●干潮時のみ現れる祭壇
干潮になると洞窟の入口の大半が露わになる。水深はカティアの膝程度。ちょっと足を取られ、動きが損なわれるくらいだ。
先頭はイェーガーとイフェリア、二列目はカティアとレイリー、三列目は蒼威、四列目はオラースとアレス、そして最後尾はシュバルツとアシュレーという隊列だ。灯りはイェーガーとイフェリア、カティアと蒼威、オラースがランタンで、アシュレーが腰に括り付けた手回し発電ライトで確保し、ほぼ周囲をカバーする。また、レイリーが懐中時計で、蒼威がソーラー腕時計で時間を計る二段構えだ。
「足元が悪いので、滑ったり転んだりしないよう、皆さん、十分に充分に注意し‥‥」
「わきゃ!?」
イェーガーが伝えた矢先にカティアが転け、盛大な水飛沫を上げる。時間が惜しいので着替えるのは探索が終わってからだ。
入ってすぐに打ち捨てられた祭壇があった。
「移す前の、海の精霊を奉った祭壇ですね。海の平穏と大漁を祈願する祝詞が掘られています」
(「この妖精、うちのミューズに似てるな」)
祭壇には海の精霊や妖精を思わせるレリーフが微かに残っていた。シュバルツが祭壇に刻まれたセトタ語を読み取る傍ら、レイリーがレリーフを見ながらそんな事を思う。
祭壇自体はその機能を移されたのと、海水に浸かっていたので何も残されておらず、その横にある洞穴に入る。
しばらく真っ直ぐな通路が見える(「│」)。
「罠があったのかもしれねぇが、海水に浸かって使い物にならなくなったか?」
「これが噂の耐震偽造問題‥‥合掌」
床に罠の痕跡はあるが、肝心の罠自体はない。軽口を叩くオラースの前で、何故か手を合わせる蒼威。
通路はまだ真っ直ぐ延びている(「|」)。
「妙だな、ここはやけに上の方に横穴が多いな」
「‥‥!? ‥‥蒼威さん達はその場で止まって下さい!!」
満潮時の洞窟の様子を見ているアレスは、浸水の高さも確認済みだ。この洞窟も四分の三は浸水するが、四分の一は海水の影響を受けない。彼が浸水していない上の方を見ていると、複数の穴が見受けられた。
イェーガーは蒼威以下、後ろのアシュレー達を止める。どうやら、両サイドの斜め上の壁から複数の槍が飛び出す罠のようだ。特定の範囲の床全体がスイッチになっており、その範囲内に決められた重量が掛かると槍が飛び出す仕組みだ。
アレスのお陰で早期発見に至ったのと、海水が全員の重量を若干軽くした為、まだ罠は起動していなかった。
先ずイフェリアとカティアが先に進み、その後も二人ずつ通り抜けて事無きを得た。
すると、右手に脇道が見えてくる(「├」)。しかし脇道は細く、シフールでもなければ通り抜ける事は出来ないだろう。
「‥‥この亀裂は外に繋がっているようですね。微かに風の通りを感じますが‥‥罠らしい罠はないようです‥‥」
イェーガーはそう判断し、先へ進むが‥‥。
「!? 走るんだ!」
「きゃあ!?」
最後尾で罠の再確認をしていたアシュレーが叫ぶ。ワンテンポ遅れたシュバルツは、隙間から噴出した海水を浴びてしまう。咄嗟にライトシールドを構えたが、鉄砲水という程ではないものの、亀裂を抜ける間に圧縮された海水という自然現象では意味がなかった。
濡れ鼠だが、彼女も着替えは遺跡を出てからだ。
その先はT字路になっている(「┬」)。
「右側に落とし穴の罠があったようね‥‥!!」
「でも、落ちたら精神的に大ダメージだな」
イフェリアがランタンを照らして左右の通路を確認すると、右の通路を見て思わず息を呑む。右には落とし穴があったが、ダミーの地面を支える木の杭が腐食して折れており、落とし穴が姿を現していた。レイリーが彼女の後ろから覗き込むと、落とし穴の中には海辺の気色悪い虫がわらわら蠢いている。流石にレイリーでも近寄りたくない。
左に進むにつれ、海面を何かが叩く音が聞こえてくる。
「干潮まで残り時間が半分を切った。どうするカティア?」
「この先で終わりにしましょう」
蒼威が残り時間を確認するとレイリーも頷く。最終的な決定はカティアへ委ねられると、彼女はこの先の調査で終わりにすると決めた。
左側の通路の突き当たりはちょっとした空間が広がっており、その中央には潮だまりが出来ていた(「□」)。
「‥‥『生贄の祭壇』と刻まれていますね」
「ヤツだ! 全員灯りを消せ!」
シュバルツが入口の壁面に落書きのように書かれたセトタ語を読むと同時に、オラースの声が飛ぶ。おそらく干潮時に迷い込んだのだろう、鮫がいたが、鞭のようにしなる触手でその体を叩き、補食しているシーウォームの姿があった。
打ち合わせ通り、オラース以外のランタンのシャッターを閉じて灯りを消す。アレスとレイリーが得物にオーラパワーを付与していき、アシュレーは自らにウォーターウォークのスクロールを使う。
「おら、こっちだ!」
オラースがランタンを持って潮だまりに沿って駆けると、彼目掛けてシーウォームの全長8mにも及ぶ巨体が突っ込んでくる。元々大きいだけに、オラースにとってかわすのは訳はない。
だが巨体故に皮膚が厚く、攻撃が効きにくいのもまた事実。アシュレーとイフェリア、蒼威の、比較的軟らかい部分を狙った援護射撃の元、レイリーのレオンの双牙とアレスのサンショートソード、シュバルツのハンマーによる重い一撃とオラースのサンソードの重さを乗せた一撃、カティアの攻撃を受けても、ピンピンしている。イェーガーが鎖分銅を体に絡ませて動きを止めようとしたが、逆に彼が潮だまりへ引きずり込まれそうになるくらいだ。
しかし、オラースの囮作戦は功を奏し、持久戦となったが、シーウォームは彼に一撃も浴びせる事なく、その巨体を地に臥せる事となった。
この空間は海の精霊へ供物を捧げる、精霊使いしか知らない秘密の場所のようだ。供物といっても人の生贄ではなく、海では獲れない陸の動物が主だったものらしい。
祭壇を探したり、シーウォームの腹を捌くと、儀式の時に使う香油(今で言う香水)や精霊使いが装飾品として使っていたであろうシルバーリングや羽扇が出てきたので全員で山分けした。
残念ながら魔法の品は無い事から外れだったかもしれないが、中には妻や恋人へのプレゼントが手に入った者もいるだろう。
帰る途中でランタンの油が切れ、油の予備を持ってきていなかったイフェリアはアレスから油を買い取って補給しつつ、干潮までに遺跡から出られたのだった。
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