上座に座る伯は静かに開会を宣言した。
「この様な形で会議を開く事に到ったのは、既に知っての通り、ショアを襲った空飛ぶ怪獣への対策を考える為だ。そこで先日、陛下に願い出、トルク王に謁見を求めた。そして、ゴーレムグライダー2機の購入と、その緊急性故のご理解を戴き、早期完成分からの引渡しをお約束戴けた。ただ、その運用面からの問題がある。その辺りは、カリメロ殿が詳しいのでは?」
ゴーレムグライダー導入に少なからず、動揺する空気。レイナード子爵はそれらを小馬鹿にする様に鼻で笑い、恭しく起立した。
「只今の件、日々の維持管理が問題になると思われる。何しろ、ゴーレム技術は秘中の秘。私も陛下から1機お預かりしている身ではありますが、定期的にトルク王の工房まで運び、点検を受けませんと。こちらもその様になさる訳で?」
「致し方無い。ゴーレムニストを派遣する事は難しい様だ。トルク王の工房に到っては、諸侯からの注文をこなすだけで精一杯との事。陛下においてもお手元にゴーレムニストを置く事が叶わぬ現実。トルク王の独占管理は、王として当然の事とは思う。今後、粘り強く交渉する必要があるが、トルク王はその供給と維持を盾に、その発言力を更に増して行くであろう」
そこで伯は言葉を区切る。
「話がそれた。ゴーレムグライダーの件で、意見のある者は無いか?」
ようやく話がこちらへ来たと、数名が挙手する。真っ先に指名されたのは、アリルであった。
「巨大生物はグライダーの哨戒等で早期発見が肝心に思う。簡単な救命具とか信号用の発煙筒みたいなモン常備でどーだ?」
頷く諸侯。
「アリル卿の意見は尤もだ。その為のゴーレムグライダー導入である」
伯は次にフラガ卿を指名した。
「先日の巨大生物接近の折、情報が錯綜し、事態を把握できたのは、件の生物が飛び去った後であったように見受けます。そのため迎撃の際には散発的な攻撃のみで、組織的な迎撃が出来なかった点は大きな反省点です。状況の把握は、有事の際、最重要課題です。どれほど強力な武器を揃えようとも、それをどこに向ければ良いのか分らなくては宝の持ち腐れとなりましょう。対応策として、風信器とゴーレムグライダーによる通信・連絡網の構築を提案します」
「情報を制する者が、大局を制す」
ボソリとギルが漏らし、一同ちらりと見るが、伯は話を進めた。
「卿の意見は尤も。今回、ショアを怪獣が襲撃する半日前に、馬を襲われた話が後から出て来た。その後、ゴロイへ出没し、怪物はショアを襲撃している。狼煙やかがり火で急を告げ、湾全体で動く体制をとる前に、怪物はショアを襲い、夕闇に消えたのだ」
そこで商人のキノーク老人が挙手。
「風信機なる物は、通信出来る距離が限られているという事を聞いた事が御座います。それで湾全体をカバーするとなれば、かなりの台数が必要になるのではありませぬか?」
すると、伯はそれに頷きつつも話をする。
「それは各地の経済的な差異もあり、急ぎその様な魔法の品を揃える事は難しいであろう。取り敢えずは従来どおり、狼煙とかがり火によるネットワークを中心に、早馬、そしてゴーレムグライダーを加えた哨戒活動に頼る事になろう。キノークよ、風信機購入の件は、お前の方で相談に乗って貰いたい」
キノークは恭しく一礼した。
次に天界人のレオン。
「要は巨大生物が飛ぶ事より、領地に被害が及ぶのがまずいんだよな。なら、エレメンタルキャノンって大砲もどきはある程度有効だと思うぜ。空飛ぶ巨大生物や海中の巨大生物には近づくのは難しいし危険だろうからな」
頷く諸侯に、続けてリュードが発言の許可を求めた。
「その特徴は、大型ゆえの脅威、飛行による急接近、無作為な捕食行動、生命保全第1、以上の4点が考えられます。これに対し、早期発見、正確な状況の分析、整備された避難所への適切な誘導、追い払う事を目的とした迎撃、以上の4点が被害を最小限に食い止める為に必要と思います」
これに一同、得心がいった様子。
「飛行生物の視野内に体を晒すことで襲われるため、地下や建物に避難したり偽装したりする避難体制を準備。追い払う為でも巨大飛行生物が傷つくだけの威力のある攻撃でなければ危険を感じて逃げ去らない。出現の報を受けたら駆けつけて迎撃する機動迎撃隊の運用が望ましい。機材、人材、法整備が必要。そのための武器としてのゴーレム機器とエレメンタルキャノン。つまりは、エレメンタルキャノン装備のフロートシップか、ゴーレムが船上で活動できるフロートシップが必要かと」
するとギルがやれやれと言った口調で割って入る。
「どこもかしこも、ゴーレムゴーレムと‥‥そんな金がどこにあるのかね? フロートシップが幾らする? よしんば、そんな物を欲した所で、伯程度の後ろ盾では、叛意ありと疑われてどこぞの侯爵や、子爵の様に潰されるのがオチであろう」
「そうはならぬ。手に入るのならば理想的だが、現状何が可能かを探る事がこの会議の意義。確かに、海戦騎士団への導入は後回しにされているが、それもこれもギル殿の率いる海戦騎士団が問題無くシムの海を治めているからではないか」
そこで言葉を止め、伯はギルをじっと見やった。
「よしんば、手に入った所で、維持管理運用が出来ぬでは、それこそ宝の持ち腐れ。ただし、それは各諸侯も同じ事。その様な不満が募れば、いずれは外に出さねばならぬ技術。そうなった時に王としての器量が試されもしよう」
次に巨大な羽が引き出された。
外観は茶色い鳥の羽なのだが、その大きさたるや子供の背丈程。
「これが、先日、ショアを襲った怪物の羽だ」
伯の説明に一同立ち上がって見入る。
そして、ジ・アースの神官服をまとったモニカが恭しく一礼。
「これは、ロックと言う巨大な鷲の怪物ではないかと思います。私が山海経等の資料を調べましたところ、大型の家畜を狙う恐ろしい怪物であると」
すると幸助が言葉を継ぐ。
「鷲のモンスターなら、海で餌を獲る事は困難だろうから、漁師、馬、家畜が狙われるでしょう。地元の漁師が身を守る方法として、火の出ない煙による狼煙による警告と、海に潜ってエサを取る習性が無い事から、船から海に飛び込み海中に逃れる方法を提案します。また、船の回収、撃退の為のゴーレムシップの配備を進める事を提案します」
「うむ。その身の護り方は、各地に持ち帰り伝えて貰いたい。火の出ない狼煙というのも、どの様な物か後で教えて貰いたい。また、ゴーレムシップは普通の帆船からの改装はそれほど困難では無いらしい。が、超えなければならない壁は、その技術がトルク王の秘中の秘である、という事だ。エレメンタルキャノンに関しては、炎の精霊砲ならば、この城にも2門ばかりある。これは、ランのラース伯を通じて購入した物だが、その運用に関してはアルフレッド、お前に預けてあるディアーナ号で試験運用を頼みたい。ギル殿、その際は貴君の艦隊に同道願えないだろうか? スターフィッシュ、ガーナード、シーアチン、カトルフィッシュ、今、港に停泊中の貴君が率いるどの船も実戦経験豊富な船員と騎士達が乗っている。互いに得る物も大きかろう」
「ふん‥‥、こっちの船員も訓練させて貰えるなら、悪い話じゃないな。だが、海賊相手のドンパチに何人死んだって、こっちに文句を言って貰っては困る」
「その辺は艦長も判っていると思う。良いな、アルフレッド」
「ははっ」
初老の男爵は畏まって一礼。次いでギルへ一礼した。
「伯の艦隊指令代行、及びディアーナ号の艦長を務めております、アルフレッドで御座います。細かい打ち合わせを後ほど、お願い致します」
「まあ、胸を貸してやろう。覚悟するんだな」
ニヤリと笑みに頬を引きつらせるギル。古傷の性か、ぞっとする顔になる。
「煩わしい障害と思ったら逃げてく獣も、こっちを敵と認識したら逆に攻撃しかけてくるかもしれない。昔から手負いの獣は危険って言うもんな。できれば、音の大きい虚仮威しの兵器でもあればいいんだが。天界では、鯨を音で追い払うような装備を付けてるしな」
「精霊砲は移動する目標に当てる事が難しいため、倒すには向いていませんが、追い払う為の威嚇としては、ある程度の意味があると思います」
レオンとセオドラフの言葉に伯は穏やかな表情で頷いた。
「地のエレメンタルキャノンなら、グラビティキャノンの属性を持つ弾を作成し、海に叩き落し羽を濡らして飛べなくさせ包囲仕留める事が出来ると思います」
幸助の発言に、紀子が手を挙げた。
「精霊砲って奴は、精霊力を収集してある意味結界の中に閉じ込めて打ち出すんだろう? 魔法みたいに力の指向性を定める細かいものと違って、精霊力の固まりをぶつけるもっと単純な物だよ。だから精霊の性質によって効果が違うんだよな。水風土に比べて、火は他を浸食する性質が強い。だから普通は火の精霊砲しか作ってないらしいな」
「攻撃より先に、出来れば相手に敵意があるか確かめてぇ。薮蛇は避けてぇし」
壁際に背をもたらせ、天井を見上げアリルがこぼした。
「生物であれば、嫌いな音とかあるでしょう。竜の他に、意思疎通の出来る大型生物は存在するのでしょうか? 共存する事は可能でしょうか?」
質問と言った感の発言がリールからなされ、これにマリンが答えた。
「は〜い! 以前、鯨にテレパシーでお話したウィザードがいましたね。でも、みんな縄張りがあるから、他所のテリトリーに入り込んでまで獲物を狙うのは、何か訳があるんだと思いま〜す☆」
「何か訳ねぇ〜‥‥うっ」
アリルは伯がこちらを見、ニヤリとするのと目が合った。
(『第1回東方小貴族会議』より)
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