パリの近くに作られた本部は、思うよりもあわただしくなかった。相手に攻めなければならない状況からすれば、この最終防衛線まで敵が攻め込んでくる状況というのは、負けを意味している。
よって、戦いが始まる前であれば、その戦らしからぬ様子も当然だろう。
「装備の数が足らんけどなあ」
「敵がここまで来なければ、問題ありませんけどね」
ミケイト・ニシーネ(ea0508)のため息に、マリー・アマリリス(ea4526)は薬草をすりながら答える。
腕のよい鍛冶や鎧作り、あるいは商才に長けたものがいなかったせいか、そういった物資は十分に確保できていなかった。
「でも、敵はデビルやろ?」
「そう、ですね。油断はできません。私にできることを精一杯、するだけです」
ミケイトの言葉に、マリーは小さくつぶやき返す。
デビルは普通の武器では傷つけることができない存在だ。多くの騎士や東洋の侍、そして魔法使いたちが参戦しているものの、それだけでは安心できない。
「そろそろ時間だよ、用意用意」
「よっしゃ、がんばってくるわ」
「こちらは、任せておいてください」
伝令として忙しく飛び回るケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)の声に、女二人はそれぞれ、一時の別れを告げた。
セーヌ河を渡りそれを背にして、街道をふさぐように冒険者たちは近くの森に潜んでいた。
「どうやら、いらっしゃったようですね」
冒険者たちよりやや離れた場所から、アリアン・アセト(ea4919) が街道の向こうをのぞけば、軍勢というべき集団がこちらに向かってくるのが見える。
「相手は騎士の、セオリーどおりの布陣だな‥‥ここを通すわけには行かない、正念場って奴だ」
グラン・バク(ea5229)が意気高く、仲間に告げると、彼をはじめとする騎士たちの指示に従い、一同は陣形を整えた。
もちろん、それに従わないものもいるが、伏兵や遊撃として機能することを考えれば、その方が相手と組しやすいと言える。
「皆さん、デビルには気をつけて戦ってくださいね」
リズ・シュプリメン(ea2600)の注意と幸運を祈る魔法が飛ぶ中、冒険者たちは得物を用意し、あるいは集中して、敵を待ち構えた。
「河の方では、相手と互角みたいだよ」
「なるほど‥‥こちらは少しきついか?」
ケヴァリムの報告にコトセット・メヌーマ(ea4473)はうなずき、シフールを休ませながら眼下をのぞく。
森の中、低めの丘の向こうでは、カルロス伯爵に従い進軍する本隊と、冒険者たちの衝突が開始されている。
右翼側はもともと敵の戦力が集中されていないためか、戦いの趨勢は押し気味である。しかし、本隊には精鋭が多いこと、また飛びまわるデビルの姿が見られており、全体としてはあまりよい状況とはいえない。
「後方に回りこむ隊はまだか?」
「もうちょっと‥‥かかるかなー」
「支援に出るべき、だろうな。せめてデビルだけでも」
エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)の問いかけとケヴァリムの指折り数える返事に、コトセットは状況を判断しため息をついた。
「やっぱり、ただでは終わらない、ってとこね」
「そう簡単に終わるようなら、俺たちはいらないだろうな」
ヒスイ・レイヤード(ea1872)が十字架のネックレスをくるくると回してつぶやいた言葉に、エルドはそっけなく返すと、本隊への支援に向けて一同は移動を開始した。
「て、敵襲ーっ!」
森に包まれた山肌にそびえる古城シュヴァルツ。そこに衛兵の叫びが響くと同時、その男は喉に矢を突き立たせて壁より落ちた。
突然の出来事に慌てて動き出す兵たちを見て、冒険者たちは森より飛び出すと、門へと急いで仲間を城内へ引き入れる。
「うわぁっ!」
侵入してきた冒険者に向けて放たれた矢に、マート・セレスティア(ea3852) は大げさに飛び上がると、ジグザグに走ってその目をひきつけた。
「あっちか!?」
「えい!」
衛兵たちの視線がそれたそのとき、真慧琉(ea6597)は影から飛び出すと目にも留まらぬ速さでダーツを投げつけ、衛兵たちに一撃を食らわせた。ひるんだそこへ冒険者が飛び掛ると、苦もなく、衛兵たちは取り押さえられる。
「あー、危なかった」
「こっちは任せなよ」
「ありがと!」
ローサ・アルヴィート(ea5766)は仲間たちに見送られると、そのまま城で一番高い塔へと飛び込んだ。
「侵入者め!」
「‥‥残念だけど!」
螺旋階段を上る途中、上から聞こえた声に走り、ローサはスリングを回すと、放たれた石とくぐもった声にさらに蹴りを加えて、衛兵を床に倒す。
それを踏み越え、塔の最上階。奪った鍵束をあてれば、その重き扉はゆっくりと開いた。
「‥‥あなたは」
「お久しぶり、クラリッサさん♪」
開いた扉に胸騒ぎを覚え、そしてたどった記憶から安堵の声を上げたクラリッサ・ノイエンに、ローサは軽く挨拶すると、仲間とともにその部屋に入った。
「助けに、来てくれたんですね」
「怪盗さんじゃないけどね‥‥さて、後は伯爵、か」
安心から涙を見せる少女を慰めつつ、塔から見える古城と、下からの降伏を告げる声に、女は軽く息をついた。
オラース・カノーヴァ(ea3486)は雄叫びとともに、迫る敵に飛び込んだ。逃げ遅れたゴブリンが弾き飛ばされ、攻撃を何とか受けとめた傭兵も、返す一撃で一気に畳み込まれる。
戦場の空白の時間に、オラースは乱戦模様の周囲を、息を荒くして見回した。
本隊と相対した冒険者たちは、すぐさま飲み込まれるように乱戦に持ち込まれ、戦況は数の差からも伯爵側に有利に進んでいた。
インプのような下級の存在とはいえ、通常の武器が効かないデビルが敵勢に含まれていたことが、戦況の趨勢を決めているといえる。
「他の奴らはまだか?」
男は余裕のある口調でつぶやくも、目は笑ってはいなかった。
そんなオラースの様子を見て襲ってくる敵に、一瞬防御が遅れる。
そのとき横合いから射られた矢に射ぬかれ、傭兵は体勢を崩すと、男はその期を逃さず一撃を加え黙らせた。
「よかった、はずさなくて」
「待たせたようだな、すまない」
「ああ‥‥待ったぜ」
右翼側の敵を撃破し、ついに押し込んだ冒険者たちは、その勢いに乗って敵本隊へと攻め込み始めた。そんな中、乱戦を掻き分け近づいてくるシモーヌ・ペドロ(ea9617)とバルディッシュ・ドゴール(ea5243)の声に、オラースは一息、安堵の息を漏らす。
「残念だが、これでお前たちも終わりだ!」
敵を打ち崩した勢いとともにフリッツ・シーカー(eb1116) が切り込み、兵をその名で恫喝して追い散らせていくと、恐怖は敵に伝わり、統制が乱れ始めた。
「右翼はどうした! 伝令!」
「残念だったな‥‥もう、終わっている」
命令が乱れた隙に、後方に回り込んでいた竜胆零(eb0953)たちは、本隊を完全に囲む形で奇襲をかけ、一気に襲い掛かる。
コトセットの魔法により燃え盛るミケイトの矢が、空を飛び回るインプを貫いていくと、三方を敵に、残りを川に囲まれた伯爵の部隊は、あとは食い散らかされるだけであった。
シュヴァルツの城の裏、城内に広がる戦場の喧騒を聞きながら、ヴァン・カルロスは豪奢な馬車に歩みを進めつつ、周囲に聞こえるほど大きく、その歯を鳴らした。
「‥‥俺の計画が‥‥冒険者ごときに!」
(「残念だったな」)
「黙れ」
虚空より響く抑揚のない言葉を、カルロスは睨みつけた。だがそれに空は答えず、伯爵は言っても詮無きことだと、思考を巡らせる。
「まず、マントに戻り‥‥あれをどうにかする必要がある‥‥」
「おっと、待ちな、おっさん」
馬車にカルロスが乗り込もうとした瞬間、追いついたリスター・ストーム(ea6536)が、声を上げて引き止めた。
「お前の野望も、そろそろ終わりにしないか? 女の子も泣かせたことだしな」
「ハ、今回はともかく‥‥貴様らごときに、俺が止められるものか」
「どうだろうな?」
(「止めてもらっては困るな」)
「!」
突如、後ろから響いた声に、リスターは反射的に飛びのくと、それまで自分がいた場所を貫いた鋭いレイピアに冷や汗が流れるのを感じる。
「契約者に不履行を出されては、私が困るのだよ‥‥」
誰もいなかったはずのその場所に現れたのは、梟の頭を持ち、黒き狼の背にて羽根をざわつかせる天使であった。鳥の、抑揚のない瞳で男を見つめながら、軽やかに手のレイピアを操ると、それは獲物を狙うようにリスターに近づく。
「アンドラス、この場は頼むぞ‥‥」
「‥‥まあ、契約の一環だ。気にするものではあるまい」
男の声を、くぐもった声で笑うデビルを見て、伯爵は忌々しげに梟頭の悪魔を睨みつけると、馬車に乗り込み、御者に発車を促す。
「逃がすか!」
一声、駆け寄ろうとするリスターに向けて、アンドラスと呼ばれた悪魔は、その剣を光の一点のように素早く突き出した。
男はその隠された一撃の軌跡を見切ると、銀のナイフを取り出しながら、敵へと一気に叩きつける。風のように戻されたレイピアは、金属音とともにその銀の刃を弾き返す。
「あれを避けるとはな、面白い」
意図の読めぬ瞳で見つめながら、デビルはリスターの方へとゆっくり歩みを進めた。
次に足を踏み出した瞬間、アンドラスへと黒き光が打ち込まれると、マントをはためかせて一人の男とシフールの少女がその場に現れる。
「もう、クラリッサは助けちゃったから‥‥お前たちの悪巧みは終わりだよ!」
「今は退き時だと思うが、いかがかね」
「痛み分け、ね‥‥気にくわないが」
リスターに追いついたキャル・パル(ea1560)は現状を伝え、怪盗ファンタスティック・マスカレードはそのレイピアを構えて、余裕も見せずに対峙する。
「フフ‥‥カルロスも去った。戦いも趨勢を決したなら、無駄は好まぬよ。蒔かれた種が育つのを、待つ日々も悪くは、ない」
悪魔は提案にくぐもった笑いをあげると、空気になるかのように、その姿を消していく。
「ち、もう少しだったのにな」
「‥‥あのデビルは、地獄の騎士階級たるものの一人。インプや、あるいはネルガルでさえ、比べるべくもない悪魔だ」
マスカレードはリスターの声に、汗もぬぐわず事実を告げると、一行は、城主の逃亡で戦いは終わったと告げるべく、きびすを返して戻っていった。
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