見上げる顔は皆、一様に輝いている――つい先日まで、この町で起きていた数々の悲劇など、忘れた様に。
いや、忘れた訳ではない。忘れては、ならない。
けれど、今だけは‥‥新たな一歩を踏み出そうとしている、この時だけは――
この日、エピドシスは長きに亘って固く閉ざして来た扉を開ける。
最初は、ほんの少し。
まずはカルディアとの国交を樹立する事が、その第一歩だ。
その調印式が、もう間もなく始まろうとしていた。
「‥‥本当に‥‥私で、良いのでしょうか‥‥」
バルコニーの柱の影から、歓喜に沸く群衆の姿をちらりと覗き見たエフィオラは、そこから逃げる様に、静かに室内へと後ずさる。
エフィオラは、迷っていた。
自分は女神などではない。
ただ、友に乞われ、女神としてその役割を演じて来ただけ‥‥
その友を失った今、このまま女神を演じ続ける事は、果たして許されるのだろうか。
「エフィオラ様」
その背に、そっと声をかける者がいた。
振り向いたエフィオラの目に、長い黒髪を背に垂らした若い女性の姿が映る。
それは、七賢者のひとり、メルキーナ・メティオス。
いや、組織が解体された今では、もう賢者ではない――エピドシス新政府の実質的な代表者、統括官だ。
「あなたでなければ、ならないのです」
メルキーナが言った。
その表情に賢者であった時の険しさはないが、生真面目な固い表情は相変わらずだ。
「確かに、大神官や我々賢者達は過ちを犯し、その体制は崩れ去りました。しかし、今迄の全てが悪しき事、捨て去るべき事であったとお考えならば、それは誤りです」
彼等の罪は、穏やかに暮らすエレメント達を虐待し、その心の平穏を乱し‥‥そして、命を奪った事。
けれど、エレメントを神と崇める心優しき人々の信仰まで否定してしまう事は早計だった。
「いずれ、外からの情報が入る様になれば、人々の意識も変わっていく事でしょう。ですが‥‥その為には時間が必要です。自然に変化が起きる、その為の時間が」
今はまだ、その時ではない。
「エピドシスの民には、女神が必要なのです。この国の、人とエレメントが共存し、互いに尊重し合う社会‥‥その象徴として」
「でも‥‥」
エフィオラは真っ直ぐに自分を見つめるメルキーナから、ふと視線を逸らした。
「アンジェも、そう言ったわ。この国の皆の為に、女神というシンボルが必要なんだって‥‥」
しかし彼女はただ、自分に都合の良い様に女神という存在を利用していただけ。
国の事を考え、人とエレメントの未来の為にと言っていた、それは‥‥全て偽りだった。
「まだ、信じられない。信じたくはないけれど‥‥それが、本当の事‥‥なのでしょう?」
「‥‥残念ながら」
メルキーナは揺らぎのない視線を、じっとエフィオラに据えていた。
「もし、また同じ事が繰り返されるなら‥‥我々が貴女をただ利用するだけだと、貴女がその様な結論に達するなら‥‥」
ひと呼吸置いて、メルキーナは言った。
「我々は、神の怒りを甘んじて受け入れましょう」
「私は‥‥」
「いいえ」
神などではない、そう言いかけたエフィオラの言葉を、メルキーナが遮る。
「あなたは神です。神とは何か、それを問答するつもりはありませんし‥‥正直、本当の所は私にもわかりません。しかし、これだけは言えます」
神とは、心の拠り所なのだ――少なくとも、このエピドシスに暮らす人々にとっては。
その中でも、女神は母の様な存在だった。
「人々を優しく包み込む包容力と、彼等を導き、足元を照らす灯火ともなれる強さ‥‥貴女には、それがあります」
メルキーナは、エフィオラの華奢な手をとり、そっと自分の両手で包み込んだ。
「‥‥一緒に、もう一度‥‥歩きませんか?」
もう一度、ヒトという存在を信じて欲しい。
「私も、この国の裏で何が行われているのか、全てを知りながら‥‥長い間、見て見ぬふりをして来ました。その罪は、償わなければなりません」
女神とその友が、最初に目指したであろう、その理想を体現する事‥‥それが、メルキーナにとっての償い。
「それに‥‥エフィオラ様。貴女も、ただ飾られているだけでは済みませんよ」
メルキーナが、ふと悪戯っぽく微笑む。
それは、今まで誰にも見せた事のない、彼女の本当の顔。
「貴女にも、統治者として様々な事を学んで頂かないと」
「え‥‥?」
「私と、ヒールのシーラ・ウィルが補佐に付きます」
シーラもまた、為政者として残る事で償いとする道を選んだのだ。
もっとも、その真意は相変わらず霧の中だが。
「‥‥さあ、行きましょう」
メルキーナがそっと促す。
「貴女の民に、女神の祝福を‥‥そして、扉を開けましょう」
そして、神殿前の広場を埋め尽くした人々が見守る中、カルディアとエピドシスに正式な国交が締結された。
カルディアの代表、国王の名代としてエリューシア・リラ・ジュレイガーが自らの名を合意文書に書き記す。
その隣に記されたのは、女神エフィオラ――エレメントでありながら、その長として人の上に立った初めての存在――の名。
ここに、エピドシスの、そして人とエレメントとの、新たな歴史が始まる事となった。
●補足1
・大神官及び賢者達の処遇について
■大神官アンジェリカ・エピドス
一度は捕われたものの、改心を願う女神エフィオラによって仮釈放される。
しかし、3人の元賢者クレア・グランツ、ミリアム・シンクレア、カタリナ・シンクレアと共に失踪。
現在、行方を捜索中である。
■リデル・マイヤー
■メグーラ・ラスティ
上記二名は態度保留中につき、引き続き身柄を拘束中。
メルキーナやシーラの様に償いの意思があれば、復帰も検討。
●補足2
・カルディアとエピドシスを結ぶ航路について
一日二回、朝と夕方に島を取り巻く海流を調整。大型船の出入りが可能になった。
ただし、現状は正式な国交のあるカルディアとの往来に限られる。
前回のOPはこちら
■解説
情報1(連動シナリオについて)
情報2(エピドシスについて)※09月10日更新
情報3(七賢者について)※09月25日更新
情報4(連動シナリオ一覧)※10月19日更新
前回行なわれたエピドシスでの戦いについて
■NPCより
沢山の事が変わっちゃって女神様も大変なんだろうけど また何かあれば私達が力を貸すから大丈夫! ・・・さーて。 ご飯いっぱい食べるぞー! |
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