前回のOP【要塞】はこちら
帰還した船達を、ブリーダー達を、出迎えるのは安堵の顔と――悲哀の渦。
下船するブリーダー達に言葉はなく、ただ何かを守るようにその体で壁を作る。
「‥‥フェイニーズ、オールヴィル、ジル、そしてブリーダー達。調査隊の救出ご苦労だった」
満面の笑みで出迎える老大臣達は、さも心配したと言いたげに両腕を広げ、先頭のフェイニーズ・ダグラスとオールヴィル・トランヴァースへと歩み寄る。彼等は老大臣とは一切視線を交えることなく、無言でその場に立ち尽くしていた。
「して、クレイの遺体はどうした。それから、ヴィスターは」
老大臣は周囲を見渡し、クレイ・リチャードソンの遺体と、隊長のヴィスター・シアレントを探す。だが、誰もそれに答える者はいない。答えようとは、しない。
「何故答えぬ。‥‥何故、誰も動こうとはせぬ」
怪訝そうに眉を寄せ、その直後、まさかという思いに駆られてブリーダー達の壁を割っていく。しかし、最後の壁となって立ち塞がったジル・ソーヤが彼の腕を掴んだ。
刹那、一頭の馬がその眼前を駆け抜けていく。
――馬上に揺れるのは、金色の髪。
「ヴィスターか‥‥!? どこへ行く!」
老大臣が遠ざかる背に向けて叫ぶが、馬はその四肢を止めようとはしない。片手で手綱を握るヴィスター。もう片方の手で抱くのは――。
「誰か! 誰かあいつを止めんか! 勝手な真似は許さん!」
「早く止めるのじゃ! クレイをどこへ連れて行く――!」
しわがれた声が重なり、響き渡る。しかし、誰もその命令に従おうとはしない。それどころか、ヴィスターの姿を隠すように老大臣達を取り囲んだ。
「行かせ、ない」
ジル・ソーヤが強い眼差しを向ける。英雄と呼ばれたメイナード・ソーヤの血を強く感じさせるその威圧感に、老大臣達は気圧され、息を呑んだ。
「許さん、だと? どの口が言いやがる」
「誰も邪魔すんじゃねぇ」
そして、フェイニーズとオールヴィルが‥‥吐き捨てた。
「‥‥ここからは、クヴァール島へと繋がる海がよく見える。それから、星も‥‥。ここで、いいよな?」
ヴィスターは馬を止め、腕の中のクレイに問う。
眠り続ける彼が頷いたように見えた。
自分の体はクヴァール島に埋葬して欲しいと、生前の彼は事あるごとに口にしていた。できることならばその願いの通りにしてやりたかったが、あの地に埋葬することは、その体がシャルローム達に利用されてしまう可能性を孕んでいる。
それだけは、させるわけにはいかない。
しかしクレイは、第一次調査のメンバー達と同じ場所に埋葬されることを望まなかった。そして、エカリスに帰ることも。
そこにある感情は深く重いもので、彼を安らかに眠らせることのできる場所は、エカリスにはない。
ならばせめて――と、クヴァール島のよく見える場所に埋葬するべく、ヴィスターはクレイをここに連れて来た。フェイニーズやオールヴィル、ジル、そして共にクヴァールから帰還したブリーダー達の助けを借りて。
「この場所は他の誰も知らない。だから安心して――眠るといい」
風が、凪いだ。
戦果報告――第二次クヴァール調査における被害状況
重傷者六十九名(調査隊、フェイニーズ・ダグラス隊、オールヴィル・トランヴァース隊合計数)
特にオールヴィル・トランヴァース隊に被害が拡大しているが、死者が出なかったのは不幸中の幸いであり、全員が命に別状はなく回復魔法等によって快方に向かっている。
クレイ・リチャードソンの遺体に傷は一切なく、死因は敵の攻撃によるものではないと結論づけられた。だが、彼をクヴァール島へ向かわせることとなった原動力及び、ヴィスター・シアレントによる状況報告から総合し、彼の死を招いた原因のひとつが敵の首領ファスターニャクリムである感は否めない。
第一次調査隊の遺骨及び遺品の一部が発見されたが、遺骨は誰のものであるか判別は不可能。一部遺品については、持ち主が判明したものを遺族へと返還することになっている。
今回の調査では、ファスターニャクリム、炎烏、シャルローム、ラアといった人型エレメントが姿を現し、調査隊達と対峙している。
――ファスターニャクリム
クレイ・リチャードソンとの接触後、姿を消す。
――ラア
クレイ・リチャードソン死亡直後、ヴィスター・シアレントによって撃退される。
――炎烏
フェイニーズ・ダグラス隊との接触後、姿を消す。
――シャルローム
オールヴィル・トランヴァース隊との接触後、姿を消す。
だが、シャルロームとの接触により、ヒトの遺体を欲する理由が判明。
死後、その体が魔力に帰して消えてしまうエレメントとは違い、死後も体が残り続けるヒトを調べるためであった。
それらをモンスター化し、使役していたが、より魔力の高い存在ほどその能力は高くなると見られ、執拗にクレイ・リチャードソンを始めとしたブリーダー達の遺体を手に入れたがっていた。
尚、シャルロームが使役していた遺体は、カルディアの墓地などから手に入れた一般人のものであると推測される。
――オフェリエ及びシープシーフ
一切姿は見せず。
――死者一名 副隊長クレイ・リチャードソン
「――以上」
荒々しく報告書を放り、オールヴィルは老大臣達を見据えた。
要塞の一室で、老大臣達へと戦果報告をするオールヴィル。大臣でありながらもフェイニーズは彼の隣に座り、無表情で老大臣達を見据えていた。
「何かご不明な点がありましたらどうぞ」
オールヴィルはひどく慇懃無礼に言い、椅子に腰を下ろす。それを待ち構えていたかのように、老大臣の一人が節くれ立った指で軽く円卓を叩いた。
「クレイの遺体をどこへやった」
「存じません」
「お前の補佐だろう」
「それがどうしたと?」
「このようなことをして――ただで済むと思っておるのか、あの男は」
「俺の補佐だと、申し上げているでしょう?」
「‥‥なんだと?」
「補佐のしたことは俺の責任です。どんな罰でも受けます。ああ、もちろん‥‥俺を罰することができるのであれば、ですが」
「――脅迫か、それは」
一切表情を変えず淡々と語るオールヴィルに、老大臣は全身から警戒のオーラを迸らせる。
「いいえ。当然のことを申しているまで。クレイの遺体に損傷がなかったという意味を、そして人型エレメントが現れたにもかかわらず、他に死者がいなかったということの意味をお考え下さい」
「だからなんだと言いたい」
「――前回の二の舞にならなかっただけ、有り難く思え」
「オール‥‥ヴィル」
「ヴィスターの功績は大きいはずだ。死者がいてもおかしくない状況の中、シャルロームにクレイの遺体を渡すことなく、傷を負わせることなく、俺達の到着を待っていた」
「だが、クレイの遺体を連れ去ることとこれとは何の関係もないだろう。それに‥‥そうだ、あのラアを撃退しただと? ひとりでか? ヴィスターとは何者だ。本当は連中の仲間じゃないのか? そんな奴にクレイの遺体を託していいのか。もしや今頃はシャルロームに渡して――」
――ガンッ!
それまでじっと押し黙っていたフェイニーズが、荒々しく円卓を蹴り倒した。
「守りたいモン守ることのどこが悪い。もしアイツが連中の仲間だったとしても、てめぇらに渡すよりは遥かにマシだ。悔しかったら‥‥てめぇらがクヴァール島へ渡りやがれ」
「そういうことですので、戦果報告は以上とさせていただきます。行こう、ダグ」
オールヴィルとフェイニーズは席を立つと、老大臣達と視線を合わせることなく背を向けた。
「待て! こんなことをしてただで済むと――」
「思っているのは、てめぇらだけだろ」
そう言って、フェイニーズは扉を開け放つ。直後、老大臣達は絶句する。扉の外にブリーダー達が立っていたからだ。
第二次調査隊と、彼等を救出に行った者達。
そして――その中心には、ジル。
一同は険しい眼差しで、老大臣達を見据えていた。
朝から絶え間なく降り続く霧雨は、刺すように冷たかった。
整然と――粛々と並ぶ墓碑は影を落としたように濡れそぼっている。
カルディアの王族墓地では、この雨の中にも関わらず、新たな墓碑の前に立ち尽くす者達がいた。彼等は瞳に涙を浮かべ、墓碑に刻まれた名を見つめている。
その中に、ジルとリアン・ソーヤの姿もあった。
追悼式――それは早朝から厳かに行われており、そこにはフェイニーズやオールヴィルはもちろんだが、エレナー・ラムリィ、オルソン・グエンガー、ガ・ソイ、ローラ・イングラム、アディ・マクファーレンといった、要職に就く者達の姿もあった。
誰もが皆、押し黙り‥‥言葉を発する者はない。
先ほどまで教会で行われていた式と、献花。その中には、当然クレイのための祭壇もあった。
こんな茶番に付き合ってられるか――。
そう言って、クレイの祭壇を派手に壊したのは、フェイニーズ。しかし誰も彼を止めようとはしなかった。止めることはできなかった。皆、想いは同じだったのだから。
今はフェイニーズも少し落ち着いたのか、だが不機嫌な表情で大臣達の列に並んでいる。
第二次クヴァール島調査によって、持ち帰る――否、連れ帰ることのできた、第一次調査のメンバー達。彼等の遺骨が、この王族墓地の一角に埋葬された。
この日は奇しくも、クヴァール島対岸要塞が完成した日でもある。だが、その余韻に浸る暇も、余裕もなかった。
遺品は持ち主が判明したものは全て家族や身内に返された。だが遺骨は個の特定が難しく、新しい墓碑の下で彼等は共に眠ることになる。
しかし、墓碑にクレイの名は刻まれていない。
ここに――クレイはいないのだ。
「彼の地で‥‥故郷へ還ることを切望していたであろう者達は、六年の時を経てようやく還り着くことができました。どうか、彼等が安らかに眠ることができますよう‥‥。どうか、彼等に静かな眠りを‥‥」
カルディア王国第一王女エリューシア・リラ・ジュレイガーは、胸の前でそっと手を組んだ。漆黒のドレスは、彼女が動く度にしゃらしゃらと音を立て、霧雨を弾く。凛とした表情だが、しかしどこか陰りがあり、その声は微かに震えている。
嗚咽を漏らし、墓碑にすがりつく者達。家族の、大切な存在の、その帰りを――ただただ噛み締め、そして六年という彼等にとっては決して短くはない時を、一縷の望みをかけて待ち続けた者達。
もう、待たなくてはいいのだと――その想いは、あらゆる形を伴って、波のように打ち寄せる。
ジルはリアンの手を無意識に握り、父の墓碑銘をじっと見つめて唇を噛みしめた。
英雄メイナード・ソーヤ。
あまりにも大きな、存在。
「――ジル」
俯くジルは、名を呼ばれて弾かれたように顔を上げる。エリューシアが、見つめていた。
ジルはいつも明るくて前を向いていて、その声がギルドに響き渡ると誰もが明るくなる、そんな少女だ。その彼女も今日はひどく静かで、儚い。
エリューシアはシルクの袋をジルに渡した。少し大きな、両手で抱えることのできる‥‥綺麗な、袋。
「これ‥‥は?」
「持ち主のわからない遺品達です。メイナード・ソーヤの娘であるあなたに‥‥託してもよろしいでしょうか?」
エリューシアは袋を持つジルの手にそっと触れた。
ジルは押し黙り、袋の中を恐る恐る確認する。
還るべき場所を探す物達がただ静かにそこにあり、メイナードの娘の腕に抱かれていることでどこか安堵の表情さえ浮かべているような、そんな気配をジルは感じた。
回収された遺品は全て確認したし、父の物は既に手元にある。だからこの中に、ジルの知る範囲で父の物はない。だが、ジルの知らないものがあるかもしれなかった。
ここに、いますか‥‥お父さん――。
言葉に出さずに、語りかける。
きらり、奥で何かが輝いた。陽が射したわけでもないのに、何故だろう。
ジルはそれを手に取ってみる。
小さな、小さな玩具。
見覚えがあるわけではないけれど、手に持った感触は‥‥憶えてる。
もしかして、これは――。
知らずうちに、頬を何かが伝っていった。
追悼式に招かれていたが、姿を現さなかった存在がある。
ひとりは、ヴィスター。
そして、もうひとりはアイラ・バレッサ――。
アイラは王族墓地の見える小高い丘に立ち、霧雨に身を委ねながら追悼式の様子を見ていた。
「‥‥アイラさん」
ふいに、後ろから呼ばれ、アイラは振り返る。
そこにいたのは、黒衣を身に纏ったヴィスター。
彼が来ることを予想していたのか、アイラは自然と彼に歩み寄る。
そして、その双眸に涙を溜め――ヴィスターの胸を打ち付けるように拳を振り下ろした。
何度も、何度も――声にならない叫びと共に。クレイへの、想いと共に。
ヴィスターはじっとそれを受け止める。そうすることしか、できなかった。
どれくらいの時が経っただろう。一瞬? それとも――?
やがてアイラは落ち着きを取り戻し、涙を拭ってヴィスターから離れた。
そのとき、二人の視界の端にエリューシアが駆けてくる姿が映る。
「‥‥ヴィスター」
少し息を切らすエリューシアは、ヴィスターを複雑な表情で見つめていた。滲み、霞む視界の中、彼は二羽のスワローを従えてゆるりとエリューシアに歩み寄る。
「ホープ、おいで」
その声に、絡み合うように飛んでいたスワロー達は名残惜しげに離れ、片方がヴィスターの指の上に舞い降りた。
「あなたから譲り受けたと聞きました。‥‥お返しします」
「‥‥クレイは‥‥どこに」
「教えられません」
「‥‥どこ、に」
「私を‥‥恨んでくれて構いません。憎んでくれて構いません。ですが、クレイの居場所だけは‥‥教えられません」
真っ直ぐにエリューシアを見据え、言葉を紡ぐ。埋葬場所ではなく――「居る」場所。ヴィスター同様、彼の死を受け入れられない者は多いはずだ。だから敢えて、「居場所」と言うことしかできなかった。
「‥‥花を手向けることも許されないと?」
「彼を想うのなら、どうか触れることなく静かに眠らせてやってほしい。‥‥今度こそ、本当に――。‥‥失礼します」
背を向け立ち去っていく彼にクレイの姿が重なり、エリューシアは思わず腕を伸ばす。届かない腕は虚しく空を掴み、彼との距離が開いていく。
そのとき、エリューシアの肩に留まっていたホープが羽ばたき、ヴィスターの元へと空を駆けた。
そしてもう一羽のスワローと再び絡み合い――そのまま、一緒に行ってしまった。
「クレイはもう‥‥ここには‥‥戻らないのですね‥‥」
エリューシアは唇を噛み、空を見上げる。
アイラはもう、ヴィスターの姿を見ようとはしない。このまま、このまま‥‥遠ざかる。
頬に触れる霧雨が、温かかった。
静かに流れる刻は、彼の島での戦いを遠い御伽噺であるかのように思わせる。
遠くに見える要塞の篝火は星の輝きに呑み込まれ、あの中で今も事後処理に追われる者達の喧噪はここには届かない。
昼間の霧雨はとうに止み、晴れ渡った夜空には満天の星。
ここに――この大地に、クレイは眠っている。
寒くないようにヴィスターの上着に包まれ、静かに、静かに。
「‥‥寒くないか? 大丈夫か?」
そっと土に手を触れ、問いかける。
――ここが‥‥全ての始まり。そして、僕の運命が待つ場所
クヴァール島でクレイが呟いた言葉が脳裏を過ぎっていく。
「‥‥そんな運命など」
言いかけ、ヴィスターは口を噤んだ。恐らく、ヴィスターが言おうとした言葉を彼は望まないだろう。
墓標として地に突き立てられているのは、ヴィスターの大剣だ。それを見つめながら、クレイの形見の剣を抱き締める。
ふいに、頬を何かが伝った。
これまで抑えていたものが一気に溢れ出る。
地を殴りつけ、そこに眠る者を想い。
泣いて、泣いて――もう目覚めることのない者の名を幾度となく叫んだ。
その死を受け入れることは、できない。
だというのに、涙は容赦なく現実を突きつけた。
背にはまだ温もりが残り、それが冷えた瞬間の恐怖が蘇る。
穏やかで――幸せそうな笑顔を浮かべ、眠りについたクレイはその最期に何を想ったのか。
喪失は、残される者の心までも抉り、奪ってゆく。
旅立つ者の最期の顔が穏やかであるほど――残された者は、深い悲しみを抱くのかもしれない。
もう一度、もう一度だけ‥‥声を、聞かせて欲しいと。
クレイの死もまた、そういったものだった。
後を追えたらどれほど楽だろうかと――壊れて、何もわからなくなってしまえばいいとさえ、思う。だが、苦しくても想い、生き続ける選択を――血を吐きながらでもするのだろう。
忘れることなどできやしない。忘れて生きていけるほど、強くはない。
「‥‥それでも、私はあと百年の時を生きていく。お前がそれを‥‥望むのならば。‥‥決して、忘れやしない」
そして、いつかまた‥‥会えると信じて。
「さよならは、言わない。還りたくなったら、いつでも還っておいで――。皆、待っているから。そして、私も‥‥待っている」
還る場所は――ここにあるから。
いつか彼が還ってきたら、この両腕を広げて全てを受け止め「おかえり」と言おう。
他には何も言わず、ただ、笑顔で。
細く長く息を吐き、ヴィスターは星天を仰いで笑みを零す。
「また、星の話をしようか。あの島では‥‥見えなかったから」
だが、その前に――。
ヴィスターはそっと自らの喉に触れた。もう何十年も歌を紡いでいない喉は、果たして思うように震えてくれるのか。
歌えるだろうか、届くだろうか。
彼は、聞いてくれるだろうか。
「――クレイ」
そして――ヴィスターは高らかに歌い上げる。
遠い星天、クレイだけに捧げる鎮魂歌を――。
――クレイ・リチャードソン 永眠
■解説
情報1(連動イベントについて)
情報2(クヴァール島、調査隊について)
情報3(人型エレメントに関するまとめ)
情報4(クヴァール島対岸の要塞)
情報5(連動シナリオ一覧)
●過去のイベントについてはこちらからどうぞ●
■NPCより
・・・・・・・ お父さん――。 |
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