■バックナンバー

■03月01日発行分
 
■03月01日発行

 目覚めよ! 誰かが心を突つく。
  数多の天界人が降りてウィルの人士は多士済々。異世界からもたらされた様々なものが、ウィルの歴史を変えて行く。天界人の存在が、澱んだ時の流れを動かして行く。

01月30日 異世界の宴
  フラウ家のパーティー、天界人多数を招き開催さる。素晴らしき『蒼穹楽団』の名はあまねく知れ渡られり。

(『薔薇のしらべ1』より)

その大半が未知の世界から来た冒険者達に強く興味を持ちつつも、会話のきっかけを掴めずにいる貴族達へ、お近づきの印に、とリュイスとセレスは曲をプレゼントすることにした。
  まずリュイスがパーティ主催者のフラウ夫人に挨拶をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。自分は、蒼穹楽団の楽団員をやっております。ただ今、人数はそろっておりませんが、各団員の演奏や歌唱技術は一般より高いと自負しております。ご縁があればこれからもお付き合いのほどを‥‥」
  礼服に顔の上半分を覆うマスク、そして黒の手袋という姿の彼は、フラウ夫人や他の貴族達から見てかなりミステリアスだった。その隣には年齢不詳の輝く金髪のエルフがいる。顔立ちが幼く見えるため、いったいどれくらいの年齢なのか見当がつかないのである。
  そのエルフであるセレスが続いて一礼した。
「皆様、お初にお目にかかります。私、しがない楽士のセレスと申します。今宵はご招待いただき誠にありがとうございます」
  基本的に好奇心旺盛な貴族達は、二人がどんな曲を奏でるのか興味津々に見守った。
  リュイスもセレスも竪琴を扱う。二人は視線を交わし呼吸を合わせると弦を弾きだした。
  事前に軽く打ち合わせをしただけの、ほとんど即興曲である。こういうことができてしまうのも、二人の技術力が高いからである。
  時には同時に、時には掛け合うように曲を重ねていく。その音色に会場は一時話し声が途切れた。
  彼女達の反応を見て、リュイスは少しだけ歌も交えた。まだセトタ語をそれほど使いこなしているわけではないので、簡単な言葉を用いてつなぐ。セレスもそれに合わせる。
  言葉と曲が清浄な世界を作り出したかのようだった。

音楽は世界共通語。想いは遙かな時を越え、心の中に飛んでくる。誰も信じたくない時、ひとりぼっちの夜、涙がなぜか出る時。母の声のように、優しく包む物がある。
  蒼穹楽団の面目躍如。この夜、天界とアトランティスを隔てる壁は消え去った。心の壁は消え去った。

02月03日 オットー卿蛮族を撃退す
  討ち果たした敵、約40。王勅を奉じオーグラ討伐に赴きしオットー卿。見事大任を果たしたり。

●囮

「こっちだこっち、‥‥もうすぐ美味しい餌に辿りつけるよ!」
  血と汗を流し誘導し、仕掛けておいた罠にかける。シルバーのマジカルミラージュやフォレストラビリンスで集団を森の中に分断し、少しずつでも戦力を削ぎ落としていく。
「この分だとお膳立てはまずまず。後続はエッツ隊が断ってくれているし、連れて来た50も30までは減らせたか? ‥‥行くぜ子猫ちゃん。美味しく頂いてくれよ」
  ジルが丘の方を見上げる。見極め、合図を送る。
「散開! 味方にやられるなよ!!」
  キール隊が左右に散開し、オーグラの前景が開けた。
  本隊の展開する陣地。そこから放たれる矢が彼らの眼前に迫る。
  しかしオーグラたちは臆することなく、いやむしろより勢いを増して前進していく。
「なんとか、隊は、任務を果たせた、ようね」
  見張り任務から戻り、合流してきたヘルガが息を切らしながら呟くと、馬上からヴァラスが声をかけてきた。
「おいおい、ここからがオットー殿に働きを見せるチャンス。まだまだ戦はこれからだぜぇ?」
「わかってる。ジルさんもまだ、戦ってるし、後方からのサポートくらい‥‥」
  キール隊でも余力のあるものは本隊に合流してオーグラたちとの本格的な戦闘に入っていた。
「狂化なんぞして足手まといになるんじゃあねえぞ、このクソッタレ混血種がよォ〜、ハーフエルフの癖に色気づいてんじゃねーぞムキキキ。‥‥と、逃げの一手〜!」
  言うが早いか、ヴァラスは馬を走らせる。オーグラが近づいてきていたのだ。彼が今回見せようという働きは戦いではない、らしい。
  取り残されたヘルガがぶつぶつと呟きながら身を振るわせる。
「あ、あ、あ、あんですって〜!!」
  大音声が鳴り響いた。聞きつけたジルが振り返ると、狂化したヘルガがオーグラに対して暴れまくっている。幸い周りに敵しかいなかったので結果オーライ、だろうか‥‥。
「ふむ。ヘルガちゃんて、戦いになると怖い子‥‥なんだな」
  ぼそり、ジルが呟いた。
  やがて苦戦しながらも陣地の罠、各隊の奮戦はこのオーグラの第一波を突き崩し、キール隊が分断していた敵の到着という第二波もエリル隊の横撃が退け、戦は掃討戦の様を呈し始める。
  ぐううううう〜。
  ヘルガは自分のお腹の音で我に返った。
「‥‥おなか、空いた」
  気がつくと体中が痛いし、ものすごく疲れている。なによりお腹が‥‥。
  荷物を漁ってみるが、保存食のストックが尽きていた。周りを見ると、掃討戦に参加せず、同じようにお腹を鳴らしているレインフォルスと、疲れ果ててか木に寄りかかるシルバーの姿が目に入った。
「おいおい、腹が減っては戦はできねえぜ?」
  いつの間にか側にいたヴァラスが、嬉々としながら食料を目の前にぶら下げている。
「欲しいのかな? 恵んで欲しいのかナ?」
  屈辱に身体をぷるぷると振るわせるヘルガと笑うヴァラスのやりとりを見ながら、シルバーは痛感していた。
(「肉体を酷使する依頼では、充分な食料の準備は必要不可欠。金があっても調達する時間があるとも限らない、か‥‥」)

(『初めての蛮族討伐D【支隊1】』より)

血を流すより汗を流せ。賢者は先に思い愚者は後に思う。真に思慮の差が明暗を分けん。シルバー・ストーム(ea3651)の勲(いさお)、当に君が知嚢にあり。

 02月05日 ジーザム陛下、馬車を引き給う
  昨夜、王宮にて催されしマリーネ様主催の宴にて一大珍事あり。分国王ジーザム陛下、咎人を哀れみて馬車をお引きあそばされる。騎士の中の騎士のたる陛下の御業は、領主たる者の範たるべし。

●ジーザム馬車を引く

  不良冒険者への辱めはますますエスカレート。舞台が取り払われ、馬車が持ち込まれる。
「これより不届きなる猫めに、へとへとになるまで馬車を引かせてご覧に入れます」
  貴族の馬車である。小型だが馬に牽かせるだけあって重たい。マリーネが意気揚々と馬車に乗る。
「さあ、お前たちもお乗り」
  誘われて、侍女たちもはしゃぎながら乗り込み、馬車はますます重たくなる。
「さあ、お牽き!」
  高飛車に命じるマリーネ。タンゴが牽き具を抱え、歯を食いしばって1歩2歩と足を進め、馬車の車輪がごろりと回り、途端にタンゴの足が滑った。無様に転んだタンゴに嘲笑の嵐。さらにマリーネの嬌声が追い打ち。
「あはははは! 怠けないで馬車をお牽き!」
  その有様を見て、セデュースは嘆息。凝らしめは程々にしてタンゴに名誉回復の機会をと思っていたのだが、その頼みをマリーネは聞き届けなかったのだ。
  アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)も離れた場所から様子見。ルカードは何をしているかと目をやれば、分国王に一礼してテーブルを離れるのが見えた。すかさず彼女はルカードに近づき、声をかけて迫る。
「女性をあの様にして辱めるのがこの国の騎士道なのか」
「少なくとも私の騎士道は違う。かくのごとき辱め、分国王と席を同じくして見物するには堪えぬ」
「今の言葉、マリーネ姫にも聞かせてやりたいものだ」
  ルカードは何事か言いかけた。だが言葉は出ず、黙って唇を噛む。
「誰か、彼女の代わりに馬車を引く、強く逞しく義侠心に篤い騎士の中の騎士様。偉大なる君主にして吾らが主、エーガン大王陛下の第一の家臣として、大王陛下の次に万歳と、並び褒め称えられるに相応しい真の騎士様はいらっしゃいませんか!?」
  馬車の前で博士が呼びかけている。彼こそはこの処刑方法の考案者。しかしながら真に憎い口上である。その声を聞き、ルカードの足が馬車に向かう。野心あふれる若い騎士や、誉れ貴き幾人かの騎士も歩み出る。だが、彼らの歩みは突然に止まった。
  分国王ジーザムまでもがテーブルを離れ、馬車へと歩んで来たのだ。見守る誰もが息を呑む。度の過ぎた羽目はずしぶりにお怒りになったか? その顔はかつて見たこともない程に険しい。
「あ‥‥!」
  ジーザムが牽き具に手をやり、肩に担ぎ上げた。その渾身に力がみなぎり、皆があれよあれよと見守るうちに馬車が動き出す。1歩、2歩、3歩、4歩、ジーザムの歩みを止まらない。気がつけば馬車は大広間を出て、その先の広い廊下へと乗り出していた。
「ジーザム陛下! ジーザム陛下!」
  馬車の上でマリーネが泣き叫ぶように声を張り上げる。大広間にいた者たちも、分国王の名を呼びながら大慌てで後を追う。騒ぎを聞きつけてやって来た衛兵たちも、馬車を引くジーザムの姿を見るなり、その後を追いかけて行く。
  馬車は城の中を一回りして、大広間に戻って来た。
  馬車を止めるや、勢いよく牽き具を床に投げつけるジーザム。マリーネが馬車から飛び降り、ジーザムの前にひれ伏す。そして侍女たちも。しばし、息の詰まるような沈黙が続く。
「マリーネよ」
  ようやく発せられたジーザムの声は、驚くほど穏やかだった。
「民を率いて王道を行くとは、重き馬車を牽きて長き道を歩むが如し。そなたもその事をわきまえても良き年頃であろう」
「お言葉通りでごさいます、陛下」
「いつかそなたにも、重き馬車を牽きて試練の道を歩む時が来よう。その時のために、今日のことを忘れるでないぞ」
  そう言葉を残すと、ジーザムはマリーネに背を向け、遠ざかってゆく。
「ジーザム分国王陛下が御退出なさいます! 分国王陛下に敬礼!」
  マリーネの声が響く。皆が敬礼する中、ジーザムは大広間を退出。お供のルーベンもそれに続いた。
「ジーザス教の聖典に、次の言葉がある。『いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい』とな」
  アルクトゥルスのさりげなく呟きを、ルカードは聞き逃さなかった。
「まさしく、それが騎士道だ」
  ジーザムの姿を見送りながら、博士は中国で上演される芝居の一場面を思い出す。
――太公望は車に乗り、文王に車を曳かせた。文王は280歩で、梶棒を落としてしまう。太公望は「すぐ拾い上げて曳き続けよ」と叱咤する。再び曳くが、後ろから助ける者がいる。449歩で目がくらんで尻餅をついてしまう。この結果、周の天下(西周)は280年続き、挫折する。その後再興し(東周)449年続くが、この時は常に覇者の助けを借りければならなかった。――
  王が馬車を引いて歩いた歩数が王朝の続く年数。もしもジーザムがウィルの国王となれば、その王朝はさぞや長く続くやも知れぬと思った。

(『寵姫マリーネの宝物1』より)

 宴会の余興の晒し刑。一人の女性の咎を代わって、分国王自ら馬車を引く。
  義を掲げ仁を説き、重き荷を負いて王道を進む。王の歩みは、重く厳しい。