな角が生え、雄叫びを上げる口元からは鋭い犬歯が覗く。手の爪は刃物の様に堅く、鋭く伸びていた。
 男に取り憑いていたエレメントは、凶暴化した。


第二話 ー完ー