消えゆく魔力の波動を全身に受け止めながら、しかし決して振り返らずにラアはクヴァール島を目指していた。
眼下を流れる景色を呪い、そこに蠢く者達を呪い。
呪詛の言葉を投げかけたくとも、それで自らの敗北が消えるわけではない。今はただ、自身を救ったイーグルドラゴンの背に揺られることしかできなかった。
背に感じていた強大な魔力はやがて消え去り、あれが斃されたことを悟る。
「ニンゲン‥‥っ」
喉の奥からやっとのことで絞り出した声は、耳元を後方へと流れゆく風の音に昇華されていく。
「‥‥次は、負けねぇ」
呟き、イーグルドラゴンの背から身を乗り出して人類の領域に目を凝らす。
エピドシスの大地はとうの昔に見えなくなり、ここはもう、クヴァール島に程近いカルディア北部の海岸線だ。クヴァール島からの侵攻に備えて――と言うには、要塞都市アレハンドロほどの規模ではないが――ブリーダー達の駐屯地がある。
「かつてオレ達に滅ぼされた国‥‥か」
微かに鼻で笑い、ラアは駐屯地を見下ろし――否、見下した。
駐屯地は、かつてそこにあった小国の城と城下町を利用して造られていた。
カルディア暦0304年、件の小国はクヴァール島からの侵攻を受けて滅びた。面積は陣と同程度で、大陸北側の海岸線に沿う形で東西に長い国家であり、海風を防ぐ防風壁が城下町を囲む城壁と繋がるように伸びていた。対岸周辺集落はかつての小国の名残だ。
当時はまだコンバートソウルは発見されていない。小国は応戦したもののクヴァール側にダメージを与えることすら叶わず、わずかな日数で壊滅状態へと陥った。カルディアからの援軍も応戦したが、エレメントには通常の武器ではほとんどダメージを与えることが出来なかったのは言うまでもない。
クヴァール側に対抗する術のない人類は滅びを覚悟したが、彼等は小国を滅ぼすのみに留まり、カルディアにまで攻めてくることは無かった。
その後クヴァール島からの大規模な攻撃はなく、一部地域にて凶暴化したエレメントが暴れまわるのみとなる。
惨劇の再来を恐れる人々は、凶暴化したエレメントへの対策を研究し始め、多くの錬金術師たちがその研究に従事した。
そして五年後のカルディア暦0309年、武器にエレメントを乗り移らせることで、エレメントに対し有効なダメージを与えられるとの研究成果が得られた。
凶暴化したエレメントに対抗する術として、武器にエレメントを乗り移らせる術は瞬く間にウィスタリア全土に広がっていった。
「‥‥アレハンドロといい、ここといい‥‥」
目障りだ――そう言いかけ、ラアは何かに気付き眉を寄せる。
「なんだよ、これ‥‥」
駐屯地から僅かに東、エピドシス対岸に連なる山脈の北端。その山頂に、見慣れぬ建造物があった。建設途中だったそれはエピドシスへ侵攻する際にも見かけていたのだが、そのときには単なる山小屋程度かと思い、特に気にも留めなかったのだ。
だが、帰投するに至り――ラアはそれが何であるのかに気付く。
侵攻していた僅かな期間の間にも建設は着実に進められ、そして今、ラアの目に映るのは、明らかにクヴァール島へと向けられた観測所だとしか思えないものだった。未だ建設中だが、完成は間近だと思われる。
窓は全てクヴァール島の方角を向き、屋上には望遠鏡らしきものがある。いつの間にか強固な塀が幾重にもその建物を囲み、そして見られるブリーダー達の姿。
「‥‥連中、飛行型の‥‥しかも飛行速度の速いエレメントばかり連れてやがる‥‥」
ラアはそれの意味するところを悟り、彼等に見つからないよう急いでイーグルドラゴンの高度を上げ、駐屯地も含めたクヴァール対岸の海岸線沿いを飛行させた。
そして眼下の景色が、これまでと明らかに違うことに気付く。先ほど何気なく見ていた駐屯地も、そしてそこに連なる過去の小国の影さえも。
「これは――!」
やられた――ラアは愕然とし、ひとりごちる。式典の侵攻後、ラア達の目はエピドシスとその対岸地区へと向けられていた。その隙に、人類はその護りを固め始めていたのだ。
「――要塞」
ぎり、と奥歯が音を立てる。
「‥‥速度を上げろ。早く‥‥早くこの事実を報告しないと」
イーグルドラゴンの背を撫で、ラアはクヴァール島の方角を見据えた。
それはまだ、夏の陽射しが眩しい日のこと――。
「いい戦果だ」
庭園の樹木が落葉し始めたカルディア王城で、エピドシスにおける戦いの最終報告を管理局及びブリーダーギルドから受けた老大臣達は、揃って口角を上げた。既にエピドシスでは開国も果たされ、国交の調印も行われたばかりだ。追って、それらの報告も上がってくるだろうが――何よりも老大臣達が注目したのは、ヨロウェル、ラア、オフェリエといった敵戦力への勝利と、その後のエピドシス国内におけるブリーダー達の活躍ぶりだった。
昨年の呪眠事件及び、ブリーダー達の能力を測ると言っても過言ではなかった『赤の一団』騒動。それらから一年が経つ今、ブリーダー達の能力は当時よりも遥かに増し、クヴァール側の勢力にも対抗しうる力を着実に得ていると言っても過言ではない。
式典における侵攻でも炎烏を撤退に追い込み、シャルロームに至っては瀕死にまで追い込めた。炎烏がほぼ無傷という点を除けば――人類側が優勢であると見てもいいだろう。
しかし、やはり脅威となるのは知能の特に発達した存在だ。得てして、そういう存在は戦闘力も高い。
記憶に新しいところでは炎烏――守護の翼に一気に侵攻を仕掛けた知将ぶりと、その得体の知れぬ強さ、それからスエーノやブランカ、スィール、ヨロウェルといった存在を作り出すことができ、シャルロームの騎乗していたウィングドラゴンのように、能力を強化させることもできる彼等の技術や知識等は、まず考えなければならない脅威であることは間違いない。
そういった点を鑑みて人型の存在を能力順にすると、ファスターニャクリム、炎烏、シャルローム、ラア、オフェリエ、シープシーフではないかと思われる。しかもファスターニャクリム以外は対峙し、全てに勝利していた。
とは言え、人類側は彼等を撃退こそしたものの――撃破してはいない。だが、撃破は手の届くところまで来ているのではないかと、老大臣達の誰もが考えていた。
これまで、クヴァールとこちらのパワーバランスは危ういところで均衡が保たれていたと思われる。クヴァールの脅威が恐怖となって降りかかる分、僅かに人類側が劣勢だったかもしれない。だが徐々にそのバランスは変化し始めている。
そろそろ、崩れてもおかしくはない。
「‥‥建設は、どこまで進んでいる」
ひとりの老大臣が思案するように呟く。
「ああ、先ほど報告が上がってきたところだ。見るかね? 少し気になる報告もある」
そして、新たな資料が円卓に広げられた。
式典時の侵攻において、首都最終防衛ラインとも言える守護の翼への侵攻を許してしまったカルディアは、クヴァール対岸の守備を強化する政策に出た。
元々、対岸にあった小国の城下町――半ば遺跡化した建物の再利用だが――にある駐屯地の設備拡大、城壁の強化、サーム設置という一連の行動を、式典直後より開始していた。ヘイタロスからも技術者や資材の提供を受けている。
そして、駐屯地があるのみだった対岸防衛を、西へ西へと押し広げていく。
かつての小国の名残である防風壁跡を利用して、カルディア北東部の山脈北端から西に100Kmに及ぶ『壁』を造り始めたのだ。もっとも、100Kmという途方もない距離だ、最優先されるべきは駐屯地の設備拡大、城壁の強化、サーム設置となるのは言うまでもない。
西に連なっていく壁は、駐屯地に最も近い位置にある30Kmが守護の翼と同様の造りになるように建設され、その建設が完了後、若干規模を縮小した壁の建設を長い時間をかけて進めていくことになっている。ゆるりゆるりと、それらは確実なものへと変貌を遂げていくはずだ。
もちろん、砦も建設される。砦は駐屯地から30Kmの距離までは5Km間隔で建設され、駐屯地となった小国の城の四分の1程度のものだ。それ以後は10Km間隔で小さなものが予定される。
駐屯地はもちろんだが、各砦にも常駐ブリーダーをおく。大きなもので常駐五十名以上、小さなもので三十名ほどとなるだろう。
要塞都市アレハンドロと、守護の翼の特色を踏襲するものの、しかしそこにアレハンドロのような一般市民は一切存在せず、要塞「都市」としての機能はない。ブリーダーのみで構成され、サームが設置されることによって有事の対応も迅速になされることが期待された。
こうして、クヴァール対岸の防衛ラインは新たな鎧を身に纏い、生まれ変わる。
そう、『要塞』として――。
しかし、そううまくいくものではない。
要塞のメインとなる部分が完成間際となった今、山頂に建設中の観測所や山脈周辺に飛行型モンスターが増え、海岸線でも海竜系やシャーク系の大型海棲モンスターが普段以上に目撃されるようになっていたのだ。
クヴァール島から距離のある海岸線でも、通常その付近では見られない海竜系の大型モンスターが目撃されるようになり、漁師達が海に出られないという状況に発展しているという。
それだけではない。要塞建設に技術と資材を提供しているヘイタロスの船や馬車がモンスター達に襲われ、陣との国境線やエピドシス周辺海域にもにもその影響が及んでいるのだという。
ブリーダーギルドではヘイタロスや陣にブリーダー達を派遣するべく動き始めているが、クヴァール対岸に至っては敵が目立った攻撃を仕掛けてこない以上、下手に先手を打つことは危険だ。しかしそれを放置することもできないため、手をこまねいていた。
「――常駐ブリーダーの数は、確か式典以降に五百に増員されていたな」
眉を寄せる老大臣に、別の老大臣が囁くように語り始めた。
「サームがなかったからな、非常時にブリーダーの援軍が来るまでの数日を凌ぐ必要があるからと、増員していたが――いっそ、この数を倍にしないかね」
「ほう?」
「ブリーダー数を倍にするだけではない。感覚としては沿岸要塞――海を渡ってくる敵への牽制的な意味も含め、ソーサラー及び狙撃手を若干多めに常駐させる。山脈北端の山頂に設置したクヴァール観測所の観測員は、飛行型エレメントをパートナーとするブリーダー主体、そして、海岸線には艦隊も待機させる。これは陸海空における監視体制の充実化という名目だ。そして、艦隊は――」
「常にクヴァールを向いて待機、か?」
「その通りだ。他にも可能な範囲で最初の計画よりも、その軍備を強固なものにする。クヴァール対岸に、戦力を集中させるのだ」
「‥‥なるほど? それは牽制か? それとも」
「――牽制、だ。それから、現在クヴァール側は式典から続く敗北で慎重になっているはずだ。今のうちに要塞建設もペースを上げていくんだ。ああ、もちろん‥‥メインとなる部分だけだがな。順調に進めば一月経たずして完成するだろう。それだけでもあらゆる意味で心強いというものだ。そして、手をこまねいていてもどうにもならん、海域調査も決行するように要請を出す。どちらにせよ、このままでは北部集落の生活にも関わってくるからな」
円卓に散らばる資料の類を軽くかき集め、老大臣のひとりが笑う。
これより数刻後、政府より管理局及びブリーダーギルドに各種異変への対応と、要塞への戦力補充の命が下された――。
■解説
情報1(小国及び建設中の要塞に関しますまとめ)
情報2(人型エレメントに関するまとめ)
情報3(連動シナリオ一覧)
●過去のイベントについてはこちらからどうぞ●
■NPCより
今後に備え、皆さんのお力をどうかお貸し下さい。 |
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