月道塔には、その道が開く時間よりも早く、利用する人々が集まる。
月道が開く時間はほんの少しだけで、それを有効利用するために最もよい場所へ、人の波にのまれて乗り遅れないようにするためだ。
だがそれは月の道の開く当日のこと。前日であれば、国や大貴族の所有する施設である月道塔の周りに、近寄る人影は少なかった。
‥‥だが、怪盗の予告とあわせてか、今日の賑わいは違っていた。
「フンドーシとやらを盗む、という噂しか流れなければ」
レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)は軽く髪をまとめて流し、自らの鎧を確かめると、静かに一人ごちる。
「ここが重要だという意識はなくなり、穴が開く。それが、ファンタスティック・マスカレードの狙いだろう」
「そーよねー」
買ってきたパンをほおばりながら、チェルシー・カイウェル(ea3590)は幾度もうなずいた。
「聖杯狙いって噂だし、だったら、コム・シムのいるジャパンへ向かうに決まってるもんねぇ。月道が本命よ」
「‥‥国家転覆を狙う悪魔、か‥‥」
二人の話や、精力的に捜査を行なう他の冒険者を見つつ、ソウジ・クガヤマ(ea0745)は双眸を鋭く細め、思いを巡らせる。
「それが何かはわからないが、わざわざこの国から出て行こうとしてるんだ。見極めてやる。さあ、来い‥‥!」 「お目にかかれて光栄です」
ソフィア・フェイスロッド(ea5029)は静かに告げると、頭を垂れるように司教の掌に口付けた。司教はその礼にうなずくと、集まっている冒険者を見て、口を開く。
「しかし皆さん、よく集まってくれました」
「誰かが、あなたの命を狙っているんですよね? それが、予告状だった」
アギト・ミラージュ(ea0781)の強い声に男は顔を覆いながら、大きく息を吐く。
「‥‥ええ、神を恐れぬ行為です。そのようなものが神の力を使っているとは、まことに嘆かわしい」
「大丈夫ですわ。皆さんも、こうして集まってくれたことですし」
ローブをひらめかせてユーリアス・ウィルド(ea4287)は微笑むと、しかし次の瞬間、表情をこわばらせてゆっくりと尋ねる。
「司教様、何か、狙われる心当たりは? ‥‥そう、その、聖杯とか」
その言葉に司教は眉をひそめると、静かに首を振る。
「分からん。グィネヴィア様ももらしておられた聖杯。それに、どのような意味があるのかは私にわかるものでは。ただ‥‥」
「ただ?」
ユーリアスの問い返しに、司教は静かに聖書をなぞる。
「聖杯とは、救世主が天に召されたおり、その血を受けたと伝えられています。そしてそれは、このイギリスに持ち込まれたのだという伝説も‥‥」
「そっちはどうだった?」
「さっぱりだな‥‥。どこから探すかだ」
アラン・ハリファックス(ea4295)はガイン・ハイリロード(ea7487)と顔を見合わせると、手ごたえのなさに肩をすくめた。
港は、たとえこれまでの噂がすべて怪盗の囮であったとしても、聖夜祭の夜に持ち去られた品々が運ばれた確率が高い場所だ。
そして、そこはキャメロットの正面玄関でもある。異国へと逃げるには都合のよい場所だ。
「ノルマンか‥‥それとも、もっと別の国か? 船の出る場所に近い倉庫が怪しいが」
「オーラショットで吹っ飛ばせれば楽なんだろうけど」
「危ないですよ」
アランの推理にかぶせるようなガインのつぶやきに、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)は軽くたしなめるように返すと、合流した一同を見回しながら告げる。
「調べてきました。今年の頭に倉庫を借りて、そこに大量の荷物を運び込みました商人が、誰なのか」
「そこの倉庫の管理は誰だ? ちゃんと話を通しておいた方がいいだろ?」
「それも、聞いてますよ」
少女の微笑を見下ろしながら武藤蒼威(ea6202)はぶっきらぼうに告げると、フィーナの涼やかな答えに、冒険者たちは耳をそばだてる。
「ともかくだ、手分けしてできることからやるか‥‥手伝うぜ、嬢ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
日は暮れた。そして夜の帳が静かに下りる。
そんな、教会の一角。
「さて、怪盗とやらは、どう出るのだろうかな?」
片隅の影に身を隠したアルベル・ルルゥ(ea4131)は、静かにつぶやき、後ろに問うた。
「さすがに、キャメロット中に冒険者たちがいるもんねえ。どーすんだろ?」
限間時雨(ea1968)の疑問に玲潤花(ea3356)もうなずき、そして警戒を強くする。
いくら警戒が強いといえど、怪盗と名乗るものであるのなら、身を隠して潜入するのはお手の物だろう。現に、何人かの冒険者は変装し、ほぼノーチェックで教会にもぐりこんで護衛についている。
「でも、今回の話は、何か引っかからないか?」
「確かに」
玲の問いかけにアルベルは静かに目を閉じると、それを肯定と取ったのか、少女は言葉をつなぐ。
「ただの泥棒かと思ったけど、街中全部巻き込んでる。悪魔と聖杯って話もあるし、何のことだろう?」
「怪盗は、教会にこだわっておった‥‥まさか、教会の内部に悪魔と通じておるものがおるとでも?」
「司教が実は悪魔で‥‥ってオチ? あるかもね」
「‥‥ふむ?」
ややおしゃべりに過ぎたその瞬間、低く響いた声に冒険者たちは体を固くした。
声の方向、木の上からは闇に浮かび上がる紫のマスカレード。
「‥‥怪盗!」
「ご明答、レディ?」
応え、闇から抜け出すように怪盗は飛び降りると、警戒する3人を制し、怪しく微笑んだ。
「月道でも、港でもなく、教会に‥‥ゲームは、行なってみるものだ。予想もしないことはいくらでも起こる」
「予想‥‥?」
「君たちは、私の出した謎の一端にたどり着くことができた。誰も来ないかと思って心配していたのだが、ね」
「へえ、言ってくれるね」
「まあ、待ちたまえ」
玲が言葉とともに構え、限間も、アルベルも戦おうという意思を見せたとき、怪盗はおどけたように3人を制す。
「‥‥君たちは、この国が好きかね?」
艶やかなマスカレードに指を滑らせ、笑みを絶やさない怪盗は甘く言葉を囁いた。
「そうであるならば、私とともに来るがいい。闇に蠢く、あのデビルを消し去るために‥‥」
夜闇は、静かに広がったままだった。やわらかい月の光と暖かい松明の灯りが、教会の廊下、庭、そして壁を照らし出している。
そこを歩く影がいくつか。そのうち一人はアギトであり、司教を守るように、周囲を警戒していた。
「怪盗の奴、まだ来ないのか?」
「‥‥来てほしいものだ‥‥私が困る」
彼らを含む数名しかいないその場所で、少年の問いかけに、低く、司教は応える。
違和感のある声で。
「‥‥?」
「危ない!」
アギトの疑念があふれた瞬間、日本刀を振り払った尾花満(ea5322)が司教の腹を大きく叩いた。急所にめり込んだその一撃は、振り向き襲い掛かろうとしていた司教の意識を失わせ、倒れさせる。
「‥‥これは、一体?」
「一つの、真実だよ」
答えとともに現れたのは、三人の少女を連れたファンタスティック・マスカレード。口ひげを揺らし、倒れ泡を吹く司祭を冷たく見下している。
「無事だったようだな」
「司教さんはどうやら、デビルと契約を交わしていたみたい‥‥」
「‥‥そんな!」
限間の言葉にアギトは驚きを隠さず叫ぶと、玲は拳を掌に打ちつける。
「王妃様や王様を篭絡しようとしていた、って話だとさ」
「私が調べたところ、真実だよ」
マスカレードは静かに嘲笑う。
「聖杯が現れれば、この世の楽園が現出するという。デビルにとって、それは面白くない。その探索をゆっくりと腐らせるため、この男を、抱きこんだ」
「なるほどな‥‥」
怪盗の説明に尾花は眉をひそめると、そのままの瞳でマスカレードを見る。
「‥‥私は、私以外のものが自由に何かを奪うことがとても嫌いでね。神に仕える身でもある、それでデビルを倒しに来たというわけだ」
「でも、これで終わったのだろう?」
「‥‥いいや」
マスカレードの薄い微笑みにあわせて、屋根の上から影が射した。
冒険者たちが飛びすさるにあわせて、火球が投げつけられる。爆風と熱さが、その場にいた者の皮膚を刺激する。
その煙の中からマスカレードは飛び出すと、手にした華麗なレイピアを振るい、地に降りた炎に包まれた悪魔を貫き刺した。
「ネルガル。地獄の密偵にして厄介な火付け人。その醜悪な顔は、あまり見たいものではない」
「黙れ」
不意を打たれ、貫かれたその腕をだらりとさせながらも、黒き体の悪魔は咆哮をあげ、その爪を振るった。
「させません!」
騒ぎを聞きつけたエクリア・マリフェンス(ea7398)の詠唱したライトニングサンダーボルトが、ネルガルの体を包み込むと、その電撃に悪魔の体表が震え、悲鳴をあげる。
「人間どもが‥‥調子に乗るな!」
「それは、そっちのほうでしょ!」
怒りに震え振り返ったネルガルに応え、銀の短剣を構えたレムリィ・リセルナート(ea6870)は影から飛び出すと、軽やかにその刃を振るった。
怪盗の一撃、エクリアの電撃を受け動きを鈍らせたネルガルは、その身にいくつかの傷を浮かばせながら、女と踊るように相対する。
「小娘が」
「うわっ!!」
腕にざくりと叩き込まれたシルバーナイフをもろともせず、デビルはレムリィに爪を叩きつけると、少女の肩口に紅く、醜い裂傷が走った。
「俺が、ここまで追い込まれるだと?」
「いやはや、面白い」
苦々しく睨みつけるデビルに向けて、エクレアの更なる電撃が走ると、マスカレードは離れて、雷撃に焼かれるその様子を楽しむ。
「冒険者というのは、予想以上の力を持っているようだ」
「‥‥貴様の、最初の一撃さえなければ!」
呟きをもらすと、周りから飛ばされる初級レベルの魔法などもろともせず、ネルガルは怒りを込めて一気に怪盗を目指した。
だがそのとき、空気を裂く音とともに放たれた銀の一矢が、デビルの腹を一気に貫く。
「おっと‥‥まさか、当たるとは思わなかったぜ」
「相手が傷を負っていたことに感謝したまえ」
オラース・カノーヴァ(ea3486)の苦笑を鼻で笑い、怪盗はひらりとそのマントを翻し、闇に消えようとする。
「面白い一夜だった。デビルが真の力を見せる前とはいえ、ネルガルに勝てるものがいる。‥‥また会おう」
「待ちなさい‥‥あたし達はずっとあなたの影を追ってきたのね? それで終わらせるつもり?」
「‥‥私にはまだなすべきことがあり、仲間も待っている。お別れだ」
レムリィの問いかけに、歌うように悲しみの声を響かせ、マスカレードは走り出した。合わせて、冒険者たちも走りだそうとするのを見て、怪盗は低く、声を震わせる。
「それと、火事には気をつけたまえ!」
怪盗が闇にひらめき飛んだとき、冒険者たちの注目とは別、近くの松明が煌々と燃え上がった。
「‥‥せめて、貴様らだけでも‥‥!」
「まだ、生きていたのか!」
憎しみに燃えるネルガルのファイヤーコントロールが火の力をつかさどり、その怒りを近くの木に燃え移らせていく‥‥。
「あれだな!」「くそ、待ちなさい!」
噂を聞き、テムズ川に浮かぶ怪しい船を探し出したジェームス・モンド(ea3731)とピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)は、出航し始めたそれを追いかけた。
港の倉庫からあっさりと聖夜祭のプレゼントが見つかった。その調査と整理のために警戒する冒険者たちが少なくなったこのときを狙い、隠れていた船は動き始めたのだった。
「やめときな」
岸から離れようとする船に走り、飛びつこうする二人の足元に、忠告とともに矢が放たれる。突然のそれに、ピアレーチェは足をもつれさせて鎧ごと倒れる。
「待ちなさい! 逃げられると思ってんの!?」
「逃すものか!」
岸より離れたところ、改めて矢をつがえて放つと、それに牽制される二人の様に、船に乗った一人のハーフエルフはため息をついた。
「待てと言われて、待つ奴はいないよ」
そうつぶやき舵を動かし、船を流れに乗せて速度を上げた瞬間だった。
「てぇぇい!」
橋を通り過ぎるとき。そのとき、気合の叫びとともにティイ・ミタンニ(ea2475)はダガーを閃かせ、船へと飛び降りた。
女は大きな音を立てて船に転がると、したたかに打ち付けた痛みに耐えて立ち上がり、刃を構える。
「逃がさない」
ティイはつぶやくと、一気にハーフエルフに駆け寄った。
だが気丈な叫びよりも早く、走り出た浪人の鞘が光を走らせ、抜刀。白刃の峰はみぞおちを狙い、ティイはぐらりと体勢を崩す。
「‥‥早く、奴と合流するでござる‥‥今ならまだ、闇にまぎれて逃げられよう」
「そうだな」
水柱を上げる水面を睨んで、舌打ちする男の視線の先には、煙を静かに上げる教会の姿が映っていた‥‥。
キャメロットの怪盗 〜Fin〜