●開戦
  パリから約半日。川沿いに広がる鬱蒼とした丘、その中腹にある割と大きめの古城──それがシュヴァルツ城だった。
 今日の一戦で全てに片を付けたいのはどちらの勢力も同じ、持てる戦力を余すことなく注ぎ込んだ決戦と呼ぶに相応しい、双方共に無傷とはゆかぬ厳しく激しい戦闘になるだろう。けれど、城の南北に集中すると思われる敵勢力は未だ姿が見えていない‥‥いつ訪れるとも知れぬ決戦に、すでに姿を変え紛れ込んでいるやもしれぬデビルに、緊張の糸は否応なく張り詰めていた。
 そんな中、シュヴァルツ城北側、戦闘が始まれば後方と呼ばれることになろう城側には回復要員が集い、言葉を交わしていた。
「こんな状況下で、しかもハーフエルフ‥‥信用しろという方が無理かもしれませんわね」
 アリシア・キルケー(eb2805)は時折り送られる視線に小さく溜息を吐いた。既に、陣営全体に張り詰める緊張感に耐えかねたハーフエルフが狂化し月魔法メロディーの使い手や仲間の冒険者によって取り押さえられるという事態が発生している。
「そんなことはっ、‥‥」
 咄嗟に否定しようとしたマリウス・ゲイル(ea1553)は、けれど視線を伏せた。回復・攻撃魔法の使い手ヘレン・ティンガ(ea6341)と前線に向かうマリウスにとっては、友であるはずのハーフエルフですら‥‥悲しいことではあるが、確かに警戒すべき仲間だった。
「無理に否定しなくていいぜ。大量の血、緊迫感、銀製の武器‥‥狂化の鍵がゴロゴロしてやがるのも確かだしな」
「いつ、どこで狂化し、何をしでかすか判らないというのは、乱戦においては確かに脅威でしょうし」
 愛弓パイソンの手入れをしていたディック・ダイ(ez0085)は手を止めると、帽子の鍔を僅かに下げて葉巻を咥えたままの口元で小さく笑った。困惑するマリウスへ、ミィナ・コヅツミ(ea9128)も笑みを浮かべる。悲しいかな、そんな扱いにももう慣れてしまった。
「それどころか、仲間が傷つけられた怒りで狂化しないとも限りませんものね」
 『銀月の癒し手』として名を馳せつつあるサーシャ・ムーンライト(eb1502)も小さく頷く。身体的特徴である耳を隠そうとも、ハーフエルフであるという事実は拭えないのだ。同じく『爆乳の癒し手』の名を持つシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)はサーシャの肩をぽんと叩いた。
「せめて、その可能性の芽だけでも私たちの手で摘みましょう。敵はカルロス元伯爵なのですし」
「そうですわね。黙らせるだけの実力に、理解ある仲間のサポートがあるのなら万全ですわ」
 地が覗き強気の微笑みを浮かべるアリシア。マリウスも伏せていた視線を上げた。
「確かに不安は皆無ではないです‥‥けれど、大事な仲間であることも確かです」
 警戒に僅かな敵意を滲ませた視線を送る周囲の冒険者たちをキッと睨み返し、視線で黙らせる。
「じゃあ、酷い怪我の人とハーフエルフの近くの怪我人の情報をいち早く知らせるようにしますねっ」
 シフールのソムグル・レイツェーン(eb1035)は、改めて自分の為すべきことを決めた。秘密にしたら怒られるでしょうか‥‥と内心で少しばかり寂しい想いをしたが、そこはなけなしの理性でググッと押さえた。
「そうですね。こちらの戦力は補充が効きません、私たちの回復だけが要になりますから」
 『聖光のかざし手』ウィル・ウィム(ea1924)の言葉に、回復魔法の使い手たちは頷いた。少なくとも、仲間たちから死者を出すことだけは何としても避けたい──それは癒し手たちの共通の想いであり、祈りだった。

 その時、ディックが動いた!!
「──おいでなすったぜ!」
 構えるパイソンの先には、シュヴァルツ城へ向かい一直線に進軍してくる敵勢力の姿があった!!
「傭兵にオーガ、デビル‥‥こちらより明らかに数が多いです!!」
「待って、あれは‥‥アンデッド!?」
 そこかしこで支援魔法の詠唱やオーラの詠唱が聞こえる中、じっと見据えるミィナの目に映ったものは、カルロス元伯爵の陣営に先日まで明らかに見られなかった存在‥‥アンデッド、ズゥンビの群れだ!!
 アンデッド研究家シャルロッテも敵陣営に目を凝らし‥‥そして叫んだ!
「ズゥンビにグールが混じっています、気をつけてください!!」
「どっちも死体に変わりねぇ、眠らせるだけだ」
 ディックが引き絞ったパイソンの弦‥‥狙い済ましたその一矢が放たれたのを皮切りに、決戦の火蓋が切って落とされた!!
「「「ウォォォォオオ!!」」」
 混沌を生じ始めたシュヴァルツ城北側──ジュリアン・パレ(eb2476)はそっと十字を切った。
 願わくは、両陣営とも、失われる命が少なくありますよう──‥‥

(担当:やなぎきいち)

●絶対防衛線

 シュヴァルツ城北より向かってくるカルロス軍。半数弱を占めるオーガを始めとする敵混生軍に対し、老将、ギュスターヴ・オーレリー(ez0128)率いる隊は、城壁に付近に布陣する。
「良いか! なるべく敵を引きつけ、効率良く撃破せよ。断じて自分の背後に敵を逃してはならぬ!」
 射撃や魔法を効率よく使うには、段差があるほうが良い。そして、此方には城壁と言ううってつけの段差がある。
「手加減は致しませんわよ! ファイヤーボム!」
 クレア・エルスハイマー(ea2884)によるファイヤーボムが敵陣に炸裂する。ファースト・パンチとしては十分派手な一発である。さらに、続いて他の魔法使い達の魔法が炸裂する。先制攻撃に浮き足立つオーガ達は、他の部隊を置いて守備隊に突っ込んでくる。
「ゆっくりと傍観していましょう。攻撃さえされなければ」
 何故此処に居るのか解らない様なことを暢気に言う暁らざふぉーど(ea5484)だが、オーガにとってはそんな事は関係ない。目の前のパラを血祭りに上げてやるとばかりに襲い掛かる。だが、その攻撃を避けるとスタンアタックで動きを止め、無抵抗の喉に刃を付きたてる。
「此処じゃゆっくり見てられもしない」
 襲い来る敵に反撃を返しつつ、のんびりできる場所を探すのであった。
「報告! オーガと見られる部隊、進軍速度上昇。他部隊と分断しています」
 浮き足立って先行するオーガの群れに頭を冷やせと言わんばかりの強烈な冷気が浴びせられる。アリス・コルレオーネ(ea4792)の高速詠唱によるアイスブリザードの絶え間ない連撃。これにより、オーガの被害は更に広がる。そして、きっちり白兵戦部隊が詰めて、魔法使い達をオーガの群れから守る。

 一方、傭兵達はオーガ達に見切りをつけたのか、迂回するようにして城門に迫る。だが、その動きも、早々に守備隊の知る所となる。
「報告! 傭兵部隊、別方向より接近中!」
 竜胆零(eb0953)ら偵察部隊が、敵に動きあらば、早急に本営に情報を持ち帰り、その情報から瞬く間に対応策が弾き出される。
「射撃部隊の斉射の後、白兵部隊が当るのだ!」
 城壁より、クロード・レイ(eb2762)らによる射撃の雨が浴びせられる。その間にやはり白兵部隊が詰める。傭兵達も格闘武器が主体な為、同等の戦力であれば射撃と言う援護が付く分、守備隊の方が有利に事が運ぶ。

 一方、このままでは埒が開かぬ、とばかりに、魔法を詠唱し始める悪魔信者達。だが、そうは問屋が降ろさない。敵後方より、小規模な爆発が巻き起こる。月影焔(ea5538)による、微塵隠れである。いきなりの爆発に、動揺が走る悪魔信者達。いきなり自分の側で爆発するかと思うと、集中どころではない。さらに、駄目押しとばかりに、カルナック・イクス(ea0144)らが射撃で詠唱する間を与えない。上からならば、障害物が無い分、より遠くの敵まで狙う事が出来る。城壁と言うアドバンテージはかなり大きい物があったと言えよう。

 人間やオーガ達が期待通りに動いてくれないので、デビル達は仕方なく、自分の翼で直接城壁を越えてやろうと考え始める。これが唯の鳥や蝙蝠なら簡単に射落とされるのだろうが、自分達には唯の武器は通用しない、と高を括っていたのだろう。その思いは、見事に裏切られる事になる。
「一発必中! こっちはお前達が動くのをずっと待ってたんだよ!」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)が叫ぶ。彼の梓弓は、インプやグレムリンの虚弱な翼を射抜き、撃ち落して行く。
「悪魔とは言え、所詮は小物。此方がしっかり準備をしていた事には考えが及ばなかったようですね」
 同じくシルバー・ストーム(ea3651)がデビルを撃ち落しながら分析をする。彼のように、元々空を飛んで来る物も居るであろう、と見越していた者たちにとって見れば、このデビル達の行動は愚の骨頂に思えたであろう。

「フム、今の所戦況は順調な様子だな」
 少なくとも、現状は苦戦の様子が無い事に一安心のギュスターヴ。だが、順調に行過ぎている気もしないでもない。そんな彼の元に、気になる報告が寄せられる。
「報告します! ユニ・マリンブルー(ea0277)殿が、怪しげな馬車を発見した、とのこと。そして、不審な行動をしたら攻撃を仕掛けるそうです」
「この戦場に馬車だと? ‥‥敵の増援かどこぞの道楽者か‥‥何れにせよ、このままでは終ってくれそうには無いか‥‥引き続き、調査、冒険者の支援と情報伝達に力を入れよ。先はまだまだ長い」

 そう、戦闘はまだまだ、始まったばかりなのである‥‥。

(担当:九十九陽炎)



●侵入

 城壁を乗り越え、または敵を警戒しつつ僅かに開かれた城門から、シュヴァルツ城内に陣を定めた冒険者は二百三十を数える。そして城内にいた騎士団と関係者が四十名程度。この半数以上は聖櫃の防衛に地下室とその出入り口に向かい、城と中外の庭を守る冒険者達は百余名だった。
 もちろん敵は、彼我の戦力差を等しくして戦おうなどとは考えない。
 羽ばたきがやまない指輪の蝶に、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は血脂に塗れる聖剣を握りなおした。城内に飛び込んできたデビルは少なくはなく、姿を隠さずにいる輩も多いので、対抗できる武器を持つ者は皆、城内を駆け巡っている。そして時に、潜入していた傭兵などと切り結ぶのだ。
 それでも最初に比べれば、彼らは持ち直しているといってよかった。レナン・ハルヴァード(ea2789)や常倉平馬(ea8574)などが傭兵達の侵入路で壁となる間に、カレン・シュタット(ea4426)がライトニングトラップを張り巡らせて、相手の動きをくじく。その間に外でも動きがあったのだろう。城内に新手が送り込まれてくる気配が失せた。代わりに、これ見よがしに飛び回るデビルと姿を隠す能力に長けた輩がそこここに潜んでいる。
「やれやれ、もててもてて仕方がないってところかしらね」
 そんな中、一部だけが低い城の屋根に十人近い冒険者の姿があった。その中でシルバースピアを突き出しつつ、物騒な笑いを浮かべたのはミリランシェル・ガブリエル(ea1782)だ。屋根の上から敵を見つけたら奇襲をと考えていたが、それどころではない。いい目印になってデビル達を相手取っているところなのだ。やはり羽ばたきっぱなしの指輪の蝶を見る暇もないルーロ・ルロロ(ea7504)や銀武器を振るうウリエル・セグント(ea1662)、オーラパワーを駆使するアフラム・ワーティー(ea9711)、割波戸黒兵衛(ea4778)などが、寄っては離れるデビル達の攻撃を受けては、何とか一撃を食らわせようとしている。時に成功するものの、宙を飛ぶ相手に、分が悪いのは当然だ。
 しかし、そんなことは最初に刃を交えたときから分かっている。だが彼らは待っていたものがあった。その一つが、ヴィグ・カノス(ea0294)のアイスチャクラだ。他にも魔法の援護が次々と飛んでくる。スクロールを使っている者もいるのだろうが、デビルにはどちらでも効果がある。
 ただ術者は上を向いての行動になりやすいので、そのフォローに回ったレイ・ファラン(ea5225)や浅倉敬(ea9243)などは、周辺の警戒に怠りないが。
 そうしてデビルが幾らか数を減じ、冒険者達も別の争いの音が響く場所へと加勢に駆けつける間も、あちらこちらで敵を発見、遭遇した冒険者達が死力を尽くしていた。
「こぉのぉーっ、こそこそ隠れてるんじゃなーいっ!」
 城内に響き渡れといわんばかりの絶叫と共に、ノリア・カサンドラ(ea1558)のスープレックスが炸裂した。倒れた傭兵に、更に和霊亜久也(eb2619)が同じ技を決める。これで動けたら、もう人は止めているだろう。
 もう一人を追い詰めていた雑賀篤瀧(ea7997)が、傭兵の反撃に上体を傾げたのを見て、アイリス・ビントゥ(ea7378)とサイラス・ビントゥ(ea6044)の兄妹が掛け声まで合わせてそれぞれの一撃を繰り出した。敵も一人でいることはないが、冒険者達も集団で相対するのでさほど圧されることはなかった。
 だが、傭兵達も無目的に城内に潜んでいたわけではない。
 これまで静かだった城内の、それも限られた場所から漏れてきた騒ぎに、エグゼ・クエーサー(ea7191)とマーヤー・プラトー(ea5254)は一瞬顔を見合わせた。彼等と共に庭を巡っていた月村匠(ea6960)やイルニアス・エルトファーム(ea1625)、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)、シクル・ザーン(ea2350)も状況を悟ったようだ。
「加勢に行ったほうがいいんだろうね。ここはやっぱり、強い奴から?」
 クレイモアを構え直したジェラルディン・ムーア(ea3451)が、マーヤーとエグゼを仕草だけで城へ向かえと促した。この時を待っていたかのように、事実待っていたのだろう敵が、人もデビルも関係なく冒険者達の前に姿を現したのだ。彼らの向かってきた傭兵の一人とクレイモアを打ち合わせ、ジェラルディンが早くと二人を怒鳴りつける。
 それに弾かれたように、他の面子が二人を押しのけるようにして敵との合間に割り込んだ。何組かに分かれていた冒険者も、最初の襲撃に持ちこたえる合間に分かれ、また集まりを繰り返した。その中でずっと組んでいた実力と相性を見込まれた二人が城内に駆け込んで行ったのはすぐ。
 カルロスが‥‥そう叫ぶ誰かの肩に矢が突き立ち、倒れた者を物影に引きずり込む別の誰かがいる。その上を飛び越えるように地下室を目指したエグゼとマーヤーだが、彼らがそこに辿り着くには随分と長い時間が必要だった。
 城内に潜んでいた敵がすべて掃討されるまでの、長い時間が。

(担当:龍河流)


●秘密の通路

 シュヴァルツ城内に繋がる通路を潜り、内部へ侵攻しようとする敵がいる。すでに入り込んだ輩も少なくはないだろう。
 相手は人の姿をしている多数の者と、中空を飛び回る十体いるかどうかのインプ、冒険者達の背後にズゥンビが現れたと誰かが叫んだが、そちらは振り返る暇もない。
 もはや誰が作ったのかもわからない水晶の剣を振るいつつ、井伊貴政(ea8384)が通路へと駆けていた。通路の入口を守ろうとする敵に対して、体重を乗せた一撃を食らわせる。その背後では、ディグニス・ヘリオドー(eb0828)が立ち塞がる相手を容赦なくラージクレイモアで切り伏せた。互いに罵りあうこともない、騒々しくも声のない争いだ。
 と、不意に獣の咆哮の様な叫びが上がる。
「ここから先には一歩も行かせん!」
 風雲寺雷音丸(eb0921)が気勢を上げて、前に出る。巨体は確かに通路を塞ぐ敵の陣を切り崩しているが、当人もけして無傷ではなかった。だが同族のシャクティ・シッダールタ(ea5989)とデルスウ・コユコン(eb1758)が続き、一団となって通路を塞ぐ敵を圧した。
 初めて、通路が冒険者の前に開いた。
「ここは必ず確保するわ。誰か行って!」
 急降下してきたインプの爪を左手の小太刀で受け、入口に背を向けた神剣咲舞(eb1566)が剣戟の音に負けない声を張り上げた。最初に応えたのは、フリッツ・シーカー(eb1116)だ。
「カルロスなんぞの部下は掻き回してやるさ」
 言い捨て、入口に飛び込んだフリッツの横合いを、疾走術を使った荒巻源内(ea7363)が滑り込んでいく。その先で、くぐもった誰かの悲鳴。先に向かう気配が、荒巻の声ではなかったことを知らせた。
 二人に続いて、アレクシアス・フェザント(ea1565)、李斎(ea3451)、源真霧矢(ea3674)が駆け込んでいく。彼らの足音は、すぐに他の音に紛れて聞こえなくなった。
 代わりに響くのは、今は通路の入口を死守する立場になった冒険者達へ迫るアンデッドの足音だ。無論まだ、インプも上空に残っている。城内に向かおうとした姿には、地上から幾筋もの魔法が伸びた。そして地上に蠢くズゥンビなどに向けても。今まで前衛だった一団を支えていた人々が、今度は前線としてアンデッドを迎え撃っていた。
 ほんの僅かな言葉が交わされて、セシリア・カータ(ea1643)、レーヴェ・ツァーン(ea1807)、アッシュ・クライン(ea3102)などがまた前線に立つべくアンデッドへ向かう。陣形が一部混乱しながらも変化して、アンデッドの掃討戦が始まった。
 そして通路の入口では、まだ息のある敵の無力化を計っていたグラン・バグ(ea5229)が、突如としてその重傷者の首を斬りおとした。少し離れたところで、ヴィゼル・カノス(eb1026)も同様に。飛んできた首を見た咲舞は、その口に人にあらざる牙があったのを確かに見た。
 人であることを捨てたのは、カルロスだけではないらしい。そう知らされた冒険者達は、アンデッドの中にも姿を変えたデビルが紛れてはいないかと神経を尖らせる羽目になった。
 だが、それよりもなによりも。
 通路の中、敵味方入り乱れて刃を打ち合わせ、もつれ合うように反対側に出た冒険者と敵とは、そこで低く問い詰める声を聞いた。
「あの通路には分岐点があろう。カルロスは、どこを目指した」
 僅かな時間にそれを見て取った荒巻の追求に、敵が答えるはずもなく‥‥
 どちらかが全滅するまでの討ち合いは、その後もまだ続いていた。

(担当:龍河流)


●聖櫃

 聖櫃が安置された地下室は、地上の階と違いただひたすらに広かった。本来あるはずの部屋もなく、四つある階段から下りきったところにそれぞれ扉があるだけだった。もちろんその扉の前には、カルロスが来ることを予想して相当数の冒険者が配置されている。
 けれど、地下室に姿を見せたカルロスは、そのいずれの扉も通ってはいなかった。クィディ・リトル(eb1159)が石の擦れる音を耳にしたときには、すでに見つかっていなかった城外からの通路を辿り、カルロスとその手勢が聖櫃の間近にやってきていたからだ。
 冒険者にって幸いだったのは、クィディの類まれなる聴覚が石の隠し扉が最初に動いた音を聞きつけたこと、そしてこちらも余人の及ばぬ目の良さを持つポヮ・アルエット(ea3695)がその動きを捉えられたことだ。
 敵の襲来を知ったバード達が、それぞれの喉や楽器を奮い、震わせて聖櫃を守るためのメロディーを紡ぎあげる。神聖魔法の使い手達は、姿を見せたデビルに容赦なくその身を削る呪文を披露した。それでも飛び出したデビルには、シャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)達神聖騎士と、魔法武器や付与を受けた得物を得た騎士、戦士が一撃を与えていく。
「奥にいる分も合わせて、五十は固いかな」
 ポヮが声を張り上げると、騎士らしい、だが随分と赤黒く汚れた装束の男が剣を振り上げた。彼がようやくそれを受け止め、しかしそれ以上のことが出来ないでいると、横合いからするりとバーニングソードをまとわせた剣が入り込んだ。男の鎧の継ぎ目にだ。
「ほら、職業なんて関係ない。どうして偉い人には分からないのですかな」
 戦場には不釣合いな笑顔と、余人には意味の分かりにくい台詞を口にしたレイ・コルレオーネ(ea4442)を見て、彼がウィザードだと分かる者は滅多にいないだろう。
 今は、敵を一人でも、一体でも減らせればどんな技や魔法を使おうと誰も気にはしなかったが。
 ともかくも、冒険者側は最初に相手に痛打を浴びせることに成功した。
 ずっと前線で活躍と呼ばれるに十分な働きをしてきた無天焔威(ea0073)が、共に扉を守っていた冒険者達と地下室に戻ったのはこの頃だ。速やかに状況を見て取った彼らは、聖櫃の守りを厚くするように動いた。そうはさせじとするカルロスの配下と、混じり合って互いに圧し合う。
「強い奴からかかってきな!」
 聖櫃の防御を固める後衛の動きから敵の意識を逸らそうと、フィアー・ロンド(ea6099)が明るすぎる挑発の叫びを上げる。けれど、それに対して動いたのはインプが数体のみ。それらは魔法を付与されたジャイアントソードを振るう響清十郎(ea4169)や同様にナックルを繰り出す李美鳳(ea8935)が相手取る。
 そうして、地下室に一歩踏み込んだだけの位置で周囲を睥睨しているカルロスが、あからさまな嘲笑を浮かべた。偶然に目が合って、無表情に見返してきた紅天華(ea0926)を眺めやり、少し笑みの種類を変える。
「これだけ力も見栄えも揃った者達の魂が手に入れば、さぞかし力が得られような」
「無駄だ。聖櫃には触れることも出来まい。貴様のように、すでに人でないものにはな」
 地下室にいた冒険者は、全員が戦うことを目的としていたわけではない。カルロス達が聖櫃を奪う意思を失くすようにメロディーを紡ぎ続けたバードや、聖櫃そのものをアイスコフィンで固め、運び出すことどころか触れることも叶わないようにホーリーフィールドも展開した。天華のデティクトライフフォースにカルロスが反応しないということは、彼が聖櫃に触れられる可能性はないに等しいということだ。
 だが、カルロスは腰に下げていた剣を抜き、それで自分の手首を切った。流れた血が黒く見えたのは冒険者達の錯覚か‥‥
「聖櫃をここに運んでくれたことに感謝するぞ。わが返礼を受け取れ」
 だが、その血が床の上に何か描くように走り始めたのは、錯覚でもなんでもなく。
「貴様の所業を許す御仏も神もいるものかっ」
 地下室を走り出す足音、呪文を紡ぐ声、聖櫃の前に立ち塞がり、身を投げ出してデビルの力を寄せ付けまいとする数多の冒険者の耳に、微かな音が聞こえたのはこの時。クィディや他の何人かが、耳を押さえて転げ回り、床に突っ伏した。
 それでも白や黒、それ以外の様々な色が乱舞した地下室では、カルロスのいる端と聖櫃の据えられた中央とに亀裂が走り、それに沿うように幾筋も魔法が駆ける。
 そうして、魔法の大半はカルロスの前で食い止められ、反対に聖櫃を覆っていたすべての魔法は弾け消えた。その反動で、周囲の者が床に投げ出される。響くカルロスの哄笑。
 けれどそれは、長くは続かなかった。
「まだ終わってないぜ」
 魔法を帯びた刃を持つレイや無天達に斬りかかられ、カルロスはさすがに立ち位置を変えた。それだけですべてはかわしきれずに、幾つか手傷を負う。
 直後、聖櫃にすがって立ち上がった天華やシャルロッテ達聖職者の魔法が、再度カルロスを襲う。今度は弾かれなかった神聖魔法は、なぜか誰もが見たこともない勢いを得ていた。同時に飛んだ精霊魔法の数々が、まるで目立たないほどに。
 そして、また皆が床に投げ出された。聖櫃そのものに突き飛ばされたかのように。だから、その冒険者達は見ていない。
「この俺が滅びるだと‥‥」
 カルロスが、塵となって消えていく姿も、その直後に不思議なほどに統制を保って、配下とデビルが撤退していく様子もだ。追撃は行われたが、途中で何度も分岐した通路の中、すべてを討ち取れはしなかった。
 けれど。
 少なくともヴァン・カルロスと呼ばれた男を倒し、手にしようとしていた聖櫃を守り通すことは出来たのである。
 聖櫃についての謎を解くのは、今ここでやるべきことではないのだろう。治療と休息が、まずは必要なのである。
 謎はいずれ、いや近いうちに解かれるように願いつつ。

(担当:龍河流)



●戦いの後
 幕を閉じた決戦の場に、三筋の煙が細く細く伸びてゆく。破壊されたアンデッド、死亡した傭兵‥‥様々なモノが転がる戦いの爪痕を眺めながら、細く伸びた煙が薄れてゆく。回復魔法の使い手に傷を癒された数名の冒険者が、戦場の端でそんな光景を眺めながら疲弊した身体を休めていた。
「まーたこんな端っこにいる〜」
「人が多い場所は煩わしいんだ、放っとけ」
 大地へ投げ出されたとれすいくす虎真(ea1322)の足を身軽に避けながら近寄るローサ・アルヴィート(ea5766)に、煙をふかしていたディック・ダイは顔を顰め、シン・ウィンドフェザー(ea1819)はパイプから口を離した。
「良い働きだったらしいな、ローサ」
「あたしたちが命がけで奪ってきた聖櫃よ? むざむざ奪わせたりしないって♪」
 ぐっ、と親指を立てて笑うローサ。
「はっはっは〜。嫌だなあ、シンさんだって功労者じゃないですか。このこの〜」
「それを言ったら全員が功労者だろう」
 いつの間にやら煙管から持ち替えられた虎真の天晴れ扇子に煽られ、しかし煽てられることなく、シンはそう口にした。声と共に色薄い煙が宙に舞う。
「しかし、油断は出来ねぇな‥‥」
 ディックの言葉に、ベイン・ヴァル(ea1987)が先を促すように顔を上げた。傷を癒された今も残る赤茶色の跡──こびり付いてしまったようだ。
 視線に促され、ディックはパイプとのキスを止めた。
「カルロスは倒した、聖櫃は守った。でも今回は‥‥アレが出てこなかった」
 浮かれた雰囲気に冷水を浴びせるディック。そう、それは皆が気付いていた。羽の生えた天使の身体に梟の頭を持ち、黒い狼に跨った‥‥遠目に見ただけで肌が粟立つほどの禍々しさを放っていたデビル、アンドラス。
「‥‥それに、あの時の聖櫃‥‥」
 立ち上がるのが面倒なのかころころと地面を転がる無天焔威が気にしていたのは聖櫃に異変が起きたという事実。カルロスが手に入れようとしていた聖櫃にどんな秘密があるのか、結局は何一つとして判っていないのだ。ベインは眉間に寄せた皺を深めた。
「まだ、パリの脅威は去っていないということか‥‥」
「でも、今日の脅威は去ったんだよね? 懸念はわかるけど、今日くらいは笑おうよ」
 ローサの言葉に、戦闘を忘れず強張った表情が和らいだ。


 今は笑って疲れと心を癒すのだ。
 今日守り通した平和のために。
 明日も守りたい平和のために。

(担当:やなぎきいち)