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パリから約半日。川沿いに広がる鬱蒼とした丘、その中腹にある割と大きめの古城──それがシュヴァルツ城だった。
今日の一戦で全てに片を付けたいのはどちらの勢力も同じ、持てる戦力を余すことなく注ぎ込んだ決戦と呼ぶに相応しい、双方共に無傷とはゆかぬ厳しく激しい戦闘になるだろう。けれど、城の南北に集中すると思われる敵勢力は未だ姿が見えていない‥‥いつ訪れるとも知れぬ決戦に、すでに姿を変え紛れ込んでいるやもしれぬデビルに、緊張の糸は否応なく張り詰めていた。
そんな中、シュヴァルツ城北側、戦闘が始まれば後方と呼ばれることになろう城側には回復要員が集い、言葉を交わしていた。
「こんな状況下で、しかもハーフエルフ‥‥信用しろという方が無理かもしれませんわね」
アリシア・キルケー(eb2805)は時折り送られる視線に小さく溜息を吐いた。既に、陣営全体に張り詰める緊張感に耐えかねたハーフエルフが狂化し月魔法メロディーの使い手や仲間の冒険者によって取り押さえられるという事態が発生している。
「そんなことはっ、‥‥」
咄嗟に否定しようとしたマリウス・ゲイル(ea1553)は、けれど視線を伏せた。回復・攻撃魔法の使い手ヘレン・ティンガ(ea6341)と前線に向かうマリウスにとっては、友であるはずのハーフエルフですら‥‥悲しいことではあるが、確かに警戒すべき仲間だった。
「無理に否定しなくていいぜ。大量の血、緊迫感、銀製の武器‥‥狂化の鍵がゴロゴロしてやがるのも確かだしな」
「いつ、どこで狂化し、何をしでかすか判らないというのは、乱戦においては確かに脅威でしょうし」
愛弓パイソンの手入れをしていたディック・ダイ(ez0085)は手を止めると、帽子の鍔を僅かに下げて葉巻を咥えたままの口元で小さく笑った。困惑するマリウスへ、ミィナ・コヅツミ(ea9128)も笑みを浮かべる。悲しいかな、そんな扱いにももう慣れてしまった。
「それどころか、仲間が傷つけられた怒りで狂化しないとも限りませんものね」
『銀月の癒し手』として名を馳せつつあるサーシャ・ムーンライト(eb1502)も小さく頷く。身体的特徴である耳を隠そうとも、ハーフエルフであるという事実は拭えないのだ。同じく『爆乳の癒し手』の名を持つシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)はサーシャの肩をぽんと叩いた。
「せめて、その可能性の芽だけでも私たちの手で摘みましょう。敵はカルロス元伯爵なのですし」
「そうですわね。黙らせるだけの実力に、理解ある仲間のサポートがあるのなら万全ですわ」
地が覗き強気の微笑みを浮かべるアリシア。マリウスも伏せていた視線を上げた。
「確かに不安は皆無ではないです‥‥けれど、大事な仲間であることも確かです」
警戒に僅かな敵意を滲ませた視線を送る周囲の冒険者たちをキッと睨み返し、視線で黙らせる。
「じゃあ、酷い怪我の人とハーフエルフの近くの怪我人の情報をいち早く知らせるようにしますねっ」
シフールのソムグル・レイツェーン(eb1035)は、改めて自分の為すべきことを決めた。秘密にしたら怒られるでしょうか‥‥と内心で少しばかり寂しい想いをしたが、そこはなけなしの理性でググッと押さえた。
「そうですね。こちらの戦力は補充が効きません、私たちの回復だけが要になりますから」
『聖光のかざし手』ウィル・ウィム(ea1924)の言葉に、回復魔法の使い手たちは頷いた。少なくとも、仲間たちから死者を出すことだけは何としても避けたい──それは癒し手たちの共通の想いであり、祈りだった。
その時、ディックが動いた!!
「──おいでなすったぜ!」
構えるパイソンの先には、シュヴァルツ城へ向かい一直線に進軍してくる敵勢力の姿があった!!
「傭兵にオーガ、デビル‥‥こちらより明らかに数が多いです!!」
「待って、あれは‥‥アンデッド!?」
そこかしこで支援魔法の詠唱やオーラの詠唱が聞こえる中、じっと見据えるミィナの目に映ったものは、カルロス元伯爵の陣営に先日まで明らかに見られなかった存在‥‥アンデッド、ズゥンビの群れだ!!
アンデッド研究家シャルロッテも敵陣営に目を凝らし‥‥そして叫んだ!
「ズゥンビにグールが混じっています、気をつけてください!!」
「どっちも死体に変わりねぇ、眠らせるだけだ」
ディックが引き絞ったパイソンの弦‥‥狙い済ましたその一矢が放たれたのを皮切りに、決戦の火蓋が切って落とされた!!
「「「ウォォォォオオ!!」」」
混沌を生じ始めたシュヴァルツ城北側──ジュリアン・パレ(eb2476)はそっと十字を切った。
願わくは、両陣営とも、失われる命が少なくありますよう──‥‥
(担当:やなぎきいち) |
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幕を閉じた決戦の場に、三筋の煙が細く細く伸びてゆく。破壊されたアンデッド、死亡した傭兵‥‥様々なモノが転がる戦いの爪痕を眺めながら、細く伸びた煙が薄れてゆく。回復魔法の使い手に傷を癒された数名の冒険者が、戦場の端でそんな光景を眺めながら疲弊した身体を休めていた。
「まーたこんな端っこにいる〜」
「人が多い場所は煩わしいんだ、放っとけ」
大地へ投げ出されたとれすいくす虎真(ea1322)の足を身軽に避けながら近寄るローサ・アルヴィート(ea5766)に、煙をふかしていたディック・ダイは顔を顰め、シン・ウィンドフェザー(ea1819)はパイプから口を離した。
「良い働きだったらしいな、ローサ」
「あたしたちが命がけで奪ってきた聖櫃よ? むざむざ奪わせたりしないって♪」
ぐっ、と親指を立てて笑うローサ。
「はっはっは〜。嫌だなあ、シンさんだって功労者じゃないですか。このこの〜」
「それを言ったら全員が功労者だろう」
いつの間にやら煙管から持ち替えられた虎真の天晴れ扇子に煽られ、しかし煽てられることなく、シンはそう口にした。声と共に色薄い煙が宙に舞う。
「しかし、油断は出来ねぇな‥‥」
ディックの言葉に、ベイン・ヴァル(ea1987)が先を促すように顔を上げた。傷を癒された今も残る赤茶色の跡──こびり付いてしまったようだ。
視線に促され、ディックはパイプとのキスを止めた。
「カルロスは倒した、聖櫃は守った。でも今回は‥‥アレが出てこなかった」
浮かれた雰囲気に冷水を浴びせるディック。そう、それは皆が気付いていた。羽の生えた天使の身体に梟の頭を持ち、黒い狼に跨った‥‥遠目に見ただけで肌が粟立つほどの禍々しさを放っていたデビル、アンドラス。
「‥‥それに、あの時の聖櫃‥‥」
立ち上がるのが面倒なのかころころと地面を転がる無天焔威が気にしていたのは聖櫃に異変が起きたという事実。カルロスが手に入れようとしていた聖櫃にどんな秘密があるのか、結局は何一つとして判っていないのだ。ベインは眉間に寄せた皺を深めた。
「まだ、パリの脅威は去っていないということか‥‥」
「でも、今日の脅威は去ったんだよね? 懸念はわかるけど、今日くらいは笑おうよ」
ローサの言葉に、戦闘を忘れず強張った表情が和らいだ。
今は笑って疲れと心を癒すのだ。
今日守り通した平和のために。
明日も守りたい平和のために。
(担当:やなぎきいち)
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