■エピドシス解放戦線 「雲霞」

●重なり合う静寂
 霊峰アルタミナという揺籠に抱かれていた赤子は、音もなく外の世界へとその身を滑らせた。
 ――人々が『ヨロウェル』と呼ぶもの。
 ――ラアが『マーヴェラスグロリア』と呼ぶもの。
 大地を奪う、両腕を持つもの。
 赤子は怖れることなく――その表情からは何もうかがい知ることはできないが――そろりそろりと山肌を伝い、まだ知らぬ世界へと引き寄せられていく。
 まるで海にさえ見える、どこまでも続く草原を目指して。
「‥‥揺籠の外はどうだ?」
 先導するように舞うイーグルドラゴンの背の上、ラアが熱の籠もらない声で言う。
 赤子は何も返さない。
 ただ、自らの誕生の瞬間に立ち会った存在を、決して追い抜こうとはしなかった。
 ラアの背を、ゆるりと追い続ける。じっとその背を「見て」いるかのように。
 イーグルドラゴンの羽音、赤子が風を撫でながら大気の上を滑る音、彼等に従い行軍するモンスター達の羽音、足音。
 目的は同じだが全く異なる音の群れが重なり合うことで、逆に恐ろしいまでの静寂すら生み出しかねない。津波も、雪崩れも、時に静寂を支配する。その静寂のあとに何が訪れるのか、誰もが本能の奥底で理解していた。
 ラアも、赤子も、そして彼等を待ち受けるブリーダー達も。
 ――そして赤子は、果てなく続く草海へと「着水」した。


●草海への出航
 ブリーダー達は、草海を航海する「船」を静かに見つめていた。
 再び首都を、そしてブリーダー達を飲み込むべく草原を進むモンスター達は、例えるならば巨大な船だ。決して折れてはならないマストはヨロウェル。風を読み、船を導く舵を取るのは――ラア。
 その様を見ていると、エピドシスへ上陸するための航海がもう随分と前のような気がしてならない。
 それとも上陸したのはただの錯覚で、本当はまだ激流の中で陸地を目指して進んでいる最中なのだろうか。
 だが、これまでに二度の大きな戦いがあったのは紛れもない真実で、そしてこれから三度目の戦いが始まることも決して夢幻ではない。
「さて、ここが正念場ですね」
 ルイス・マリスカル(ha0042)はコンバートソウルをし、迫る敵影をゆっくりと眺めていく。ほぼ同時に全てのブリーダー達がコンバートソウルを終えた。様々な想いを乗せ、パートナーが宿る武器を見つめる。
 エレメント――迫る敵影もまた、同じ存在。ヨロウェルも、そして恐らくはラアも。
「止めましょう‥‥。あれは‥‥悲しいだけです」
 てる(ha2105)は、きゅっと唇を噛む。
 これで終わる。終わらせてみせる。そして、白亜のエピドシスに再びの平穏を――。
 誰もが、その想いを抱いていた。
「ここから先は俺達の国! 一歩たりとも進ませぬ!」
 セイル・ファースト(ha0371)の声が草海に響き渡れば、まるでそれを開戦の合図とするかのようにラアの乗るイーグルドラゴンが降下し、モンスター達が天と地を埋め尽くす勢いでその数を増やし続ける。
「さて、もう一息です。前へ、進みましょう」
 にこりと笑い、カーリン(ha0297)の涼やかな詠唱が奏でられた。それを追うように、ソーサラー達が重ねる詠唱が敵影へと吸い込まれていく。
 そして放たれる幾筋もの光撃が、敵前衛中央を薙ぎ払っていった。
 ――エピドシス解放戦、最終ラウンドの幕が開く。
「道を拓きます! 皆、気を付けて!」
 密原帝(ha2398)が最前線を駆け抜ければ、頭上すれすれのところを、ラアを乗せたイーグルドラゴンが後方へと駆け抜ける。翼に触れた者は薙ぎ倒され、ラアが無造作に振り下ろした剣は彼を狙う矢を叩き落とす。
 その後方に、やはり大型の翼竜とウィヴル達を従えている。無数の連なる翼がラアと共に舞う。翼の機動力、統率の取れた動き、そしてそれを率いるラアの指示は、空を知り尽くしているとしか思えないものばかりだった。
「散れ」
 ラアが呟けば、ウィヴル達は離脱して最前線へと舞い戻る。そしてヨロウェルを目指す者達へとその身に纏った風をぶつけにかかった。
 その風と全く同じ陣形で、地を進む軍勢。空からも、地上からも、前方には抜ける隙がないほどの大きなうねりが押し寄せる。
 視界が開け、敵影がないのは後方のみ。このままブリーダー達を後方へと、最終防衛ラインへと押し込み、首都を制圧しようとでもいうのか。回りくどいやりかたのように見えて、しかし抵抗勢力を確実に潰そうというラアの冷静な判断が窺えた。
「ここが正念場か、必ず守りきってみせよう。‥‥ヨロウェルに必ず辿り着け!」
 バルク(ha3615)が叫ぶ。そして斧の先に魔石錬師から受け取った魔弾を括り付け、ヨロウェルを目指す一団の前方へと力任せに投擲した。
 爆炎が上がり、それを避けるように敵影が散る。だがすぐに左右からその穴を埋めるべくモンスターの群れが雪崩れ込む。そこに生じた一瞬の隙を射貫くのは、後方から浅野任(ha4203)とミゼリア・クラナッハ(ha3900)が放った矢尻だ。それを追い、次々に狙撃手達の矢尻が獣へと食い込んでいく。
「‥‥覚悟してね? 腕がある限り射掛けるし、腕が無くたって足掻きまくるから!」
 リィリ(ha0152)の放つ雷影もまた、同じように獣を抱き締める。
 雷を纏うもの、氷を纏うもの。流れゆく矢は様々で、もし夜であったならば流星のように見えたかもしれない。そしてそれらは距離が近い個体から順に魔力へと帰してゆき、やがて光の粒子が細く長い一本の道を作り上げる。
 ヨロウェルを目指す者達は、そこを一気に駆け抜けた。
 彼等の背を見送り、セリオス・クルスファー(ha0207)は呟く
「此処は護りきるよ、何があってもね」
「‥‥こんなところで負けるわけにはいかないよ、ね」
 そして、トリストラム・ガーランド(ha0166)が頷いた。
 上空から、ウィヴルが迫る。セリオスは静かに詠唱を始めた。周囲のソーサラー達も、セリオスの詠唱が何であるかを悟ると、それぞれに詠唱を始めた。彼等の詠唱が終わる前に、ウィヴルの風が撫でていく。しかし、その傷はすぐに癒される。トリストラムによって。
 そしてセリオス達の詠唱が完成すると、ウィヴル達を覆い隠すかの如く広範囲で吹雪が舞い上がった。
「はぅ〜、絶対の絶対、ここから先は行かせないですよ。だめなのですよー。ヨロウェルの討伐が終わるまでは、絶対なのです」
 土方伊織(ha0296)は舞い上がる吹雪の下を駆け、ブリーダー達の足元を擦り抜けていく獣達を追う。
「これ以上先には進ませない!」
 カナタ・ディーズエル(ha1484)も伊織に並んで駆け抜ける。
 獣の足が速いか、二人の瞬脚が勝るか。やがて追いついて先回りすれば、獣はなりふり構わず飛びかかってくる。カナタがその攻撃を受け流しつつ反撃し、脚力を活かして攪乱すれば、隙の生じた獣達に伊織が方天戟【朱雀】を打ち込んでいく。
 そのとき、ヨロウェルへと向かった者達に同行していたアスラ・ヴァルキリス(ha2173)が引き返してきた。
「最前線部隊、ヨロウェル到達! スィール撃破を始めました!」
 小さな体の奥底から放たれる声が、戦の喧噪を抑え込む。最前線部隊を進ませるべく、そして最終防衛ラインを死守するべく戦い続けた者達に、新たな力が湧く。
 それを聞きつけたのか、ラアが「は‥‥っ」と鼻で笑う。
 ラアを護衛するように常に周囲にあった翼竜達が降下を始めた。ヨロウェルへと向かうべく。
「ここから先へは行かせないよ」
「私とメアリができることは‥‥」
 翼竜達の進行方向に待ち構えていたのはサーシャ・クライン(ha2274)とリル・オルキヌス(ha1317)。真っ直ぐに翼竜達を見据えてサーシャが詠唱を始めれば、リルは静かに弓弦に矢を番える。
「‥‥穿ち吹き飛ばせ、トルネード!!」
 サーシャの風が、翼竜達に両手を広げて襲いかかる。翼を巻き込まれた翼竜達は途端にバランスを崩し、互いに絡まり合う。彼等が叫ぼうとすれば、その喉の奥へとリルが放った氷影が次々に飲み込まれる。激痛にのたうち、また仲間の翼と絡まり合う。
 そして、その翼をサーシャの風刃が引き裂いていった。


●霊峰へ
「これが‥‥霊峰アルタミナ‥‥」
 目前に迫った聖なる山を見上げ、誰かが溜息をつく。
 魔石の鉱脈があり、非常に強い魔力が凝縮されていると言われるその山肌のあちこちには天然の魔石が埋もれているのか、陽の光を受けて様々な色に煌めいていた。
 山頂付近を取り巻いている霧の様なものは、山の内部から湧き出た魔力だろうか。
「あの巨人は、この魔力を使って動いてるのかしら‥‥?」
 ペガサスに乗り、山の全容を上空から見下ろしたジェイミー・アリエスタ(ha0211)が呟く。
「山が動力なんて、やっぱりただの山ではないのかしら? それともなにかいる?」
 しかし、先程までヨロウェルが微睡んでいた筈の場所には魔力の霧が濃く渦を巻き、その向こうを見透かす事は出来なかった。
 その霧の向こうから、いくつもの影が滲み出る様に姿を現す。
「ウィヴルか‥‥!」
 ウィバーンに似た小さな飛龍。それに紛れる様に巨大なハチの姿も見える。
 そして‥‥
「やっぱり来たよ、ダンゴムシ!」
 黒光りした鉄球の様なものが、山の斜面を転がり落ちて来た。
 しかしブリーダー達はもう、初めて会った時とは違う。もう誰も、あれを足で蹴り飛ばしたり、剣でぶった斬ろうなどとは‥‥
「みんな、落ち着いて頑張るネ。ダンゴムシなんか、私がこの鉄傘で蹴散らしてやるネ!」
 夜壱(ha4693)が片手の鉄傘を振りかざす‥‥って、誰か止めて下さい。
「どいてろ、潰されるぞ!」
 上空から、やたら威勢の良い声が響く。
「え? 落ち着くのは私アルか?」
「ボールワームか。こいつは魔法に弱いんだよな」
 声の主はシフールのソーサラー、ロガエス・エミリエト(ha2937)。
 ロガエスは飛行モンスターの群れを巧みに避けつつ、転がる玉に向けて魔法を連発する。
「邪魔すんな‥‥! こっちは早く終わらせて帰りたいんだよ、失せろ!」
「ロガエスちゃん、無理はしないで下さいね‥‥」
 その姿を心配そうに見守るのはアリエル・フロストベルク(ha2950)だ。
 そんな彼女の前に、リーブ・ファルスト(ha2759)が立ち塞がった。
「あ、リーブ君‥‥」
 自分を守る背中に、アリエルはそっと加護の舞で守護の力を与える。
「リーブ君、ロガエスちゃん、皆さん‥‥生きて帰りましょう‥‥!」
「当たり前だ」
 後ろを振り向きもせずに、リーブが答える。
「こいつら、俺達を倒してヨロウェルの援護に行こうって腹か。だが、横槍は入れさせねぇ‥‥」
 リーブは降下して来た巨大なハチに攻撃を叩き込みつつ、巨人の追撃に向かった仲間達に向けて叫んだ。
「存分に暴れてこいや!」
 その声が彼等に届く事はないだろう。
 しかし、自分達がここで敵を食い止める事が、彼等の力となる事は間違いない。
 声は届かなくても、届くものはある筈だ。
「必ず霊峰を奪還‥‥そして皆と無事に帰る!」
 アルフレッド・スパンカー(ha1996)が言う「皆」とは勿論、他の場所で戦う者達も含めた全員の事だ。
「さて‥‥行こうか!」
 戦いはまだ始まったばかり。治療者としての仕事は、まだない。
 ならば、攻撃あるのみだ。
 アルフレッドはダークネスで敵の視界を奪い、味方の攻撃で地に落ちたものをシャドウバインディングで大地に縛り付ける。
「飛べることは有利なのです♪」
 敵をおちょくる様に自在に飛び回り、呪歌で動きを止めて回るのはシャクリローゼ・ライラ(ha0214)だ。
「後は地上組の方にお願いしますわ。みなさまがんばって〜っ!」
 行動を阻害されたもの達には、リーブやレイス(ha3434)、タチバナユウ(ha4796)、そして夜壱など、前衛のメンバーが直接攻撃で止めを刺していった。
「うぅぅ‥‥っ! 行くしか‥‥ないんだよねっ‥‥」
 シフールの魔石錬師クーナー(ha4246)が自らにディフェンシヴエレメントをかけ、ウィヴルやデスホーネットの群れをかいくぐる。
 恐いけれど、今はそんな事を言っている場合ではないのだ。
 クーナーはウサギの様な姿をしたモンスター達に向かって魔弾やポイゾンを投げ付けていった。
「車輪の姿が見当たりませんが‥‥あれは全てヨロウェルに付いて行ったのでしょうか」
 レイスの言う通り、エピドシス固有のモンスターが勢揃いしている中に、スィールの姿だけが見当たらない。
「あの車輪はヨロウェルの動力だ。こっちで食い止められりゃ良かったんだがな」
 リーブが拳を握る。
「だが、霊峰の奪還ができれば天使も終わりだ。奴にはもう、帰る場所はない!」
 おお、タチバナがなんか良いこと言った!
「そして富と名誉を手にするのはこの俺、タチバナだ!」
 でも、一瞬で台無しになった気がする‥‥。
 ま、悪い事ではないけれど。
 それが力になるなら、動機など何だって構わない。
 霊峰の頂上までは、あと少しだった。


●その翼に背負うもの
 翼竜達が墜ちると、ラアは表情を消した。
 そして、イーグルドラゴンの背から真っ直ぐ地上へと飛び降りる。
「‥‥上で待ってろ」
 静かに告げると、イーグルドラゴンはいかなる攻撃も届かない天空へと舞い上がった。それを見届けることなく、ラアは剣を構えて足を軽く踏み鳴らす。ラアの代わりにイーグルドラゴンを見送ったのは、レテ・メイティス(ha2236)。
「前回とは違うイーグルドラゴン‥‥ですね。空へと舞わせたのは‥‥何のためですか」
 しかしラアは答えない。視線も絡めない。ただ、足を踏み鳴らし続けるだけだ。
「‥‥奪われたくないなら、護れ。貴方がしているのは、奪い奪われる戦争。自覚がないのですか? ‥‥貴方は、身を挺して貴方の翼を護ったことは」
 ラアの注意を引くべく静かなる挑発をするレテだが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「‥‥ガタガタ、ぬかすな」
 耳元で囁く。ラアの膝が鳩尾深くに抉り込む。一瞬のことで、レテは状況を把握する間もなかった。がくりと崩れ落ち、地に両手をつく。そのときにはもう、ラアはレテから遠く離れた場所へと瞬脚で移動していた。
「立てるか」
 そう声を掛け、レテにリカバーを施すカイン・カーティス(ha3536)。レテは無言で頷き、大剣を杖代わりにして立ち上がる。
「ある程度の治療はできる。程々に、暴れてくるといい」
 カインのその言葉を背中で聞き、レテは駆け出した。
 重力波が、ブリーダー達を撫でていく。
 ラアは単騎で駆けながら確実に布陣の弱い場所へとグラビティーキャノンを撃ち込んでいった。その動きを拘束しようとする者は、それよりも先に足を縛られる。ラアが駆け抜けてしまえば拘束は解かれるが、しかしラアは視界から消えたあとだ。
 右手で剣を薙ぎ、左手でトンファーを操る。
 その進行を阻止するように石壁が現れれば下肢に力を込めて踏み切り、石壁を軽く駆け上がってブリーダー達の頭上高く舞い上がる。
 そして、重力の雨を降らせていった。
「意識を。保て。ここで。死ぬ。早い」
「はわ〜、目がくるくるなのよ」
 影山虚(ha4807)とコチョン・キャンティ(ha0310)が怪我人の手当や搬送に全力を尽くす。救護所に搬送された者達へは、少しでも気持ちを落ち着かせるようにと飲み物なども渡し、アストレア・ユラン(ha0218)が治療の合間にひまわりの唄で皆を包み込んでいく。
「みんな‥‥しっかり‥‥!」
 ルシオン(ha3801)も、治療と装備品の補修に駆け回る。一気に負傷者の数が増えたことに気づき、ルシオンは微かに眉を寄せた。
 しかしそれは、ラアの攻撃を受けた誰もが感じていることだった。
 明らかにラアの様子が違う。
 前回よりも口数が減り、前回のようにどこか余裕のある雰囲気も消え、最初から持ちうる全ての力を放出しているようにも見える。
 全身から発せられる殺気はすれ違う者を例外なく総毛立たせ、獣が持つ野生の怒りを放っているかのようだ。
 そして未だラアの攻撃を受けていない者達もまた、その脅威を肌で感じ取っていた。
「これ以上進ませるものか!」
 決して足を止めずにブリーダー達を薙いでいくラアの剣を、セイルが大剣で受け止めた。ラアはそのまま剣を押し込み、トンファーをセイルの喉元へと打ち付けていく。ヘビーアーマーで身を固めたセイルはその重い一撃を受けきると、力任せに大剣を振り抜いた。
 ラアはトンファーを引き、一旦後方へ飛び退る。
「絶対にここで止めるぞ!」
 セイルは共に防衛陣を築く仲間へと声をかける。ルオウ(ha2560)が、鳳美夕(ha0024)が、鳳双樹(ha0021)がセイルの脇を固め、ラアを真っ直ぐに見据えた。
 後衛でサポートを続けるユニ(ha2837)がエレメンタルパワーとグッドラックを次々に施していく。ラアの後方から飛来してセイル達を狙う巨鳥達を、ユーナ(ha2245)を始めとする狙撃手達の矢が迎え撃つ。サクラ・フリューゲル(ha0022)が皆の傷を癒せば、それが新たなる攻撃の合図となる。
「いくよっ! 双樹!」
「はい! お姉ちゃん!」
 美夕が、そして双樹が地を蹴った。ラアは口角を上げ、それを迎撃するべくやはり地を蹴ろうとする。だが小さな痛みが足首に走り、眉を寄せた。下草がその手を伸ばし、ラアの足を抱き締めていたのだ。セイル達に意識を集中した隙を突かれた。
「貴様が何を考えているかは知らんが、これ以上は好きにさせるわけにはいかん」
【RE】の月夜(ha3112)が扇を揺らし、生成した魔弾をラアへと放つ。ラアはその魔弾を避けようともせずに背中で受けるが、両腕は間合いを詰めてきた鳳姉妹を確実に捉え、押し返していた。
「ラア‥‥だっけ? 君にもお見舞いしてあげる! 兄妹スペシャルアタックだよ!」
 そう叫び、【RE】で共に進む兄のディーロ(ha2980)にエレメンタルパワーを施すジノ(ha3281)。ラアの足首を縛っていたのは、彼女のプラントコントロールだった。
「みんな、邪魔だよ」
 ラアは足を絡め取る下草を力任せに引きちぎり、攻撃の照準を完全にジノへと向ける。だが、眼前にルオウが飛び込んできた。
「へ! 行かせたりしねえよ!!」
 にやりと笑い、ファングブレードをラアの首筋へと突き立てる仕草をする。ラアがそれを受け止めるべく左腕を上げたとき、ルオウはラアの視界から消えた。
「確かにお前は強いだろう。単騎でどれほどのブリーダーを薙いだことか。だが、自らの強さに奢りがあるのではないか?」
 セイルの声が背後から響く。
 セイルとルオウの刃が、月夜の魔弾が命中して露わになった皮膚へと縫い込まれた。
「家のかわいい妹には手出しさせないよ〜」
 そして、ディーロが深く重い一撃をラアの脇腹へと叩き付けていく。軽い口調はしかし、妹を狙われた怒りをオブラートに包むことはない。
 攻撃を入れる瞬間のディーロの視線が、ラアを貫く。
「ニンゲン、調子に乗るんじゃねぇぞ! てめぇらみんな潰してやるよ‥‥っ! ブリーダーも、力の無い連中もな‥‥っ!」
 ディーロの剣をトンファーで絡め取りながらラアは剣を振り抜き、自らに近接攻撃を加える者達を薙ぐ。そして、詠唱を始めた――その瞬間。
「戦いなら私達だけと戦いなさい! 戦う術を持たない人達には近づけさせない!」
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)が剣を構え、ラアの左腕に斬りかかる。
「詠唱の隙は絶対に与えません」
「負けられるわけないでしょ!」
「ここから先へ行かせるわけには、いかないわ!」
 アスラの放った矢が、ロゼッタ・ロンド(ha3378)の雷光が、そして美山弥生(ha4355)の黒炎が、ラアの右腕を捉えた。
 ゆるりと剣が地に落ちる。
 ラアはその様を凝視し、そして自らへと攻撃を加えるべく詠唱を続ける者達を、矢を番える者達を、駆け出す者達を、ただじっと見つめた。
 ――負けるのか?
 意識せず、無意識の奥底からそんな感覚が湧く。前回の衝突時にはそこまではっきりと意識しなかった。ただ、空を飛べれば逃れられるのにと、それだけだった。負ける気は、しなかった。だが――。
 ラアはすぐにその感覚を打ち消し、左手のトンファーを眼前に掲げて腹の底から叫ぶ。
「来るなら来やがれえぇっ!」
 びりびりと大気を震わせ、その声は戦場に響き渡った。
「その言葉、後悔しませんね?」
 カーリンの笑みが、ラアを炎の渦に引きずり込む。サーシャの風が揺れる熱風を超えて足を裂く。再び詠唱を続ける彼女達を狙う獣達を駆けつけたレテが薙ぎ払い、その詠唱を守り抜いた。そして連続で放たれていく魔力の塊は、ラアに生じる隙を大きくこじ開けていく。
「終わりだ――!」
 セイルと共に、ルオウと鳳姉妹が仲間の魔法攻撃と矢の下を抜け、ラアへと斬りかかる。
 ラアのトンファーが、乾いた音を立てた。


●不倒の破壊神
 目の前に、ヨロウェルがいた。
「でかいな‥‥」
 誰かの口から、思わずそんな言葉が漏れる。
 こんなものを、果たして人の力で倒せるのだろうか。
 いや、躊躇っている暇はない。
 首都エフィオラを出発した仲間達は、既に戦いを始めていた。
「加勢するぞ!」
 号令と共に、ブリーダー達がヨロウェルを取り囲んだ。
「皆様のご無事をお祈りいたします」
「ぺちゃんこに潰されたって膨らましてやるさ! 安心して戦ってこい!」
 ラピス・ヴェーラ(ha1696)は祈りと共に、ライディン・B・コレビア(ha0461)は軽口と共に仲間を送り出す。
 そして、二人は戦場の隅に救護所を設けるべく作業に取りかかった。
「あの、手伝います!」
 ヴィレッサ・レクテアル(ha4793)やカフィラ・レッセ(ha4794)、戦場での経験が乏しい者達が二人の指示を仰ぎ、てきぱきと動く。
「ありがとう、助かりますわ」
「ボクは戦うことはできないけど、みんなを助ける事ならできるから‥‥」
「絶対みんなを助けるんだ」
 本当は、救護所なんて暇な方が良いのだけれど。
「‥‥ぺちゃんこは、御免被るね」
 ライディンの声を背中で聞いたルーディアス・ガーランド(ha2203)が、小さく肩を竦める。
「潰れるのは、あいつの方だ。一人じゃ無理な事でも沢山集まれば出来る。僕らの力、纏めて叩き付けるぞ!」
 その声に応えたのは【神雷】のメンバー。
 奇襲の初撃にヨロウェルの槍を持つ右手の肘を集中攻撃する。それで熱線による攻撃を封じるのが目的だ。
 合図と共にレイン・ヴォルフルーラ(ha0048)がライトニングサンダーボルトを、ワン・ファルスト(ha2810)と音影蜜葉(ha3676)がブラックフレイムを射ち込む。
「どいてどいてー!」
 フィン・ファルスト(ha2769)がヨロウェルへの道を開く様に、真空斬で敵を蹴散らし突き進む。
「‥‥びびってる場合じゃないな。俺のやれる事を、やってみせる!」
 蹴散らし損なった敵は、豊田泰久(ha3903)が潰していった。
 二人が作った道を、レイ・アウリオン(ha1879)とカムイ・モシリ(ha4557)が走る。
 だが、レイの真空斬がヨロウェルの右肘を捉えた、その時。
 ゆっくりと、槍を持つその手が天を指す様に持ち上げられた。
「拙い‥‥熱線が来るぞ!」
「退避だ! 急げ!!」
 【神雷】による集中攻撃は、ヨロウェルに擦り傷ひとつ付ける事が出来なかった。
 槍の穂先が輝きを帯び始める。
「流星!」
 レインが仲間のソーサラー達に叫んだ。
 流星とは、流星群の様に絶え間なく降り注ぐ魔法攻撃によって相手の動きを止め、こちらが次の行動に移る魔での時間を稼ごうという作戦だ。
 だが、降り注ぐ電撃の雨をものともせずに、ヨロウェルはその巨体に似合わぬ素早い動作で槍を振り下ろした。
 穂先に蓄えられたエネルギーが一気に放出される。
 遥か彼方の草原から自分の足元まで、一直線に切り裂かれた大地が悲鳴を上げた。
 そして今度は左から右へ、うるさい虫でも払う様に真横に薙ぐ。
 草原に刻まれた傷跡は、巨大な十字架の様に見えた。
「こんな‥‥こんなのってアリかよ!?」
 誰かが悲鳴にも似た声を上げる。
「こんなの、倒せる筈ない‥‥もう、お終いだ!!」
 巨人の槍は今、ブリーダー達の所へ真っ直ぐに向けられていた。
 その穂先が、再び輝きを帯び始める‥‥


●巨人の揺籃
 霊峰アルタミナの頂上は、浅いすり鉢の様に少し窪んだ平地になっていた。
 それが元からそんな形だったのか、それともここで生まれたヨロウェルのせいでそうなったのか、それはわからない。
 だが、眼前に広がるその光景にはどこか人工的な印象があった。
 そして周囲の魔石を含んだ岩から立ち上るかに映る、霧を透かして見えたもの‥‥それは、あの黒い魔石だった。
 宙に浮かんだ結晶状の、ツヤツヤと光る黒い石。
 一体いくつあるのか、ぱっと見ただけでは見当も付かない程の数だ。
 それがぐるりと縁を描く様に、窪地の中心に整然と並べられていた。
「ここに‥‥ヨロウェルがいたのよね?」
 ペガサスから降りたジェイミーが言った。
 この場所で、この黒い魔石を通して魔力を補給していたのだろうか。
「まるで、揺りかごみたい‥‥」
「ええと、よろうぇる? を止めればいいんだよね? これを壊せば止められるの?」
「止まるかどうかはわからんが、この魔石はモンスター達に力を与えるものだ。壊せば奴等の力を削ぐ事くらいは出来るだろうね」
 首を傾げたアリアローゼ・ライラ(ha2884)に、【一家】の長ゲオルグ・エヴォルト(ha1327)が答える。
「さて、片付けてしまおうか」
 魔石を壊す事は簡単だ。打撃でも魔法でも、適当に攻撃を加えるだけで良い。
 だが、そう簡単に事が運ぶ筈もなかった。
「ここからが本番、か」
 魔力を温存しておいて良かったと、イニアス・クリスフォード(ha0068)が苦笑いを浮かべる。
 魔石の周囲には、それを守護するべく赤い目をしたモンスター達がひしめいていた。
「どれだけの数がいようと‥‥やれるとこまでやるだけだ!」
 その時、伝令役のシフール、フェルト・シェリカ(ha4777)が飛び込んで来た。
「ヨロウェルの攻撃に、味方が苦戦してます! 援軍が欲しいって‥‥!」
 しかし、こちらにも人手を割く余裕はない。
 余裕はないが‥‥
「手段なら、あります」
 雛花(ha2819)が言った。
「この魔石を全て破壊出来れば勝機は見えます。それまで何とか頑張って下さいと‥‥戻って伝えて頂けますか?」
 その言葉にフェルトは大きく頷き、休む間もなく再び彼方の戦場へと戻って行った。
「わかりました、諦めちゃダメだって、そう伝えます!」
 そう、言い残して。
「皆さん、今も戦う人たちの為に、ここを開放します‥‥!」
 レイスが手近なウィヴルの翼に向けてスピアを投げ付ける。
 それを合図に、再び戦いの火蓋が切って落とされた。
 だが、今度はただ敵を倒す為だけの戦いではない。
 いかに素早く魔石を破壊するか‥‥時間との勝負だった。
 ここで余計な時間をかければ、ヨロウェルと対峙している仲間達が‥‥いや、この島の全てが終わりを迎えてしまうかもしれないのだ。
「さあ、俺達は俺達の出来ることをしましょう」
 盾を構えたアレン・エヴォルト(ha1325)が一家の先頭に立った。
 その後ろに立って、狙撃手の弟ヴィンデ・エヴォルト(ha1300)が弓を引き絞る。
「‥‥僕は、僕のできること、を‥‥っ」
「気を付けて、この霧に紛れて姿を隠してる奴がいるよ」
 デティクトライフフォースで敵の存在を感知したイーリアス・シルフィード(ha1359)が注意を促す。
「霧に紛れて‥‥祟り、神‥‥?」
 祟り神は何かに取り憑いていない時、霧の様な姿をしている。
 確かに、この霧の中では見分けが付かないだろう。
「ダメ、だ‥‥ホークアイを使っても‥‥」
「なに、それなら霧ごと魔法で吹き飛ばしてしまえば良い」
 言うが早いか、ゲオルグは前方の霧に向かってトルネードをぶちかました。
 何かが、巻き込まれた様な気がする。
「ところでイリー。アレンの守る対象に僕が入っていない気がするんだが‥‥」
「あんたを守るより、あんたの大味魔法から周りを守る方が先決だよ!」
 確かに。
 だが、今はそれよりも魔石の破壊が最優先だ。
 ゲオルグが大味な魔法を放った直後に、ヴィンデの援護を受けたアレンが飛び込み魔石を破壊する。
 他の仲間達も敵の攻撃をかいくぐり、巧みにかわしながら、魔石を確実に潰していった。
 しかし、そうは言っても敵の数は多い。
 平地の隅に作られた臨時の救護所には、次々と怪我人が運ばれて来る。
「大丈夫‥‥頑張りましょう。もう少しです」
 カーラ・オレアリス(ha0058)は次から次へと際限なく湧いて来るかに思える敵との戦いに疲れたのか、怪我の治療を終えても戦場に戻ろうとしない者にメンタルリカバーをかけた。
 もう少し。あと少しで全ての魔石が破壊される。
「だから、頑張って‥‥」
 かと思えば、ウィヴルが放った風の魔法に切り刻まれ、体のあちこちを赤く染めながら退こうとしない猛者もいる‥‥タチバナだ。
「大丈夫か!?」
 救助に駆けつけた十六夜幻夜(ha2277)の問いかけにも、返事はこの通り。
「構うな! 武勲を挙げる最大の機会だ! 死んでも退かん! 最後の一人になっても戦い抜いてやる!」
「死なれちゃ困るんだよ‥‥一旦下がる。援護頼む!」
 幻夜はタチバナを襲っていたウィヴルには真空斬が効かないと見るや、手近の仲間に援護を頼んだ。
 それに応え、飛んで来たロガエスがファイヤーボムを射ち込む。
「ありがとう、さあ、今のうちに!」
「離せ! 俺はまだ戦える!」
「その元気があるなら、応戦をお願いね?」
 ずるずると救護所に引きずられて来たタチバナに、にっこり笑ってクリスタルソードを手渡したのはジェリー・プラウム(ha3274)だ。
「ここにも、祟り神が入り込んで‥‥」
 ジェリーは自らも魔弾を手に敵の姿を探す。
「これ以上命の灯火を消す訳にはいかないの、そのためなら‥‥」
 やがて、無限に続くかと思われた戦いにも終止符が打たれる時が来た。
「これで‥‥最後です」
 雛花がクリスタルソードを振りかざす。
「これ以上‥‥貴方に壊させたくないです。グロリア。――どうか、もう‥‥止まってください」
 ガラスが割れる様な音と共に、黒い魔石が砕け散り、その輝きを失う。
 同時に‥‥
 モンスターの攻撃が止んだ。
 グラスジャンパーやウィヴルの赤い目が、本来の色に戻っていく。
 その目には、もはや戦意は、そして敵意さえも見られなかった。
「魔石の効果が‥‥消えた!」
 彼等は夢から覚めた様に暫し呆然と佇み‥‥そして、何事もなかったかの様に静かに去って行った。
「やったぞ! これできっと、ヨロウェルも‥‥!」
「後は、頼んだぞ‥‥!」
 ブリーダー達は、今も仲間達が戦っている筈の方角、遥か山並の向こうに目を向けた。
「皆さま、どうかご武運を‥‥そして生きて帰りましょう」
 ジェリーが祈る。
「きっと大丈夫だよ!」
 みんな無事に笑って終わりにしよう‥‥アリアローゼの想いは、届いただろうか。


●繋いだ絆
 ブリーダー達に向けられた槍の穂先が、その輝きを増す。
「もう、ダメだ‥‥っ!」
 諦めの早い者がそう思い、祈る事さえ忘れて、ただ最後の瞬間を待っていた‥‥その時。
 槍の輝きが、消え失せた。
 同時に、ヨロウェルの体がぐらりと揺らぐ。
 巨体はそのまま前方へ傾ぎ、輝きの消えた槍を大地に叩き付けた。
「何だ‥‥?」
「不発、か‥‥?」
 一体何が起きたのだろうか。
「何でも良い、チャンスだ!」
 レイが真っ先に飛び出した。ヨロウェルの右肘を射程に捉えるが早いか、真空斬を叩き込む。
「――効くぞ!」
「よし、もう一度【神雷】だ!」
 ルーディアスが号令をかける。今度は、攻撃が効く筈だ。
「きっと、山に残った奴等がないかやってくれたんだ。今度は、僕等の番だな」
「さ、参りますわよ。お逝きなさいな!」
 サヴィーネ・シュルツ(ha2165)が魔法を、エミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)が震天炎を叩き付ける。
「私達は負けられない‥‥だから皆行こう!」
 【神雷】の攻撃が右肘に集中する。
 だがそれでもまだ、ヨロウェルは槍を振りかざし、ブリーダー達を薙ぎ払おうと攻撃を仕掛けて来る。
「一旦下がって‥‥流星、行きます!」
 前衛の体勢を立て直す為、レインが再び指揮を執る。
「無事を祈る代わりに戦うって決めたから‥‥!」
 フラウ・ノート(ha2734)はレインとタイミングを合わせ、電撃の雨を降らせていった。
「今のうちに、治療を」
 レラ(ha0143)は前線で戦う妹の身を案じつつ、救護所に運び込まれた怪我人を介抱していた。
 怪我の度合いによって、戦える者は再び戦場へと送り出す。
「皆で一緒に帰りましょう‥‥笑顔で」
「うん、みんなでがんばろ〜!」
 ラリフ・リーナ(ha4781)が笑顔で頷いた。
 傷付いても笑顔で癒してくれる仲間がいるから、安心して戦う事が出来るのだ。
 まあ、無茶は困るけど。
「お前の相手はこっちだ!」
 クィナ・テファル(ha4795)が挑発する様に動く。
 やがて再び前線が立て直され、右肘を狙った攻撃が続く。
「まったく‥‥大人しくしていて欲しいものだ」
 ミース・シェルウェイ(ha3021)が震天氷を放り込み、それに続く様にハンマーの一撃を叩き込む。
「そろそろ‥‥だな。止めは誰が行く?」
「俺に任せろ」
 名乗りを上げたのは、ジェファーソン・マクレイン(ha0401)だ。
「皆が作ったこのチャンス‥‥この一撃で決めてみせる!!」
 宣言の通り、その一撃で巨大な槍がヨロウェルの体から離れ‥‥地響きと共に大地に横たわった。
 肘の部分から千切れる様にもげた、腕と一緒に。


●終焉の欠片
 ブリーダー達はヨロウェルから放たれた光の帯に、終焉の予感を抱いた。
 全周囲へとその力を見せ付けるように走り抜けたそれは、ラアに勝利したという事実を悉く呑み込んでいく。
「第二波が来る――!」
 誰かが叫んだ。次は全てを焼き払う、業火の裁きか。
 降臨し、草海に漂うヨロウェルはあまりに大きく、手を伸ばせば遠くからでも届くような錯覚を抱く。
 遥か天空の果てで戦況をじっと見守っていたイーグルドラゴンが、その姿をブリーダー達の前に現した。
 その瞳が映すのは、ラアただ一人。
 恐らく次はラアを護るかの如く、首都に程近いフィールドにいるブリーダー達の真下から業火が立ち上るに違いない。
 その業火からは逃げることしかできない。
 ――逃げるって、どこへ?
 ブリーダー達はただ身構える。
 地の底から襲い来る業火を耐え抜けるのか、それは誰にもわからない。
 ただ、身の護りを固めることしかできなかった。
 ――そして、ヨロウェルの盾が地に触れた。

 地鳴りが低く重くうねる。熱波がブリーダー達の頬を撫でつける。
 強く瞳を閉じ炎の抱擁を待っていたブリーダー達は、しかしその身が自由であることに気付いた。
 恐る恐る目を開ければ誰一人としてダメージは受けてはおらず、戦場から少し離れた場所に飛行型モンスター達が墜落していくだけだ。しかも、魔力に帰すのは一部の弱いものばかりで、大型の翼竜などは地表すれすれで体勢を立て直して再び空に舞った。
「威力が‥‥弱くなっている? 射程も‥‥これは、まさか」
 ヨロウェルの魔力の源を、断ったのか――?
 ブリーダー達は霊峰アルタミナを見つめた。そのとき、視界にイーグルドラゴンの姿が入る。その背に、人影が見えた。
「‥‥ラアは‥‥っ!?」
 ハッと我に返り、ブリーダー達は倒したはずのラアの姿を捜す。しかしどこにも見当たらず、ただラアが落としていった剣とトンファーが草のベッドで眠るだけだった。

「降ろせ‥‥っ! オレはまだ戦える! ニンゲンを潰さないと気が済まねぇんだよ‥‥!」
 イーグルドラゴンの背の上、ラアが叫ぶ。
 血走る両の眼は光を失ってはおらず、傷を負った体だというのにまだ力が湧き起こるようだ。
 迸る殺気は、尚も増大する。
 自分を救った業火は、予想よりも大幅に外れた場所で起こった。威力も前よりも遥かに劣る。そして、天と地に波打つモンスター達がまるで目的を失ったかのように戦意を喪失し、戦場へと背を向け始めた。未だブリーダー達と牙を交えて戦うのは、自分が塒から引き連れてきた配下のモンスター達ばかりだ。
 その事実にラアは全てを悟り、さらなる怒りと憎悪をその身に纏った。
「降ろせよ! 聞いてるんだろ!」
 しかし、いつもは従順なはずのイーグルドラゴンはラアの命令に従わず、わずかに首を傾けてラアをじっと見据えるだけだ。
「‥‥お前」
 ラアは急に静かになり、そして苦笑する。わかったよ、と呟くと、イーグルドラゴンの背に身を委ねて静かに息を吐いた。


●その翼が抱くもの
 ヨロウェルから放たれる攻撃を目の当たりにした者達は、一瞬、スィールへの攻撃の手を止めた。
 何が起こったのか、理解はしている。
 だが、感情がついていかない。
 恐る恐る振り返れば、ヨロウェルを掠めるように草海を撫でて退却していくモンスター達。ブリーダー達は誰一人としてヨロウェルの攻撃で傷ついてはおらず、ただ空を見上げている。だけだ
 そして、イーグルドラゴンがこちらに向かっていた。
「‥‥ここが正念場だ、覚悟を決めろ! そして必ず生きて帰るんだ!」
 ジュネイ・フォルト(ha3516)が声を張り上げる。そしてスィールと、ヨロウェルへと向き直った。
「全ての車輪を一気に壊しましょう‥‥!」
 てるが共に進む小隊【てる】の仲間や、スィールと対峙する仲間達へと声をかける。
 既に一度、【てる】の者達はヨロウェルの転倒を狙って右側の車輪を破壊しかけたが、すぐに他の車輪がそこに滑り込んでしまうために片側だけの撃破は断念していた。
 体勢を立て直し、全ての車輪を同時に破壊するタイミングを計る。
 そのとき、ヨロウェルの足元に車輪を護るべくラアの配下の小型翼竜達が滑り込んだ。
「‥‥止める方は任せるから」
 ヘヴィ・ヴァレン(ha0127)が一歩前に歩み出た。
「ヨロウェルでもグロリアでも構いませんけれど‥‥今回はお暇願いたいものです」
 イヴリル・ファルセット(ha3774)は静かに魔弾を生成する。
「‥‥撃破、しましょう」
 そしてルイスが、真っ直ぐに翼竜達を指差した。
 首都でラアとの攻防戦を展開していたブリーダー達の中で、即戦力となる余力が残っている者達が駆けつけてくる。彼等と共に、ヨロウェルの足元へと身を屈めて攻撃を撃ち込んでいく。刃と矢尻が翼を貫けば、雷撃や風刃が翼竜達を地に落としていく。
「負けませんよ!」
 シェルシェリシュ(ha0180)がヨロウェルの下から抜け出てきた翼竜に杖で打ち込み、それをジュネイの刀が引き裂いた。
「翼竜撃破! 車輪を潰します!」
 ヨロウェルの四方から、ほぼ同時にルイス、帝、てる、イヴリルの声が上がる。それを合図に、てるやシェルシェリシュが素早く全員に治癒を施し、そしてアルビスト・ターヴィン(ha0655)やイヴリルを始めとした魔法職の者達と共に詠唱を始める。
 御影藍(ha4188)のように機動力のある者達が車輪を見据えて軽くステップを踏み、ルイスや帝、ヘヴィ、ジュネイといったウォーリアー達が、その全ての力を手に持つ相棒へと委ねた。
「地に、墜ちろ――!」
 そして、全ての攻撃がヨロウェルを支える車輪へと、同時に撃ち込まれていく。
 ぴしり、冷たく乾いた音が車輪から放たれる。細かなヒビはやがて車輪を覆う網のように広がり、その隙間からぱらぱらと欠片の小雨が降りしきる。
 それらはしかし、地に触れる前に光となって消えてゆき、降り舞い上がる不思議な光景がヨロウェルの影の中で星空を作り上げた。
 浮力を失ったヨロウェルは、静かに、静かに大地へと引き寄せられる。
 ブリーダー達はすぐにヨロウェルの足元から這い出ると、ただその様を見守り続けた。
 やがて大地がヨロウェルを抱き留めれば、潰された草の匂いが微かに鼻腔を突いた。
 その直後、ブリーダー達は目撃する。
 ヨロウェルに程近い場所を数度旋回し、遥か上空へと飛び去るイーグルドラゴンを。
 その背には、ラア――。
 ラアはただじっとヨロウェルを見つめて何か言いたげに口を開き、右手をヨロウェルの背にある「翼」へと伸ばした。
 だが、何か言葉を発するわけでもなく、その手が「翼」に触れるわけでもなく。
 しかし、彼等の「視線」は確かに絡み合う。
 ラアは唇を噛みしめ、手を下ろし。その手でイーグルドラゴンの首を撫でる。
 ――そして、ヨロウェルに背を向けた。


●戦いの果てに
 巨人はその足を失い、片腕さえもがれて、途方に暮れている様に見えた。
 ホークアイで弱点を探りつつ、アーク・ローラン(ha0721)はつい、その顔の部分に見入ってしまう。
「表情らしいものは、ないんだけど、ね」
 どうしてもそんな風に見えてしまうのは、どこかで相手を「自分達と同じもの」だと考えているせいだろうか。
 だが、攻撃ををやめる訳にはいかない。
 これを、この地に残しておく訳にはいかないのだ。
「さて、吉と出るか凶と出るか‥‥」
 まひる(ha2331)がヨロウェルの背中に貼り付き、その体を登り始めた。
 勿論、その弱点を探す為だ。
「さて、吉と出るか凶と出るか‥‥だけどやらなきゃ完全に0、と。さ、いくか!」
 移動手段を失い、片手も半分が失われているとはいえ、ヨロウェルに攻撃手段がなくなった訳ではない。
 体に取り付いた煩い虫を払いのけるくらい、雑作もない事だ。
「振り落とされない様に注意しなきゃね」
「注意したから‥‥どうにかなるものじゃ、ないと思う」
 心配したキックミート(ha3157)が付いて来る。
「この人は、いっつも無茶ばっかり‥‥皆、心配してるのに」
「えー? 何か言ったー?」
「‥‥なんでも、ない。ボク、手伝う」
 手伝うというのは、危なくなったらまひるを引っ張って撤退する、という意味だが。
「弱点‥‥か」
 アッシュ・クライン(ha2202)が反撃をかわしつつヨロウェルの懐に飛び込む。
「脆い部分と言えば関節だろうが‥‥」
 もう片方の腕も、切り落としておくか。
 例え弱点ではなくとも、両腕をもがれれば反撃も出来まい。
「その間に、仲間達が見付けてくれるだろう」
「腕‥‥落とすのか」
 ひとりで地道に戦っていた黄桜喜八(ha0565)が、ぽつりと訊ねる。
「ああ」
「じゃあ‥‥やるか」
 余りやる気がありそうには聞こえない口調とは裏腹に、喜八はヨロウェルの左肘目掛けて渾身の一撃を叩き込む。
「胡瓜‥‥無ぇのか‥‥つまらねぇ」
 ‥‥うん、エカリスに帰ったら、思う存分に食べて下さい。
 その間にも、仲間達による弱点の調査は続いていた。
 アークは怪しげな場所に狙いをつけ、片っ端から矢を放って行く。
 頭、胸、魔石の嵌っているいる場所‥‥
「何処に攻撃しても、反応に大差なし、か」
 痛みはないのだろうか。
 それとも、弱点を庇うという本能さえ持たずに生まれて来たのか‥‥
「ねえ、やっぱりあそこじゃない?」
 エミリアが指差す。
 顔の部分にある、緑色の魔石。
「きっとそうよ、他に弱点っぽい所なんて見当たらないもの」
 エミリアはマジカルミラージュでヨロウェルの顔の部分に赤い印を付ける。
「弱点は、あそこか!」
 ブリーダー達の意識が、その場所に集中する。
 だが、大地に腰を下ろしているとは言え、その場所は遥か頭上にある。
「遠距離攻撃か、後は‥‥登るしかないな」
 弱点以外への攻撃も、無駄ではないだろう。
 だが、余計な痛みや苦痛は出来るだけ与えたくない‥‥例えそれを感じる事がなかったとしても。
「これ以上、貴方自身も誰も傷つけないでください」
 カムイの全身を、痛みの記憶が駆け抜ける。
「傷つけられたからと傷つけていたら、また大切なものを失くしてしまう‥‥!」
「ごめんね、痛いよね‥‥。でもお願い‥‥その痛みを広げないで!」
 フィンの真空斬が緑の魔石を目がけて飛ぶ。
「この戦もこれで最後にしてみせるのよ。悲しみを齎す者、ここで倒れよっ!」
「仲間を繋いだ絆の力でお前達を滅すのみ!」
「俺たちの‥‥、人間の底力をとくとその身で味わえ、ヨロウェル!」
 ワンの、そしてレイ、アッシュの想いがその巨体に撃ち込まれる。
 遠距離から弓や魔法を放つ者、その体に取り付き、振り落とされそうになりながらも必死に食らい付く者‥‥


●還る場所
 それは、小さな犬の様な姿をしていた。
 ヨロウェルの巨体が光となり、大気に溶け込むまでの、ほんの一瞬だけ見えた姿。
 あれは、何だったのだろう。
「でも‥‥穏やかな表情をしている様に、見えた」
 そうであって欲しい。
 勝手な願いかもしれないけれど。
「あの山に、還ったのかな」
 誰かが呟く。
 ブリーダー達の視線は、高く聳える霊峰アルタミナへと向けられた。
 エレメントが生まれる場所。
 ヨロウェルも、あそこで生まれた。
 生まれた場所へ、還ったのだろうか‥‥再び、生まれて来る為に。
 そうであって欲しいと思う。
「‥‥帰ろう、エカリスに」
 還りたい場所‥‥それぞれの、ふるさとへ。


●重なり合う静寂
●草海への出航
●その翼に背負うもの
●終焉の欠片
●その翼が抱くもの
<担当 : 佐伯ますみ>

●霊峰へ
●不倒の破壊神
●巨人の揺籃
●繋いだ絆
●戦いの果てに
●還る場所
<担当 : STANZA>



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