■エピドシス解放戦線 「雲霞」

■<ディアーネ山脈【攻略戦】>

●アルタミナへ向けて
 南の祠傍の拠点からディアーネ山脈を北上し、霊峰アルタミナを目指す部隊は、不安定な足場、生い茂る木々で視野が制限された状態での進軍を余儀なくされていた。足場を確かめながら進む者達や、敵とであった時に誘導できる戦い易い場所を探す者達もいる。
「足場が悪いからな、補給路や退路はしっかり確保しておかないと」
 【青空】のレイ・アウリオン(ha1879)が額に浮かんだ汗をふき取って、足を止める。
「まだ敵らしい反応はないぞい」
 デティクトライフフォースで警戒をしていたワン・ファルスト(ha2810)が定期報告を告げた。この魔法は便利だが、探査範囲は意外と狭いのが問題だ。
 今回のこの部隊の目的は、霊峰アルタミナへの道を切り開く事。出来れば敵の大将、オフェリエと名乗る少女に見つからないように――そう考えて山中を行く。
 霊峰アルタミナを目指す本隊をサポートする為に敵を引き付ける囮となるつもりなのは、【迅雷】の面々。ルーディアス・ガーランド(ha2203)の指揮に従い、セティリア(ha2322)と彼女のエレメント、そしてカムイ・モシリ(ha4557)のエレメントが先行偵察に向かっていた。
「戻ってきたか‥‥」
 素早く羽音と足音に反応したのはアッシュ・クライン(ha2202)。両手の二刀を握り締め、緊張感を募らせる。
「ルーちゃん、沢山来るよ! アルタミナの方から!」
「よしセティ、ご苦労様。予定通りうちの部隊が敵の注意を引き付ける。その間に進軍してくれ」
 急いで戻ってきたセティリアを肩に座らせ、ルーディアスは【青空】の面々へと声をかける。
「道は必ず切り開きます、それが私達の任務だから!」
 その声にレイン・ヴォルフルーラ(ha0048)が杖を握って力強く頷いた。


 程なく敵の気配が強くなった。デティクトライフフォースにもちらほらとその反応が増え始める。一番最初に木々の隙間から姿を見せたのは、ボールワームとデスホーネットだ。その数は、多い。
「私の非力でも皆様のお力になれるのならば‥‥!」
 レラ(ha0143)が素早く加護の舞を舞い、味方部隊に順に術を施していく。
「ありがとうございます」
 礼儀正しく礼を述べたカムイが戻ってきたパートナーとコンバートソウルし、バックアタックでデスホーネットの背後を取る。
「こんなにいっぱいいると‥‥目移りしちゃうねっ!」
「参りましょう‥‥聖なる雷撃を以って、進むべき道を開くために!」
 セティリアの視界内にはグラスジャンパーや、不自然に動く人形達の姿があった。森の中で蠢く無数の人形達――、一種不気味な光景だが、今はそれが祟り神という敵の存在だとわかっていた。音影蜜葉(ha3676)が人形にブラックフレイムを叩き込む。人形は炎に包まれ、乗り移っていた祟り神が黒い霧の姿となって姿を現す。
「よし、雲に燿く迅雷が如く、派手に暴れまわろう。‥‥雲は晴れちまったがな」
 ルーディアスにセティリア、二人のソーサラーが同時にアイスブリザードを放ち、祟り神やボールワームを巻き込む。
「まさに私うってつけの役目。引っ掻き回しなら任せなさいな、派手に行こう!」
 まひる(ha2331)が前に飛び出し、こちらを狙って飛んでくるデスホーネットに蹴りを喰らわせた。
「紫炎の刃と紅月の刃、この双牙の餌食になりたい奴から、かかってこい!」
 二刀を振るい、アッシュが次々と敵を切り裂いていく。
 傷を負いながらも【迅雷】の一団は、徐々に山脈東側へと戦闘場所を移していく。派手に攻撃を受けた敵達は一様に【迅雷】の面々を敵視しているようで、自分達が誘導されているとは気づかずにどんどん彼らに群がっていった。
「蜜葉、怪我したぁ〜!」
「はい、今治しましょう」
 多数の敵を引きつけながらというのは前衛に負担がかかる。少しずつ敵の数を減らしながらの移動だったが、まひるやアッシュ、カムイなどが特に傷を負っていた。彼らを蜜葉がリカバーサークルで癒しながら、移動していく。
『今のうちに少しでも進軍してください‥‥!』
 レラは後退しながらヴェントリラキュイで他の部隊に声をかける。その声を聞きつけた他の部隊は頷き合い、アルタミナへの道を歩み始めた。


「前進、前進まだ前進‥‥っ、帰り道は最後までお預けだ!!」
 大部分の敵は【迅雷】部隊が引きつけているとはいえ、アルタミナ方面からはまだ敵が押し寄せてくる。ジェファーソン・マクレイン(ha0401)は積極的に先頭に立ち、進路を切り開く事だけを念頭において剣を振るい続ける。傷を負っても自らを省みずに。
「事が事なので雑魚払いにしかならなさそうですが‥‥僕の動きについてこれるかい?」
 駿脚と先手必勝、バックアタックを併用したディートリヒ・グランシス(ha4651)はジェファーソンの傍で九節鞭を振るう。剣での傷の他に鞭を叩きつけられたグラスジャンパーが大気へと還って行った。
「ヴォルク、魔法しか効かない敵を頼む」
「‥‥サボっていた分働かせてもらいますかね」
 雷堂真司(ha0193)はヴォルク・クロウリー(ha2182)と連携して敵に当たっていた。ヴォルクが丸まったボールワームに魔法を叩き込み、衝撃でその身体が開いたところに真司が攻撃を叩き込む。確実に一体ずつ仕留めていく戦法だ。
「お願いです、通してください!」
 前方を塞ぐ小さな翼竜――ヴィヴル達にレインがアイスブリザードを放つ。
「ごめんね、あのデカイのに見つかるわけにはいかないの‥‥!」
 フィン・ファルスト(ha2769)の投げた斧が、ヴィヴルの一体を地に落す。エミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)の加護の舞を受けたレイとミース・シェルウェイ(ha3021)が、地に落ちたヴィヴルに止めを刺した。
「傷は治すから、気にせず前に進んでくれの‥‥!」
 後方からワンが声を上げる。ブラックフレイムをリカバーサークルに切り替え、味方の傷を癒していく。
「次の作戦のために今は‥‥っ」
 エミリアは魔法を使い続ける仲間達の為に、妖精のワルツでの援護を続ける。出来る限り戦闘は迅速に済ませ、そして少しでも距離を稼ぐ必要があった。敵のボスに見つかる前に。


 皆が敵の引きつけや進路の確保に勤しむ中、【一家】の面々は少し違った目的を持って行動していた。
「抜かせない」
「行くよ。チルハ。家族は‥‥傷つけさせ、ません」
 駿脚で一気に敵に近づいたアーバイン・エヴォルト(ha1280)がトリッピングで転ばせたグラスジャンパーに、ヴィンデ・エヴォルト(ha1300)の放った矢が突き刺さる。
 ひょこひょこと現れた人形達は祟り神にとりつかれているのだろうとあたりをつけ、ゲオルグ・エヴォルト(ha1327)が魔法を放つ。祟り神の憑依先が可愛らしい人形なのは、あの少女の趣味だろうか。
「人形はいるのに‥‥彼女の姿が見えない‥‥」
「オフェリエさん‥‥お姉ちゃんは、会ったことがあるの?」
 リリー・エヴァルト(ha1286)の目的はオフェリエのみ。敵が襲い来るのにも構わず、辺りを見回しては少女の姿を探す。マルヴェ・エヴォルト(ha1301)の問いに「少しだけね」と答えて。
「危ない!」
 二人に迫ったデスホーネットに、アレン・エヴォルト(ha1325)が刀を振り下ろす。その足元からグラスジャンパーがジャンプキックを放った。
「みんな、無茶はするんじゃないよ」
 イーリアス・シルフィード(ha1359)がアレンとアーバイン、そしてゲオルグにリカバーサークルを施す。後方からヴィンデの矢が、デスホーネットに突き刺さった。
「こちらに来れば会えると思ったのに‥‥」
 リリーの呟きは戦闘音にかき消された。


●作戦内容:死守
 祠付近の拠点にも敵は押し寄せていた。数はそう多くない。だが拠点の防衛に残った人数もそう多くなかった。
「仲間が霊峰を攻略するまで、ここを守り抜くのが私達の役目です」
 リアナ・レジーネス(ha0120)がストーンウォールで敵を食い止める。その間にユギリ・ウィンフィード(ha3473)が両手の刀で敵の前に立った。
「来い、お前らの相手は俺達だ!」
 グラハム(ha3932)も前に進み出て、積極的に攻撃を打ち込んでいく。
「剣が必要な方はお呼びください‥‥っ!」
 雛花(ha2819)は戦場を走り回り、クリスタルソードを生成して手渡していく。リーブ・ファルスト(ha2759)は受け取ったクリスタルソードを左手に、前線に飛び出てまずは地上の敵から掃討にかかった。
「‥‥絶対に、ここを守りぬかないとな」
 豊田泰久(ha3903)は弓を引き絞り、そして矢を射る。矢を受けて激昂したデスホーネットが近づいてくるのを察知したレイス(ha3434)が盾となり、そして短槍でその身体を刺しぬく。
「まだまだ気は抜けません、皆さん、気をつけて」
「俺達を甘く見るな!」
 どんな窮地にも必ず打開策はある、そう信じてアルフレッド・スパンカー(ha1996)はリカバーサークルを発動させる。そしてその瞳は再び戦況を見極めにかかった。
「こんなものかな」
 一体ずつ確実に倒す事を心がけていたソール・グラディウス(ha0589)は、自らが放った魔法が敵一体を消し去った事に小さく安堵の息をつき、そして次の標的を探す。
「あの人達を、山に残すわけには‥‥ね」
 心の中でごめんなと呟きながら、アーク・ローラン(ha0721)はデスホーネットを優先的に狙っては矢を射る。この蜂は非常に厄介だった。
 エリアーデ・クロスフィア(ha4264)の安らぎの唄が傷を癒していく。だがそれでも負傷で次々と救護部隊に引き渡される者達は絶えなかった。


 救護部隊――こちらも一種の戦場である。
 特にデスホーネットに刺された者への対処が難しく、中には対処する間もなく命を失う者も出ていた。幸い命こそ助かった者も、その痛みで六時間はまともに動けない。
「黒‥‥」
 ラピス・ヴェーラ(ha1696)は運ばれてきた者のトリアージを行っていた。助けられなかった命に心が痛む。だが医者として、まだ繋がる見込みのある命を繋ぐのが自分の役目だと言い聞かせて。
「ラピス、この人傷が深い!」
「こちらは赤です。急いで処置を!」
 ライディン・B・コレビア(ha0461)の護衛で運ばれてきた怪我人の怪我の程度を素早く見極めたラピスの指示に、イニアス・クリスフォード(ha0068)が素早く反応してリカバーをかける。
「辛くたって‥‥、私達の戦いは命を繋ぐことだもの、負けられないわ」
 ジェリー・プラウム(ha3274)も「黒」と分類された怪我人に一瞬目を向け、そして唇を噛み締めて比較的軽い怪我人に薬を手渡し、処置を施す。
「なんだか、突然忙しくなってきたような気がします」
 怪我人を運び込む手伝いをしていたレイチェル・リーゼンシュルツ(ha3354)がぽつり、呟いた。それを聞いた一同も、そういえばと救護所に寝かされた人々を見やる。
「大変ですの〜急に、敵が増えてきたそうですの〜」
 飛んで防衛部隊の様子を見に行っていたシャクリローゼ・ライラ(ha0214)が、今見聞きしてきた現状を伝える。
「一人でも手が欲しいというところか。怪我が治った者から行っておいで。君達の帰る場所は俺達が守っておくから」
 イザーク・ウィンフィード(ha2860)に送り出され、治療を終えた者達が次々と戦線に復帰していく。
「一体何が起こっているんだ?」
「わからないわ‥‥。でも私達が不安になったり倒れたりしたら、患者さんも不安になるわ。いつもどおりで行きましょう」
 イニアスの言葉にジェリーは落ち着いて返事を返し、そしてイニアスもまたそれに頷いた。


●少女の矜持
 拠点を狙ってくる敵の数が格段に増えた――それは防衛に立つ誰もが感じていた。最初よりも後方の救護部隊に送られる人数も増えている。一体どういうことだ――誰もが若干の焦りを感じたとき、その声は空から降ってきた。

「なんだか山の中をこそこそ歩き回ってるみたいだけど‥‥ここは思ったより手薄なのね」

 可愛らしい声だがその生意気さが覗える言葉に、誰もがはっとして一瞬その声の主を探した。
 フリルのついた黒い服に金色の髪が映えている。背中に白い翼を生やした少女――オフェリエが、滞空していた。
「何故‥‥ここに」
 雛花の呟きは、その場の皆を代弁したもので。オフェリエはてっきりヨロウェルの傍に居るものだと思い込んでいた。
「私にだって様子を探る部下はいっぱいいるし、山の中で派手に戦っている人たちもいたから、あなたたちの考えくらい読めるわ」
「リアンを赤目にされた分、お仕置きが必要だなぁ」
「リアン? ああ、あの子供」
 リーブの言葉でさも思い出したというように、オフェリエはくすくすと笑う。
「楽しかった〜! 私より可愛い男の子なんて、私の下僕になっちゃえばいいのよ」
 駿脚とバックアタックの併用を試みるが、相手は飛んでいる。普通の攻撃では届きそうにない。
「祠の守りも甘いみたいだし、さっさと奪っちゃお〜っと」
 オフェリエのその言葉を待っていたように、敵達の動きが段々と活発になる。元々防衛に回った人数が多くなかったせいか、一同はモンスターに対峙するのが精一杯で、オフェリエにまで手が回らなかった。オフェリエはブリーダー達がてんてこ舞いな様子も、特攻しては次々とモンスターがやられていく様子も、どちらも楽しそうに笑みを浮かべながら見ている。
「もっと、もっと攻めるのよ!」
「完全に消耗品扱いか‥‥仲間意識というものがないのか」
 アルフレッドがリカバーサークルを繰り返しながら、オフェリエの行動を分析する。子供だからか、その行動には子供ながらの残虐さが垣間見えた。

「その辺になさいな」

 シュンっという風切り音に加えて、バシンッと鞭が何かを打つ音が戦場に響いた。
「‥‥何、よ」
 その鞭はオフェリエの背を叩いたが、コンバートソウルしていない武器での攻撃は彼女に傷を与える事はなかった。
 後ろを振り向いたオフェリエと同じ目線にいるのは、ジェイミー・アリエスタ(ha0211)。コンバートソウルせずにペガサスに騎乗したジェイミーは前線にいたが、クリス・ラインハルト(ha0312)とアリアローゼ・ライラ(ha2884)の報告を受けて拠点まで取って返してきたのだ。
「なんでペガサスに乗ってるのよ‥‥!」
「わたくしがわたくしのパートナーに騎乗して、何が悪くて?」
「オフェリエ!! 覚悟!」
 前線から戻ってきたジャニス・テート(ha3000)の疾風脚、駿脚、即瞬撃の組み合わせを上昇する事でかわし、オフェリエは彼女を見下ろす。
「‥‥うるさい」
「くっ‥‥!」
 前回の戦いと同じく、ジャニスの脚は地面に縫い付けられたように動かなくなった。影を消す対策としてランタンを持参したが、影はよほど明るい光でないと消す事は出来ず、ランタンひとつ程度ではそれをより濃くしてしまうのだ。
「降りなさい! 今すぐ降りなさい!」
 オフェリエは何が気に障ったのか、両手に取り出した戦輪をジェイミーに向かって投擲する。一つは避けたジェイミーだったが、逆の起動を描くもう一つは避けられず、胸元を切り裂かれてペガサスの高度を下げる。駆けつけたアルフレッドが素早くリカバーを施した。
「ペガサスだったら‥‥俺もセエレに乗るけど?」
「‥‥!?」
 上空でのやり取りを耳に挟んだアークがコンバートソウルを解き、ペガサスのセエレに跨って上昇を果たす。オフェリエは戻ってきた戦輪を再び投擲し、アークの腕を傷つけた。
「だから人間は嫌なの! 落としてやる、落としてやる、落としてやる――!!」
 狂ったかのように怒りに任せて戦輪を投げるオフェリエは、どう見ても怒りで我を忘れていた。まるで地上の敵を忘れているかのように――

 バリバリバリッ!!

 だから、アルタミナの方角から雷が飛んできたことも彼女は気がつかなかった。そのいかずちを身に受けるまで。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 隙を突かれる形になったオフェリエは戦輪を取り落とし、そしてゆっくりと地面へと落下していく。
 アルタミナ方面から戻ってきてオフェリエを狙撃したのはレインだった。オフェリエが滞空している以上、攻撃手段は限られる。彼女の一撃が、怒りに我を忘れていたオフェリエにクリーンヒットしたのだった。
「オフェリエさん!?」
「オフェリエさん‥‥! 私はあなたたちを理解、したいんです‥‥!」
 少々遅れて到着した【一家】の面々。マルヴェとリリーが叫ぶ。
 落下してくるオフェリエを捕縛しようと地上のブリーダー達が落下地点に集まる。
 だが。
「人間なんかに、人間なんかに‥‥‥!!!」
 気力を振り絞ったオフェリエはありったけの力を翼に込め、力強く羽ばたき、再び高度を上げる。
「もう、ラアのオモチャなんかしらない‥‥。人間なんて、人間なんて、だいっきらいなんだからー!!」
 子供が喧嘩した際に吐くような捨て台詞を吐いて、オフェリエは猛スピードで西側へと飛んで行った。霊峰アルタミナへ戻るのではなく、エピドシスを出るのかもしれない。
 指揮官を失ったモンスターたちは、明らかに動きが鈍っていた。総攻撃をかけてきた時と比べれば、個々に攻めて来ていた時と変わらぬ程度に。
「残りの敵を倒すとしようか」
 ゲオルグの言葉である意味我に返ったブリーダー達は、拠点付近に押し寄せてきていた敵たちを次々に撃破していった。


 拠点に押し寄せる敵たちを全て撃破した頃には、【迅雷】のメンバーがひきつけていた敵を全滅させ、【青空】を初めとした前線のメンバーと共に霊峰アルタミナへの道を確保したという嬉しい報告が届き、拠点と救護所のメンバーを喜ばせた。

<担当 : 天音>



■<首都エフィオラ【防衛戦】>
「こうやって見ると、ニンゲンってホントに小さいよね〜」
 イーグルドラゴンの背から眼下のブリーダー達を眺め、男は傍らで佇む存在に語りかけた。どこを見ているのか、何を考えているのか。それは微動だにせずただそこに在るだけだ。彼はその様子に少し肩を竦め、再び地上へと視線を流した。
「ほら、こうやると簡単に手で隠しちゃえるんだよ」
 地上のブリーダー達へと軽く手を翳してみる。蟻のように小さく見える彼等は、ただそれだけで簡単に姿を消してしまう。
「空を握ったら‥‥一緒に潰れちゃいそうだな〜」
 ぐっと拳を握り、何も掴めないその感触を暫く楽しんだ。
「‥‥じゃ、遊びに行って来ようかな。良い子でお留守番してるんですよ〜?」
 そして軽く傍らの存在を叩き、イーグルドラゴンに降下を命じた。嬉々とした表情で地上を舐めるように見下ろすが、しかしその眼差しに込められた色は――。
 ――ただ、果てのない憎悪だけだった。


 黒雲は晴れたはずだというのに空は低く垂れ込め、響き渡る無数の羽音がそれを見上げる者達の精神へと否応なしに爪を立てる。
 払拭しようと試みても、気がつけば絶望の欠片が心に入り込む。
 身を委ねればいっそ心地よいかもしれない、そんなことを無意識のうちに考える者もいた。
 背後には白亜の世界を抱く首都エフィオラ。眼前には山肌を飲み込みながら滑り落ちてくるモンスターの群れ。そして圧倒的な数を誇る飛行型モンスター達に空ごと隠され、望むことのできない霊峰アルタミナの頂には、ヨロウェルがいるはずだ。
 空を率いるのは、誇らしげに翼を広げるイーグルドラゴン。ただ一頭のその存在に、誰もがその背に乗る首魁を意識する。これまでに目撃されている剣士風の男が、不敵な笑みを浮かべていた。
 進軍するブリーダー達はただ、空がいつ落ちてくるのか、雪崩がいつ押し寄せてくるのか――そのことに意識を集中する。
 ふいに、男が軽く手を薙ぐと、イーグルドラゴンが空へと光線を放った。
 それを合図とするかのように、空が、そして雪崩が、その牙を剥いた。
「前へ進み始めた私達を止めるのは容易ではありません」
 変わらぬ笑みを浮かべ、最前線後方のカーリン(ha0297)が周囲のソーサラー達と共に空へと雷撃を放つ。敵後方に食い込むそれは、最前列で牙を剥く異形達を一瞬孤立させた。その隙に、ブリーダー達が押し込んでいく。
「‥‥まったく、どこから湧いて出た」
「ここで一体でも多く止める!」
 落下し、地表すれすれのところで体勢を立て直した禿鷲に、オドゥノール・バローンフフ(ha2987)のフェイントアタックとカナタ・ディーズエル(ha1484)のポイントアタックが綺麗に決まった。
「行こう‥‥りゅーこ」
 てる(ha2105)が手に持つプロキオンに宿るパートナーにそっと囁く。そして、弦をぎりぎりと引き絞った。
「目標は‥‥首魁到達――!」
 放たれた矢は真っ直ぐに空に伸び、首魁へと。その矢に先導されるようにブリーダー達が、そして彼女の名を冠した小隊【てる】が、迫る雪崩へと立ち向かっていく。
 男は矢を片手で受け止め、にやりと笑う。その瞬間、双方の最前線が絡み合った。

 カーリンが雷撃を空へ放った時、首都を背に展開する最終防衛ラインではサーシャ・クライン(ha2274)が空を見据えて詠唱を完成させた。
「言ったはずだよ。こっから先への通行料は命で払ってもらうって!」
 叫び、放たれる風刃と雷撃が敵の隊列へと深く斬り込む様を見送り、新たなる詠唱を始めた。
 地を撫でるように嫌らしく低空を駆け抜けるウィヴルの群れ。身に纏う風が下草を巻き込んで雨音に似た音を奏でる。あの風に巻き込まれたらダメージは避けられない。一気にブリーダー達の足を削ごうとするかのように、その速度を増していく。
「ここは通しません!」
「ブリーダーの名誉にかけて、ここを通させはしないわ!」
 ウィヴルだけを見据え、エルマ・リジア(ha1965)と美山弥生(ha4355)が前列に躍り出た。重力波と黒炎が直線上のウィヴルを巻き込めば、「やってやるわよ!」とロゼッタ・ロンド(ha3378)が進行を妨げる石壁を作り上げ、それを避けるように上昇したウィヴル達にソーサラーの魔法が次々に撃ち込まれていく。
「折角の防衛戦です。狼群戦術もどきと洒落込みましょうか」
 ミスティア・フォレスト(ha0038)は地図と情報網を駆使して敵の進行方向を予測し、事前にブリーダー達と塹壕を構築していた。侵攻が始まるや否やファイヤートラップを周囲に仕掛け、発動した爆音でデスホーネットやボールワーム達を塹壕へと追い込んでいく。次々に塹壕に落ち、丸まるボールワーム。デスホーネットは複数のソーサラー達の重力波で叩き落とした。そして――。
「撃沈していただきましょう」
 ミスティアは静かに言い放ち、塹壕の中にマグマの柱を打ち立てた。
「トリス、ハイペースだね」
 セリオス・クルスファー(ha0207)は飛来するスィール達へと光撃を放ちつつ、隣で絶えることなく詠唱を続けるトリストラム・ガーランド(ha0166)に声をかける。
「この手で護れるものは全て護りたい、から」
 真っ直ぐに前を見据えたまま、トリストラムは呟く。そして地を這う異形達の影を次々に縛り、飛来する存在の視界を奪っていく。
「‥‥付き合うよ」
 セリオスは頷く。そして縛られた異形の上を乗り越えてくる巨大な虫の群れへと、二人の魔法が縫い込まれていった。
 流れるように彼等の攻撃が撃ち込まれる中、そこを抜けてくるのはグラスジャンパー達。
「はわわ、ここはとーせんぼです。絶対先に行かせないのですよ」
 土方伊織(ha0296)はちらりと後方を振り返る。白亜の街が視界に入った。あそこに住む者達を傷つけさせるわけにはいかない。伊織は脚力を強化し、迫るウサギたちに片っ端から回し蹴りを叩き込んでいく。
 そこを更に抜けゆく個体へと、後方から矢が降り注いだ。リィリ(ha0152)とミゼリア・クラナッハ(ha3900)の弓弦から滑り出た矢だ。
「行かせるもんかってーの!」
「私だってやるときはやるんです」
 二人は冷静に敵の動向を見据え、弦を弾く手を休めることはない。
 上空を流れる矢の音を聞きながら、【RE】の月夜(ha3112)と華鈴(ha1070)兄妹、そしてディーロ(ha2980)とジノ(ha3281)兄妹が並び立つ。
「スミマセン‥‥ここから先へは行かせませんっ」
 華鈴は迫る大型の獣に脚で勝負を仕掛けた。一瞬で間合いを詰めて獣の眼前に飛び出すと、その素早い動きで相手を翻弄する。その隙に、月夜が詠唱を開始した。
 詠唱が終わると同時に扇を軽く閉じ、獣達の四肢を下草で縛り上げていく。そしてそこへ魔弾を、華鈴は鉄扇を撃ち込む。
「残念だが‥‥お前達はこの先には進めん」
 月夜は静かに言い放ち、再び魔弾を生成した。
「行っくぞ〜! 兄妹のスペシャルアタックだあぁぁ!!」
 月夜・華鈴兄妹が捌ききれなかった獣達を相手に、飛び抜けて明るく声を発するジノ。次々に射程内の獣達の四肢を下草で縛り上げていくと、ディーロの武器を強化した。
「受けてみろおぉぉ!!」
 妹に負けない声を張り上げ、ディーロは渾身の力で獣達に斬りかかっていく。視界の端、光となり舞い上がる獣。それを追うように、ディーロはちらりと空を見た。相変わらず空は、飛行型モンスター達で埋め尽くされている。
「折角雲が晴れたっていうのに‥‥嫌な色の空だな‥‥」
 ディーロが呟いたそのとき、遥か前方で戦闘を続けながら首魁を目指す戦線に異変が起きた。それまで最前線上空をからかうように舞うだけだったイーグルドラゴンが、ゆるりと降下を始めたのだ。
 ――最終防衛ラインを護る者達は、その姿に胸騒ぎにも似た得も言われぬ感覚を抱いた。

「あそぼーぜ! ニンゲン! オレ、空から見てるの飽きちゃったよ〜」
 空へと降り続ける矢の雨をかいくぐり、緩やかに迫るイーグルドラゴン。背の上の男は心底楽しそうに笑っている。ふいに立ち上がり、軽く右手の平を上に向けた。そこから生まれるのは、水晶の剣――。
「自己紹介がまだだったね〜。一度しか言わないから気を付けろよ? オレは、ラアっていうんだ。よろしく‥‥なっ!」
 男――ラアはクリスタルソードを最前列のブリーダーへと投げ捨てた。同時に、イーグルドラゴンの周囲を固めるように舞っていたウィヴル達が翼を畳み、急降下を仕掛けていく。その真後ろを大型の翼竜達とラアのイーグルドラゴンが追う。ウィヴル達の身に纏う風が矢を弾き返し、翼竜達が分厚い壁を形成し、彼等はラアの鎧と化した。
「護ること、それが剣士としての俺の役目だ! 来やがれええええええ!」
 セイル・ファースト(ha0371)は挑発するように叫ぶと、スコーピオンを振り上げた。最前列のウィヴルがセイルに照準を絞る。セイルは口角を上げ、振り上げたスコーピオンをそのままウィヴルの降下に併せて派手に薙ぐ。その時、セイルの巨体の影からルオウ(ha2560)が飛び出した。
「いっくぜええ!!」
 セイルの死角となる後方を補うべく背中合わせに立ち、頭上へとファングブレードを突き立てた。二人は周囲の仲間にウィヴルの風が当たらぬよう、確実に仕留めていく。彼等が風で傷つけば、ファトラ・ラージェ(ha2712)がすかさず治癒を施し、加護の舞で彼等の身を護る。
「俺にだってできることがあるはずだ!」
 地を駆け抜ける敵影は、そう高らかに言い放つ海神竜(ha0194)と虹慧鹿(ha3300)が次々に作り上げる石壁に阻まれ、その隊列を崩していく。上空の敵に専念する余裕が生じた。
「やるね〜。首都の方の‥‥アレ、最終防衛ラインっていうの? あそこもねばるよね。正直こっちが押されてるかなーって思うよ。でもここで終わりだよ。みーんなここで終わり。お前らみんなオレが倒して、首都も潰しちゃうんだ。楽しいと思わない?」
 ウィヴルの群れが粗方消えた頃、ラアはそう言って軽く手を叩く。すると壁を形成していた翼竜達が散開し、イーグルドラゴンとラアの姿がブリーダー達の眼前に完全に晒された。
「ここからは通しません!」
 鳳双樹(ha0021)が魔光弾をラアへと投げつけると、同時に竜がファイヤーボムを、そしてユニ(ha2837)が魔弾を放つ。
「おっ?」
 ラアは迫る攻撃に目を見張る。それらはイーグルドラゴンの鼻先で炸裂し、爆炎がラアもろとも包み込んだ。
「おいおい、これじゃあ前が見えないよ〜?」
 ラアが肩を竦め、やれやれ、とイーグルドラゴンの背からその身を翻した。
「双樹、いくよ!」
 双樹の姉、鳳美夕(ha0024)が双樹と共に地を蹴る。ラアが軽く着地する瞬間を見定め、美夕は前面に、双樹は背後を取って同時にラアの脚を狙った。
「甘いね〜」
 ラアはけらけらと笑う。直後、姉妹の軸足は下草に絡め取られ、完全にその動きを封じられてしまった。
「プラントコントロール‥‥っ!」
 美夕が草を引きちぎりながら唸る。ラアは姉妹から意識を逸らすと剣を抜き放ち、左右から迫るセイルとルオウを歓迎した。
「クリスタルソード、プラントコントロール、今度は剣か! 次は何をやろうってんだ!」
 ラアの剣に翻弄されながら、ルオウが叫んだ。
「見たい〜? じゃ、そっちの大きなお兄さんにはこれプレゼント」
 言いながら、セイルを指差した。セイルの背後に石壁が出現する。
「倒れちゃおっか」
 その言葉と同時に、石壁がセイルへと倒れこんできた。それを慧鹿の作り上げる石壁が迎え撃つ。
「オレ、天才だからさ〜、何でもできちゃうんだよね♪」
 今度はぱちんと指を鳴らす。上空で待機していた大型の翼竜達がかぱりと口を開けた。
「まずい‥‥っ!」
 誰かが叫ぶ。しかしその声が皆の耳に届くことはなかった。
 翼竜達の口から放たれた息は、前衛のブリーダー達を薙ぐ。ラアの間近に迫っていた者達も、その余波を喰らって吹き飛ばされてしまった。
 地に伏せ、声にならない悲鳴を上げる者、剣を杖代わりにして立ち上がる者。重なり合う息に晒された者達は大きなダメージを受けつつも、その意識はラアに向けられる。
「集まって‥‥回復します!」
 てるが力を振り絞って立ち、叫ぶ。しかしそれを遮ったのは、回復術を持つ者達と共に後衛から駆けつけてきたエヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)。
「援護します! てるさん達は首魁を目指して!」
 そして高らかに詠唱を始める。エヴァーグリーンの詠唱を阻止するかのように、イーグルの群れが旋回しながら舞い降りる。
「強引に暴れさせられて‥‥ある意味こいつらも被害者なんだよな」
 赤い瞳のイーグル達を見上げ、ヘヴィ・ヴァレン(ha0127)がエヴァーグリーンの前に立つ。彼女の詠唱を護るべく、ジャイアントアックスを構えた。
 先頭のイーグルをギリギリまで引きつけ、弾き飛ばすようにしてアックスの柄をぶちこんでいく。そしてそのまま振り上げ、後続のイーグルへと真空の刃を放った。
 直後、エヴァーグリーンの詠唱が完成し、彼女の周囲の者達が癒されていく。キオルティス・ヴァルツァー(ha0377)もまた、やすらぎの唄で皆を包み込んだ。
 主立った者達の回復が終わると、エヴァーグリーンはもう一度「首魁を目指して!」と、てるに言う。てるは首魁を目指す仲間達と頷き合い、真っ直ぐにラアを見据え立つ。
「よし、行けーッ!」
 加護の舞を前衛達に施し、キオルティスがその背を押した。
 ラアを目指し駆ける者達を薙ぎ倒すべく、スィールが宙を迫り来る。アルビスト・ターヴィン(ha0655)はアイスブリザードでそれらを包み込み、先頭を駆ける者達の背後を護ることに徹底する。
「笑顔で御挨拶という状況は遠いです。エピドシスの方とも、あちらとも‥‥ね」
 イヴリル・ファルセット(ha3774)は駆けながら下草を操り、両脇から突撃を仕掛けるボールワームの脚や獣型モンスター達の脚を止めていく。それらに紛れるように黒い霧の姿を発見すれば、最もそれに近い位置にいる者にクリスタルソードを託す。
「懲りないね〜、まだ向かってくるんだ? じゃ、もっと遊ぼうか」
 ラアは突進してくるブリーダー達を見て肩を竦めた。
 御影藍(ha4188)と密原帝(ha2398)はひたすら進行方向の敵を薙ぎ払いながら進む。帝の放つ風刃が敵の体を裂いた直後、帝自身の刃がそこに止めを指すべく舞い降りる。帝とてるの中間で藍は機動力を駆使して一体一体確実に転倒を狙う。
 ラアは身動きひとつせず、ブリーダー達が自身の元へと到達するのを待っていた。
 その表情には絶対の自信と、戦闘を心底楽しむ色が浮かぶ。
「間もなく到達です!」
 言いながら、イヴリルは前衛の者達に魔力回復とグッドラックを施していく。
「さあ、来いよ!」
 ラアが高らかにそう告げたとき、彼の頭上を舞う影があった。
「な――!?」
 突然の出来事にラアは一瞬体を硬直させ、何が起こったのか考える。
 迫るブリーダー達のひとりが瞬脚で眼前に迫ったかと思えばその姿が消え、頭上を舞った。背後から感じる気配は確かに人間のそれだ。微かに頬を引き攣らせながら振り返れば、ラグナス・フェルラント(ha0220)が涼しげな笑みを浮かべ、三節棍をラアの首に押しつけていた。
「ニンゲン、今‥‥飛んだよな?」
「飛びましたね」
「‥‥生意気なんだよ」
 ラアは呟き、剣を投げ捨てると脇に刺していたトンファーを引き抜いた。
「ニンゲンが飛ぶんじゃねぇよっ!」
 身を屈め、ラグナスに足払いを仕掛ける。ラグナスがそれをかわすと、一瞬がら空きになった彼の腹部へと拳を深く突き込んだ。
「さぁて、気合い入れていきますか」
 ふいに、ラアの耳に届く声。この状況下にあってその言葉を言う余裕に、ラアは思わず口角を上げる。
「へえ〜、勝ち目がないとわかっててそういうこと言えるなんてな〜。負け惜しみ?」
「負け惜しみかどうかは‥‥その身をもって思い知ることでしょう。ヨロウェル共々、止めさせていただく」
 ラアが振り返りざまに振り下ろしたトンファーを黒曜刀で受け止め、にこりと笑うルイス・マリスカル(ha0042)。
「ヨロウェル? 勝手に名前つけるなよ、オレの可愛い木偶人形に‥‥。一応、オレがつけたマーヴェラスグロリアっていう格好いい名前があるんだぜ? ‥‥使ってないけど」
 ラアは少し不満そうに口を尖らせた。
「それは格好いいのかどうか微妙ですね」
 てるの治癒を受けると、ヘヴィの肩を借りてゆるりと立ち上がるラグナス。
「格好いいんだよ!」
 ラアは更に口を尖らせる。そのとき、ラアの周囲にブリーダー達がじりじりと集まり始めた。
「‥‥てめぇら、いつの間に」
「よそ見はいけませんよ。‥‥さあ、もう一度翼竜達に攻撃させますか?」
 双樹が、そして美夕がラアに近付けば、セイルとルオウがその後ろに続く。
「何度攻撃を受けたって、諦めねえぜ?」
「首都に行かせない! 絶対に‥‥」
「僕ら『人』の意地と誇りにかけて!」
 藍と帝もまた、ラアの射程内に入る。
「‥‥薙ぎ倒してやるよ」
 ウォーリアーと武人達に囲まれたラアが、さも楽しげに頬を緩める。そして詠唱に入ろうとしたそのとき――。
 ウォーリアー達の剣が、同時に弧を描いた。
 ラアは詠唱をやめ、その太刀筋を見極めて体を反らす。そのまま後転し、地に軸足を付けて強く踏み切る。そしてトンファーをクロスさせ、剣を構える者達へと瞬時に押し込んでいった。
 ラアはその機動力を使い、片っ端から刀身にトンファーを引っかけ、引き倒す。しかし倒された者はすぐに体勢を立て直し、再びラアと対峙した。決してラアに詠唱の隙を与えはしない。仲間への命令の隙を与えはしない。
 それにより、ラアは徐々に余裕を無くしていく。笑いながらブリーダー達の攻撃を受け止めながらも、しかし徐々にその体に攻撃が届くようになる。細かな傷がついていく。
 ――ラアへの攻撃の手は、止まるところを知らなかった。
 美夕と藍が両脇からトリッピングを仕掛け、双樹が背後を取る。ラアが敵のいない前方に抜けようとすれば、ルイスの刀身が鼻先を掠める。再びラグナスがラアの頭上を舞い、地に降り立つ直前に膝をラアの腹部へとねじ込んでいく。
 絶え間ない攻撃に、ラアの呼吸が一瞬止まる。
 その隙を見逃さず、対峙する全ての者達がその手に持った相棒に渾身の力を込め、真っ直ぐに突き込んだ。
 逃れる隙も、迎撃する隙もない。
 空が飛べればと――ラアは天空を見上げた。

 かつてブリーダー達に深手を負わされたシャルロームと同じように、ラアをブリーダー達の剣が囲む。
 傷は深い。熱く、重い。既にどこが痛むのかわからないほどに。
 だがシャルロームと違うのは、ラアはまだ倒れてはいないということだ。震える膝に力を込め、大地を踏みしめ立つ。
 しかし、このままでは――。
 ラアは一瞬思考したあと薄ら笑いを浮かべ、霊峰アルタミナを見上げた。
「何を――」
 ラアの不気味な気配に気付き、ブリーダー達は眉を寄せる。背筋にひどく冷たいものが走るのを感じ、今すぐにラアに止めを指すべきだと本能が告げる。
 だが、アルタミナ山頂から零れ落ちる異質な気配が、ブリーダー達の体を硬直させる。
 動けと、腕に命じる。脚に命じる。だが、誰も動くことができない。
 そして――。
「やっちまえ‥‥っ!」
 ラアが、血反吐を吐きながらアルタミナへと声を張り上げた。

 誰もが、剣を降ろした。
 誰もが、詠唱をやめ。
 誰もが、時が止まるような錯覚を覚えた。
 天と地を埋め尽くしていた異形達は、誰に指示されるでもなく一斉に退いていく。
 最前線で絡まるものも、最終防衛ラインを狙うものも。
 ラアに率いられていたもの全てが、まるで潮が引いていくかのように。
 閃光が走る。
 否、それが閃光であることを、最前線の者達は理解できなかった。
 網膜を焼くような輝きと熱を感じると同時に、その視界は奪われる。
 最終防衛ラインの者達や首都周辺の住民達は、閃光と共に巨大な火柱が天空を貫くかの如く、大地から噴き出す様を目の当たりにした。
 閃光と火柱が消えたあとの大地に立っている者は、誰一人として――。

 霊峰アルタミナの麓が深く抉れている。最前線への直撃を免れたものの、波打つ衝撃波は前線のブリーダー達を悉く薙いでいった。逃げ遅れたモンスター達は魔力の粒子となって消えゆくものもあれば、空からぼとぼとと墜落するものもある。
 あれほどの火柱だったというのに大地は延焼しておらず、傷つき倒れる存在の体にのみ、火柱が確かにあったという証が刻まれているだけだ。
 圧倒的に負傷者が多い――否、立ち上がることができる者を数える方が早いこの状況下では、否応なしに戦線を下げざるを得なくなる。
 最終防衛ラインの一部の者達や救助を主とする者達が、戦線後退支援及び援護のために駆けつけてきた。
「ポーション類は必要な方へ! 戦えない負傷者は? 後方に伝言は!?」
 アスラ・ヴァルキリス(ha2173)とレイン・ニム(ha4308)が、馬で回復要員や食料及び治療薬等の輸送を急ピッチで進めていく。最前線と防衛ラインとの往復間に、詳細な情報も後方へと伝達していった。
「大丈夫か!? 助けに来たぜ!」
 十六夜幻夜(ha2277)とジョン・ナイスガイ(ha0443)は負傷者の元へ駆け寄り、肩を貸し、または背負い、後方で治療を施しているプリーストやハーモナー達の元へと運び込む。次々に最前線から後方へと運び込まれる者達。
「大丈夫?はい、どうぞなの」
 コチョン・キャンティ(ha0310)は飲み物を手渡しながら、サクラ・フリューゲル(ha0022)と共に集まった負傷者達に治療を施していく。杁畑相楽(ha3469)は本格的な治療を待つ者達へと迅速な応急手当を続け、防衛ラインに設置された救護所への搬送の指示も出した。
「哀しい風に、惑わされぬように」
 リュミヌ・ガラン(ha0240)は唇を噛み、しかし気持ちを奮い立たせて上空から負傷者の状況を確認し、幻夜やジョンへと伝達していく。
「どうしてこんな‥‥哀しいことをするのでしょうか?」
 リュミヌはゆっくりと振り返る。そこには、ヨロウェルの攻撃が発動する直前にイーグルドラゴンによって空に救い出されたラアの姿があった。
 イーグルドラゴンの背の上、膝をつき肩で息をするラアは何も言わず、ただブリーダー達をねめつけるだけだ。
 ふいに、震える腕を持ち上げ、首都を指差した。イーグルドラゴンはその首を首都の方角へと向ける。単騎で首都を狙おうとでもいうのか。
 そのとき、ラアの頬を掠めて小さな矢が走り抜けた。リル・オルキヌス(ha1317)の放った矢だ。
「小さくても‥‥、頑張れます!」
 リルはイーグルドラゴンと同じ高度を保ち、次の矢を番えた。イーグルドラゴンはそれを避けるように急降下し、治療を受ける者達の元へと一直線に向かう。その眼前に、レテ・メイティス(ha2236)とバルク(ha3615)が立ちはだかった。
「‥‥通せません」
 レテが静かに言い放ち、体重を乗せてスコーピオンを左翼へと叩き付けていく。飛行速度との相乗効果か、スコーピオンの刃は左翼の付け根を深く抉る。
「まだエピドシスの酒や食い物を試していないのでな、蹂躙はさせんぞ」
 バルクは落ちているフランキスカを拾い上げ、持ちうる力の全てを込めてイーグルドラゴンへとぶん投げた。フランキスカはレテが裂いた左翼の傷に深く潜り込む。
 イーグルドラゴンは体を左に傾け、レテとバルクに右翼を叩き付けようとした。しかし、そこにジェレミー・エルツベルガー(ha0212)の矢が飛び抜け、ラアの喉元を狙う。主の危機を感じ取ったイーグルドラゴンは、強引に体勢を変えてその矢を自身の身体で受け止めた。
「――もういい、無茶すんな。有り得ねぇくらい頭来るけど、一旦退く」
 ラアはイーグルドラゴンに囁きかける。イーグルドラゴンは喉を鳴らすと、ブリーダー達に、そして首都に背を向けた。
 しかし誰も、その背を追おうとはしない。否、追うことができなかった。
 傷つき倒れた者達を癒し、体勢を立て直す必要がある。
 この状況で彼等を深追いすれば、間違いなく待ち構えているのはヨロウェルによってもたらされる、死への抱擁のみだ。
 だから、今は――追えない。


「もう少し、頑張ってくれ。アイツのところにオレを連れて行ってくれ‥‥!」
 ラアの血を吐くような言葉が、イーグルドラゴンを強く羽ばたかせる。左翼がほとんど使い物にならないイーグルドラゴンは、しかしそれでも空を舞う。ラアはその生々しい傷を直視できなかった。
「‥‥ニンゲン、許さねぇ‥‥もう容赦しねぇぞ!」
 次第に小さくなるブリーダー達、遠くなる地上。そして迫るは――人々が『ヨロウェル』と呼ぶ存在。
 まるで世界の全てに審判を下すかのような、不気味な沈黙の元にその圧倒的な存在感を見せ付け、それは霊峰アルタミナで微睡んでいた――。

<担当 : 佐伯ますみ>




戻る